第14話 救援
―― ポーランド地域西部 飛空要塞『オーディン』艦橋 テルミナ帝国皇帝 ゼオルム・テルミナ ――
『新たにガーゴイルの反応! その数5千! 』
「フンッ! いよいよ本腰を入れてきおったか」
余の正面の戦術モニターには、現在交戦中のガーゴイルの他に新たに側方から現れた群れが表示されておる。
悪魔どもめ。とうとう本気を出してきたようじゃ。
二日前にマルスが陣取るこの場所にやってきた時は、ガーゴイルが散発的にやってくる程度じゃったんじゃながな。その時は百や二百程度じゃったから、遠距離からの集中砲火で余裕じゃった。
しかし今朝から悪魔どもも余らを脅威とみなしたのか、ポーランドの北部や南部に侵攻しておったガーゴイルをここに集中しだした。
千単位で散発的にやってきているうちはまだなんとかなった。遠距離から魔導砲で減らし、接近されたらヴェルム改によって撃ち落とすことができた。ヴェルム改戦闘機の火力では、3機で1体を討ち取るのがやっとじゃったがの。こちらも2機失うがな。
じゃがヴェルム改の数が減ってくるに連れ、飛空艦の被害が出始めた。150隻あった艦も120ほどになってしまった。
やはりガーゴイルは素早いゆえ、近づかれると少々厳しい。
どうしても側面や後方から狙われると魔力障壁を張れない分、こちらの分が悪い。この飛空要塞のように全方位に障壁を張れる艦は無いからの。それでも余の見事な艦隊運動によりなんとか防げてきた。
が、さすがにこれ以上は厳しいのう。
余は戦術モニターに映し出される中隊規模にまで減ったヴェルム改のマークが消えていく様と、側方より迫りくる5千のガーゴイルのマークを眺めながら、戦況が徐々に厳しくなっていることに舌打ちした。
ドラゴンがおればのう……ガーゴイルなどビビって逃げ惑うじゃろうにのう。
しかしまさか魔王がドラゴンを使役するとはの。ニホンで流されたという映像を最初見た時は魔王のコスプレに爆笑したが、その後現れたドラゴンに心底驚いたわ。
あの黒竜……あれは以前魔王が余に見せびらかしていた、【魔】の古代ダンジョンの最下層におった名付きのドラゴンじゃろう。それを使役し騎竜とするとはの。恐ろしい……なんと恐ろしい男じゃ。
その後、リズが乗っておったレッドドラゴンの映像も見たがあれはいいのぅ。やはりドラゴンと言えば炎のブレスじゃしの。炎のスキルを得意とする余にぴったりじゃと思うんじゃ。じゃから余にも寄越せと連絡したんじゃが、あのスケベ魔王は一切出ぬ。
欲しいのう……余もドラゴンに乗りたいのう。
『報告します! 戦艦ヴォイス及びハーネセン大破! 防衛していた重巡洋艦とともに墜ちます! 』
『ほ、報告します! マルス公爵軍第二艦隊旗艦がガーゴイルに張り付かれました! 』
「チッ、乗組員を退艦させよ。そしてこのオーディンを左翼に向かわせ、マルスの艦隊は後方に下げよ! 」
余はこの飛空要塞を盾に、左翼を守るマルスの艦隊を下げるよう指示をした。
戦術モニターには、ガーゴイルが左翼を守るマルス艦隊へ取り付いている様子が映し出されている。
その後、マルス艦隊が副砲で牽制をしながら下がるのと入れ替わるように、余の乗るオーディンが左翼の最前列へと躍り出た。
その瞬間。ガーゴイルが一斉に余の艦に襲い掛かってきた。
『第五魔力障壁破られました! 』
『第四魔力障壁残り耐久度60%! 』
「構わぬ! 対空砲を撃ちまくれ! 」
削られていくのう……
艦橋の窓からは障壁に張り付くガーゴイルが、その口から無数の岩を吐き出す姿が目視できる。
対空砲により撃ち落としてはいるが数が数じゃ。魔力障壁がどこまで保つか……
『報告します! 後方より50隻の味方艦隊の反応! 魔導信号確認! ローエンシュラム侯爵軍です! 』
「なんじゃと!? ルシオンの奴め! まさかインドを放置してこっちに来おったか! 」
あの馬鹿ひ孫め! インドのダンジョンから出てきた魔物を狩れという命令を無視しおって!
『ローエンシュラム侯爵艦隊から膨大な魔力反応! こ、こちらに向け一斉砲撃態勢に入ったと思われます! 』
「あの馬鹿ひ孫め! 急速降下! 魔力障壁全開! 来るぞ! 耐衝撃態勢に入れ! 」
あやつめ! 突出している余の艦ごとガーゴイルを殲滅しようとしているに違いない。あの適当な性格のルシオンのことじゃ。絶対にこの艦にも当たるじゃろう。
そして余の予想通り、ルシオンの艦隊が放った魔導砲の一部が艦に命中した。
その瞬間。激しい揺れが余の艦を襲い、戦術画面は真っ赤になり艦橋中に警報が鳴り響いた。
「被害報告をせい! 」
『だ、第四魔力障壁が張り付いていたガーゴイルごと消滅! 第三魔力障壁耐久値0%! 第二魔力障壁耐久値70%です! 』
「急ぎ再展開せい! 通信手! ルシオンの馬鹿に繋ぐのじゃ! 」
おのれ馬鹿ひ孫め!
余は捕まっていた椅子から手を離し、魔力障壁の再展開とルシオンに通信を繋ぐよう命令した。
そして数秒後。モニターには逆だった赤髪と、生意気そうな顔の男が椅子にふんぞり返っている姿が映し出された。
《よう、
「貴様ルシオン! 何が助けに来たじゃ! 余を殺すつもりじゃったろうが! 」
得意げな顔で言うルシオンに余は椅子から立ち上がりそう叫んだ。
《オイオイ、そりゃねえぜ曾祖父様。俺様はインド領を放置してまで助けに来たんだぜ? 曾祖父様を殺すだなんて言い掛かりもいいところだぜ。主砲を放ったのは飛空要塞なら耐えられると計算してのことだ。現に張り付いていたガーゴイルを一掃できただろ? 》
「何が計算じゃ! 回避行動を取らなかったら危なく障壁を全部持っていかれるところじゃったわ! 貴様! この戦いが終わったら覚えておれよ! 【時】の古代ダンジョンに力づくで放り込んでくれる! 」
この男の口から出る計算という言葉ほど信用できんものはない。どうせどんぶり勘定で、多分大丈夫だろくらいの気持で放ったに違いない。余には解るんじゃ。
《ゲッ! なんであのクソダンジョンに入らなきゃなんねえんだよ! 助けたってのに酷え扱いだぜ! 》
「皇帝を危険にさらしておいて何が助けるじゃ! そもそもインドはどうしたんじゃ! ここにいるということは、ダンジョンから出てきた魔物を一掃したんじゃろうな!? 」
《んあ? あ〜まあインドは大丈夫だ。多分な……》
「貴様……」
この男……やはりインドを放棄してきたな。
《んだよ。あんな雑魚ばかりじゃ退屈なんだよ。やっぱ強いやつと戦いてえだろ? ここに来れば悪魔と戦えるんだ。来ないわけにはいかねえって。まあ俺が来たからにはもう安心だ。曾祖父様は後方で見物していていいぜ》
「貴様は一度死なぬとわからぬようだな……」
たかだかS+ランク程度でどこからこんな自信が出てくるんじゃこの男は……
《ククク、まあ見てろって曾祖父様。次期皇帝となる俺の戦いをよ》
「貴様ごときが次期皇帝になど選ばれるわけがないじゃろうが」
既にあと千年は生きる魔王がデルミナ様の加護を受けておるしの。
《ここで悪魔を退けたらわからねえぜ? 》
「貴様……それが狙いか」
デルミナ様の宿敵である魔界の悪魔を退け、次期皇帝として認められようとしておるのか。
魔王が加護を受けておるというのにご苦労なことじゃの。
しかしそれはそれで面白いの。
《曾祖父様も整形っていうのか? チキュウの技術で若返ったように見せているが、あと百年も生きねえだろ? 帝国の未来を思ってのことだ。何もロンドメルのように曾祖父様を亡き者にしてだなんて思ってねえよ。代替わりの準備ってやつだ》
「整形などしておらぬわ! 何が代替わりの準備じゃ身の程知らずが! チッ、まあよい。それほど皇帝になりたいのであれば、デルミナ様が認めるほどの戦功を立ててみせよ」
インドは悲惨な事になっておるじゃろうな。後で魔王に睨まれるが良いわ。
《言われなくともそのつもりだ。あのアクツ公爵もここにはいねえしな。ククク、てっきりここにいると思ったが、故郷のチキュウを侵略されておいて領地で震えてるのか? 特殊なスキルを持っていても大したことねえな。俺様から逃げ続けていたのもうなずけるぜ》
「……ルシオンよ。インターネットとかは見ないのか? 」
《いんたーねっと? なんだそりゃ? 》
「そうか……まあよい。精々励め。ではな」
余はそういって通信を切った。
そういえばルシオンのやつ、魔導携帯すら持っていなかったの。確か帝城から連れて行った側近も武力だけある脳筋ばかりじゃったな。
しかしそれにしてもまさかあそこまで脳筋じゃったとは……知らぬということは恐ろしいのう。
幼い頃は顔も性格も余にそっくりで、あれほど可愛かったのにのぅ。どこで育て方を間違えたのか、まったく余に似なくなってしまった。時の流れとは恐ろしいのぅ。
その後、ルシオンの艦隊を編入した余の軍は、襲いかかるガーゴイルの群れをなんとか撃退していった。
しかし余らの率いる艦隊も百隻を切るほど減少した。
そしてガーゴイルの襲撃が途切れた頃。いよいよ悪魔軍の地上部隊が余らの前に現れた。
『報告します! 前方よりガーゴイルの群れ! その数2万! 』
『陛下! 前方の地上より魔力反応! 数は……お、およそ10万! 三十分後に先頭集団が地上部隊と接敵します! 』
「来たか……」
とうとう悪魔軍の地上部隊のお出ましじゃな。
さて、魔王との約束は今日じゃが、あやつが来るまでに5万の地上部隊と百隻の艦隊でアバドン族の首領のいる本隊を引き出せるかのう。
『ガーゴイルまもなく射程に入ります! 』
「全艦砲撃用意じゃ! 」
『ハッ! 全艦砲撃用意! 』
『ガーゴイル射程に入りました! 』
『うむ……撃て《ファイエル》! 』
『撃て《ファイエル》! 』
余の号令とともに全艦から一斉に魔導砲が発射された。各艦から発射された魔力の光は真っ直ぐガーゴイルの群れへと向かっていき、その中央付近に大穴を開けた。
『命中! 敵の2割を消滅させました! 』
「遠距離からの不意打ちでその程度か……思ったより減らなんだ。やつらめ学習したか」
生き残りが後方のガーゴイルにに知らせたかのう。面での攻撃が読まれ始めておるの。
それでも余は引き続きガーゴイルへの砲撃を続けさせた。それにより6割近くまで減らせたが、それでも1万以上のガーゴイルが残り混戦となった。
『報告します! 地上部隊が敵の先頭集団と接敵! 10体のケルベロスを確認! さらに後方からベヒーモスと思われる巨大な魔獣2体がこちらへと向かっております! 』
『ケ、ケルベロスにより前線崩壊! 飛空艦からの援護射撃を要請しております! 』
「こっちもガーゴイルに手一杯でそれどころじゃないのう……余と十二神将が出るとするか。艦長、あとは頼んだぞ」
余はそう艦長に告げ椅子から立ち上がった。
「陛下。お供いたします」
「リヒテンは魔王が来るまでここに残っておれ」
全身甲冑を身につけたリヒテンに、余は言外に足手まといじゃと告げた。
Cランクのリヒテンでは余らについてこれぬしな。魔王は夜には来るはずじゃから、リヒテンはここで待っておればよい。
「いえ、ロンドメルとの戦いの時のようなことは二度と御免でございます。今度こそ、この身を盾に陛下をお守りいたしますぞ」
「フンッ! 老いぼれが無理しおって……まあよい。そこまで言うのであれば勝手にするがよい。ではいくかの……友よ」
余が若き時から世話係として付き従い、余が前帝を討つと決めた時もただ一人支えてくれた。
そして今も、弱いくせに余と共に死地へと向かおうと言っておる。
思えば余が心から信頼できる男はリヒテンだけじゃったのう。まあ、魔王も信頼できなくはないが、奴はメレスを余から奪った敵じゃからの。
「陛下……老人の照れた顔など、またアクツ殿に気持ち悪いと言われますぞ」
「て、照れてなど無いわ! ええい! 十二神将よ! 行くぞ! よいか! 死ぬでないぞ! これ以上ランクが落ちれば降格させるからの! 」
リヒテンめ! なぜ余が照れるのじゃ! 初めて会った時はオドオドしていつも泣きそうな顔をしておった少年じゃったのに、今ではあの時の可愛げの欠片もありゃせん。年は取りたくないのう。
『『『『『ハ、ハッ! 』』』』』
余は蘇生によりSランクに落ち、後がなくなり青ざめる十二神将を引き連れ艦橋を出て甲板へと向かった。
そして甲板より飛び降り、飛び交うガーゴイルへスキルを放ちながら荒野に陣取る地上部隊のもとへとパラシュートを展開し降り立った。
♢♢♢♢♢♢
「今じゃ! 『インフェルノ《灼熱地獄》』! ぬっ!? 効かぬか!? ミハエル! ルーベル! 」
十二神将と戦場を駆け巡り、溶けた魔導戦車の上で四方に炎を吐いているケルベロスを見つけた余は不意打ちでスキルを放った。しかし余の放った炎のスキルはケルベロスを焼き殺すことはできなかった。
それどころかケルベロスは余の放った炎の中で、3つの首をこちらに向け反撃する素振りを見せた。
余はとっさに後方に退き、十二神将のミハエルとルーベルへと声を掛けた。
『ハッ! アイスワールド《氷河期》 』
『アイススピア《氷槍》 』
ギャギャン!
ミハエルらが放った氷のスキルは有効で、ケルベロスの動きを止めたあとその身を氷の槍で串刺しにした。
「トドメじゃ! ぬおっ! まだ炎を吐くか! クッ! これしき! ぬんっ! 」
余はトドメを刺そうと間合いを詰めたが、ケルベロスは二つの首を余に向け火炎放射器のように炎を吐き出した。
しかし余はそれをすんでの所で避け大剣をその首へと叩きつけ切り落とし、そのままケルベロスの胸へと深々と突き刺した。
三つのうちの二つの首を落とされ、心臓付近に剣を差し込まれたケルベロスは断末魔の声を上げその場に倒れ伏した。
「思っていたより炎の耐性が高いのう」
余はケルベロスの胸から剣を抜き、額の汗を拭いながらそうボヤいた。
するとケルベロスの断末魔の声に惹かれたのか、遠方から3体のケルベロスがこちらへと真っ直ぐ向かってきた。
「陛下! 」
「わかっておる! アイスシールドを展開せよ! まずは動きを止めよ! リヒテンもウォーターシールドで援護せい! 」
「「「ハッ! 『アイスシールド』! 」」」
「承知いたしました。『ウォーターシールド』 」
余の指示により十二神将とリヒテンは、素早く氷の壁を半円に展開した。
そこへ3体のケルベロスがものすごい速さで体当たりをしてくる。しかしリヒテンの援護によりその厚みを増した氷の壁は、ヒビが入りながらもケルベロスを受け止めた。
「今じゃ! 掛かれ! 」
号令を掛けると十二神将は即座にスキルを消し、動きの止まったケルベロスへ襲い掛かった。
それからは最初のケルベロスを倒した時と同じく氷で足元を凍結させ、炎を避けながらその首を一つづつ切り落としていった。
周囲を見渡すと余の軍は態勢を立て直し終えたようで、組織的な魔導戦車の砲撃の音が聞こえてくる。歩兵たちも剣を手にオーガやトロール。そしてケルベロスを相手に勇敢に戦っておる。
ふむ……敵の先頭部隊はなんとかなったな。
あとは……
「陛下。来ましたな」
「うむ。なかなかにデカイのう……」
余の視線の先には空を飛ぶガーゴイルとは違う悪魔の姿と、チキュウのビルほどもある巨大なサイの魔獣がこちらへと向かってきていた。
「宿敵アバドン族とベヒーモスでございますな」
「アバドン族は2千ほどか。本隊ではなさそうじゃのう」
「はい。本隊はスイスにいるとNASAより報告を受けております。どうやら占領地から人族や、壊滅させられたマルスの配下の兵が運ばれているようです」
「魔界に連れて行き奴隷にでもするつもりかの」
「恐らくは」
チキュウと帝国の技術を魔界に持って帰ろうとしておるのやもしれぬな。
それはちとマズイのう。
「ではとっとと片付けるかの。我ら魔人を魔界から追い出したその力が、どれほどのものか見せてもらおうかの」
「お供いたしますぞ」
「安心せい。死んでもリヒテンの亡骸は余が回収し、魔王に生き返らせるように言ってやろう」
リリアがおるからの。魔王もまた生き返らせるじゃろう。もちろん余もじゃ。
余がいなくなれば加護を持つあやつは困るからの。ククク、後先考えず思いっきり戦えるのう。
「ありがとうございます。しかし陛下は死なぬようお気をつけくだされ。なんだかんだとアクツ殿は陛下を生き返らせるとは思いますが、その時はメレス様との結婚の儀が終わった後かもしれませんぞ」
「な、なんじゃと!? 余が認めぬのにメレスと結婚などできるはずなかろう! 」
「アルディス様はアクツ殿を気に入っておりますからな。陛下がいなければ認めるでしょうな」
「ア、アルディスが魔王をじゃと!? 」
いた、あり得る。アルディスは義理堅い女じゃ。蘇生をしてもらった事に恩を感じているはずじゃ。それはそうじゃ。最愛の余と再会できたのじゃからな。なによりも魔王によって蘇生された者は奴の言葉に逆らえん。
アルディスも本心では余と同じく可愛いメレスを手放したくないはずじゃ。しかしそこで魔王に結婚させろと命令されれば従ってしまうやもしれぬ。余がいればメレスへの愛の力であの不思議な強制力に逆らえるが、アルディスがどこまで抵抗できるかは未知数じゃ。
もしもここで余が死ねば、生き返った時にメレスが悲しい顔をしてお腹を大きくしているやもしれぬ。
死ねぬ! そのようなメレスの不幸な顔を見るわけにはいかぬ! 可愛いメレスをあのスケベ魔王の嫁になど絶対にさせぬ!
「リヒテン! 十二神将よ! 一人も死ぬことは許さぬ! 最後まで余を守るのじゃ! 」
「「「「「ハッ! 」」」」」
「やれやれですな」
「全軍陣形を組め! 魔導戦車隊はベヒーモスの足元に一斉斉射! 動きを止めよ! 歩兵は空から襲いかかるアドバン族を迎え撃てい! 」
余は全軍にそう指示をしたのち、ベヒーモスとアバドン族を迎え撃つのだった。
♢♢♢♢♢
《ブオオォォォン》
「足じゃ! ベヒーモスの足を狙え! 突進をさせるな! 魔導部隊は空にいるアドバン族を牽制せよ! 」
余はベヒーモスの足に剣を突き刺したあと、背後に飛び退きながら周囲にいる者たちに力の限りそう叫んだ。
余の命令にベヒーモスの周囲にいた兵は、一斉にその足に向け剣や槍を繰り出した。そしてその後方では、強力なスキル持ちがを次から次へと空へと火や風や氷のスキルを放った。
「曾祖父様! コイツら強え! なんで全員が希少鉱石の魔鉄のフルプレイトアーマーとハルバードを装備してんだよ! 」
「そんなこと余が知るわけないじゃろ! 魔界では希少鉱石ではないのじゃろうよ! むっ!? そこじゃ! 『ヴァイオレント・フレイム《豪炎》』! 」
旗艦をアドバン族に墜とされ、伴の者たちと前線へとやってきたルシオンへそう答えながら空中より襲いかかってきたアドバンの兵を炎で包み込んだ。
クッ……まさか魔鉄製の装備をこれほどまで保有しておるとはの。そのうえアバドン族の兵を鑑定してみたらSランクじゃった。
そんなアバドン族が魔鉄の装備を身に着けておるんじゃ。防御力が高過ぎて魔力の消費が激しいのう。やはり魔素濃度の高い魔界には、魔鉄の鉱山でもあるのかのう。羨ましいのう。
「クソッ! 硬え! しかもこの馬鹿力! グハッ……俺様が打ち負けただと!? 」
「どうしたルシオン! もう泣き言か! 貴様も同じ魔鉄の装備をしておろうが! その程度でデルミナ様に認められようなど片腹痛いわ! 」
「ぐっ……泣き言じゃねえ感想だ! クソッ! だったらベヒーモスの首を落としてやるよ! 行くぞテメエら! 」
『『『『『ハッ! 』』』』』
「威勢だけはいいのう」
余は威勢よくベヒーモスの正面へと向かうルシオンらを目で追いながらそうつぶやいた。
《グハッ! 》
《ルシオン様ぁぁぁぁ! 》
馬鹿め。やはり威勢だけだったようじな。
余は不用意に暴れるベヒーモスの正面に立ったことにより、その巨大な角によりって弾き飛ばされたルシオンを見て首を横に振った。
出オチ感がハンパないのぅ。
「陛下! 飛空艦がもう保ちませぬ! オーディンの魔力障壁も全て破られております! 」
「む!? 後方にはアバドンの兵は数百程度しか行っておらぬはずじゃ! じゃのにこんなに早く魔力障壁の再展開が間に合わないほど削られたのか! 」
リヒテンの言葉に後方を見ると、墜落していく多くの戦艦や巡洋艦。そして艦のあちこちから煙を上げている余の飛空要塞の姿があった。
二千のガーゴイルの攻撃には耐えたんじゃがの。たった数百のアバドン族に皇軍艦隊が壊滅させられるとはの。
このままでは後方に下げたマルスの艦隊も危ないのう。
「リヒテン! マルスに撤退せよと命じよ! 」
「無駄でございましょう。陛下を置いて逃げるような男ではございませぬ」
「……それもそうじゃの。余の周りは馬鹿ばかりじゃの」
まったくあの男は……
しかし多くの兵が死んだの……
この有様では帝国の全艦隊をもってしても、アバドン族の首領のところへはたどり着けなかったやもしれぬの。
魔王に首領の首を用意して待っているとデカイ口叩いておいてこれじゃ。余もルシオンと変わらんのう。
やむを得まい。魔王に頭を下げて兵たちを生き返らせてもらうかの。気が重いのう。
しかし魔王はまだかのう? もう夕方になる。約束の時間なんじゃがのう。
む? やはりマルスは前線に出てきたか。やっぱり奴はアホじゃのう。
「ん? なんじゃあれは? 」
後方から残存艦隊を引き連れ突撃していくマルスの艦隊に呆れていると、その背後から二つの黒い点がこちらへと真っ直ぐ向かってきているのが目に映った。
「はて? 何やら羽ばたいているような……鳥? にしては大きいですな」
「確かに羽ばたいているように見えるの。この距離であの大きさだと相当デカイ鳥に……まさか!? 」
来たか!
「へ、陛下! あれはドラゴンですぞ! 二頭のドラゴンがこちらへと向かってきておりますぞ! アクツ殿のドラゴンに違いありませぬ! 」
「ロンドメルの時とは違い絶妙なタイミングで来たの。しかし二頭だけか? まあ魔王が乗っておるなら奴一人おれば余裕じゃが……」
余が生きている間に現れるとはの。二頭だけで来るとは、相当急いで来たと見える。なんだかんだ言って魔王も余に死なれたくないんじゃな。ククク、これがツンデレというやつか……気持ち悪いわ!
「しかし陛下? アクツ殿が乗っていたドラゴンは黒いドラゴンだったはず……しかしこちらに向かってくるあのドラゴンは、白銀と赤いドラゴンに見えるのですが……」
「む? たしかにそう見えるのう……乗り換えたんじゃろか? まあなんでもよい。これでこの戦争は勝ちじゃ」
早く終わらせてアルディスとメレスと会いたいのう。悪魔どものせいでなかなか家族団らんができなかったからの。これからは毎日家に帰れるのぅ。幸せじゃのぅ。
待っておれアルディス、メレス。悪魔どもを皆殺しにした後、余がサクラ島まで迎えに行ってやるからの。
「それもそうですな。おお〜さすがドラゴンですな。ブレスの一吹きでアバドン族を凍らせましたぞ。あれはアイスドラゴンですな。確か【魔】の古代ダンジョンの80階層のガーディアンとしてしか現れない希少種だったはず。さすがアクツ殿ですな」
「余はあのファイヤードラゴンのほうがいいの。ほれ、あのアバドン族が黒焦げじゃ。ククク、逃げ回っておるぞ? これは滑稽じゃな」
余のいる場所の上空にいるアバドンの兵たちも固まっておる。それもそうじゃろうのう。相手は80階層クラスのドラゴンじゃからな。そのうえもう一頭おる。ここにいるアバドンの兵だけではどうやっても太刀打ちできまい。
「では兵を退かせますか」
「うむ。あとは魔王に任せ休憩しようかの。一気にヌルゲーになったのぅ」
そう言ってベヒーモスと戦っておる兵たちに退くよう命令しようとした時じゃった。
飛空艦の周囲で暴れておった二頭のドラゴンが、高度を下げながら余のいる場所に真っ直ぐ向かってきた。
そして余の頭上に差し掛かった所で固まっていたアバドンの群れへブレスをひと吐きし、その後に滞空した。
余が舞い上がる砂埃に目を細めていると、ドラゴンの背から真下を覗き込む二人の女の姿が目に映った。
その二人はここにいるはずがない女たちで……
「なっ!? なっ! 」
「ゼオルム! 助けに来たわよ! まだ死んでないわよね? 」
「お父様! ああ……よかった……間に合いました」
「な、なぜじゃ! なぜメレスがここにおるんじゃ! 魔王がメルスは安全な場所におると……」
「ドラゴンに乗っているんだから安全じゃない。何言ってるのよ」
「ずっとお母様と日本で戦っていました」
「ま、魔王めふざけおって! 余のメレスを戦場に向かわせるなど! 許さぬ! 許さぬぞ!! メレス! 早くそのドラゴンから降りるんじゃ! 余の胸の中の方が安全じゃ! さあ! 飛び込んでくるのじゃ! 」
「ちょっと! さっきからメレスのことばっかり! 私の心配は!? なんでメレスのことにだけ怒ってるのよ! 」
「そんなの当たり前じゃろが。メレスは余の宝じゃ。だいたいアルディスのどこを心配しろというのじゃ。そんなのするだけ無駄じゃろ。ほれ、好きなだけ暴れてこい。ああ、兵を巻き込むで無いぞ」
なんなんじゃこの女は。余を気軽にぶん殴れるほど強い女をなぜ心配せにゃならんのじゃ。頭おかしいんじゃなかろうか?
「フフフ、そう。心配してコウ君が引き止めるのを振り払ってきたのにそういう事言うのね。わかったわ。なら好きなようにやらせてもらうわ。ウンディーネ! あのサイみたいなデカブツの周りを池にしてちょうだい! 」
「なんじゃ? 何をしようというのじゃ? 」
「陛下! アルディス様のあの笑み。嫌な予感がいたします! 退け! 皆の者武器を捨てても良い! 退け! 」
「何を興奮しておるのじゃ。別にベヒーモスを水没させようとしておるだけじゃろ」
魔物を水死させるのはよくやった手じゃ。しかしこれほどの規模の水は初めてじゃ。さすがはアルディスじゃな。
ん? なんじゃ? なぜベヒーモスの奥に水を溜めたんじゃ?
水没させるのではないのか?
「ゼオルム、護りの指輪は大丈夫よね? 」
「む? うむ。余が魔物の攻撃を受けるわけないからの。しかしなぜそんな事を聞くんじゃ? 」
「フフフ、それはね? こういうことよ! ファイヤードラゴン! あの池にとびっきり高温のブレスを吐きなさい! 」
「お、お母様!? 」
《ギュオオォォォン》
「なんじゃ? 何をしようとしておるんじゃ? 」
「へ、陛下! お逃げください! これは水蒸気爆……」
ドオォォォォォン!
パリーーン
「のがぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 」
突然目の前に起こった爆発に護りの指輪によるシールドは一瞬にして破れ、その後リヒテンと共に岩や地面に全身を打ち付けながら数百メートル吹き飛ばされた。
全身に走る激痛と、薄れゆく意識の中で余は思った。
だからこんな女のどこを心配する必要があるというんじゃと。
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