第5蝶 大豆少女と大豆工房◎出張所の救援編
第38話と大豆売り幼女の為に準備をします
「ねえ、ユーア。午後からも何処か案内してもらいたかったんだけど、日が暮れちゃったね」
ギルドを出た私とユーアは、空を見上げて、随分と日が傾いてるのに気付く。
ルーギルも忙しいって言ってた割には、時間を掛け過ぎたんじゃないかとも思う。
まぁ、私たちの為だったんだから、あまり文句も言えないけど。
「そうですね。でもこれからどうするの? スミカお姉ちゃん」
「うん、晩ごはんはアイテムボックスにあるし、買い物もある程度揃ってるし。だから今日は帰ろうか?」
ユーアを撫でながらそう提案する。
「あ、そうだっ! スミカお姉ちゃん。ボク、孤児院に行きたいんだった」
ユーアは思い出したように、私を見上げて話す。
「孤児院? あ――」
そういえば、朝にもそんな事を言ってたっけ。
早朝は孤児院も忙しいから、夕方に行くって話だったんだ。
「そしたらユーア。私はもう一度ニスマジのお店に行って来るから、孤児院に行っててもいいよ。そんなに遅くはならないと思うから」
「はい、わかりました。でもボクは少し遅くなるかもです。小さい子のお世話もしてくるので」
「そうなんだ。なら一旦ここで別れようか?」
来た道を振り返りながら、背中越しに答える。
すると、
クイ
「ん?」
背中の羽根を引っ張られる感触を感じ、後ろを振り返ると、
「ね、ねえ、スミカお姉ちゃん。夜はまた一緒だよね? 帰ってくるよね?」
遠慮がちに羽根を摘まむユーアがいた。
その表情はどこか不安気ながら、私を真っすぐに見つめていた。
「あ…………」
私は思い出す。
ここまで何も伝えていなかったことに。
ユーアは恐らく、私と一緒にいれるのがいつまでとか、明日も一緒にいられるかとか、これからは、とか、色々と不安になってるんだろう。
私はずっと一緒だと決めていたけど、今までそれを口にした事はない。
勝手に決めつけていただけで、肝心のユーアには伝えてない。
だったらきちんと伝えなくてはダメだ。
そんな当たり前の事でユーアを不安にさせたくない。
「ユーア」
キュッ
「え?」
名前を呼びながら、最愛の妹の顔を、優しく手の平で包み、口を開く。
「ユーア。私はずっと傍にいるから安心して。今夜も一緒にご飯食べて、お風呂入って、一緒の布団で寝ようね。それは今日だけじゃなく、これから先も続くからね」
ユーアの目を見ながら、ゆっくりと諭すように話す。
「うんうんっ! 良かったよぉ、スミカお姉ちゃん。これからもボクとずっと一緒にいてくれるんだね? 本当だよね?」
ユーアの顔を挟んでいる私の手の平に、自分の小さい手を重ねながら、目尻に涙を溜めた目で、再度聞き返してくる。
そんなユーアに私は、
「当たり前でしょう? ユーアは私とパーティーを組んでいるんだからね。それに――――」
「う、うん。それに?」
ユーアの額に「コツン」と額をくっつける。
「それに、ユーアは私のこの世界の妹なんだから」
「え?」
少し潤んでいる目を見て、はっきりとそう告げた。
「うううっ、うれしいよぉ、本当に良かったよぉ~。ボク、スミカお姉ちゃんがお姉ちゃんならいいなって、ずっと思ってたんだぁ。だからボク本当にうれしいんだよぉ。うううっ」
私のそんな告白を聞いたユーアは、小さな肩を震わし、嗚咽を漏らす。
赤くなった頬を透明な雫が流れて、次第に地面を濡らし始める。
「ううう、ふぇ~ん、ボク、ボク…………」
「ほら、こんなところで泣かないの。皆んなに見られちゃうよ?」
アイテムボックスからハンドタオルを出して、優しく涙を拭う。
「ううう、だってぇ、だってぇ、ボク、本当に本当に、今までで一番嬉しいんだもん。本当なんだもん。だから嬉しくて涙が止まらないよぉ」
「もう、ユーアは泣き虫さんだね? ほら、このままだと暗くなっちゃうから、お姉ちゃんがおんぶしてあげるよ。ねっ!」
ユーアが乗りやすいように、少し腰を下ろす。
「う、うん、ありがとうスミカお姉ちゃん。でもちょっと恥ずかしいかも」
タオルで涙を拭きながら、少し照れるユーア。
「よし、乗ったね? じゃあ、ユーアが恥ずかしいなんて思う、そんな余裕がないほどの速さで行ってあげるよっ! だからしっかり捕まっててねっ!」
「えっ?」
私は少し前傾になり、後ろ脚に力を溜める。
「それじゃ、いくよユーアっ! 舌をかまないように、しっかりとタオル口に咥えててよっ! ヨーイッ――――」
「えっ! えっ!」
「ドンッ!」
私は溜めていた足の力を一気に開放し、そのまま全力で疾走する。
ギュ―――― ンッ
「んんんっ!」
するとすぐさま耳元で、くぐもった声が聞こえる。
どうやらユーアはしっかりとタオルを咥えてるみたいだ。
『それじゃ次は…………』
通りを疾走しながら、索敵モードとMAPを展開する。
このまま通りを走るのは、夕方もあって、街の人が増えてきているから危険だ。
子供の姿もちらほらみかけるし。
MAPを見ながら、比較的安全なルートを探す。
「うん、ここからだと行けるかな?」
トンッ
透明壁を足元に展開し、それを足場にして、民家の屋根の上にでる。
「よっと」
途中で通りを跨ぐようだけど、また透明壁を出せば問題ない。
私はユーアを背負ったままで、屋根の上を駆けていく。
昔も感じた事のある、懐かしくも、暖かい温度を背中に感じながら。
シュタタタタタ――――――
「大丈夫? 舌噛まなかった?」
ちょっとだけ首を回して、背中のユーアに聞いてみる。
かなり気を使っていたけど、全部の衝撃を抑えられたわけじゃないから。
「ふふっ」
「んっ?」
「あははっ」
「うん?」
「あはははは――――っ! 早い早いスミカお姉ちゃんっ! それに高いよスミカお姉ちゃんっ! あははっ! 怖くて楽しいよぉっ!」
そんな背中では、ユーアが見た事もないぐらいにはしゃいでいた。
まるで年相応の子供の様に、無邪気な笑顔を振りまきながら。
『ふふ、良かった。気分転換になったんだね』
私はそれを見て、若干スピードを落とす。
噛んでいた筈のタオルを、ユーアが離しちゃったから。
シュタタタタタ――――――
『それにしても、この世界もやっぱり夕陽はきれいなんだね』
遠くの山の向こうに、ゆっくりと沈む太陽を見ながら、自然とそう呟いた。
楽しそうな悲鳴を上げる、ユーアの笑い声も私には心地良かった。
※※
「それじゃ、私はニスマジのところに買い物に行ってくるから。もし私が先に帰ったら家の中にいるから」
「またね」と、私は手を振って孤児院から離れていく。
「うんっ! スミカお姉ちゃん、
そんなユーアは孤児院の前で、ぶんぶんと手を振って見送ってくれた。
私は明日のメルウの大豆商品を売り込む為に、必要な何かを購入しにノコアシ商店に向かう。
あそこなら殆どの物が揃っているはずだから、大丈夫だろうと。
――
「よし、着いたっと」
店の前に到着すると『変○三人組』は相変わらず呼び込み? をしていた。
極力目を合わさないように、逃げるように店内に滑り込む。
「いらっしゃーいっ! ってあらぁ? またスミカちゃんじゃないのぉ。一日に三度も来て、一体どうしたのぉ?」
店員と話をしていたニスマジに見つかり、声を掛けられる。
ってか、またクネクネしているし。
「ちょっと明日に必要なものがあってね。○○○ってここに置いてる? 出来るだけ大きいのが欲しいんだけど」
ちょうどいいとばかりに、店主のニスマジに聞いてみる。
「置いてあるけどぉ、わざわざ買わなくても『トロノ精肉店』の『ログマ』に言えば貸してくれるわよぉ。わたしが聞いてあげましょうか? 知り合いだしぃ」
「え、そうなんだ。ん~でも、どうせ自分でも持ってた方がいいかな? これから使うことも結構ありそうだから。あ、そういえばログマさん夫妻ともそうだけど、ルーギルとも昔パーティー組んでたんだってね」
ルーギルから聞いた話を思い出して、ついでに聞いてみる。
「あら、ルーギルに聞いたのねぇ? でも昔の話よぉ。ルーギルがギルド長に推薦されちゃってね。それでパーティーは解散したの。わたしとログマは元々を商売をしたかったから、資金調達のために冒険者になったのよ。今思うと冒険者も面白かったわねぇ」
ニスマジはうっとりと遠い目をして話し始めた。
「そういえばスミカちゃん。冒険者になったんだって? しかもいきなりのCランク」
「え?」
私はそれを聞いて少し身構える。
その情報は30分くらい前のもので、広がるのが早すぎるからだ。
「なんで知ってるの?」
少し警戒しながら確認してみる。
「え? ついさっきルーギル本人がお店にきたのよぉ。その時に話を聞いたの。元々はスミカちゃんの売ってくれたアイテムの確認だったみたい。そのついでに話していったのよぉ」
私の雰囲気を感じ取ったのか「キョトン」とした顔で答える。
どうやらルーギルも色々と考えて仕事をしていたようだ。
アイテムの行く先を心配して、一度ここに来たのだろう。
「なんだ。なら私も心当たりがあるから納得したよ。それじゃ話は戻るけど、大きな○○○ってあるの?」
「あるわよぉ、こっちだわ。でもこんなに大きいの何に使うのよぉ?」
ニスマジも不思議に思ったのか、首を傾げて聞いてくる。
「ああ、それはね――――」
私はメルウの事、大豆の事、そして、ユーアがしたい事と作戦について一通り話をした。
「ふーん、なるほどねぇ、ユーアちゃんらしいわねぇ。でもちょっと面白そうかも? で、そのユーアちゃんは今どうしてるの?」
「ああ、ユーアは今、孤児院に手伝いに行ってるんだよ」
「孤児院? ああ、まだあそこに通っているのねぇ………… そう」
「………………」
なんかだか歯切れの悪いニスマジに、
「なんかあるの? その孤児院って。冒険者の前にユーアがお世話になったとこだけど」
そう疑問に思い聞いてみる。
「……そうねぇ、スミカちゃんは、もうユーアちゃんの保護者みたいなものだものねぇ。知ってもらってた方がいいわよねぇ」
少し声のトーンを下げ、いつもよりも真剣な表情に変わる。
「あくまでも噂程度の話なんだけど、あそこの院長や従業員が、義援金とかを着服しているらしいのよぉ」
「なんでそんな事がわかるの?」
「本当に噂話なんだけどね。スミカちゃんも孤児院は見たでしょう?」
「うん、まるで
ニスマジの問いかけに、間を置かずに簡潔に答える。
誰が見ても、あの孤児院の惨状は酷過ぎる。
中にいる子供たちが本当に生きてるかさえ、疑うくらいに。
「なのよぉ。でも毎年国からも維持できるくらいの資金はでているはずなのに、あの有様なのよねぇ。それで周りがそんな噂をたてているのよぉ」
「それじゃ、この街の領主とかはいないの? いても放置なの?」
そう。
国がだめなら、もっと身近に管理する人間がいるだろう。
「うんと、この街の領主は他の街と兼任なのよぉ。それでも年に一回は視察にきている筈だけど、孤児院まで視察しているかどうかはわからないわぁ。街の隅々までは視ないはずだものぉ」
「そう、なんだ…………」
なるほどね。
なら領主の怠慢が原因で、この状況になってるってわけだ。
どんな人か知らないけど、間違いなく優秀な領主ではない。
『だったら私が直接会って、直に文句が言えればいいんだけど、そんな事したら捕まりそうだし、そもそもこんな小娘の話を聞いてくれるの?』
まぁ、私だったら断るけど。
羽根の生えたゴスロリチックな衣装の時点で、怪しさ100倍だし。
『なら領主と会うのは諦めて、孤児院に乗り込む事にする? そうして院長とかから無理やり悪行を吐かせる? 確実な証拠はないけど、力ずくで吐かせるのは得意だし』
真剣に頭をフル回転させるが、そんな脳筋な発想しか出てこない。
これも引きこもってた時の影響だろう。
それよりも気になるのは、ユーアはこの事を知っているのだろうか?
自分が寄付したお金の使い道が、子供たちに使われていない可能性を。
もし、孤児院に入った時から同じ状況だったのならば、この件は知らないと思う。
この状況が長く続いていたのならば、それが普通になってしまうからだ。
でもだからと言って、ユーアに話そうとも思わない。
そもそもこの件は絶対に知らない方が、ユーアの為だ。
もし、噂が事実ならば、裏切られるのはユーアだけ。
相手が仮に処罰されても、永遠に心の傷として残り続けるだろう。
『はぁ、結局……』
なんの考えも浮かばない自分に嫌気がさした。
姉を気取っていても、結局、解決策を見出すことが出来ない。
『いや、とりあえず今は、ユーアの生活を守る事が先決のはず……』
一先ずは誤魔化すように、そう自分に言い聞かせる。
今はまだ何も出来ないと、言い訳する。
「……スミカちゃん、そんなに悩まないでぇ、どうにも出来ない事なんて山ほどあるのよぉ。寧ろ出来ない事の方が多いのよぉ。その度に自分を苦しめてたら自分が持たないわよぉ」
黙り込んだ私に気遣って、ニスマジが声を掛けてくれる。
「まあ、そうだね。今はまだ何もできないみたい」
私はニスマジの言葉に納得し、小さく頷く。
そう
私にはその力が、まだ揃っていないのだから。
※※
「それじゃ、これ買ってくね。安くしてくれてありがとね。って結構の値引きだったけどいいの?」
ニスマジとの別れ際、店の前でそう振り返る
本来の価格の大体3割程度安くしてくれたのだ。
「いいのよ、ユーアちゃんの事も任せっちゃってるし、これは一種の先行投資みたいなものだしぃ」
「う~ん、でもユーアの事は、私の意志でやっている事だから、そっちは気にしないでいいんだよ?」
「まあ、それでもね。スミカちゃんが傍にいるんならわたしも安心できるんだから、その心配料も含まれているのよぉ」
「わかったよ。ありがとうね。それじゃまたくるよ」
「うん、いつでもきなさいなぁ。ありがとうございましたぁ~!」
お礼を言って『ノコアシ商店』を後にする。
正直、嫌な話も耳にしたけど、とりあえず目的のものは手に入れられた。
これがあれば、明日の作戦は大丈夫だろう。
「ふぅ、結構話し込んで遅くなっちゃったなぁ。ユーアもう待ってるかな?」
タンッ!
私はさっきユーアをおぶった時のように近道を見つけて、民家の屋根の上を駆けて行った。
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