第44話SS大豆少女は蝶のお姉さんに出会いました いち



 今話から大豆工房の一人娘のメルウちゃん視点のお話になります。

 

 何故この親子がこの街にお店を出したかのお話と

 お父さんが元気になる過程のお話になります。


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 わたしのママは、わたしが小さいときに死んだってお父さんが言っていたの。



 わたしの歯がまだ生えそろっていない頃。


 隣の街まで大豆の食品を届けに行く途中で魔物に襲われて、お母さんがわたしを庇って大きなケガをして死んじゃったって、お父さんが7つの時に教えてくれたの。


 その時に、お父さんもケガをしながら魔物を追い払って、持ってきていた包帯や傷薬を使ってもお母さんは助からなかったの。



「この国を出て違う大陸に行ってみないか? メルウ。この国では誰も助からない。食文化だけやたら発達してきたこの国ではな」


「うん……」


 そして、わたしが九つになった日に

 わたしとお父さんは海を渡り、このコムケの街にやってきたの。





「お父さん、どうしてシコク国から出たかったの?」


 船を降りて地図を見ているお父さんに聞いてみたの。


「それは、あの国にいては助かる命があっても、それを助ける知識や、技術、薬や治療術が、他の国に比べて発展していないからだ。他の国に自慢できるのは食文化だけ。それで国を維持し潤っている。あの時にこの大陸の薬や治療術があったならば、お前のママは助かったかも知れねえんだ」


 お父さんは、わたしを見つめながら悲しそうにそう教えてくれたの。


「お父さん、この国でも大豆のお店をやっていくの?」


「当たり前だ。それがお前のママの願いだったからな」

         

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『私の大好きなメルウ。あなたが無事で本当に良かったの。ねえ、そこにいるよね? 私はもう助からないと思うの。あなた、だから――』


『わかったっ! わかったからもうしゃべるなっ! 俺が絶対に助けてやるっ! だから、だから――――』


 お母さんから吹き出る血が全然止まらない。

 高いお金で買った薬が効かないみたい。



『わ、私の愛してるメルウをお願い。そして―――― あなたの大豆を世界に広めて欲しいの。私が好きだった、あなたの素晴らしい大豆食品を…………』


『サ、サリュ――――っ!!』



 それが、お母さんの最後の願いだったらしい。


 わたしを守ること。

 そしてママが大好きだった、お父さんの大豆食品を広める事。


 その両方を守ろうと、お父さんはわたしを連れてこの大陸にやってきたの。



※※



 まず、お父さんは露店の並ぶ場所に小さな販売所を。

 そして歩いて10分のくらいのところに倉庫と工房を借りたの。



「さあ、今日からこの街で心機一転やって行こうぜッ! ガハハハハッ!」


 元気よくお父さんはバシバシとわたしの背中を叩くの。


「い、いたいの、お父さんっ!」


 そう、この新しい街でママの願いだったお父さんの大豆食品を広めていくの。

 わたしもがんばるのっ!





「売れないの、お父さん…………」

「そうだな、まさか大豆の食べ物が殆ど広がってないとは思わなかったぜ…………」


 売れないの。

 ただ全然売れないわけじゃないの。


 お客さんが買っていくのは、枝豆や煮豆、萌やしばっかりなの。

 お父さんが頑張って作った味噌や醤油が納豆がダメなの。


 みんなママが大好きだったものなのに――――



「ガハハッ! 心配するなメルウッ! お前のママが好きだった俺の大豆食品だ。ママと俺を信じろッ! 誰か買ってくれりゃ直ぐに広まるさッ! ガハハハハハハッ!」


「うん、そうなのっ! お父さんの大豆食品は美味しいのっ!」



※※



「メルウ、俺はちょっくら、街の外で材料を取ってくる店番はたのんだぜ」


「う、うんなの」


 お父さんがそう言って街の外に出たのは

 わたしたちが街に来てもう3か月たった頃なの。


 この街の冒険者に依頼をするお金も

 お店と工房を借りている代金も、もう払えなくなりそうなの。



 わたしはお父さんがいない間にお店を頑張ってみたけど

 どうしてもこの街の人はわかってくれないの。



 「発酵? なんだそれは」

 「腐らせる? そんなもの食えるか!」

 「匂いが酷いのばかりね、大丈夫なの?」


 そんな事の繰り返しなの。


 どうしてわかってくれないの?

 ママが好きだった、お父さんの大豆の食品だよっ!


 わたしは泣きました。

 何度も何度も泣きました。



「うう、悔しいの…… わたしじゃ何もできないの……」





 そんな生活を続けていたある日。



 何度も街の外に出ていたお父さんが今日も帰ってきたの。

 でもそれはいつもと違ったの。



「お父さんっ! お父さんっ! お父さ~んっ!」


 わたしは泣きながらお父さんに呼びかけたの。

 お父さんは服の所々が破けて、赤く滲んだ格好で帰ってきたの。



「ああ、メルウすまん。ちょっとドジッちまった。こんな時の為にこの街の薬を買っておいたのが良かった。きっとあの時の薬よりよく効くから、そう心配するなすぐに良くなるぞ、ガハハ……」


 そう言ってお父さんは、気を失ってしまったの。


 わたしは泣きながらお父さんをベッドに連れていって、赤い包帯を交換したり、残っていたお薬を塗ったりして、なんとか血は止まってくれたの…………


 でもあちこちのお肉が無くなっているところや、変な方向に曲がってる手はこの薬じゃ治らなかったの。



 もっと、いいお薬が必要なの。





 わたしは今日も一人でお店を見ながら、お父さんの看病をします。



「大豆の食品はいかかですかっ――! お父さんが作ったお味噌もお醤油もおいしいのっ! お肉や野菜やスープにもよく合うの。いかがですかっ――!」



 わたしは今日も声を張り上げ頑張ります。

 お父さんのお薬を買うために、一人でも頑張ります。

 頑張ります……



 でも――――



「今日はどうだったメルウ? 痛つっ」


 お父さんは痛い体を我慢してわたしをお迎えしてくれるの。


「お父さんまだ寝ているのっ! 寝てないとダメなのっ!」


 わたしは慌ててお父さんをそっと横にします。


「今日もだったの…………」

「そうか…… メルウ、お前にばっかり負担を掛けさせてるな」

「ううん、いいの。お父さんは早く良くなってなの。そしたら――」



『シコク国に帰ろう』



 わたしはそう言いたかったけど、言えなかったの。

 お父さんが頑張ってるのも、その理由も知っていたから。





 今日もわたしは『大豆工房◎出張所』で一人で頑張るの。



「お父さん『大豆工房◎出張所』の『◎』ってなに?」


 前にそんな事を聞いたことがあるの。


 そしたら――


「ああ、それはなっ! 名前が入るんだっ! けど今じゃないんだ。もう少ししたらわかるぜ! ガハハッ!」


「ふ~ん」


 その時は笑って教えてくれなかったの。

 なんだろう?なの。



 周りのお店は、お昼の時間が近づいてどんどん賑やかになってくるの。

 でも、わたしがいるお父さんのお店はあまり人がいないの。


「………………」


 もう見慣れたいつもの光景。

 これじゃお父さんが良くなっても何も…………



「こんにちはー、ちょっと売り物見せてもらっていい?」


「え?」


 下を向いてそんな事を考えてたら、お客さんがやってきたの。


 女の子が二人なの。

 でも黒髪のきれいな女の人の方は『蝶』の格好をしていたの。


「はいなのっ! 自由に見てなのっ!」


 わたしは慌てて返事をしたの。

 恰好はどうでも折角のお客さんだから。



「ねえ、味噌とか、醤油はないの?」

「えっ?」


 わたしと同じくらいの女の子を連れた『蝶』の人の言葉に驚いたの。

 を知っているの!?



「あ、ありますの……、こっちですの。あれ? お姉さんは味噌をしっているの?」


 びっくりしながら、わたしは二人を案内します。


「うん、知ってるよ。食べたことあるし」


「っ!?」


 わたしはどきどきしながら、味見の小さなお皿に味噌と醤油を乗せます。

 蝶のきれいなお姉さんは、スプーンで掬ってお口に運びます。


『……………………』



「あ、そうだっ! 大豆の食品なら納豆とかはないの?」

「えっ!」


 今度は納豆も知ってるみたいなの。


「メルウ、私は納豆も知っているから出してくれる?」

「は、はいなのっ!」


 わたしは慌てて木箱から藁に包まれたを出すの。


「ズ、ズミカお姉ちゃん、ごれ何?」


 一緒にいたわたしと同じくらいの可愛い女の子が、鼻をつまんで『蝶』の女の人に聞いているの。


「これが納豆だよ。こうやって藁に入れて納豆菌を発酵させて作るの」

「へっ?」


 蝶のお姉さんは知っていたの。

 発酵とか納豆菌の事も。


 でも…………


「はっこう、ってなんでずか? もしかじでそれが腐っでるって意味でずか?」


 もう一人の女の子が、ちょっとびっくりして聞いているの。


『……………』


 きっといつもと同じなの。

 

 味噌も納豆も知っているけど

 女の子の反応はいつものお客さんと一緒なの。


 だからきっと……



「それじゃ、今日は味噌と醤油と納豆を売ってくれる?」


 蝶のお姉さんが意外な事を言ったのっ!


「とりあえず、そうだね…… ここにある分は全部売ってよ」

「ぜ、ぜんぶっ!?」


「スミカお姉ちゃん、またですか…………」


 一緒にいた女の子が、小さく呟いているの。

 『また』って何なのっ!?


 わたしは、そんな二人が信じられなくて

 「お、お姉さん、本当に、あの……」と聞いてしまうの。


「私は澄香っていうの。この可愛い子はユーア。もちろん買えるだけ買うよ。あ、豆腐もついでにお願いね」


「ス、スミカお姉ちゃんっ! ボクは可愛くなんてないですよっ。だから気にしないでね、メルウちゃんっ!」


「え、えっ? う、うん、ありがとう、なの…… ぐすっ」


 これでお父さんのお薬も、お母さんの好きだった大豆の食品もたくさん売れるの。



 ありがとうなのっ!

 蝶のお姉さんに、小さなお姉さんっ!

 


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