第91話スミカvsトロール×8
『『グオォオオォッ――――!!』』
トロールが根城とする洞窟の、大きな口を開いた暗闇の中から、耳を塞ぎたくなるような幾重もの雄叫びがこだまする。
「さあ、みんな。今の騒ぎで中のトロールに気付かれたからここに押し寄せて来るよ。準備はいい?」
「はいっ! スミカお姉さまっ! 問題ないですっ! 片っ端から切り刻んであげましょうっ!」
「うん、スミカ姉っ! ワタシが全部挽き肉にしてやるよっ!」
『がうっ!』
警告にも似た号令に、姉妹と一匹は気合の入った返事を返す。が、
「あ~、でもよく考えたらトロールは持ち帰るんだよね。切り刻むのも、挽き肉にするのも、ちょっと遠慮してくれない?」
そう、みんなを見て言い直す。
既に、ここに転がっている3体は、ナゴタに切り刻まれた死体と、ゴナタに半分以上陥没させられた何か、そしてシルバーウルフに首と胴体を分断された物だった。
その中でシルバーウルフが倒した一体だけは、素材として持ち帰れるだろう。
ただ姉妹の倒した2体は、絶望的に損傷が酷すぎる。
まあ、一応は持ち帰るけど……。
「す、すいませんっ、スミカお姉さまっ! その事を失念していましたっ! 魔物を切り刻むのに、愉悦を、そのぉ~…………」
「うん…… その、ごめんな? スミカ姉……」
思い出したのか、気まずそうに視線を伏せ謝罪する姉妹。
『やっぱりなんだかんだで、戦うのは好きみたいだよね? この姉妹は。 まぁ、私と戦った時もそんな感じだったから、ある程度予想はしていたけど……』
なんて思ってはいた。
だから、
「今回は私に任せてもらっていい? 打ち漏らしがあったらお願いするけど」
二人の姉妹にそう進言する。
それと、なんとなく気になることもあるし。
「えっ!? あ、はい、わかりましたっ! 私たちに非があるので……」
「ワタシも、それでいいよ…… スミカ姉」
よし、少し残念がってるけど、二人の了承も得られた。
一方で、謎のオオカミはというと、
『………………』
特に、何のアピールもしてこない。
ならそれでいいって事だろう。
「二人とも、ありがとう。それとあなたもね」
そう言って私は姉妹にもお礼を言いながら、オオカミの頭を撫でる。
「別に、そんな大したことでは…… それにスミカお姉さまの戦いが見れるのであれば、これくらい我慢しますっ! きっと私たちの参考にもなりますしっ!」
「ナゴ姉ちゃんの言う通りっ! スミカ姉っ! よろしくなっ!」
「ん、別に参考になるようなものではないんだけど…… でもまぁ、それでも何かの見本にはなるのかな? ああ、それと少し後ろに下がろうか。この付近だと洞窟が邪魔で狭いから」
洞窟の入口より、10メートル程後方に移動する。
途端――――
『グオォオオォッッッ!!!!!!』
大きな洞窟の入り口から、押し寄せるように、トロールの巨体がその姿を現す。
その数は8体。
先ほどの見張り役と思われる3体よりも、巨大な個体だった。
体長は優に、10メートルは超えるだろう。
それぞれの手には、棍棒らしき、丸太のようなものを手にしている。
その太さ、長さだけでも人間が一人分以上の大きさだった。
そんなトロールの攻撃を喰らったら、普通の人間では一撃で、
ミンチにされ、絶命してしまうだろう。
『まあ、当たればの話だけどね』
私たちになだれ込むように、その巨体を揺らし、
雄たけびを上げ突進してくるトロールども。
「ほいっ」
その集団をまとめて透明壁スキルで閉じ込める。
『グオォオオォッッッ!!』
『グオォオオォッッッ!!』
『グオォオオォッッッ!!』
ガァンッ! ガァンッ! ガァンッ!
ガァンッ! ガァンッ! ガァンッ!
その突進を見えない何かで妨害されたトロール共は、その巨大な棍棒をで見えない壁を破壊するように「ガンッガンッ」殴打する。
ただ、そのスキルの中で暴れている、8体のトロールは、
ヒュヒュヒュヒュッ!
ヒュヒュヒュヒュッ!
空気が抜けるような、そんな短い効果音の後、
グサッグサッグサッグサッ!
グサッグサッグサッグサッ!
『ゴォッ!?』×8
頭上からの、細く鋭い円錐によって脳天から地面までを貫通させられていた。
それはまさに、串刺しと言った様相だった。
一瞬で絶命し、大人しくなる。
「よし、完了っと」
トロールの絶命を索敵で確認し、囲っていたスキルを解除する。
ついでに近寄り回収していく。
「? 何、どうしたのふたりとも。やっぱり参考にならなかった?」
「「はっ!?」」
私はトロールを回収するまで、一言も話さない姉妹に話しかける。
すると「ビクッ」と反応し、すぐさま口を開く。
「ス、スミカお姉さまっ! わ、私たちが愚かでしたっ! 私たち矮小な存在が、スミカお姉さまを参考にしようなどとっ!」
「か、格が違い過ぎて、何をしたのかもわからなかったっ! ス、スミカ姉っ! 参考なんて生意気な事を言って、ごめんなさいっ!」
声を掛けた姉妹二人は、慌てたような、驚いたような、泣きそうな、色んな感情がごちゃ混ぜになった表情をしていた。
『まあ、それはそうなるよね?』
それはそうだろう。
10メートル級の巨大なトロールたちが、突然歩みを止めた途端に、脳天を見えない何かで貫かれて、絶命しているのだから。
それよりも――――
『やっぱり、動きだしたか』
索敵モードでその動きを探知していた、洞窟内に残っている1体の巨大なマーカが、こちらに向かって移動をしているのがわかる。
元々、ここに巣食うトロールの数は12体。
そして、ナゴナタ姉妹とシルバーウルフが倒したのが3体。
私が串刺しにした数は8体。
合計11体。
残り1体が、姿を現していない。
その1体が、出口に向けて移動をしている。
『これって、未知の腕輪をした、2体のオークの時と一緒だよね? 能力を大幅に格上げされたアイツらが現れた時と――――』
そう、あの時も、通常の魔物が全て討伐された後に出現した。
ただ、前回と違うのは、その存在が探知できたことだ。
オーク2体の時は、私の探知でもユーアの感知でもそれを把握できなかった。
「ナゴタとゴナタっ! そしてオオカミっ! まだ1体、変なのが残っている。きっとそいつは特殊な奴だから、気を抜かないでっ!」
私は一息入れて、弛緩した雰囲気になっている、姉妹とシルバーウルフにそう檄を飛ばす。もし、またあの腕輪をしている個体だったら、決して油断は出来ないだろうと。
「はいっ! スミカお姉さまがそこまで警戒する存在ならば、気を抜くなんて出来ませんっ! 全力で切り刻みますっ!」
「スミカ姉に、そこまで言わせる魔物って…… わかったっ! 全力でぶっ叩いてやるっ!」
『ばうっ!!』
どうやら、私の緊張は二人と一匹にきちんと伝わったみたいだ。
姉妹は武器を構え直し迎撃態勢を。
一匹は、地に伏せて即座に動ける態勢に構えていた。
「すぐに、出て来るよっ!」
「はいっ!」
「おうっ!」
『がうっ!』
私たち三人と一匹は、その大きく開いた洞窟の暗闇の中に、視線を集めた。
何が出てきても、即座に迎撃できるように。
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