第90話開戦!姉妹とシルバーウルフの戦い




 タタタタタタタッ――――



 私と姉妹と一匹は、暗闇に覆われた森の中を駆ける。


 月明かりも射しこまない程、木々が生い茂る中を進んで行く。

 先に進めば進むほど、その闇は更に深く濃くなってくる。



『う~ん、確かこの先の拓けたところの洞窟だったね』



 索敵モードを視界に映しながら、聞いていた地形を思い出す。


 

『それにしても、ナゴナタ姉妹は問題ないとして、このオオカミの魔物はどうなんだろう? まだ子供なんだよね。戦いには参加させない方がいいかな?』



 暗闇の中を私の傍らを、悠々と疾走するオオカミを見てそう思う。


 ナゴナタ姉妹は、若干私の後方を駆けているのに対し、先ほど出会ったオオカミの魔物のシルバーウルフは私と並走している。


 そんな私の視線に気付いたのか「がうっ」と一声鳴いた。

 おれ? わたし? は大丈夫だって言いたいらしい。



『うん。本当に賢いね、このオオカミの魔物は。ユーアのお土産に連れて帰ろうかな? 幸い、ユーアには懐くだろうし。森の中で匂いを見付けて、ここまで追いかけてきたくらいだから』



 そんな事を考えてる間に、深い森が途切れ、開けた広場が見えてきた。

 洞窟の前で森が途切れて、そこからの道は岩肌が続いている。



「みんな、ちょっと止まろうか」



 私たちは、森が途切れる手前のところで、一時腰を降ろす。


 この先50メートル程先には、大きな岩山の洞窟の口が大きく開いているのが見える。

 その入り口の周辺には、3体のトロールが闊歩している。やはり見張りだろうか。


 いずれも体長は5メートル弱の巨体だった。


 それらの個体は体毛がなく、それが逆にその頑強な筋肉質な体を浮きだたせている。体色は茶色がかった感じだった。



「それで、どうしますか? スミカお姉さま」



 すでに愛用の巨大な両剣を出し、それを片手に、私に確認してくる。

 妹のゴナタもその後ろで、愛用のウォーハンマーを担いで指示を待っている。



「うん、そうだね。見張りのあの3体は、あなたたち姉妹で倒しちゃっていいよ。それとこの子はどうしようかぁ?」


 隣に行儀よくお座りしているオオカミ、シルバーウルフに視線を移す。

 ちょっとこの子の意志も聞いてみようか。



「ねえ、ここにいる?」

『……………ふるふる』

「トロールと戦う?」

『わうっ』


 私の問いかけに一声鳴いて答えた。

 これは行きたいって、意思表示だろう。きっと。



「………………………」

「………………………」


「この子も行くって。ん? どうしたの二人とも」


 黙り込んで、ジッと私と狼を交互に見ていた姉妹。



「ねえ、ゴナちゃん。やっぱりこの魔物って…………」

「…………なんか、違うように思えてきたよ。これシルバーウルフなのかな?」


 そんな二人は確認するように、お互いの顔を見合わせていた。



「それはさっき、どうでもいいって言ったよね? 危害を加えられなければいいよ。もうそれでいいよね? 二人とも」


「はい、それでいいのですが、この魔物の正体が気になってしまって……」

「うん、そうなんだけど。ワタシたちは色んな魔物を見てるから、なんかそのシルバーウルフが、気になっちゃってさっ!」


 何やら二人とも思案顔で、シルバーウルフをまた見ている。


『ん~』


 私としては、正体については本当にどうでもいい。


 これだけ賢くて、毛もモフモフで、人を襲わないならユーアに連れて行きたい。

 絶対にユーアに関係あるから、尚更ユーアは喜ぶと思うし。


 まぁそれよりも、魔物を街に入れてくれるかの問題が残ってるけど。



「とりあえず、今はトロールの事が優先だから、さっさと片付けて帰ろうよ」


 未だに悩んでいる姉妹に声を掛ける。


「え? は、はい、そうですね…… でも」

「うん、そうだなっ! でもなぁ~」


「なんなら、私が全部いただいちゃうけど。それでもいいの?」


 動かない姉妹にいい加減、業を煮やして煽ってみる。


「い、いや、それは待って下さいっ! 急いでいきますからっ!」

「うん、うんっ!」


 姉妹の二人は慌てて返答する。

 何だかんだで、戦いが好きだからね。



「だったらっ――――」


 私は腕を上げ、この先のトロールをビッと指差し。


 そして、


「――――さっさと見張りを倒してきなよっ!」



 怒号にも似た号令をかける。


「はいっ! スミカお姉さまっ!!」

「おうっ! 任せろスミカ姉っ!!」

『がうっ!!』



 快活な返事と共に、姉妹と一匹は3体のトロールに向かって駆けだしていく。



「って、あれ? オオカミに指示出したわけじゃないのに最初に行くの? 私と後からじゃないの?」


 姉妹の後を、シルバーのタテガミをなびかせて追走していくオオカミ。

 さっきの号令は、二人だけに掛けたつもりなんだけど。



「まぁ、いいか。私も空中から追いかければ。 オオカミに何かあったら嫌だし」


 勇敢にも戦闘に加わる姿を頼もしいとも思いながら、透明壁スキルを足場にして、二人と一匹を空中から追走していく。





「あ、いたいた」


 ナゴタがトロールに、仕掛けているところを見付ける。




「スミカお姉さまの為に、死になさいっ!」



 一番最初にトロールに到着した姉のナゴタは、洞窟の一番前にいたトロールを、その長柄の両剣で切り刻んでいく。

 それはまるでバトントワリングのように、クルクルと舞っているようだった。


 ただその斬撃は、バトントワリングのように、甘いものでは決してない。


 ナゴタが両剣を振るう度、血飛沫と一緒にトロールの手首や腕、色々な部位が切り刻まれ、その破片や肉片があちらこちらに斬り飛ばされる。



 ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!



「おおっ! ダンスみたいでキレイだけど、見た目以上にナゴタの攻撃は苛烈だね」


 空中よりそのナゴタの攻撃を眺めて、感心する。



「そぉ~れっ!」


 そんな掛け声とともに、次にトロールに仕掛けているのは妹のゴナタだった。



 ゴナタがターゲットにしたトロールは、姉のナゴタに1体をやられた時に、既に敵の存在を感知していた。


 従って、大声を上げ、強大なハンマーを振り上げるゴナタにも気付き、その太い腕を前面で交差して、防御の態勢を取っていた。


 その太い頑強な腕でハンマーの一撃を凌ぎ、その後の反撃を試みたようだったが、



「――――こんのぉッ! 潰れろぉ~っ!!」



 ブフォンッッ!


 ドゴォッ!


『グ、ゴアァァァッ――!』



 頑強な両腕ごと、ゴナタの一撃は易々と打ち砕く。

 その威力に堪らず絶叫するトロール。


 ただし、それだけでは済まなかった。

 そんな生易しい威力ではなかった。


「まだだっ!」


 ゴナタは両腕を破壊した勢いそのままで、ハンマーを振り抜く。

 それは頭部に激突し、そのまま胸部辺りまで陥没させる。

 


「ひゅ~っ! ゴナタも相変わらずの怪力だね。半分原型ないよ。あれじゃ」


 ナゴタに続き、ゴナタの壮絶な攻撃に感嘆の声を上げる。



「それじゃ、あと一体だね。あのオオカミはどうするのかな?」

 


 姉妹たちの後方にいるシルバーウルフに視線を移す。


 そんなシルバーウルフは、どうやら姉妹の攻撃が終わるのを待っていたように、前屈みの状態で臨戦態勢を取ったままだった。


 そして残り一体になった時に上体を上げ、トロールに向かい疾走する。



 シュタタタッ ――――


『がうぅ――っ!』


「えっ? なんか出てきたっ!」


 トロールに疾走する最中、シルバーウルフの周りに氷柱のようなものが3本現れた。それは魔法か何かのようだった。



『がうっ!』



 その3本の氷柱は、次の短い咆哮と同時に、


 ヒュンッ!

 ヒュンッ!

 ヒュンッ!


 と、鋭く、空気を切り裂きトロールに向かい、高速で飛んでいく。



 ドスッ!ドスッ!ドスッ!



 『グオォォォッッ!!』



 その3本はいずれもトロールに命中し、根元まで深々と突き刺さる。



 その攻撃で動きを止めたトロールに、シルバーウルフはその勢いのまま跳躍し、



 ザシュッ!!



 首筋に噛み付き、そのまま喉を勢いよく喰い千切る。



『グフ、ォ――……』


 トロールは、首の大部分を噛み千切られ、体液を噴水の様に撒き散らせながら「ズズーンッ」と背中から倒れ込む。


 首の皮一枚とはまさにこの事だろう。


 いや、それは違う。助かってなどいない。

 その一撃でトロールは、完全に生命活動を停止しているのだから。



『わう~~っ!!』



 そのトロールだった姿を見て、勝利の雄叫びを上げるシルバーウルフ。

 ナゴタとゴナタに続き、難なく倒してしまった。心配無用だった。



「さっすが、シルバーウルフだねっ! 賢くて、モフモフなだけあるよっ! それと二人ともお疲れさまっ!」


 トン


 戦いが一段落した地上に降りてきて、姉妹の二人に労いの言葉を掛ける。



「いえいえいえっ! スミカお姉さまっ! 絶対にあれはシルバーウルフじゃないですよっ!」

「そうだよっ! シルバーウルフが魔法なんか使えないってっ! あの強さも異常だってっ!」


 声を掛けた二人は、口を揃えてまたそんな事を訴えかけてくる。



『う~ん、確かに二人の言う事もわかるけど、だったら尚更ユーアが喜びそうなんだよねっ! 護衛にもピッタリだしっ!』



 傍らに寄ってきて、お行儀ぎよくお座りしている、

 シルバーウルフを撫でながらそう思った。



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