第7話 ルリアの決意
「それはまた……お前らも大変だったな」
目の前にいるやつれ顔のインキュバスたちにそう言うと、弱々しい笑みを浮かべていた。
俺は今、サキュバスたちが滞在している旅館の従業員用の大部屋で、10人のインキュバスと話し合っていた。
なぜ彼らと話しているかというと、サキュバスとインキュバスの関係が、俺が思っていた以上に厳しいものに感じたからだ。
サキュバスたちをこの旅館に押し込んでから何度かここに顔を出しているが、客室が余っていのにインキュバスは大部屋に押し込められ、食事の用意から掃除洗濯と全てやらされているようだった。その間サキュバスたちはうちから派遣した島の女性たちからパソコンのレクチャーを受けたり、ゲームや映画鑑賞をして温泉に浸かりゆっくりしていた。
彼女たちが片手を上げればすぐにインキュバスが駆け寄り、飲み物やお菓子をもっていく姿を何度も見た。もうサキュバス全員が女王様みたいな扱いだったよ。たまに来る俺でさえそういった姿を何度も見てるんだ。これが日常のことなんだと思った。
それでいくらサキュバス族が女尊男卑の社会とはいえ、なんでそこまで尽くすのか気になったのでインキュバスを集めて聞いてみたわけだ。
まず最初になんで全員顔がやつれているのか聞いてみると、なんとここにいるインキュバス全員がサキュバスたちの夜の世話までしているそうだ。
どうも年齢が高くなるほどサキュバスは性欲が増すというか、インキュバスの体臭に興奮しやすくなるようになるらしい。恐らく子孫を残すためにそういう体質になっているんだろう。
ただ相手はあのサキュバスだ。いくらインキュバスでも、毎日限界まで搾り取られているようだ。そもそもインキュバスだからと言って絶倫ではないみたいなんだよな。異種族相手の場合は、媚薬成分が入っている体臭と魅了。そしてテクニックで異性を落とすらしいんだ。
しかしサキュバスは精を放たないと満足しないそうで、それでインキュバスたちはみんなやつれた顔をしているという訳だ。
夜の世話に関しては羨ましいなと思いつつも、やつれた顔のインキュバスにそんなことを口にするほど俺も無神経じゃない。
次に魔界でインキュバスはどんな扱いを受けているか聞いてみたんだ。
その内容が思っていたよりも酷くてさ。どうもインキュバスもサキュバス同様に吸血鬼族の所に血を吸われに行くらしい。そのうえサキュバスたちの世話をしてサキュバス同様に潜入任務もこなし、果樹園での肉体労働もほとんどがインキュバスがやってるそうだ。そして全てが終わり寝床に戻ると、今度はサキュバスとの子作りが待っている。若いインキュバスはほぼフルコースだ。
その過酷な生活からか、サキュバスの平均寿命が100年なのに対し、インキュバスは60年ほどらしい。ただでさえ男より女の方が産まれやすいのに、酷使することからインキュバスの数はサキュバスの4分1しかいないそうだ。
女尊男卑社会だとは聞いていたが、まさかここまで酷いとは思わなかった。正直帝国がエルフや獣人にしていたのと同じことをされている。いや、それ以上かもしれない。
「お前らには悪いが、はっきり言ってサキュバスの奴隷だよな? なぜそこまでされて黙ってるんだ? 身体能力はサキュバスより高いだろ? 」
インキュバスはサキュバスより2ランク以上、体力や力や素早さが高い。それなのに待遇改善のために反抗しないのはなぜだ?
「我々は魔力が低いですから逆らう事はできないのです」
「あ〜魅了されちゃうのか」
サキュバスの魔力は平均でAランクだが、インキュバスはBランクだ。3ランクの差がある。逆らっても魅了の魔法で隷属させられるから意味がないということか。逆らった罰で何を命令されるかわかったもんじゃないしな。そりゃ怖くて逆らうことなんかできないか。
「はい。それでもここにいる我々は8人のサキュバスを相手にするので夜の務めはまだ楽な方です。国いる者たちは毎日相手をさせられますから」
「そうか、そうだよな。あっちに残ってる方が多いんだもんな」
こっちにきているサキュバスは精鋭部隊だって言っていたもんな。どうも老化が遅いらしく見た目じゃわからないけど、15人中の8人ほどは性欲旺盛な時期に入ったサキュバスがいるってことか。そういえばルリアよりも甘い匂いを発している女性が多くいたな。あの子たちがそうかも。
ここにいるインキュバスたちも精鋭だって言っていたし、見た目が20代後半から30代だから結構歳はいってるんだろう。人族だと40歳から50歳ってとこか? それで性欲旺盛な時期に入ったサキュバスの相手をするのはキツイだろうな。
朝までオッキ君を差し入れしてもいいんだが、どうも男を見下して奴隷のように扱っているサキュバスが気に入らない。同じ男としてせめて対等な立場にしてやりたいとい思ってしまう。
「よし! わかった。俺が鍛えてやる」
「は? 鍛えるとは? 」
「ランクを上げてやるって言ってるんだよ。サキュバスの魅了に対抗できる魔力があれば対等とは行かないまでも、奴隷のように扱われる事は避けられるだろ」
まずはここにいる奴らの地位を向上させよう。族長の娘たちもいることだしな。戦闘経験を積ませ、ランクを上げればなんとかなるだろう。
「い、いえ我々は戦闘はそこまで得意ではありません。トロールですらギリギリ倒せるかどうかですので……」
「そこは心配するな。ちゃんとサポートは付けてやる。弥七、いるんだろ? 」
シャッ!
「ここに」
「「「「「!? 」」」」」
突然天井から降りてきた黒ずくめの忍び装束姿の弥七に、部屋にいたインキュバスが身を仰け反らして驚いている。
俺はそんな彼らに構わず弥七へと指示をした。
「親衛隊の中から男だけのパーティを作りインキュバスを鍛えてやってくれ。そうだな。全員の魔力がAランクになるように頼む。古代ダンジョンならすぐだろ? 」
「御意。御屋形様、里の成人した者も同行させていただきたく」
「ああ、何人でもいいぞ。時間はあるからな。しっかり鍛えてやってくれ」
静音がちょこちょこ連れてくるダークエルフの美少年も、ランクが上がれば男らしくなるだろう。インキュバスよりもそっちを重点的に鍛えて欲しいくらいだ。静音たちが映画だか動画だか制作していて忙しい今がチャンスだ。
「御屋形様の御厚情ありがたく」
「俺の尻のためでもあるから気にするな。それじゃあ早速頼むぞ。サキュバスたちには俺から言っておく」
俺はそう言って弥七にインキュバスたちを預け、サキュバスたちに今後のためにインキュバスを鍛えることにしたと伝えた。それによりしばらく旅館には帰らないことも。
サキュバスたちは全員絶望した顔をしていたよ。家事なんか一度もやったことがないらしいからな。しかしそうなると夜の相手もいなくなるわけだから、8人ほど欲求不満になるかもしれないな。それは確かにキツそうだ。
これは彼女たちを保護している者として、ちゃんと生活できているか頻繁に顔を出して確認しないとな。まったく、世話の焼ける子たちだ。
俺はインキュバスたちを呼び止め、着ているシャツを回収して旅館を飛び立った。
☆☆☆☆☆☆
「あっ! コウ! ニヤニヤしてなにか良いことでもあったのか? 」
「ん? リズか。いや、なんでもないよ。それよりそれはホークⅢの二人乗りバージョンだよな? もう届いたんだな」
旅館から悪魔城へと空を飛びながら戻る途中。ホークに乗っているリズが側面からやってきて並走してきた。
彼女の乗っているホークⅢは新型機だ。これは今までのような立ち乗り式ではなくビックスクーターのような形をしており、単座と複座の2タイプがある。さらには直進のみだが自動走行機能付きだ。複座式は車体がかなり長く、座席を平にすることもできるから寝転がりながら空中散歩ができる。
朝からリズがウキウキ顔で港に行くと言っていたのは、これが届くのを知ってたからだったのか。
「ニヒヒヒ! さっき届いたから試運転してんだ。なかなかいいぜこれ! 寝転がりながら散歩もできるみてえだしな! 」
「いいね。それなら寝転がってる時の安定感とかも調べておかないとな」
激しい動きをしてもひっくり返らないか確認は必要だ。
「ま、またホークの上でするつもりかよ! 」
「しないさ。あくまでも安定感を調べるためだって。でも好きな子と密着していたら、キスくらいはしたくなるかもしれないな」
「そ、そうかよ。それくらいは仕方ないよな。コウはアタシにベタ惚れだしな。その……は、早く乗れよ」
「ああ、それじゃあ人気のない海の方に行こうか」
「……うん」
俺は顔を赤くして頷くリズの後ろに乗り、何度もキスをしながら二人で海の方へ行って安定感テストをした。
自動運転で飛びながら上下運動や前後運動とかして、かなり激しい動きをしたんだけどなかなかの安定感だったよ。次はティナと一緒に乗ることにしよう。
—— 桜島 北東の旅館 サキュバス族 カリーナ家三女 ルリア・カリーナ――
「はぁ……」
私は温泉から見える火山を眺めながら深いため息を吐いた。
私はアクツに負けた。それも完膚なきまでに。
その結果、お姉様や配下の者までアクツに隷属させられてしまった。
お姉様とみんなに泣きながら謝った。みんな私を許してくれた。視界に映った者全てから魔力を吸い取るなんて、とんでもないスキルを持っているアクツが相手じゃ仕方ないって。そう悲しそうな顔で言っていた。
私がもっと上手くやっていれば……あの時、アクツを侮らずにもっと時間をかけていれば……私はお姉様たちに認められたい気持ちから焦ってしまった。そのうえ自分の魔力の高さに驕っていた。本当は何日もかけてゆっくりアクツの魔力抵抗を削いでから隷属させるべきだったのに……その結果が潜入部隊の全滅。それだけじゃない。アクツに隷属させられたことで、魔王様と敵対しなければならなくなってしまった。
アクツは魔界に攻め込むと言っていた。そうなれば間違いなくヴィヴィアーヌ様と敵対する。それは国に残っているお母様や同胞たちと敵対するということ。もしもお母様たちがアクツに殺されても私たちは何もできない。魂を縛られているうちは絶対に……
何度かアクツが私たちの様子を見にきた時に、アクツの魔力値を教えてもらった。私もお姉様たちもみんなして絶句したわ。せいぜい私より2ランクか3ランク上のSS−くらいだと思っていたのに、まさかSSSだなんて……そんなの過去の魔人にもいなかった。
とんでもない男に手を出してしまった。アクツなんて放置して、皇帝やその周辺の高位貴族を隷属させればよかった。そうすれば私たちの存在を隠せたし、その結果アクツが魔界に攻め込んだ際に後方を撹乱できた。
「はぁ……今更ね。どうなっちゃうのかな私たち……」
浴槽の端に頭を乗せ再び深いため息を吐くと、後ろから引き戸が開く音がした。
「あら? ルリアだったのね」
「ルリア。温泉に入るなら声をかけてくれればよかったのに」
「お姉様……」
顔だけを後ろに向けると、そこには私と同じく幻影魔法を解いた姿のヒルデガルド姉様とバルバラ姉様がいた。
二人ともニホンの温泉の入り方に従って手ぬぐいで股間を隠している。
私も頭の上にも折りたたんだ手拭いを置いている。
「ふぅ……いい湯ね。領地の温泉にも引けを取らないですね」
「そうね。少し熱いけど肌がツルツルになるのはいいわね」
掛け湯を終えた姉様たちが浴槽に入り気持ちよさそうにしている。翼まで広げていることから相当リラックスしているみたい。
アクツが先日インキュバスを全員連れ出してしまい、急に食事が不味くなるし部屋は汚れたままになるしで、温泉が唯一落ち着ける場所になったのだから仕方ないわね。
でも私は未だに二人に申し訳ない気持ちから、翼を畳んで角の方で小さくなっている。
「ルリア、まだ責任を感じているの? もう気にしなくていいんですよ」
「そうよルリア。アクツ相手じゃ仕方ないわ。私たちでも同じ結果になっていたわ」
「でも……」
「ルリアをアクツさんのところに行かせることに私も賛成したんですから同罪です。それに私だって失敗しました。確かに皇帝に一番近い人物であるベルンハルトさんたちを隷属させはしましたが、エルフの王妃が現れてどうにもならない状況でしたし。ほんと、とんでもないエルフでした」
「私だって似たようなものよ。ルシオンはお馬鹿過ぎて全然皇帝や上位貴族と繋がりがなかったし。皇帝のひ孫だからいけると思ったんだけどね。失敗したわ」
「お姉様……」
お姉様たちの慰めの言葉に涙が出てきた。
「そんな顔をしないでください。まだ終わったわけではありませんよ」
「そうよ、諦めたらそこで終わりよ」
「でも私たちは魅了を封じられたわ。この状況を好転させることはもう不可能よ」
魅了だけじゃない。身の危険を感じた時以外では、魔力弾も封じられている。破ればあの死ぬよりも恐ろしい苦しみが待っている。
「ふふっ、ルリアは実技は良くてもまだまだですね」
「魔力が高いから実技に力を入れてしまうのはわかるけど、ちゃんと私たちサキュバスの特性も勉強しないと駄目よ」
「ど、どういうこと? 魅了を使えなくてもアクツをどうにかする方法があるの? 」
サキュバスの特性ってなに? 習ったことで何か見落としていることがあるということ? 体臭に男を興奮させる成分が入っているということじゃないわよね? アクツを興奮させても魅了できなければ隷属させられないし。その魅了を封じられているわけだからどうにもならないと思うんだけど……
でもお姉様たちのこの余裕の表情。いったい何があるというの?
「うふふ、私たちサキュバスは無意識に魅了を使ってしまう時があるのですよ」
「ええ!? 無意識で魅了を!? で、でも無意識でどうやって魅了を発動するの? 」
魅了を発動する際は魔力を込めるわ。それはどうしても意識しないと無理。その時点でもう無意識ではないわ。それなのにどうやって……
「簡単なことです。心からアクツさんを好きになればいいのですよ」
「相手を好きになると自然と魅了が発動しちゃうのよね。気持ちが強くなればなるほど強い魅了がね。私も領地の巡回によく来ていた魔王様の配下の男性に恋した時は自然と発動しちゃって焦ったわ」
「そんなことが……」
知らなかった。私たちにそんな特性があったなんて。
「で、でもお姉様。無意識でも魅了を発動したら命令違反になるんじゃないの? 」
アクツの命令は自己防衛以外でのアクツ公爵家とその領民への攻撃を禁じるものだったはず。無意識で発動しても攻撃と判断される可能性はあるわ。
「それは大丈夫です。アクツさんに直接確認しました。悪意がなければ魂が締め付けられることはないそうです」
「私も確認したから大丈夫よ。あの男、強いけど隙だらけよね」
ヒルデガルドお姉様はウィンクをし、バルバラお姉様は胸を揉みしだく仕草をして自信たっぷりに答えた。
「いつの間にそんなことを……」
そういえばアクツが来る度に、お姉様たちは必ず接待をしていたわ。着崩した浴衣姿でべったりくっついて、胸まで揉ませていた。アクツが鼻の下を伸ばしているのを何度も見たわ。あの時に魂縛のスキルの抜け道を色々探っていたのね。
私がアクツを避けて一人落ち込んでいた時に、お姉様たちは現状を打開するために動いていたのね。やっぱりまだまだ私じゃお姉様たちには敵わないなぁ。
「だから大丈夫です。ルリアがアクツさんを好きになって魅了してベッドに誘ってください。アクツさんの周囲にいる女性は未経験だった女性が多いそうなので、私たちがやるよりはルリアの方が成功率は高いはずです」
「そうよ。一度はベッドに誘えているんだから大丈夫よ。ちょこっと魅了をかけて判断力を鈍らせればすぐにベッドに誘えるわ」
「そ、そうね。やってみるわ! そしてみんなを隷属から解放してアクツを意のままに操って見せるわ! 」
「ルリア。そういうことを考えたら駄目ですよ。貴女はすぐ顔に出るのですから、野心持ったままアクツさんに接しては駄目です。私たちの存在を忘れるくらいアクツさんを愛しなさい。そうしないと魅了は発動しませんよ? 」
「そうよルリア。私たちのことや未来のことは考えず、ただアクツを好きになりなさい。その先に成功があるのよ」
「わ、わかったわ。アクツのことだけを考えるわ」
そうね。下心を持って接したら発動しないかもしれないものね。心からアクツを好きにならないと。できる。お姉様とみんなのためだもの。必ずアクツのことを好きになってみせるわ。
「ふふふ、期待していますよ」
「そういえばアクツにはどれくらいルリアの魔力を注いだの? そもそも何回くらい寝たのよ? 」
「寝たのは一度だけだけど……」
「最初に見破られちゃったのかぁ。それだと7回くらいか。まあ少ないけどルリアの魔力は高いしなんとかなると思うわ」
「え? いえ、40回分は流せてると思うけど……」
「「40回!? 」」
お姉様たちがびっくりしてる。私も自分で言っていて信じられないわ。
「う、うん。アイツオークの新種だと思うの」
「オ、オークの新種って……それでも40回は多すぎよ。もし私がそんなにされたら……」
「し、信じられないほどの絶倫ですね。一晩でそれほどされたらどれだけ……あ、いえ。それだけ流せていれば魅了にも掛かりやすいでしょう」
バルバラお姉様もヒルデガルドお姉様も、目を潤ませて伸ばしていた足をモジモジさせている。
私もあの時の事を思い出す度に股間が熱くなる。それだけアクツと寝た時は、未知の快感が連続して襲ってきて凄かった。
「ルリア。決して焦っては駄目よ? 1年掛けてじっくりルリアの魔力をアクツの身体に流して魔力抵抗を下げるの。そうすれば今度こそ隷属できるわ」
「うん。がんばってアクツを好きになるわ。今度こそ必ず」
お姉様たちのことや仲間のことは考えない。アクツを好きになることだけを考えるわ。
見てなさいよアクツ。
貴方にメロメロになってやるんだから!
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