第15話 褒美



「かなり離されたな」


 俺は魔帝が心配だからと、ポーランドに入った途端に先に行ってしまったメレスとアルディスさんをヴリトラに乗り追い掛けていた。


 その時の俺はデビルキャッスルの艦橋で日本からの報告を受けていたこともあり、最初から竜に乗っていた二人に出遅れてしまった。


 ティナたちは艦隊に残してある。移動中に悪魔に奇襲されるかもしれないからな。


 なので俺一人でヴリトラに乗って追いかけているわけだ。


「もうすぐ魔帝のいる最前線に着くな。結局追いつけなかったか。どんだけ飛ばしたんだよあの二人……アルディスさんに新しく上位火竜なんか渡すんじゃなかったな」


 魔帝への褒美にと、蘇生させた上位火竜をアルディスさんにあげたんだけど早まったか。


 そう後悔した時だった。


 ドーーーーン!


 前方から爆発音と共に、真っ白な水蒸気が立ち昇った。


「な、なんだ今の!? メレス! 大丈夫か!? 何があった!? 」


 俺は明らかに二人が乗っている竜によって起こされた爆発ではないことに焦り、慌ててメレスへと念話を繋いだ。


「光! お父様が! お父様に爆発が直撃して……ああ……あんなに遠くに……」


「魔帝が!? 今行く! もう少し待っていてくれ! ヴリトラ! 全力であの爆発のあった場所に行け! 」


 俺は錯乱している様子のメレスにそう告げヴリトラを急がせた。



 ♢♢♢♢♢



「遅かったか……」


 爆発のあった場所にヴリトラを着陸させ地上に降り立つと、そこでは巨大な茶色いサイ。恐らくベヒーモスという魔獣だろう。ボロボロになったそれを食べている二頭の竜と、その周囲で慌ただしく負傷者を救出している皇軍の兵。そして血だらけになり倒れている魔帝の姿があった。


 魔帝はまるで崖から転げ落ちたかのようにボロボロで、その姿から壮絶な戦いを経て力尽きたことが窺い知れた。


 魔帝の亡骸の横ではメレスが目に涙を浮かべながらしがみついており、その後ろでは魔帝と同じくらいボロボロになった鎧を身に着けている宰相。両腕を組んで憤怒の表情で魔帝を見下ろしているアルディスさん。そして手を顔に当てうつむいているマルスの姿があった。


 アルディスさんが怒っているのは、恐らく自分を置いて魔帝が先立ったからだろう。


 マルスはロンドメルの時同様に、また守れなかったことを悔いているのだろう。


 俺はそんな彼らに囲まれた変わり果てた魔帝に呆れていた。


 ったく、あれだけ大口叩いておいてこれかよ。死ぬならメレスがいないとこで死ねよな。俺のメレスを悲しませんじゃねえよクソ魔帝。


「はぁ……しょうがない。蘇生させるか」


 俺は力尽きた魔帝を蘇生させるべく、亡骸へと近づいていった。


 が、近づくに連れ魔帝から微弱ながらも魔力反応があることに気付いた。


 どうやら死んではいなかったようだ。


 なんだよ、びっくりさせやがって。


 よく見たらメレスがスモールヒールを掛けてるな。だが傷が深いのか余り効果が無いようだ。


 俺はしょうがねえなと思いつつ、魔帝にラージヒールを掛けようとした。


 しかしその時。


 俺の脳裏に名案が浮かんだ。


 あれ? このまま治療が間に合わなかったってことにすればいいんじゃね? そしたら奴の魂は俺の中に入る。そうなれば俺の好きなタイミングで蘇生できる。メレスには二度目の蘇生だから時間が必要とかなんとか言っておけばいい。そしたらその間。そうだな、1年位は俺はメレスとずっと一緒に生活できそうだな。


 この戦いが終わったらまた魔帝が毎日湖の家に帰ることになるし、ヤるなら今だな。


 俺はうるさい魔帝にはしばらくご退場いただくことにして、近づきながらコッソリ滅魔を放ってトドメを刺そうとした。


「コウ! お父様が! スモールヒールでは効果がなくて! お母様もミドルヒールを掛けてくれないの! お願い! 」


「うっ……あ、うん……『ラージ……ヒール』 」


 しかし目に涙を浮かべて必死に懇願するメレスを前に滅魔を放つことができず、俺の計画は頓挫することになった。


 チッ、メレスさえいなければうまくいっていたのにな。まあいい、まだ魔界の門に放り込んで行方不明にする機会が残っている。焦ることはない。


 でもなんでアルディスさんはミドルヒールを掛けなかったんだろ? 


「グハッ……酷い目に遭ったわ……おのれ暴力女め! 余を殺すつもりか! 」


 回復した魔帝はラージヒールを掛けた俺に視線を向けることなく立ち上がり、ツカツカとアルディスさんへと詰め寄った。


「あの程度で貴方が死ぬわけ無いでしょう。それより暴力女って何よ! それが妻に対して言う言葉!? もういっぺん吹っ飛んでみたいの!? 」


 アルディスさんはそう言って高圧の水のハンマーを作り出し振りかぶる。


「ヒッ!? よ、よせ! 落ち着くのじゃ! 」


「お母様! いい加減にしてください! お父様を助けに来たのに先ほどの爆発といい、これでは何しに来たのかわからないではないですか! 」


 メレスが怒った顔で魔帝を庇うように立ち、アルディスさんにいい加減にするようにと叫んだ。


 俺はメレスの言葉を聞いて、なぜ魔帝がボロボロだったのかを察した。


 あの爆発はアルディスさんがやったのか。


「おお……メレス。余を暴力女から庇ってくれるのか……やはり優しい子じゃのう。あの暴力母に似なくて良かったのう」


「誰が暴力女ですって! メレスロス! そこをどきなさい! そのもうろくジジイに引導を渡してあげるわ! ファイヤードラゴン! いつまで食べてるのよ! こっちに来てゼオルムを焼きなさい! 」


 はぁ……どうしようもねえなこの夫婦は……


 俺は悪魔に侵略されてるってのに夫婦喧嘩をしている二人へとため息を吐いた後に、アルディスさんへ向かって口を開いた。


「あ〜アルディスさん。忙しいんでその辺にしてください。それと、戦闘以外で火竜を使うなら取り上げますよ? 」


「ええ!? それは困るわ……ううっ……わかったわよ。ゼオルム後で覚えてなさいよ。もうっ! せっかくコウ君から私たち夫婦に譲ってくれたグレーターファイヤードラゴン《上位火竜》で助けに来たのにこの人ったら……」


 火竜を取り上げられるのがよほど嫌なんだろう。アルディスさんは素直に言うことを聞いてくれた。


 あげた時の喜びようったら凄かったしな。


「な、なんじゃと!? 余にあのドラゴンをくれるのか!? 」


 それまで俺の存在を無視していた魔帝も火竜を貰えると知り、まるで少年のように目を輝かせてこちらに顔を向けた。


 正直気持ち悪い。


「ああ、俺が来るまでに生きてたら褒美をやるって言ったろ? 残念ながら生きていたみたいだからやるよ」


 残念だ。本当に残念だ。


 それにしても女房に瀕死にさせられるって……この戦いが終わったらSNSで広めて笑いものにしてやろ。


「残念とはなんじゃ! 余が悪魔ごときにやられるわけがなかろうが! フンッ……しかし献上品とはドラゴンのことじゃったか。うむ、貴様の忠義に免じて受け取ってやろう」


「言ってろ」


 馬鹿が。お前にやった竜は俺の支配下にある。いつでもお前に対して牙をむかせる事ができる。


 飛空要塞の艦長とクルーといい今回の火竜といい、俺の支配下にある者に囲まれていることも知らずにめでたいやつだ。


 これらは全て、俺がメレスと結婚する時に起こるであろう戦争のための布石だ。全ての者に裏切られ、俺とメレスが結婚式を挙げるのをひざまずき血涙を流しながら見ているがいい。


 ククク、その時が楽しみだ。


「うむ、よい献上品じゃ。魔王が竜を従えたと聞いて欲しかったところじゃ。相変わらず貴様は無茶苦茶な男じゃのう……まあ今さらじゃな。グレーターファイヤードラゴンということはS+ランクくらいかの? ああ、蘇生させたならSランクかその辺かの。まあ元がドラゴンじゃからの。アドバン族程度は余裕じゃろ。奴らは飛行速度が遅かったしの。さて、名前をつけねばならぬな。強そうなのが良いのう……ふむ。アルディスにメレス。何かないかのう? 」


 魔帝は俺の計画に気付きもせず、さっそくメレスとアルディスさんと一緒に火竜のもとに行き名前を考え始めた。


 するとホッとした顔のマルスがこちらへとやって来た。


「アクツ殿、援軍感謝する。私の艦隊はほぼ壊滅してしまってな。危なかったよ。それにしてもドラゴンを使役するとは……相変わらずとんでもないことを考えるな」


「苦肉の策だ。今後の維持費を考えるとできればこの手は使いたくなかったんだけどな。複数のダンジョンから魔物が飛び出してきたとなれば、使わざるを得なかった」


 正直この三日間で掛かった維持費だけで目眩めまいがしそうだ。


「維持費か……ちなみにどれくらい掛かるものなんだ? 」


「ノーマル竜で1食あたりオーク20匹てとこだな」


 しかもこれが上位竜だと30匹必要になる。王種だとさらにだ。

 それでも地上の魔素がそこそこ濃いからこの程度で済んでるんだと思う。ダンジョンの中じゃ食わなくても平気だったみたいだし。


 それでもあの数を維持するなると大変だ。今はいい、そこら中に魔物がいるからな。しかしこの混乱が収まり、ダンジョンから魔物が出てこなくなった時が大変だ。あの図体じゃダンジョンには入れないから、自給自足させるのは厳しいだろう。


「1食でそれほどのオークが必要なのか」


「オリビアの乗っている風竜王なんてもっと必要だぞ」


「オリビアも乗っているのか!? 」


「ああ、ティナと一緒にな。もうすぐここに着くと思う。それより負傷した兵を一ヶ所に集めてくれ。俺がまとめてミドルヒールを掛けるから」


「それは助かる。直ぐに集めさせよう」


「それと兵の遺体も集めて凍らせておいてくれ」


「……いいのか? 」


「善意なんかじゃない。俺にも色々と考えがあるんだよ」


 皇軍の兵はエリート中のエリートだ。俺が今後やろうとしている事の役に立ってもらうために必要だ。マルスの兵はついでだ。オリビアがどうせ生き返らせてくれって頼んでくるだろうしな。


「兵たちを生き返らせてくれるのならなんでもいい。どのような理由であれな。墜落した飛空艦から急ぎ回収させる。すまんが時間をくれないか? 」


「時間はあるから大丈夫だ。それに俺の軍ももうすぐ来るから手伝わせる」


 魔帝との約束は守った。マルスも助けることができた。ならもうそこまで急ぐ必要はない。


 悪魔軍の大将は、たっぷり恐怖を味あわせたあとに殺してやる。



 それからマルスと別れオリビアにマルスは無事だと念話で伝え、艦隊が到着するのを待っていた。


 すると魔鉄製の全身鎧に身を包んだ傷だらけの顔をした集団が、竜を警戒しつつこちらへと歩いてくる姿が見えた。彼らはどうやら魔帝一家のいる場所へ向かっているようだ。


 その集団の先頭にいる男は20代前半くらいだろうか? 赤く長い髪は逆立っており、顔は整ってはいるが勝ち気で生意気そうな印象を受ける。そしてどこか魔帝に似ていた。


 ん? あの顔……どこかで見た気が……あっ! ローエンシュラム侯爵か! 


 俺はラウラとのイケナイ秘密の授業で教えられた貴族の一人である、隣領のローエンシュラム侯爵であることを思い出した。


 あ〜アイツがそうなのか。魔帝のひ孫でやたら俺と会いたがってたんだよな。脳筋だって聞いた時点で全力で断っていたけど。しかしまさか戦場で会うことになるとはな。


 関わりたくねえな……でもメレスのとこに向かってるしな。


 スルーしても俺のとこに来そうだし、挨拶くらいしてやるか。





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