刈谷蓮太郎という男

守り人とは、人と人ならざるモノ達の間を取り持つ者達のことだ。あやかしや霊と時に語らい、危害を加えるモノはこれを祓う。世の均衡を保つ者。


俺が10歳の頃だ。


「蓮太郎、こっちにおいで。」


床に伏せていた母は俺を呼びこう言った。


「母さんね、もうダメみたい。」


子供ながらに覚悟はしていたと思う。

それでも本人の口から聞いた言葉は想像以上に心をえぐった。涙が溢れてきた。


「本当はもっとあんたと一緒にいたかったんだけどね。ごめんね。」


歯をくいしばって嗚咽を堪える俺の頭をそっと撫でてきた。


「いい?蓮太郎。女の子には優しくしなさい。それと友達は大切にね。」


あとそれととそのまま言葉を続け、好き嫌いせず何でも食べろだとかちゃんと歯を磨きなさいだとか、とりとめの無い事も言い聞かせてきた。

俺は「うん」と全部頷いてこたえた。しかし


「あとそれと、出来れば御役目の事なんて忘れて暮らしなさい。」


最後に言われたことだけは首を横に振った。


「あんたの霊力じゃ厳しい。雑霊にすら勝てないよ。」


それでも俺は


「嫌だ。」


と首を横に降る。


すると母は


「困った子だね、でもあたしも子供の頃は父さん母さん困らせてたから血は争えないね〜。」


と苦笑し俺を抱きしめた。


次の日

母は息を引き取った。


眠ったような安らかな死に顔だった。

母は今代では最強と呼ばれる程に強い霊能者であったが姉御肌で人情深く、また子供みたいな笑顔をする人だった。そんな人だからか人にもあやかしや霊にも皆に慕われていた。

葬儀には大勢が参列した。

人も人ならざるモノも皆、母の死を悼んだ。

俺はこの光景をみて、母が如何に凄い人だったのか実感し、殊更に強く誓ったのだ。

母の様な守り人になると−−−−−−−−−。



あれから7年後、俺こと刈谷蓮太郎は現在

人生の終わりを迎えようとしていた。


「うぅ…」


病名はない。


「腹減った…」


餓死だ。


かれこれ1週間ロクなものを食べていない。

1年前、高校に入学した際に俺は守り人となったのだが現実は厳しかった…

母亡き後、この土地の守り人が不在であったその間にとある関東霊能協会という関東一大団体が後任の守り人がが来るまでは、とこの土地の守護をかって出た。だが1年前、晴れて守り人となった俺を「守り人なきこの地を今まで守って来たのは我々である、もはや新しき守り人は不要。」と宣い引き継ぎを拒否。

要はこんなおいしい仕事場を後から来た新参に渡してたまるかということだ。

おまけに関係各所に俺に仕事を回さない様圧力を掛けているらしく仕事は激減。

古くから付き合いのある所からの依頼はあるのだがそれにも限度があるというものだ。

まあ、それでも母が残したお金で今まで生きて来られたのだが。


問題は


「あの馬鹿、どこほっつき歩いてんだ…」


我が家の財産を管理している俺の後見人が

生活費を振り込み忘れていることなのだ。

いつも1日遅れぐらいで振り込みがあるのだが今回はもう振り込み予定日から2週間目となる。因みに仕事料も銀行振込の為やつが管理している。

母の親友で昔は姉やと呼び慕っていたのだが、今では恨み言が口から溢れる…

ジリリリリィン ジリリリリィン

と電話が鳴り出した。俺は何も入ってない腹を押さえてのそりと立ち上がり、我が家では未だに現役の黒電話の受話器を取った。


「はい、刈谷ですぅぅ…。」


語尾が余りの空腹に呻き声が混ざる。


「その感じだとまだ仕送りがないみたいね。」


おれの情けない声の後、聞き馴染みのある鈴の音の様な綺麗な声が返ってきた。


「仕事よ。」


久しぶりの依頼だが、腹が減りすぎてそれどころではない。今回はパスだ。


「今回はパ」

「因みに支払いは当日に手払いだそうよ。」

「詳細は放課後にそっちでいいか?」


現金払いとは渡りに船、地獄に仏というやつだ。俺は見事な掌返しで了承した。


「ええ。それじゃあ。」

「おう。」


ツーツー、と通話が切れたことを確認し俺は受話器を置いた。


「さて、久しぶりの依頼だ気合いを入れないと」


と意気込んだ所で腹がぐぅ〜と鳴った。

思わず腹を押さえる。


「…先ずは今日の授業をどうにか乗り切らないとなぁ。」


俺は空腹であるのを誤魔化すために蛇口からたらふく水道水を飲み、横に置いてある食卓塩を舐めた。塩分は大事だ。


その後、制服にサッと着替え鞄にさっき舐めた食卓塩を詰める。昼も同じメニューだ。


「お昼ご飯よし、と。」


言ってて虚しい…。

そう思いながらも玄関へ、と忘れてた。

居間に引き返す。

其処には仏壇があり、子供みたいな笑顔で笑う母の遺影が飾られていた。座って手を合わせる。


「じゃあ、行ってきます。」


俺はそう言うと今度こそ家を出た。

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