第76話SSスミカが本来のサイズを手に入れました(自称)




今回は澄香のある悩みのお話になります。


次回からは本編に戻ります。



※※



「ふむふむ、なるほど、これなら…………」


 

 私はそれを、手に取って確かめる。



「う~ん、装飾はさすがに地味なものだけど、衣装の外から見る分には関係ないし、それに――――」



 私はグッと拳を握る。



「これなら、っ!」



 そう。私は取り戻したのだっ!

 アバターじゃない、本来の姿のものを――――


「よしっ! いける~っ!」


 念願のそれを手にし、喜びで体が震えるのだった。



 そして『ノコアシ商店』を出て、そそくさと家路を急いだ。



『ニスマジがちょうどいなくて、良かったよっ! こんなの買ったの見つかったら、何言われるかわからないからねっ!』


 

 まるで高校生がエ〇本を買った時の様に、キョロキョロドキドキしながらお店を後にした。



※※





「スミカお姉ちゃん、ごめんね? 着替えに遅くなっちゃった。ちょっと慣れない服だから」


「ううん、大丈夫だよ、ユーア。それに似合ってるよ。それじゃ出かけようか」



 私とユーアは、レストエリアを出て商店街に向かって歩く。


 そんなユーアは、今日は卸し立てのオーバーオールを着ている。

 元々活発に見える美少女だから、その服装も随分と似合っていた。



「そ、そうかな? ボ、ボク、変じゃないっ?」


 モジモジしながら上目遣いで聞いてくる。



「もの凄く似合ってるよっ! まるでユーアの為に、存在する服なんじゃないかってくらいっ!」

「ス、スミカお姉ちゃんっ! それは言い過ぎだよっ! そんな事ないよぉっ!」

「そうかなぁ? 私はユーア以外に似合う人はいないと思うけど」

「もうっ! スミカお姉ちゃんっ! からかわないで下さいっ!」


 なんて言って、更に顔を赤らめて下を向いてしまう。



 ん~、本当の事なんだけどなぁ?

 ユーアは何着ても似合うと思うのは。


 まぁ、もしかしたら私にとっては、かもだけど。

 いいや違う、私個人なわけがない。全世界がそう思ってるはずだ。




 私たちはいつものように、手を繋いで街並みを歩く。


 特に予定は決めてないけど、たまにはただ街を散策するのもいいかと思ったからだ。

 それに、途中途中で足りないものに気付いたら買い物すればいいし。



 とりあえずまだ時間も早いので、適当に商店街をぶらついてみる。

 お昼にはまだ早いし、それに朝ご飯を食べたばかりだ。


 朝の商店街は、開店準備やら仕込みやらで、せかせかと動き始めている。


 そんな中歩いていると、


「おっ! あの姉妹のお姉ちゃんの方――――」

「あれ? あのお姉ちゃん――――」

「はぁ? あの姉妹の大きい方――――」

「うわっ! あのお姉ちゃん――――」



 私たちを見て、何やら囁く声が聞こえる。

 いや、正確には私のある部分を見て騒いでいるのだろう。



 だって、私は今、の筈なんだから。


『ふふんっ!』


 更に強調するように背筋を伸ばして歩く。


『お、あの娘にも、あのお母さんにも勝ってるねっ!』


 見えないところで小さくガッツポーズをする。



「うん? スミカお姉ちゃん、どうしたんですか?」

「べ、別に私は何も変わってないよ? いつも通りだよっ!」

「???」


 ユーアは、私のそんな返答に「コテン」と小首をかしげる。


 でもその目はしっかりと私の胸部を見ていた。

 これでユーアも私の変化に気付いた事だろう。



 そう私は念願の、いや違う、本来の『DランクDカップ(自称)』を手に入れたのだから。



 これは昨日、ユーアが孤児院に行ってる間にノコアシ商店で購入したものだ。


 当初、合うサイズがあるか心配だったけど、それは杞憂だった。


 さすが品揃えが異常のノコアシ商店。

 女性用の下着も数十種類揃えていた。


 ただ、色やフリフリなんて可愛いものはなかった。

 それでも十分魅力的な商品だった。



 そこで、私は自分に合うサイズを探していたところ、なんと、バストを出来る下着があったのだ。


 まあ、現代風に言うと『胸パット』だ。



 私はそれを即購入して、今日は試着も兼ねてそれを装備している。

 ついでに通常の下着と、念のためユーアの分も購入した。


『♪』


 ああ、街のみんなの視線が私の胸部に突き刺さる。でもそれも心地いい。

 これ、大きい女性ならではの『優越感』なのだろうか。



「…………じ~~」

「うん? ユーアどうしたの」

「ううん、何でもないです。それじゃ何処に行きますか?」

「ユーアは、どこかある?」

「そうですね、ご飯前にちょっと依頼をみたいかもです」

「え、ギルドって事?」

「はい、ダメですか? 今日はお仕事しないけど見てみたいなって思って」

「うん、それじゃ行こうか」


 行き先を聞いて、心の中で関心する。


 本当にこの子は仕事熱心だね、なんて。

 もうお金にも困ってないだろうに。


 そんなユーアは、依頼人が急ぎの仕事があるかどうか確認したいんだろう。

 依頼人の為にも、早めに依頼を解決したいと思って。


 本当に優しいよねユーアは。



 取り敢えず行き先が決まったので、方向を変えて歩き出す。

 その際にも、私を見ているたくさんの視線とヒソヒソ声が聞こえる。


『おっ! またかな?』


 私はみんなの視線を意識して、更に「ツン」と突き出して歩く。


『ふふんっ! どうだっ!』



「あれ? やっぱり『蝶』だよな」

「うん『蝶』だよね?」

「あのお姉ちゃん、なんで『蝶』の格好なんだ?」

「さあ、どっかで流行っているのかしら?」



 普段なら注視していれば聞こえた筈の、そんな街の人たちの囁き声は、今の天狗になっている私には聞こえなかった。





「オウッ! どうした今日は休むんじゃなかったのかァ?」



 ギルドに入ろうとしたら、ちょうど出てきたルーギルと鉢合わせになった。


「ああ、ユーアが依頼を見たいからプラプラしに来ただけだよ。だから依頼は受けないよ。で、ルーギルはどこか出かけるの?」


 ギルドから出てきたルーギルに聞いてみる。


「んあ、違う。ちょっと息抜きに訓練所で体でも動かそうと思ってなッ! 書類仕事ばかりじゃ体もなまっちまうしよォ」


 首と腕をグルグル回しながらそう答える。


「ふ~ん、案外暇なんだね、ギルド長って。あ、違う。それだけクレハンが負担してるんじゃないの。ルーギルの分まで」


「グッ、ま、まあ、クレハンは優秀だかんなァ、アイツに任せておけば大丈夫だッ」


 なんて、わざとらしくそっぽを向きながら答える。

 一応自覚してるんだ。



「そうだッ! 嬢ちゃんも少し付き合ってくれ、ちょっとした稽古だしよッ!」


 唐突に訓練に誘われる。

 

「ユーアどうする? 相手してもいい?」

「うん、掲示板は後から見れるから大丈夫だよっ!」


 すぐにユーアの承諾が出た。


「そう、ありがとうね。 それじゃ、ユーアがいいって事だけど少しだけだかんね? これからも私たち出かけるんだから」


 チラチラと様子を伺っているルーギルに返事を返す。


「オウッ、それでもいいぜっ! 嬢ちゃんは強いから、短時間でも十分稽古になるからなっ! ってそれよりもよぉ――――」


「なに?」

「どうしたの、ルーギルさん?」


 途中で言葉尻を止めたルーギル。

 そして私たちを「ジ~」っと見ている。



『もしかして、気付いちゃった? 本来の私のナイスバディーに』


 半目でジロジロと私を見ているルーギルの態度で確信した。


 の、はずだったんだけど、


「うん? スミカ嬢。なんか背が伸びたかッ?」


 そんな的外れな質問をしてくる。


「はぁ!? なに言ってるの? 私のこの姿はアバ―― むぐぅっ!」


 最後まで言いかけて、思わず両手で口を塞ぐ。


 アバターなんて言えないし。


 てか、多分身長も伸びないし。

 それも異世界だから、よくわからないし。



「うん? それによォ――――」



 おっ!


 私はさりげなく背筋を伸ばして強調する。

 大きさも形も申し分ない、たわわな双丘が大きく盛り上がる。



「ユーアは今日は、なんか男みたいな格好だなっ! まあ、似合ってるけどよォ!」

「そ、そうかなぁっ! てへへっ!」


「………………」


 まあ、コイツに期待していた私がおかしかったのだ。


 でもユーアはルーギルに言われて、照れながら喜んでいるけど、それって微妙に褒め言葉じゃないからね?



――――



「さあっ! 嬢ちゃんよろしく頼むぜッ!」


 ルーギルは声を張り上げ、模擬戦用の剣を2本構え私と対峙する。

 この前見たルーギルの戦い方だ。



「あ、ギルド長ここにいましたかっ! え? また抜け出して何やってるんですかっ?」


 始まろうとする最中、クレハンが隣のギルドから走ってきた。



「おおッ!クレハン。ちょっと体をほぐそうと思って外に出たんだッ。そしたらちょうど嬢ちゃんたちがいたんで、少し稽古つけてもらおうとだなッ!」


「え、そうなんですか? それならわたしは審判をしてもいいですか? スミカさんの戦いは凄すぎて参加はできませんが、参考にはなりますからね。高ランクの同士の模擬戦ともなると」


 にこやかな顔になって、私とルーギルの真横に立つ。


「………………」


 しかし、ギルド長と副ギルド長がこんなところで油売っててもいいんだろうか?笑顔の二人見るとそう思ってしまう。



「それじゃ、準備はいいですね?」


「うん、いいよ」

「おうッ!」


 クレハンの合図で、視覚化したスキルを両手に装備する。

 形はルーギルの双剣を真似て2本に。ただし円柱にしてある。


 この形の方が剣とは戦いやすいからね。



「それでは始めっ!」



「うおォ――ッ!!」


 クレハンが手を振り下げたのを合図に、すぐさまルーギルが突っ込んでくる。

 どうやら私の初撃の様子を伺う気はないみたいだ。



「おらッ!」


 ブンッ


 ルーギルは私の間合いに踏み込んだ後、双剣で交互に斬り付けてくる。


「お? 結構早いねっ! だけど」


 上、下、左、右斜め、左、下、左斜め、そして、左右同時。


 ガンッガンッ ガガガガンッ!



 ルーギルの連撃を、片手のスキルだけで弾いていく。


 それにしても、かなり鋭く重い攻撃だ。

 時たまフェイントを入れ混ぜてくるのもいい。



「さすがだぜスミカ嬢ッ! 今のは本気の打ち込みだったんだかよォ! それをそんな棒切れで、簡単に防いじまってよッ!」


「いや、言うほど簡単じゃないからね? 結構ズシってきたし、かなり鋭かったから。何ならまた冒険者に戻ったら? そんなに強いならさ」


 今の苛烈な攻撃を受けて素直にそう答える。


「ああッ! それもいいかもしれねえなァ! そん時は嬢ちゃんたちとパーティー組むぜッ!」


「え~っ! ユーアがいいって言えば考えてあげるよ」


「マジかッ! これ終わったらユーアにご馳走するかッ!」


 何でもない軽口に、同じ軽口で返すルーギル。


 こんなやり取りが出来るのは、対戦者同士の特権みたいなもの。

 これは他の第三者が入り込める余地がない、そんな空間だ。



 って、普通はそうなんだけど…………


「そ、その時は、わたしもスミカさんのパーティーに入れて下さいっ! 本当にお願いしますっ! この通りですからっ!」


「え?」

「はっ?」


 入り込めない空間のはずなのに、そこに審判役のクレハンが乱入してきた。

 随分と必死な表情で、熱心に頭を下げていた。



「こ、こほん。さて、それじゃこっちからもいくよ。攻撃してばかりじゃルーギルも練習にならないからね」


 仕切り直しとばかりにルーギルに宣告し、すぐさま地を蹴る。

 さっきのクレハンの事はガン無視だ。


 ギュン――


「よし、行くよっ! ってあれ?」


 キキ――ッ!


 ルーギルに向かって疾走した瞬間、違和感を感じて急停止する。



「え、スミカお姉ちゃんっ!?」

「スミカさんっ!?」

「嬢ちゃんッ!?」



 そして、その様子を見て不思議と驚く三人。


「え? な、なに? どうしたの? こっち見て」


 何となく、背中にうすら寒いものを感じたけど、一応聞いてみる。



 すると……


「スミカお姉ちゃんの、お腹が大きくなってるよっ!」

「スミカさんっ! そのお腹の膨らみは何ですかっ!?」

「スミカ嬢、一体なんだそれはッ!?」


 三人はよく分からない事を言っていた。

 お腹がいきなり膨らむってなに?


「?」


 みんなの視線が本気だったので、念のためにお腹を覗き込んでみる。


「……………え? え、えええええ――――っ!!!!」


 すると、そこにはみんなの言う通り、お腹が膨らんでいる私がいた。



『って、突然お腹が…… じゃなくて、これって―― あれじゃんっ!』


 それは紛れもなく、胸パットだった。


 なんと、さっきの戦いでの激しい動きで、本来、胸の位置にあったパットがズリ下がってお腹の前まで落ちてきていた。


 それを見てみんなが反応したんだと謎が解けた。


 んだけど、


「こ、これは、その、ええと、あれよっ! そう、朝ご飯食べ過ぎちゃったからだよっ! 決して太ったわけじゃないからねっ! マジ本当だよっ!!」


 両手をぶんぶんと振って「ねっ! 信じてっ!」と付け足す。

 ここで色々な誤解を解いておかないと、私の人生終わりそうだし。



 するんっ!

 ポトッ!


『ん? ま、またなんか落ちてきたっ!?』 


 気が付くと、お腹にあった膨らみが無くなっている。



「ああ、なんとなくはわかってたんだがよ、最初から。でもそこまでしてなのか? 女の見栄って奴は。くくくッ!」


「ギ、ギルド長っ! スミカさんも女性として気を使ってるんですから、あまり失礼な事は言わないで下さいっ! くふふっ!」


「ス、スミカお姉ちゃんっ! ボクは小さくてもスミカお姉ちゃんの味方だよ? だからあんまり気にしないでねっ!」


 かなりぎこちないフォローを入れてくる三人。

 特に男どもは笑いを堪えている。



『え? 今度はなによっ!? 下?』


 みんながみんな。

 私の足元に注目していることに気付く。



 そこには――――


「あっ!?」


 胸からお腹、そして今は地面に落ちた、超極厚の胸パッドが目に入った。



「いやあぁぁぁぁ~~~~っ!!」



 見られた恥ずかしさのあまり、絶叫を上げ、黒の透明壁を展開してその中に閉じこもる。これでこの世界は私だけとなった。



「うううっ、なんでこんな目に私がっ! 一体何をしたっていうの? 何も悪いことしてないじゃんっ! それもこれもこの小さなアバターが悪いんじゃないっ! 元の大きさの設定にしておくんだったよぉ! Gランク自称だった元の姿に~~! ううう」


 私は暗闇の中で一人、涙しながら咆哮する。




 一方その頃。

 外の世界では……



「スミカお姉ちゃ~んっ! 出てきてよぉ~っ!」


「ス、スミカ嬢ッ! 出てきてくれよォ! プククッ」

「わたしは別に何も見ていませんよっ! だから出てきて、クスッ」


「もうっ! 二人とも、あっちに行っててくださいっ! スミカお姉ちゃん聞こえるっ? ねえってば、返事してよぉ~~っ!」


 黒の透明壁に向かって、必死に叫んでいる三人がいた。

 ただ約2名は半笑いだけど。




『…………そうだ。私はこの暗い空間でこのまま蹲って蛹になろう。どうせ格好も蝶の格好だしね。うん、それがいい――――』


 私は膝を抱えて丸くなる。外の世界は怖いから、ここからもう出たくない。

 幸いなのか、引き籠るのには慣れている。

 食べ物もアイテムボックスに入っている。




 それから3時間。


 私はユーアが外で泣きだしたところで、慌てて現実に戻った。

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