プロローグ 蘿蔔美咲4

気がつくと私は自室のベッドで横になっていた。

身体はピクリとも動かせない。辛うじて動かるのは視線くらいなものだ。


(夢だなこりゃ。)


直ぐに夢だと自覚。毎度の事だから慣れたもの……


(っ゛!!!!!!!!!!!!)


思い出した瞬間。心臓を鷲掴みにされた様な怖気が走った。


まずい

まずいまずいまずいまずいまずいまずいなんで忘れてたなんでなんでなんでなんでなんでだってあんなに


(あんなに毎日見ていたのに!!!!)


そして


ぴぃぽう


音 聞 。

が え

こ た


「あ、ああ…っ」


ぴぃぃぽうぅううぅぴぃぃぽうぅううぅ


(ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!)


堰を切ったように溢れ出る恐怖に突き動かされ必至に身体を動かそうと試みる。

だがまるで自分の身体ではない様で指先1つ動いてはくれなかった。


ぴぃぽうぅううぅぴぃぽうぅううぅ

ぴぃぽうぅううぅぴぃぽうぅううぅ

ぴぃぽうぅううぅぴぃぽうぅううぅ

ぴぃぽうぅううぅぴぃぽうぅううぅ


音はどんどん大きくなっていく。

こちら近づいて来ているのだ。

本能が警鐘を鳴らしている。

アレハ良クナイモノダ

悪イモノダ

死ヲ呼ブモノダ と

夢の中とはいえあれには関係ない、このままでは


(殺される!!)


と直感したその時だ。


目の前にいきなり強烈な光が現れた。


(なに、これ)


辺りが見えなくなるほどの強烈な光、だが不思議と恐怖は感じなかった。それに


(音が遠ざかってる…?)


あれだけ大きく恐ろしかったサイレンも急速に小さくなっていった。


(温かい)


あれほど冷たくなっていた身体が熱を取り戻し始めた。

そして、身体から景色が急激に遠ざかっていく感覚、目覚めの合図だ。

あの光は私を助けてくれたのだろうか?

だとすれば

(お礼、言いたかったな…)


そんな事を思いながら私は意識は現実に浮上した。




ゆっくりと目を開き辺りを見回す。自分の教室だ。次は時刻、今は昼休み。


うん


どうやらお昼ご飯を食べ終えてそのまま寝入ってしまったみたいだ。と


(ん?)


首筋に違和感。触ってみると白い粉の様なものが割と大量に付着していた。何これ?

そして、目立つ様な起き方をしたわけでもないのになんで周りのクラスメイトが私を驚いた様な目で見ていた。正確には私の後ろ?

思わず自分もその視線を追って振り向く。


するとそこには私の頭上に右手を掲げたままこちらを見下ろしている遅刻常習犯、即ち狩谷連太郎が立っていた。


おそらくこの首の粉も彼の右手からもたらされたものなのだろう。

とりあえずだ、とりあえず一旦冷静に


「何これ?」


粉の正体を聞いてみた。


「塩」


瞬間、私の渾身の一撃が彼の頬に突き刺さった。我ながら見事なコークスクリューブロー

「ぷげ」などという音を口から発し、仮にもか弱いJKのパンチにも関わらずおいおい漫画かよといった勢いで吹き飛びそのままピクリとも動かなくなった。


教室内がしんと静まり返った。


私は拳を振り抜いたまま姿勢、残心を解き

何事もないかの様に自分の席に着席。

それを皮切りにクラスメイト達が「おい、あれやべえんじゃねえか」「誰か保健室連れてけ!」などと口々に言いそのまま有志の男子生徒達によって保健室に搬送。

彼は結局、今日最後まで教室に戻って来なかった。


私は残りの授業を無言でこなした。




さて放課後である。

他の生徒は部活やカラオケ、タピる等々と各々青春を謳歌するのだが、家庭の家事の一切を取り仕切る私はそうはいかない。

お家でお腹を空かせて待っている大きな子供がいるからだ。まあ母親なんだけど。


買い物は昨日終えているのでこのまま直帰してすぐ支度すれば時間もあるしちょっと凝ったものも作れそうだ。


「じゃあね美咲、また明日〜!」

「うん、舞もまた明日ね!」


舞と校門の前で別れる。帰り道は正反対なのだ。

しばらく家までの道を一人で歩いていると思い出さない様にしていた昼の記憶が蘇って来た。


(やっぱムカつくぅ!!)


あの時の一撃でその場は納めたが、やはり腹が立つものは仕方ない。


(やめやめ、あんな奴の事なんて考えたくもない。)


と無理矢理頭の中から振り落とし帰路を急いだ。



「ただいま〜!」


声を上げて家の中で中に入る。するとしばらくしてパタパタとスリッパの音を鳴らしながら母が玄関までやってきた。


「お帰り〜。どう?間に合ったの持ち検。」

「ギリね、ギリ。」


母の質問にそう答えながら靴を脱いでいるとふと見慣れないスニーカーがあることに気づいた。


「お客さん来てるの?」


ああ、そうだったそうだったと母。


「実は今霊媒師の先生に来てもらってんのよ。」

「はぁ?霊媒師ぃ?」


胡散臭っ!

オカルト全否定派の私は物凄い胡乱な目で母を見やった。絶対騙されてる!と


「奥さん?どうしました〜?」


とリビングから若い男の声。ついで母とは違うリズムのスリッパのパタパタする音。

こちらに来る様だ。

ちょうどいい。そんな胡散臭いやつ私が叩き出してやると意気込むわたし。しかし

そんな意気込みも顔を見た瞬間吹き飛んだ。


「な、な…」


そう、その件の霊媒師は


「何であんたがここに居るのよ!?」


あの狩谷連太郎だったのだから。


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