第4話 エルフのポーション
7月に入りグリードの仲間たちの蘇生も終わり、やっと一息ついていた頃。
エルフの森からメレスの祖父である、水精霊の湖のアムラス族長が面会を求めてきた。
そういえば族長が最近こっちに来てなかったなと思った俺は、ティナを連れて悪魔城一階の応接室に向かった。
応接室に着くと族長がソファーから立ち上がり、三人の護衛のエルフとともに頭を下げ俺とティナを出迎えた。
「勇者様。お忙しいところお邪魔して申し訳ありませぬ」
「気にしないでくれ。そんなことよりもメレスが寂しがっていたぞ? 帰りに会いに行ってやってくれ」
俺は族長に座るようにジャスチャーをしながら、ティナと向かいのソファーに腰掛けた。
「そうよ族長。暖かくなってきたから、メレスがまた移民街で一緒に氷を作りたいと言ってたわ」
「おお、そんなことをメレスが。ええ、ええ、それはもう必ず行きますのじゃ。なにぶん風精霊の森の族長と、宵闇の谷の族長と色々と話し合っておりましてのぅ。それでなかなかこちらに来れなかったのですじゃ」
「ああ、エルフ領の運営のことか。里の規模拡大と飛空艦の維持費とかか? 別に若いエルフ全員が軍とギルドにいるわけじゃないし、うちが給料から天引きでそっちに納税してるから問題ないだろ。みんなかなり稼いでるし」
宵闇の谷のダークエルフの族長とその息子の
宵闇の谷のダークエルフの族長と銀無が反対したのは別に俺と関係が悪くなったわけではなく、彼らはうちの家臣というか属領になりたいと言っていたからだ。その提案にアムラスも風精霊の族長も乗りそうだったから、全て却下して強引に同盟を結んだ。
俺が生きているうちはいいけど、俺の子孫がエルフたちと仲良くする保証はないからな。彼らには、いつでもうちと縁を切れる形でいてもらわないと将来が心配だ。
それで同盟の際にうちにいる6千人に及ぶエルフたちの収入から、ふるさと納税をうちが徴収しエルフ領に振り込むことになった。
彼らはかなりの高級取りだから、俺が譲渡した飛空艦や里の規模拡大の費用は十分まかなえるはずだ。人手も若いエルフ全員がこっちに来ているわけではないし、ダンジョンで戦うのは厳しいだけで、まだまだ元気なエルフも里にはたくさんいる。だから運営に問題はないと思うんだけどな。
「エルフ領の運営のことではありませぬ。ポーションのことですじゃ」
「ああ、また譲ってくれるのか? 助かるよ。ポーションばかりはなかなか売りに出なくて品薄でね」
軍もギルドもポーションだけは品薄だ。まあダンジョンに入る人間が、命綱のポーションをそうそう手放すわけがないからな。今まではなんとかなってきたが、東日本領と元探索者協会協会のトレジャーハンターギルドを管理することになってからは常に品薄だ。
うちは徴用の教育訓練期間と、ギルドの初心者講習の際に使うポーションは支給するからな。俺も持っている下級ポーションはほとんど放出したが、当然のことながらそれでも全く足りていない。これはお金の問題ではなく、ポーションの流通量の問題だから解決策がないんだよな。
だから定期的にエルフの森から売ってもらえるポーションはありがたい。それが4等級や5等級のポーションとはいえ、毎回数百本単位でもらえるのは本当に助かる。
「勇者様。毎回儂らエルフがどこからポーションを手に入れてくるのか、お疑いにはならないのですかの? 」
「……里に残ってるエルフでダンジョンに潜って手に入れている。それでいいじゃないか」
まずいな……まさか族長同士で話し合っていたことって……
「長老。コウはエルフの未来を本気で心配しているの。人族や魔人に利用されないようにって。だからいいのよ」
「やはり気づいておられましたかの。今一番欲しい物であるはずなのに、我らエルフの未来を考え知らぬふりをして頂いていたというわけじゃったか。予想通りじゃったの。ならば尚更このままでいるわけにはいきませんのぅ。勇者様……我らエルフは勇者様により、数千年にも及ぶ奴隷の身分より解放されましたのじゃ。そのうえ居場所と仕事を与えていただいただけではなく、自衛のための飛空艦まで付けてエルフの森の独立をさせて頂きましたのじゃ。我らは勇者様に大恩がありますのじゃ。しかし我らに返せる物などは何もありませぬ。じゃから数千年の間、帝国から守ってきた物を差し出すことにしましたのじゃ」
「いらない。族長、気にしなくていいんだ。愛するティナの故郷だ。俺が気にかけるのは当たり前だ。今の俺はティナたちがいたから存在するんだから」
俺は族長がやろうとしてることを察し、速攻で拒否した。それはエルフの未来にとって必要なものだ。俺に渡したらいけない。
「コウ……ありがとう。愛してるわ」
「そういう訳にもいきませぬ。我らエルフは誇り高き種。度重なる恩義を受け、それを当たり前のように甘受し生きていくことは苦痛でございますのじゃ。じゃから受け取ってくだされ。古代より伝わるこの『ポーション作成のレシピ』を」
「…………」
あ〜あ、言っちまった……今まで気づかないフリをしていたのがこれで台無しだ。
そりゃ数ヶ月ごとに大量のポーションを譲ってもらえていれば気がつくさ。ティナも奴隷の時にダンジョンで会った同胞から里からの支援ということで、貴族に内緒で度々ポーションをもらっていたって言ってたしな。気づかない方がおかしい。
エルフはポーションの作成方法を知っているということを。
この事は帝国人は知らない。支配者である帝国に数千年も隠せてきたのは、絶対に帝国に気づかれてはならない理由があるからだろう。それは恐らくエルフの森にその素材があるからだと思う。だから保護区である森を荒らされないために、首輪をはめられた同胞を救うためにこれまでひた隠しにしてきたんだろう。
それを俺に教えるとか、俺の子孫が欲を出したらとか考えなかったのかよ。
「勇者様。エルフは強くなりますのじゃ。もう誰にも支配されることのない強い種に。遥か古代。魔人がやってくる以前の、高度な文明を持つ人族とも渡り合っていた時以上の種に。ですからもうこれは必要のない物ですじゃ。エルフは勇者様のおかげで自立しましたのじゃ。ポーションがなくとも生き残れるのですじゃ。このレシピは大恩ある勇者様に是非使っていただきたいのですじゃ」
「長老……コウ、受け取ってあげて。エルフの誇りのためにお願い」
「ティナ…………わかったよ」
俺は長老の真っ直ぐな視線と、隣で俺の手を握るティナの言葉に負けレシピの書かれているであろう紙を受け取った。
そしてその紙を開き中身を確認した。
そこには水精霊の湖の水と、ダンジョンの素材と魔力によりポーションが作られることが書かれていた。
これは……エルフの森に素材があることは予想していたけど、まさか水精霊の湖の水が必要だったとはな。そりゃ帝国に知られるわけにはいかないよな。知られれば魔素を生み出す以外は価値がないと思われていたエルフの森は、欲にまみれた帝国貴族により支配されるだろう。
そうなればエルフの居場所は完全に失われる。信仰する精霊が住む湖の水を必要以上に抜かれ、森を荒らされ精霊と契約できなくなる可能性もある。これは絶対に知られてはいけない情報だ。
「ティナ。里から蟲と植物のダンジョンに入った際に、トレントの葉を持って帰るように言われてたって言ってたよな? 病に効く薬の材料になるって」
「ええ……まさか本当はポーションの素材になってたの? 」
「ああ、ここに書かれてるよ。水精霊の湖の水とエルフの森の薬草。そしてトレント種の葉と魔力によって作られるそうだ」
俺はそう言いながら隣にいるティナにレシピを見せた。
レシピにはトレント種のランクにより、作れるポーションの種類も書かれている。
Cランクのトレントでは5等級のポーション。Bランクのジャイアントトレントでは4等級。Aランクのエルダートレントは3等級とね。流石に2等級は作れないみたいだ。それでも十分すぎるんだけどな。
「ほんとね……まさか森の至る所に生えている薬草と、湖の水とトレントの葉がポーションの素材だったなんて驚きだわ」
「ふぉふぉふぉ、エスティナは一番長く里にいたが、里から離れた場所で風精霊と宵闇の里のものたちと作っておったからのぅ。年老いて施設から戻ってきた者たちは皆知っておる。常に葉を回収するために大陸中を巡回する者と、里に残った者で外にいる同胞たちのために毎日作っておったんじゃ。しかし奴隷から解放されてからは皆ポーションに困らなくなっての。余っておったのを勇者様にお渡ししていたというわけじゃ」
それにしたって頻繁に、しかも大量に俺に渡しすぎだろ。まるで気づいてくださいと言わんばかりだったぞ。
いや、最初からそのつもりだったのかもな。特に忍者化したダークエルフの族長はな。
「なるほどね。全て繋がったわ。確かに私も葉を街にいた里の老人に渡していたもの。ありがとう長老。あのポーションで何度も命を救われたわ。私もシーナたちも」
「いいのじゃ。若い者たちが生き残るために役立てた。それが勇者様を引き寄せてくれた。ポーション作りはなかなかに大変じゃったが、今は皆が喜んでおる」
「長老……本当にいいのか? 間違いなく外に漏れるぞ? 」
知ってしまった以上、俺は領民を守るために使う。そうなれば当然大量生産をすることになる。トレントの葉をダンジョンの指定素材にするし、湖の水を汲むためにエルフの森との横行も頻繁になる。製造工場も必要になるだろう。そうなれば間違いなくポーションに必要な素材が何なのか漏れる。
「ふぉっふぉっ、エルフは強くなりますのじゃ。勇者様と並び立てるほどに」
「そうか……わかった。それまでエルフの森は俺が必ず守る。ありがとう族長、助かるよ。ああ、当然精霊の水と薬草代は払うから。値段を決めておいてくれ」
「それでは儂が商売をしにきたことになってしまうのじゃ。湖の水も薬草も無償でお譲りいたしますのじゃ」
「そういうわけにはいかない。俺がエルフの森から搾取していると思われるからな。対等な取引で頼む。俺の名誉と、子孫に余計な
俺が搾取してたなんて後の世に思われたら、エルフとの関係が悪くなる原因になりかねないからな。ちゃんと正当な対価を渡す必要がある。
「む……むむ……そういうことであれば……仕方ないの」
「よし、なら取引成立だ。かなりの量を作るつもりだから、輸送艦と一緒に銀無の部隊を森に戻すよ。薬草と水の採取に使ってくれ」
あいつら暴走族と化してるからな。鹿児島の演習場で毎日毎日バイクで戦闘訓練をしてうるさいらしい。協力的な近隣の住民でさえ耐え兼ねてるそうだ。そりゃいくら演習場の中とはいえ、5千台のバイクで昼も夜も爆走されたらシャレになんないよな。
これを機にあの暴走族には森に帰ってもらおう。
「おお、それほどの数の若いエルフを採取に使えるのであれば、ご期待に答えられましょうの」
「それじゃこっちも早速動こうと思う。長老、本当にありがとう、助かったよ」
俺はそう言って席を立ち、長老に別れを告げてギルドへと向かった。
そしてリズとシーナに緊急依頼として、デビルバスターたちにトレント種の葉を集めるように指示を出させた。
最初は買取対象ではないトレントの葉を緊急依頼に出すことに、リズもシーナも頭にはてなマークを浮かべてた。けど、こっそり理由を話したら大興奮してたよ。ギルドが一番ポーション不足に悩まされてたからな。
トレジャーハンターギルドではなく、デビルバスターズギルドに依頼を出させたのには理由がある。
トレント種は枝を鞭のように使いなかなか接近戦ができない。だから火系のスキルで倒すのが常道だ。その結果、倒したあとは葉は少ししか残らない。そうなると数をこなさせるか火系のスキルを使わないようにして倒すしかないから、Bランク以上の者でないと難しいと思ったからだ。
Cランクのトレジャーハンターたちじゃ無理して死ぬかもしれないからな。
当然緊急依頼だから報酬は高めだ。うちの獣人たちは喜んで蟲と植物のダンジョンに突入するだろう。俺は行かない。虫は嫌いだからな。
さて、あとは製造工場か。機械化できないのは辛いところだな。魔力を込めながら薬草や葉をすり潰さないといけないみたいだし。
移民街の者たちにやってもらうか。あとは軍の業務に入れよう。
これでポーションに悩まされなくて済む。これまであまり流せなかった、領内に複数ある探索者養成学校にも支給できるだろう。
さらに生産が軌道に乗れば輸出で稼げるかもしれない。
そうなれば財政の再建も早くなる。
「ふふふ、これで白亜の宮殿がまた近づいてきたわね」
ギルドからの帰りに一緒に港を歩いていると、ティナが上機嫌で語りかけてきた。
「ポーションは高いからね。そのぶん支出が減って資金が貯まるね」
「そうよね。節約しようと思って、新しい水着をどうしようか迷っていたけど買おうかしら」
「水着くらい俺がダンジョンで魔石を作ればいくらでも買えるだろ? 」
「気分の問題よ。普段から節約を意識してないと麻痺しそうなんだもの」
「そういうものか。もう夏だし好きなのを買えばいいよ」
「そうね。明日にでもメレスや雪花騎士たちと街に行ってこようかしら。あ、レミアも非番だったわね。一緒に誘うわ。コウ、ゲートで送り迎えお願いね」
「あ、ああ。わかったよ」
くっ……雪華騎士とレミアの新しい水着だと?
見たい! 一緒にビーチで遊びたい!
でも俺には魔神の呪いが尻に……
なんとしてでもこの呪いを解呪しなければ。もう時間がない!
こうなったらアレを試すしかないな。弥七にならいいだろう。解呪に協力してもらうか。
俺は夏のビーチで女の子に囲まれてキャッキャウフフするために、本格的にこの魔神の呪いを解くために動く事を決心するのだった。
しかしその結果とんでも無い事態になることを、この時の俺は想像すらしていなかった。
※※※※※※※※※※
【作者にとって重大なお知らせ】
あの……その……今年もカクヨムコンテスト応募しまして。前回はご協力いただき3位だったんですが、受賞はできませんでしたすみません。というか現代Fから受賞者0でしたw
それで今回も懲りずに応募しまして、『どんでん返し』部門なんですけどね?まあ該当するかなと。序盤だけですけどw
そこでまだ星の評価をいただけてない方に、是非ご協力をお願いしたいと思いまして……漫画化をどうしてもしたいんですぅ!
なんか今年はコミカライズの可能性高いらしくて……
そういうわけで漫画版を読みたいと思っていただける方がいれば、下の星評価を是非お願いします。
あ、レビューは書かなくても+ボタン押すだけで評価完了しますので。
毎年すみません。
【もう一つお知らせ】
現在新作書いてます。こちらは異世界転移ものになります。
今月中に投稿しますので、良ければ作者フォローお願いします。投稿したらお知らせが行くようになります。一応ニートの方でも告知はします。
ちなみに不動産管理会社勤務の青年が異世界に飛ばされて、マンション経営しながら『ペン』と『巻尺』と『方位磁石』という不動産業界の三種の神器と、『間取り図』と『地上げ屋』と『火災保険』という女神からもらったギフトで無双(戦闘)するお話になります。
お部屋探しの経験がある方には楽しんでいただけると思いますw
あ、懲りずにハーレム物です(笑)
是非こちらもお楽しみに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます