第16話 ルシオン・ローエンシュラムという男



 ―― ポーランド地域西部 テルミナ帝国皇帝 ゼオルム・テルミナ ――




「『アグノール』古代エルフ語で荒ぶる炎か。うむ、なかなか強そうじゃしまあ良いじゃろ」


「じゃあ決まりね! 『アグノール』今日から貴方は私たちの家族よ。メレスロスの『アグラレス』と仲良くしてね」


《ギュオッ》


《キュオォッ》


 アグノールは名前が気に入ったようじゃ。アグラレスに少しビビりながらも頭を垂れて挨拶しておる。アグラレスもアグノールを受け入れたようじゃ。


 アイスドラゴンロード《氷竜王》にグレーターファイヤードラゴン《上位火竜》じゃからな。最初から序列ははっきりしているようじゃの。


 欲を言えばリズが乗っているファーイヤードラゴンロードが良かったんじゃが、王種は下層のボスじゃからの。そう数はおらなんだろう。


 まあよい。この戦いが終わった後に、ドラゴンに乗って凱旋すれば余の権威も今まで以上に上がろうというもの。庶民からは賢帝のほかに、竜帝とも呼ばれるやもしれんのぅ。


 余がドラゴンを見上げながら、そんな近い未来を想像していた時じゃった。


 視界の端にルシオンがこちらに向かってくる姿が見えた。


 生きておったか。相変わらずしぶといのぅ。



「ひ、曾祖父様……なんでドラゴンがこんな所にいるんだ? 」


「うむ。余のペットにしたんじゃ」


 ドラゴンを避けるように遠巻きに近づき、恐る恐る聞いてきたルシオンへ余は胸を張りそう答えた。


「ペ、ペットだぁ!? 」


「うむ。皇帝たる余に相応しいじゃろ? 」


「そういうこと聞いてるんじゃねえよ! どうやってダンジョンからドラゴンを出してペットにしたんだって聞いてんだよ! しかも上位種に王種なんて最下層のドラゴンじゃねえか! こんな危ねえモンをどうやって……」


「うるさいのう。魔王が特殊な方法でダンジョンから出して使役したんじゃ。それを余の妻と娘が持ってきてくれたんじゃよ。おかげでほれ、悪魔どもは四散したじゃろが」


「魔王って……アクツのことか。アクツがドラゴンを……まさかそれほどの男だったとは……とんでもねえな」


 ふむ、さすがのルシオンも魔王の力の強大さがわかったか。


 ルシオンにはスキルが強力だの何だの言うよりは、ドラゴンを手懐けるほど強いと言った方が理解しやすかったようじゃの。馬鹿に現実を教えるのも大変じゃの。


 まあこれなら魔王に絡むようなことはしまい。


 成長を願いローエンシュラム家の当主にしてロンドメルの領地を受け継がせたが、魔王にちょっかいを出してその領地を取られるのは面白くないからの。あの領地まで魔王に取られれば、帝国の半分が魔王の領地になってしまう。


 それでも魔王が皇帝になってくれればいいが、奴はその気がないしの。そうなれば帝国の庶民が肩身の狭い思いをすることになる。それはちと避けたいからの。


 力の差を認識できただけでも収穫じゃな。


 おお、そうじゃ。そういえばルシオンにアルディスと余のメレスをまだ紹介していなかったの。


「ルシオンよ。これが余の妻のアルディスと娘のメレスロスじゃ。初対面じゃろ? 挨拶せい」


「アルディスよ。ふふっ、噂では聞いていたけど若い時のゼオルムそっくりね」


 どこがそっくりじゃ! 余はもっと知的な顔をしておったわ!


「メ、メレスロスよ」


 おお、メレスよ。初めての親族に緊張しておるのか? 可愛いのう。たまらんのう。


「ルシオン・ローエンシュラム侯爵だ。なるほどな。あの湖にこの二人を囲ってたってわけか。ガキの頃についていこうとしても追い返されたわけだ。しかし……精魔か。祖父様からどんな種族かは聞いていたが……ククク、なるほどな」


「何か言いたげじゃな。言いたいことがあるのなら聞くぞ? 」


 ルシオンめ、ニヤついた顔をしおって。メレスを侮辱する気ならこの場で叩き斬ってくれくれる。


「ククク、ねえよ。曾祖父様がエルフと子を作ろうが俺には関係ねえしな。お? 黒髮の男がこっちに来るぞ? あの男がアクツか? 」


 ルシオンの言葉に背後を振り返ると、魔王がめんどくさそうな顔をしてこちらへと歩いてくる姿が見えた。


 あれだけルシオンと会うのを嫌がっていた魔王からこちらに来るとはの。どういう風の吹き回しじゃ?



 ♢♢♢♢♢♢♢



 ん? アルディスさんもメレスも笑顔だな。


 特にルシオンに差別とかはされていないみたいだ。まあよく考えてみれば、いくら馬鹿でも魔帝がいる前でそんなことをするわけないか。


 でも今さら回れ右をするのもな。仕方ない、挨拶するか。


 俺は思ったより和やかそうな雰囲気に挨拶する必要は無かったかなと思ったが、魔帝を始め全員の視線を感じそのまま挨拶をしに行くことにした。



「魔帝。火竜の名前は決まったのか? 」


「うむ、アグノールという名にしたぞ。古代エルフ語で荒ぶる炎という意味じゃ。どうじゃ、良い名じゃろ? 」


「荒ぶる炎ね……まあいいんじゃないか? 」


 魔帝の髪の色も真っ赤で炎みたいだし、是非火竜の荒ぶる炎と同化して一緒に焼かれて欲しい。


 そんな風に思っていると、魔帝の横にいたルシオンが不敵な笑みを浮かべて話し掛けてきた。


「よう、アクツ公爵サマ。やっと会えたな。俺様がルシオン・ローエンシュラム侯爵だ。会いたかったぜぇ」


「阿久津 光だ。なかなか忙しくてな。隣領なのに挨拶が遅れて悪かったな」


 自分のことを俺様呼びかよ。ああ、そういえば魔帝も皇帝になる前はそう言っていたんだっけ? さすが魔帝のひ孫なだけはあるな。しっかりと痛い血を引いてる。


「いいって、気にすんなよ。こうして会えたんだからよ。それにしてもドラゴンを使役しちまうだなんてビックリしたぜ。いったいどうやって使役したんだ? 魔物を操るスキルでもあんのか? 」


「そんなところだ。それより魔帝。マルスには負傷した兵と戦死した者を集めてもらっているんだが、魔帝は魔物の遺体を集めてくれ」


 偉そうに色々聞いてくるルシオンの問いかけを適当に流した俺は、魔帝に魔物の遺体を集めるように言った。


「む? 魔物の遺体など集めてどうす……そういうことか。ククク、つくづく貴様は恐ろしい男じゃのう」


「アレをやるのね? ふふふっ、もうどっちが悪魔軍かわからなくなりそうね」


 俺がゾンビを作る事を察したんだろう。魔帝とアルディスさんはとてもいい笑顔でそう答えた。


「なんでもいいさ。地球に侵攻し、俺の故郷をめちゃくちゃにしてくれた悪魔軍の大将に地獄を見せるためならな」


「なんだ? 公爵サマよう? 魔物の遺体なんか集めて何をやるんだ? 」


「すぐに分かる。それじゃあ軍が到着したみたいだから戻るわ。メレス、行こう」


 後方から広範囲に広がる魔力反応を感じ、軍が到着したと思った俺はメレスの腰を抱いてヴリトラのいる場所へと戻るため背を向けた。


「ええ、お母様。お父様をお願いします」


「まかせなさい! 私がちゃんと守ってあげるわ」


「なんじゃと! 余はアルディスに守られるほど弱くはないわ! それより魔王! メレスを何故連れて行くんじゃ! ええい! 余のメレスに触れるでない! このっ! 」


「ゼオルム行くわよ! アグノール! この人を咥えて背に放り込んでちょうだい! 」


《ギュオォッ》


「のわっ! よせ! 離せ! メレス! メレスゥゥゥ! 」


「やっぱ火竜をあげて正解だったな」


 火竜に咥えられながら暴れる魔帝を見て、これは今後も期待できるなとほくそ笑んだ。


 するとルシオンとそのお付の騎士たちが、遠くの空を驚愕の表情で見上げる姿が視界に映った。


「な、なんだありゃ……三頭だけじゃねえのかよ……」


 どうやらこちらに向かってくる竜騎士団を目にして驚いているようだ。


 そんなルシオンたちを気に留めることなく、俺は魔帝を心配しているメレスを連れて軍を出迎えに行くのだった。



 ♢♢♢♢♢♢♢



「フォースター! 空軍は周囲の警戒をさせろ! 竜騎士団は竜にその辺に転がってる餌をやって休ませろ! 陸軍には墜落した飛空艦から帝国兵の遺体と、魔物の遺体を集めさせろ! 」


 デビルキャッスルを中心に展開する飛空艦隊とその周囲を飛ぶ竜の姿を確認した俺は、フォースターに通信を繋ぎ指示をした。


《ハッ! 》


 命令を受けたフォースターは素早く各所に指示をしたのだろう。


 竜騎士たちは地上に降り、その辺に転がっているゴブリンやオークを竜に食べさせ始めた。


 リズとティナたちの乗った竜も、俺とメレスのいる場所へと向かって来ている。


「コウ! 」


「コウさん! 」


「メレス様! 光殿! 」


 恋人たちの竜が少し離れた場所に着地すると、ティナを始めリズにシーナ。そしてリリアとオリビアが竜から降り駆け寄って来た。


「みんな、さっき念話でも伝えたけどメレスとアルディスさんは無事だったよ。もちろんマルスもね」


「ほんと良かったわ。もうっ! いきなり飛び出していっちゃうんだからこの子は! 」


 ティナが腰に手を当ててメレスを叱る。


「ごめんなさいエスティナ。お父様が心配で」


 メレスは肩を落としながらティナにそう言って詫びた。


「でも無事で良かったわ。家族が心配なのはわかるけど、私たちもメレスが心配なの。だって私たちも家族になるんだから。だからあまり心配かけないで」


「家族……え、ええ……わかったわ。これからは心配かけないようにするわ。か、家族だもの」


 メレスは家族と言われたことに頬を染め、手をモジモジさせている。


 可愛いなぁ。こんな子が夜はあんなに乱れるんだよな。今じゃ腰の動きはリリアに引けを取らないくらいにエロく激しくなった。あまりの気持ち良さと底なしにエッチな二人に、リリアとメレスの日は発情期DXは毎回飲まないと身体が保たないくらいだ。


「あははは! そうだぜメレス! あたしたちはみんなコウにプロポーズされてんだからよ! まっ! その前から穴姉妹ではあったけどな! ニシシシシ! 」


「リズさんお下品ですぅ! こんな人が兎のお姉さんなのは嫌すぎですぅ! 」


「なんだと! アタシだって縛られて吊るされて、色んなものを突っ込まれながら尻を鞭で叩かれて喜んでいるドM兎が妹で我慢してんだよ! 」


 あ、また始まった。


「ぶぅぅぅ! リズさんだってお仕置きされてる時に、お漏らしするくらい喜んでたじゃないですか! 同類ですぅ! リズさんは同族嫌悪をしてるんですぅ! 」


「喜んでねえよ! てかバラすんじゃねえよこの駄兎! 」


「痛いですぅ! 今本気で兎の頭を殴ったです! 虐待ですぅ! コウさん! 今夜もお仕置きが必要ですぅ! 」


「あ〜、まあ今は忙しいからその辺にしてな? ほら、リズもそう怒らないで。シーナも痛かったか? よしよし」


 俺はリズとシーナを抱き寄せ、リズに軽くキスをしてシーナの頭を撫でた。


「ま、まあコウがそう言うなら今日のところは勘弁してやるか」


「あ、コウさん。ヒールはいらないですぅ。そこ、コブができてるので強く撫でてくださいですぅ。痛っ、ハァハァ……」


「あ、うん」


 シーナ……


「ふふっ、二人とも相変わらず騒がしいわね。それよりコウ。悪魔はどうだったの? あの巨大なサイみたいなのは強かった? 」


「あのサイみたいなのは俺が着く前にアルディスさんとメレスが倒しちゃってたからわからないけど、竜よりは弱いんじゃないか? あと馬頭の悪魔は装備が魔鉄製だった。飛空艦の魔力障壁も簡単に破ったみたいだし、結構強いんじゃないか? 」


 あんな大量の魔鉄の鎧や武器をどうやって揃えたか気にはなるが、アバドン族だったか? あの馬頭はSランクってとこだろう。数が多いから脅威は脅威だけど、飛行速度が遅いのか竜のブレスをまともに受けてたしな。飛んでるうちは大したことないだろう。


「そう、それなら私たちでもなんとかなりそうね」


「竜に乗ってれば問題ないと思うよ」


 みんなが乗っているのは最上位種の竜だし。


「ダンジョンとは違って広いから油断はしないようにしないとね。それと……あら? 誰かこっちに来るわよ? 」


「ん? ああ、あの生意気そうな男は魔帝のひ孫のルシオン・ローエンシュラム侯爵だよ。うちの帝国領の隣の領主だ」


 ティナの言葉に後ろを振り返ると、ルシオンが20人ほどの伴の者を連れてこっちに向かって歩いてくる姿が見えた。


 なんだ? まだ何か用なのか?


「あの人がコウが会いたくないと断っていたローエンシュラム侯爵なのね。ひ孫なのに結構皇帝に似てるわね」


「へぇ……あれがそうなんか。でも皇帝のひ孫っていったらよ? メレスの親戚になるよな? 義理の孫? そんな感じか? 」


「なんていうんだろうな? まあ親戚なのは間違いないかな」


 見た目はメレスと同じくらいに見えて若いけどな。魔帝の血を引いてるといってもメレスほど濃くはないだろう。


 しかし血が薄いほうが魔帝に似て、濃いはずのメレスがまったく似てないとはな。きっとアルディスさんが、メレスが魔帝に似ないようがんばったんだろうな。グッジョブだアルディスさん。




「よう、公爵様。戦場で女に囲まれて余裕だな。ん? お前はマルスんとこの……確かオリビアだったか? 」


「お久しぶりですルシオン様。数十年前に夜会で一度お会いしただけですのに、よく覚えておいでですね」


「ククク、俺様はいい女は忘れねえんだよ。特に胸と尻のデカイ女はな。それよりなんでこんなとこにいんだ? 確かお前は文官だったよな? 」


「ローエンシュラム侯爵。オリビアとここにいる子たちは俺の恋人なんだよ。だから連れてきた」


 俺はオリビアを見るルシオンの目が気に入らないので、二人の会話に割って入った。


 この野郎。俺のオリビアをなめるような目で見やがって。女好きなのは魔帝そっくりだな。


「オイオイ、ここにいる女って……メレスロスもなのか!? 」


「魔帝以外は公認だ。それで? 何か用か? 」


「マジかよ……ああ、用ってもどのもんじゃねえが、俺にもドラゴンを一頭用立ててもらおうと思ってよ」


「断る。以上だ、帰れ」


 お前なんかに竜をやるわけねえだろ。なんなんだこのもらえて当たり前って態度は。


「ちょっ! 即答かよ! 曾祖父様やメレスロスにはやったんだろ? 俺にもくれたっていいじゃねえか! 」


「なんでお前にやらなきゃなんねんだよ。俺に何のメリットがあるんだ? 」


「そりゃあ俺様が次期皇帝になるからに決まってんじゃねえか。今から貢いでおいたほうがいいぜ? そうすりゃ俺様が皇帝になった後もアクツ公爵家は安泰ってもんだろ? 」


「なんで俺がお前に服従することを前提で話してんだ? 逆は考えないのか? 」


 なんなんだこの自信過剰な馬鹿は……

 

 だいたいコイツから感じる魔力はSかS+ランクくらいだぞ? そんな十二神将レベルのやつがマルスを差し置いて皇帝になれるわけねえだろ。せめてロンドメルクラスになってから言えよな。


「オイオイ、反逆する気満々かよ。ククク、いいねえ。野心たっぷりじゃねえか。しかしそれほどの野心と力があるのに曾祖父様に従ってるのは……何か秘密がありそうだな? 」


「考えすぎだ」


 俺の尻に魔神の加護の紋章があるからだよ! 皇帝になんかなりたくねえんだよ!


「ククク、そうか。ますます気に入ったぜ。なら反逆されねえよう親睦を深めておくか。聞いたぜ? アクツ公爵サマは俺様と同じで無類の女好きだってな? どうだ? 俺様がみっちり仕込んだ最高の女たちと、オリビアとメレスを一晩交換して親睦を深めようぜ。前に精魔族のアソコの具合はいいらしいって祖父から聞いてよ。一度試してみたかっ……「黙れクソ野郎『滅魔』! 」


 俺はルシオンの言葉にカッとなり、最後まで聞くことなく滅魔を放った。


「うぐっ……なっ、なんだ……力が急……に……」


「オイ、クソ野郎! テメエ今なんて言った? オリビアとメレスをどうするって? 」


 身体を支えていた魔力を失いひざまづいいたルシオンに、そう言いながら俺は剣を抜いて鎧の隙間から腕の関節部分へ突き刺した。


「ぐあっ! な、なにを……貴様……」


『『『『『ルシオン様! 』』』』』


『アクツ公爵! ルシオン様に何を! 』


 自分の主が刺されたことで、お付の騎士たちが一斉に剣へと手をかけた。


 それに反応して、背後でリズたちが剣を抜く音が聞こえる。


「動くな! 剣を抜けば宣戦布告とみなす! 抜けば悪魔との戦いの前に、全軍でローエンシュラム領を滅ぼしてやる! その筋肉に侵された頭でもうちが占領した領都の貴族がどうなったかくらい知ってんだろ? そうだ。女子供以外は皆殺しだ。お前らの一族も一人残らず処刑してやる。こっちはお前らに侵略された地球の人間だからな。慈悲なんか期待すんじゃねえぞ? 」


『『『『『グッ……』』』』』


「ヴリトラ! コイツらが動いたら遠慮なく焼き払え! 食ってもいいぞ」


 俺の宣告に剣に手を掛けたまま歯を食いしばり耐えている騎士たちへ、ヴリトラを呼んで監視するように命令した。


《グオオォォ! 》


『『『『『ヒッ! 』』』』』


 少し離れていた所で食事をしていたヴリトラは、俺の言葉にドシドシと駆け寄ってきて咆哮した。そして口から黒い炎を吐き出しつつ騎士たちを睨みつけた。


 騎士たちは剣に手を掛けながらも全身を震わせ硬直している。


「さて、ルシオンだったか? 俺の恋人をよくも侮辱してくれたな。覚悟はできてんだろうな? 」


 俺は目の前で苦痛に顔を歪めながら腕に刺さった剣を手で押さえているルシオンへ、そう言いながら剣をえぐりながら下方向へと一気に力を入れた。そして地面へと腕ごと突き刺し切断した。


「ガアァァア! うっ……腕が……俺様の左腕……貴様ぁぁ! 『ファイヤーランス』! なっ!? なぜだ! なぜ発動しない!? 」


「魔力がないからだよ。もう一本もらうぞ」


 腕を切断され憎悪の表情を向けるルシオンに、俺は今度は叩きつけるようにルシオンの右腕を切断した。


「ぎゃあぁぁぁあ! 」


『あ〜あ、コウは完全にキレちまってら。まっ、当然の報いだけどな』


『ですです! 女性を物のように扱う男は死あるのみです! 』


『いくら魔帝のひ孫でもこれは許せないわね』


 両腕を失いのたうち回るルシオンを眺めていると、背後からリズとシーナ。そしてティナの話し声が聞こえてきた。


 彼女たちもこの男が発した言葉に頭がきているようだ。


「あぎっ……くっ……これが世界を手に入れることのできる……スキル……こんな……俺様が何もできない……なんて……ぐっ……」


「今さらだな。ダンジョンばっか潜っていて情報収集が遅れてんじゃねえか? ルシオン、地面に頭を付けてメレスとオリビアに詫びろ。そしたら命だけは助けてやる」


「ぐっ……俺様が女なんかに頭を下げるわけがねえだろうが……クソッ! 俺の腕が……クソッ! 」


「さすが魔帝のひ孫だ。馬鹿な上にしぶといな。こりゃ一度死んだほうが良さそうだな」


 魔力も両腕を失ってまだ抵抗するか。まあ生き返らせて殺してを何度か繰り返せば心が折れるだろう。


 俺は詫びることを拒否したルシオンの首のに向け剣を振り上げた。


「なっ!? 俺様を殺すだと!? 貴様本気でそんな……」


「本気さ。お前を殺したあと領地にも攻め入ってやる。魔帝の一族だとか関係ねえ。皆殺しだ。じゃあな」


「ヒッ! よせ! やめろ! 」


 俺は恐怖に染まる顔のルシオンの首に剣を振り下ろそうとした。


 しかし……


「光! やめて! 私と血の繋がった親戚なの……私はなんとも思ってないから。お願い」


 メレスが俺の腕に抱きつき、血の繋がった親戚だから殺さないよう俺に懇願した。


 俺が蘇生できるのを知っているのに、それでも血の繋がった人間が目の前で殺されるのは見たくないらしい。


 こういう馬鹿は心が折れるまで打ちのめさないと後々めんどくさいんだけどな。


 まあメレスが言うなら殺すのはやめとくか。


「わかったよ」


 俺はメレスにそう言って剣を下ろした。


「ぐっ……メレスロス……クソッ……俺が女なんかに……」


「助けられたことに感謝もできねえのか。お前終わってんな。まあいいや、ルシオン。お前さっき俺がどうやって竜を使役したか知りたがってたよな? 」


「……それがどうした」


「いや、教えてやろうと思ってな。竜は……こうやって使役したんだよ。『魂縛』 」


 苦痛に耐えながら訝しむルシオンへ、俺はそう告げて魂縛のスキルを発動した。


 その瞬間、俺の手から黒い霧が湧き出し、その霧はルシオンの胸へと吸い込まれていった。


「な、なんだこれは!? ぐっ……ぐうぅぅぅ……」


 ルシオンは魂を縛られる感覚に苦しそうな顔をを浮かべ、しばらくして大量の脂汗の流れる顔を俺に向けた。


「魂を縛って隷属させたんだよ。今からお前は俺の命令に絶対服従することになる。抵抗すれば魂が締め付けられ、地獄の苦しみを味わうことになる。ああ、簡単には死ねないから期待するなよ? 」


「魂を縛っただと……そんなスキルが……そんなことができるはずが……」


「俺が【冥】の古代ダンジョンを攻略した事を知らないのか? これはそこで手に入れたスキルだ。まあ一度体験してみればわかるさ。そうだな。僕ちゃんはイキリ太郎ですって言ってみろ」


「くっ……そんなこと俺様が言うわけが……があぁぁぁぁぁ! あぎっ! あぁぁぁぁぁ! 」


「ほら、早く言わないとずっと苦しいままだぞ」


 俺はあまりの苦しみにのたうち回るルシオンを見下ろしながらそう忠告した。


 ヴリトラに怯えていた騎士たちも、いつの間にかこっちを見て顔を青ざめさせている。


『相変わらずエグいスキルだよなぁ』


『ハァハァ……兎も縛られたいですぅ……今夜こそやってもらうです』


 後ろからシーナが何か言っているが聞こえない。聞こえないったら聞こえない。


「初めての苦しみで言葉も出ないか。まあいいや、命令を撤回する」


 俺はあまりの苦しみに命令に従う余裕が無さそうなルシオンに対し、命令を撤回した。


 するとルシオンの絶叫はピタリと止まり、しばらく呼吸を整えてたあとゆっくりと顔を上げた。その顔からはハッキリと怯えが見て取れた。


「どうだ? 本当だったろ? 」


「こ、こんな……こんなスキルが……これでドラゴンを……魔王……これが曾祖父様が魔王と呼ぶ男の力……」


「そんなことはどうでもいいんだよ。それじゃあ詫びてもらうかな。その場で地面に頭を擦り付けながら『メレスお姉様、オリビア様。どうか馬鹿な僕ちゃんをお許しください』と言え。優しいだろ? お前のそのゴミみてえな自尊心を尊重して、無理やり謝らされたって形にしてやるんだ。泣いて感謝しろ。ほら、命令だ早くやれ! 」


「ぐっ……そんなことを俺様が……があぁぁぁ! 」


 それから1分ほどルシオンは苦しんだが、今度は俺が命令を撤回する気がない事を悟ったのか途切れ途切れにセリフを口にして言い切った。


「まあいいか。今回はこれで勘弁してやるか。『ラージヒール』ほら、これで腕は元通りだ。この程度で済んだ事にメレスに感謝して、今後は言葉に気をつけるんだな」


 腕を治してやるなんて俺って優しいよな。


「ラージヒールまで使えるのか……くっ……」


「ああそうそう。今後俺と阿久津家の者に危害を加えることを禁じる。間接的にでもだ。このスキルのことを他言することも禁じる。命令だ」


「なっ!? 詫びただろ! 魂縛のスキルは解いてくれねえのかよ! 」


「お前相当な馬鹿だな。解くわけねえだろうが。お前は死ぬまで俺に隷属するんだよ。まあ俺や恋人たちの前に姿を見せなきゃ、特になんもするつもりはねえから安心しろ」


 隣領の領主で、馬鹿で自己評価とプライドが高い奴を野放しにするわけねえだろ。どんだけ甘ちゃんなんだよ。


「そんな……」


「おい、お前ら。なにホッとした顔してんだよ。当然お前らも隷属してもらうに決まってんだろ。このスキルが広まるのは不味いからな。というわけで『魂縛』 」


 俺は聖剣を取り出し、目の前で絶望しているルシオンの後ろでホッとした顔をしている騎士たちに向けてスキルを放った。


『『『『『や、やめっ……うぎゃぁぁぁ! 』』』』』


「これでよしっと」


「光……私のためにありがとう」


「コウさん。私たちのためにあんなに怒ってくれて……ありがとうございます」


「恋人が侮辱されたんだ。怒るのは当たり前だろ」


 俺のメレスとオリビアを一晩貸せとか……思い出しただけで腹立ってきた。


「ふふっ、光。愛してるわ」


「私も愛してます」


「俺もさ」


 俺は両腕をそれぞれ抱きしめ上目遣いで見上げる二人にそう答えたあと、順番にキスをした。


 それからルシオンたちには、『僕たちは阿久津様の下僕です』と日が暮れるまで連呼しながら魔物の遺体の回収作業をするよう命令して向かわせた。


 しかし想定した通りになったな。やっぱ魔帝の血筋の男にロクなのいねえわ。


「コウ。それでこの後どうするの? 」


 ルシオンたちが去ったあと、ティナがこれからのことを聞いてきた。


「その辺に転がってる魔物の遺体を全部ゾンビ化するよ。そしてそいつらを盾に侵攻して、数を増やしつつ悪魔の大将のとこまで行こうと思う」


 ダンジョンから魔物を開放して数を増やしながら侵攻してきた奴らに、そのやり方をそっくりそのまま返してやる。そしてゾンビとなった仲間に追い詰められたところを笑いながら狩ってやる。


「アッハハハハ! やったぜ! 夢が叶ったぜ! アクツ魔王軍の誕生だ! 」


 俺のやろうとしていることを聞いて、リズが飛び跳ねて喜んでいる。


【冥】の古代ダンジョンで魂縛のスキルを手に入れた時から、リズは俺に死の軍団を率いて欲しいって言ってたもんな。


 まさかあれがフラグになってるとはな。俺のフラグ回収率高くね?


 でもこの方法が一番味方の被害を抑えられるし、悪魔の大将に恐怖を与えることができるんだよな。


 俺にここまでさせたんだ。悪魔軍の大将には、飛びっきりの絶望と恐怖を味合わせてやる。


 さて、そのためにももうひと頑張りするか。



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