第2蝶 初めての戦闘編

第5話お花摘みと目的とフラグ立て




 私はこの世界を受け入れ、この少女を守っていくと決めた。



 もう私は、あの頃には戻らないし、戻りたくはない。


 仮に戻れたところで『あの生活』が待っているだけだ。



 あの時の私は、生きているのか死んでいるのか、自分でもよくわからなかった。

 欲求も好奇心も、起伏も刺激も、何も求めてなかった。

 心はいつもフラットだった。


 だからきっと死んでいたんだと思う。



 一番大切な人を無くした、あの時から、私は――――



 妹の清美と同じ、自分の事を『ボク』と呼ぶ少女ユーア。

 助けられた感謝の言葉も年齢も、清美と一緒の少女ユーア。

 

 これが偶然なのか、誰かの差し向けた【何か】なのかはわからない。



 けれど――――



 今『この姿』でいるって事は、私は守る事が出来る。


 私のこの力は、妹の清美を守る為に、ゲーム内で手に入れた力なのだから。

 それをユーアの為に使っていく。その数々の力を、知識を、能力を。


 だから私は嬉しかった。

 守る為に手に入れた力を、また誰かの為に使える事が。




※※※※




 ユーアと二人、手を繋いで森の出口を目指して歩いていく。



「ねえ、スミカお姉ちゃんは何処から来たんですか?」


 考え事をしていた私に、不意にユーアからそんな質問が飛んできた。


「えっ?」


 一瞬頭の中が真っ白になる。


 ドコカラキタノ?


 ユーアの言ってる事が、まるで知らない国の言葉のように聞こえた。



『う~っ』


 ヤバいっ!

 そういう考えてなかったっ!


 私は冷や汗が出るのを………… 感じなかった。

 装備のお陰で、それも軽減されている。



「そ、そうだね、確か、ここから、遥か南の―――― なに?」


 その時、私はある存在に気付き、森の中に視線を移す。


「スミカお姉ちゃん?」


「ユーア、話の途中なんだけど、ちょっと待っててくれるかな?」


 不思議そうに、私の顔を覗き込んでいるユーアに確認をする。


「うん、いいよ。スミカお姉ちゃん」

「それじゃ、多分大丈夫だと思うけど、何かあったら大きな声で私を呼んでね」

「うんっ!」


 ユーアにそう言い残して、優しく頭を撫でる。

 いい子だね。やっぱり。





『………………』


 私は反応があった場所に向かうために、森の中に入っていく。


 走りながらMAPを開いて、索敵に反応があった場所を確認する。



 凡そ、200メートル程先に、大きな反応があった。

 その他には、大きな反応がないようなので、残してきたユーアは大丈夫。



「よし」


 私は距離を詰める為に、更に加速する。



 タタタッ――――



 前方の視界を、大小の木や枝が遮っている。

 足元を木の根や草木が邪魔をするが、最適な進路を即座に見つけ出して、最高速で疾走する。



 タタッ――――



「……………いたっ! あそこだ」


 少しだけ開けた茂みの中に、それはいた。

 大型犬より一回り以上、大きな獣が5匹。



『こいつらって、オオカミの魔物なの?』



 灰色の固そうな毛皮にタテガミ。

 私の2倍以上はある、太い前後の足と、鋭く尖った爪。


 それと、何かの獲物を狩った直後なのだろう――――


『ガシュ、ガッ、ゴクッ』

『ゴキュッ ゴリ、パキッ』 


 何かの肉に食らいついては、辺りに咀嚼音を響かせていた。



『ゴクッ、ゴリュッ』

『クン、クン』


 口元を真っ赤に染めながら、一心不乱に喰らい付く獣。

 一方では、リュックらしい袋を漁っている者もいた。



「これって…………」


 この魔物は人肉を喰らっていたんだろう。

 人間の物らしい荷物と、喰い散らかされたもので、そう判断する。



「こ、のっ!」


 ザッ


 木陰から一機に飛び出し、魔物の前に躍り出る。



『ふぅ、大丈夫――』


 自分の状態はなんとなくわかっている。

 ここに来るまでに、確認を済ませたから。


 これなら問題ない筈だ。



『『ガルルッ!』』


 ザザッ!


 私の存在に気付いた魔物たちは、一斉に警戒態勢を取る。

 地面にひれ伏す様に、前足を広げ、威嚇の声を上げる。



「いいから見てないで、さっさとかかってきなよっ! その代わり、ここから先は絶対に行かせないし、生かせない。あっちにはユーアがいるから、ここで全滅させるっ!」


 私が魔物にそう啖呵を切った瞬間、5匹はまとめて飛び掛かってきた。



 ザンッ!


『ガウ"ッ!!』 ×5


 タンッ


 私はそれを見て、大きく右にステップをする。


「っと」


 最初の標的を右の魔物に決めて、すぐさま頭上に、透明壁[□]を展開して、魔物の頭に躊躇なく叩きつける。


「んっ!!」


 ガンッ!


『ギャンッ!』


 殴りつける音とともに「グシャ」とした手応えの元、頭部が潰れた肉片が足元に出来上がる。



『『ガルッ!?』』


 すると、仲間の一匹が殺られたことにより、一瞬魔物は動きを止める。

 予想外の一撃に、数舜、怯んだように硬直する。



 もちろん私はその隙を逃す訳がない。


 トンッ


 一歩で距離を詰めて、動きの止まっている一匹を、今度は横殴りに振りぬく。


 ガァンッ!


『ガッ!』


 これも大きな衝突音とともに吹っ飛び、そのまま生命活動を失う。



「――――ふう。さあ、残りは三匹になっちゃったね。どうするの? 逃げる? まぁ、逃げても追っかけて絶対に倒すから、そもそも無駄だけどねっ!」



『『ガルルルッ!!』』


 ザザンッ!


 残りの三匹は私を囲んで、今度は同時に飛び掛かってくる。

 前足を振り上げ、牙を剥き出しにし、血走った目で襲い掛かってくる。



「………………」


 だが、私はそれを見ても動かない。

 動かないけど――――



 ガンッ、ガッ、ガッ!!


『『ガッ!?』』



 牙を剥き出しにして襲い掛かってきた三匹は、私の周りで何かにぶつかり動きを止める。私は自身の周りに防壁として、透明壁[□]を展開していた。


 その衝突で動きを止める三匹に、透明壁を一旦解除して、今度は振りぬくように回転をする。



「んっ!!」


 ガガ、ガンッ!


『『ギャッ!!』』 ×3



 三つの激しい衝撃音とともに、一匹は地面に叩きつけられ、一匹は大木の幹に激突し、一匹は体液をまき散らしながら絶命する。



「ふう―― さてと、この辺りはもう大丈夫だね」


 肺に溜まっていた空気を吐きだし、念のため索敵で確認するが、この付近にはこれ以上の魔物は見当たらなかった。なので、ユーアの元に戻る事にした。

 




※※




「スミカお姉ちゃん、さっきは突然どうしたの?」


 森の中から歩いてくる私を見つけて、ユーアが声を掛けてくる。


「あっ」


 私はまた言い訳を考えてなかった事を思い出した。

 そもそも初戦闘で、色々と葛藤もあり、それどころじゃなかった。



「あ、うん、えーとねぇ~ 花摘み? そう、お花を摘みにいってたのっ!」


 ユーアの後ろの白い花を見つけて、そう言い訳をする。

 うん、我ながら完璧だね。何て、心の中で思いながら。



「え、あっ! う、うん、そうだったんですかっ! 街まで遠いからガマンできないもんねっ! ボクだってそういう時いっぱいあるもんっ!」


 ユーアは何かに気付いたように、私の話に合わせてくれる。



「う、うん、そうなんだよねっ!」


 何て、今度は私がユーアの話に合わせる。


 街までガマンって何?



『ん~』


 なんだか会話が噛み合わない、気がする。



『まあ、別にいいかな? なんとか誤魔化せたみたいだし……』


 ちょっとだけ不思議に思いながらも、ユーアと手を繋いで歩いていく。



「あっ!」

「?」


 だけど私はふと思い出す。

 さっきの言い訳が、乙女にとっての隠語だったって事に。



『あ、あの時は咄嗟に目に付いた花から適当に「お花摘み」て言い訳したけど、よく考えたらそれって…………』


 オシッ〇じゃんっ!


 会話の途中でオシッ〇をしたって、堂々と報告しただけじゃんっ!

 乙女が森の中で野ションしたって、幼女にバラしただけじゃんっ!!



『ううっ~』

 

 ユーアとの会話が繋がらなかった意味がわかって、良かったような、恥ずかしいような、そんな複雑な心境の私だった。




※※※




「ユーア、あの先で森を抜けられるの?」


 薄暗い森の先に光が見えたから、ユーアにそう聞いてみた。



「はい、そうです。森を抜けて、街道沿いに2時間くらい歩けば、コムケの街が見えてきますっ!」


「そう。なら森を抜ければ、危険なことはなさそうだね」


「そうですね、街道に出れば、森より安全ですね」


 もう少しで森を抜けれるらしい。

 あとは整地された街道だから、ユーアの言う通り、危険も少ないだろう。



 そう話していた、そんな矢先の時に、それは現れた。



「それじゃ、私は初めてだから、街に着いたら案内してもらおうかな? って、なに? あんたら」


 不用心だった。

 会話に夢中で索敵を疎かにしていた。



「はいっ! ボクがスミカお姉ちゃんを―――― えっ!?」


 迂闊だった。

 ユーアと二人、気づいた頃には遅かった。



 森を抜ける直前に、私たちは…………



「――――おいおいおいっ! ガキんちょ二人じゃねーかよぉッ! 誰だパーティーで入ってたのを見たのはよぉッ!」


 武器を持った複数の男たちに囲まれていた。

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