第5話 解呪
—— テルミナ帝国 マルス公爵領 欧州イギリス地域 領主館 カイン・マルス侯爵 ——
「これでよし……ん? ここは誤字か……まだ変換能力がイマイチなようだな」
私はパソコンにて作成した指示書に誤字を見つけ修正した。
前の世界で幼い頃に迷い人から聞き、憧れたパソコンを手にれたはいいが言語スキルがないと使えないのが厄介だった。私用で使う分にはいいが、執務で使うには文官でこちらの世界の言語を覚えた者が少なすぎる。
周囲の貴族も配下の者も、なぜ征服し従えた者たちの言葉など覚えねばならないのかと誰も覚えようとしない。
言っていることはわかるが、仕事の効率化や処理能力に関してはこの世界の者たちの方が遥かに高い。それはこのパソコンで使う数々のソフトを見れば分かる。
これを帝国に広めれば領地運営がはかどり、帝国はより豊かになるはずだ。
そこで何とか広めようとこの世界のパソコンや携帯電話を製造しているRINGOという企業に、帝国の言語が使えるようにさせたのだが変換機能がイマイチで誤字が多い。
今のままでは広めることはまだ難しいだろう。
帝国語は難しいと開発者は言っていたが、早急に改善させなければならないな。
それと陛下が使えるようなパソコンを開発させなければならない。相当難易度が高いが……
なんとか改良をさせ、帝国にこのパソコンを広めてIT化させなければ。
IT化に成功すれば私の功績として残るだろう。公爵家の跡取りとして申し分ない実績だ。ロンドメルの奇襲を許し呆気なく捕らえられ、この欧州地域を奪われたという汚名も返上できるはず。
せめて父上のように最後まで戦った上で負けたのなら納得もいくのだが、私は何もできなかった。妻と子を人質に取られ、何もできないまま捕らえられてしまった。
私はアクツ公爵様がいなければ殺されていた無能な男だ。
アクツ公爵様。
まさか【魔】の古代ダンジョンで手に入れたスキルが、視界に映るもの全てから魔力を吸収する能力だったとはな。そのうえ結界のスキルまで所持していると聞く。挙げ句の果てには死者蘇生まで……
死者を蘇生できるなどまさに神。あのお方は神に等しき能力を手に入れたのだ。
あのお方の精神性はとても高潔だ。あれほどの力を持ちながら、征服者である帝国を滅ぼそうとしないのがその証左。
あのお方はその光を妹のオリビアにも照らしてくれた。あの鉄仮面のようになったオリビアが、幸せそうな顔であのお方のことを語る姿を見て私は一つの可能性に辿りついた。
もしやアクツ公爵様は、人族の体を借りたデルミナ神様の使いなのではないかと。
我々がやむに止まれぬ事情とはいえこのチキュウに侵攻した際に、この世界の住人を減らしすぎないよう。デルミナ神様の悲願を叶えるために利用するよう、ブレーキをかけるために遣わされご使者なのかもしれない。
いや、そうに違いない。でなければこの世界のひ弱な人族に、古代ダンジョンの攻略などできるはずがない。きっとデルミナ神様のご助力があったのだ。
「おお……デルミナ神様の御使者アクツ様」
会いたい。会って祈りを捧げたい。私の信仰を受け取っていただきたい。
しかし今は動けない。反乱以降、ダンジョンから魔物が逃げ出しその対応に追われている。住民にも多くの被害が出ている。
デルミナ神様に捧げたこのチキュウに魔物を蔓延させるわけにはいかない。
まずは欧州中の森や山に逃げ込んだ魔物たちを殲滅しなければ……
コンコン
私が一向に進まない魔物の殲滅に頭を悩ませていると、執務室のドアを叩く音が聞こえた。
「入れ」
「失礼します。ダンジョンより現れた魔物の討伐状況のご報告に参りました」
「領軍司令自らか? 魔道通信では言えない内容か? 」
私は司令官が自らここへ来たことに疑問を覚えた。
司令官からの討伐状況の報告書は先ほど目を通した。その上でここに来たということは、それほど重要な話なのだろう。それも悪い方向の……
「はい。ロンドンの死霊のダンジョンから逃げたゴーストと思われていた魔物ですが、二ヶ月ほど前。ロンドン郊外の森に確認に行った警官らが、奇妙な言葉を残して死亡したことがわかりました」
「奇妙な言葉? 」
なんだ? たかがチキュウの衛兵ごときの最期の言葉がなんだというのだ?
「はい。『コウモリの羽を生やした赤ん坊のような悪魔』と」
「なっ!? 悪魔!? 」
私は司令官の言葉に咄嗟に椅子から立ち上がり絶句した。
コウモリの羽を生やした赤ん坊のような悪魔……そんな魔物はどのダンジョンにも存在しない。
まさか……まさかインプがこの世界に?
いや、そんなはずは……いくらなんでも早すぎる。
魔界から追い出された時とは違い、この世界は魔界から次元を繋いで来たわけではない。
我々はデルミナ様のお力を借り、世界を渡ったのだ。だから父上も私も魔界の者たちに見つかることはないと思っていた。見つかるとしても千年は先だろうと。
そしてその頃になればどのような高位の悪魔が現れようと、我々も対抗できる力を得ているだろうと考えていた。このチキュウの科学と魔導技術を昇華させた兵器で。
それなのにこんなに早く見つかってしまった?
まずい……本当にこのイギリスに現れたのがインプだとしたら、非常にまずい。
「司令……それでその悪魔の存在は確認したのか? 」
「申し訳ございません。警察の者たちからの報告が遅れ、軍が向かった時には既に森から姿を消しておりました。ドライブレコーダーの映像も荒く、判別ができませんでした」
「クッ……使えぬ者たちだ。首を……いや、チキュウの人族には魔物と悪魔の区別はつかないか。全領の警察組織に目撃した魔物の詳細な報告を徹底させよ。漏れがあればダンジョンに放り込むとな。それと飛空艦隊を領内を巡回させ悪魔らしきものを見つけ次第討伐し、その遺骸を必ず持ち帰らせよ」
「はい。そのように徹底させます」
「頼むぞ。下がれ」
私はそういって司令官を下がらせた。
「とにかく確証を得ねば……父上への報告はそれからだな」
もしもインプが実在したのなら、恐らく奴らの目的はこの世界に我らがいることと、魔素の濃度を確認するための偵察だろう。
ならばどこかにゲイザーもいるはずだ。
奴らにより魔界に我々の存在とチキュウのことが知られてしまったら……
この世界の魔素濃度はすでに上級ダンジョンの下層並だ。
それはそうだろう。もともと魔素が濃かった世界な上に、古代ダンジョンを二つも攻略し、数千年間ダンジョンに溜まっていた魔素が一気に放出されたのだ。それくらいにならなければおかしい。おかげで我々も非常に体調が良くなった。
しかしそれゆえにこの世界にやってくる悪魔の種も、以前とは比べものにならないほど高位のものとなるはずだ。
もうゲイザーにインプやガーゴイルなど下級悪魔だけではなくなるだろう。
古代に多くの死者を出したケルベロスや、皇帝を狂わせ帝国を混乱に陥れたというサキュバスが大量にやってくるかもしれない。
幸いなことにチキュウにはアクツ様がいる。
あのお方がいれば、例えデビル種といわれる強力な悪魔が来たとしても撃退できよう。
だがしかし不安もある。
父上がいうには、あのお方は相当な女好きだと聞く。
もしもサキュバスの魅了に掛かってしまったら……
滅ぶ……帝国もこの世界も間違いなく滅ぶ。
いったいどうすれば……
そうだ! サキュバスなど相手にする暇もないほど周囲を美女で埋め尽くせばいい!
幸いこの欧州にはあのお方と同じチキュウの人族で、我々から見ても美しいと思える女性が多くいる。
数百人ほど送り込めば大丈夫だろう。インプの存在を確認でき次第、すぐ送り込めるように集めておくか。人族の女性たちも帝国で最大の力を持つの公爵の情婦になれるのだ。拒絶する者はいないだろう。
私は急ぎパソコンで命令書を作成し、配下の者に欧州中の未婚の美女たちを集めるよう指示をするのだった。
悪魔の存在を確認できた時のために。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「なんと!? 魔神の加護を!? 」
「違う、呪いだ」
エルフの長老からポーションのレシピを譲ってもらった翌日。
俺は悪魔城の執務室で
「主君に魔神の呪いが……」
「そうだ。この呪いに俺は苦しめられている。夜も眠れないくらいにだ」
本当に苦しい。雪華騎士たちと混浴できないし、海にも行けない。夜も眠れないというのは別の理由だけど、しかも気持ちいい方のだけど。いいんだ、とりあえず深刻な顔をしておけば弥七は信じてくれる。
「皇帝として認められる加護が、それほど強力な呪いだとは……どうりで歴代皇帝にまともな者がいないはずですな。しかしそうなると皇帝には加護が……」
「無い。俺だけだ。いいか? このことは他言無用だ。帝国が混乱するからな。この領では俺の恋人以外は誰も知らない。信頼できる弥七だから教えたんだ」
浴場と寝室の天井は全て忍び殺しの罠を仕掛けてあるから、くノ一たちも知らない。信用してないわけじゃない。でもモノがモノだ。知る人間が少ないに越したことはないからな。
「おお……私のことをそこまで……感無量でございます」
「だから解呪に協力して欲しい」
「御意! 私にできることならばなんなりとお申し付けください」
「頼む」
俺はそういってシートとナイフ。そして麻痺蛾の鱗粉を取り出し弥七に渡した。
それから天井裏までびっしりを氷河期で凍らせ、御庭番衆の誰も入ってこれないようにした。
「主君……まさか……」
「ああ、この忌まわしい紋章を削り落としてくれ」
そういって俺はワイシャツを捲り上げ、ズボンとパンツを下ろし立ちながら執務机に上半身をうつ伏せの状態で乗せた。
弥七にお尻を突き出している状態だ。
「これが呪いの紋章……」
「さあ、麻痺蛾の鱗粉を腰と尻に掛けて、その呪いの紋章を削ぎ落としてくれ。状態異常耐性スキルは発動しないよう抑えておく」
俺は初めて見る呪いの紋章に目を奪われている弥七にそう声を掛けた。
男に尻を凝視されるのはなんだか悪寒が走るから早くしてくれ。
「よろしいのですか? 麻痺蛾の鱗粉にて身動きが取れない状態になりますが……」
「信じてるからな」
「主君……うっ……くっ……それほどまでに私を……承知いたしました。この弥七が主君を忌まわしき呪いから解放して差し上げましょう」
弥七はそういって返り血が付かないよう忍び装束を脱ぎ、網状の肌が透けているタンクトップ姿となった。
そしてシートを下に敷き、俺の突き出している尻の正面に立ちながら麻痺蛾の鱗粉を腰から尻へと丁寧にかけていった。
よし、まずは削ぎ落とせるか実験だ。自分でやろうとも思ったけど、自分で自分の身体を傷つけるのは抵抗があるし、何より腰と尻じゃうまく手が届かない。
かといってティナたちにも頼めない。俺を傷つけるなんて絶対嫌だっていうだろしな。愛されてるからな俺。
それなら次に信用できるのは弥七だ。彼ならやってくれる。
だから俺はそう思ってティナたちにしばらく執務室に入らないように言い、弥七を呼んだというわけだ。
とにかく一時的でもいい。この呪いの紋章が外から見えなくなればいいんだ。
もちろんミドルヒールはかけない。自然治癒にする。しばらく痛むだろうが、混浴と海水浴のためなら俺は耐えてみせる!
「弥七、やってくれ。刃物で切られるのは初めてだから優しくな? 」
「はっ! ゆっくりとやらせていただきます」
「うん、よしっ! 覚悟はできた! バッチコーーーイ!! 」
俺は痛みがないことは分かっていたが、やっぱり怖いのでその臆病な心を打ち払うかのように足を広げ踏ん張り、両手で執務机の両端を力強く掴んでそう叫んだ。
そして弥七に向かって勢いよく尻を突き出した。
「それではいきます……」
弥七はそう言って後ろから俺に覆い被さり、腰にナイフをあてた。そしてゆっくりと尻に向かってそれを移動させていった」
その時。
《んっ……ハァハァハァ 》
「なっ!? 誰だ! 」
俺は後方からどこからともなく聞こえてきた女性の声に、動く首だけを向けてそう叫んだ。
おかしい! ここには誰もいないはずだし、天井も氷漬けにしたからいくら御庭番衆でも侵入は不可能だ!
「そこだ! 」
《きゃっ! 》
俺が首が痛くなるほど周囲を確認し、探知のスキルで天井や物影を念入りに探っていると弥七が突然入り口横の床に忍刀を突き立てた。
その瞬間。その少し手前の床から、忍び装束の上にマントを羽織った女性が床から飛び出した。
「静音!? 」
その女性はよく知る静音だった。
「静音。主君は人払いをなさったのだぞ。そこに忍び込むとは何事だ! 」
「御屋形様、頭領。お邪魔して申し訳ございません」
「あちゃあ〜、見られたか。いったいいつからそこにいたんだ? というかなんで胸を出してんだよ」
俺は頬を紅潮させて胸もとから片乳を飛び出させ、膝をついて俺を見つめる静音にそう問いかけた。
しまったな。まさか隠者のマントを羽織って床にいたとはな。盲点だった。
しかし静音はいったいなにを興奮してんだ? ん? ミニのスカートから見える白いショーツもなんだか濡れてるような……
「これはお目汚しを……はっ、御屋形様がお人払いをし、頭領を密かに呼ばれたところから床に……しかしまさかお二人がそのようなご関係だったとは。やはりオズボードの宮殿でのことはフラグというものだったのですね。大変良いものを見させていただきました」
「は? お前なに言って……」
俺は静音の言葉が一瞬理解できなかった。しかしさっきまでの状況を思い出し、静音が潜んでいた場所から見えたであろう光景を想像し理解してしまった。
机に上半身をうつ伏せにした状態で、下半身丸出しで尻を突き出していた俺。
その後ろからほぼ半裸みたいな網タイプのタンクトップ姿で覆い被さる弥七。
初めてだから優しくしてくれと言った俺。
それを受け入れ、後ろから俺に覆い被さりながらゆっくり動いた弥七。
オズボードの宮殿の地下で、奴をオークに襲わせた帰りに弥七が俺に身を捧げるのもいとわないと言った言葉。
それを聞き興奮していた静音ほかその場にいたくノ一たち。
最近シーナがくノ一たちの一部で腐っている人たちがいると言っていたこと。
……つまり静音は俺と弥七がBL的な関係で、その行為を行うために人払をしたと思ったってことか?
そしてそれを確認しようと床に潜んでいたと。片乳が出てたのと紅潮していたのは、俺と弥七のやっていたことを勘違いして勝手に興奮してたってことかよ!
「大変よいものを拝見させていただきました。ああ、ご心配には及びません。このことは同じ趣味の仲間以外には他言致しません。同人誌に描くときもお名前は伏せますので」
「ち、違う! 誤解だ静音! そうじゃにゃい! やしち! 説明してやりぇ! 俺は動けにゃい……」
俺はとんでもない勘違いをしている静音に説明しようとしたが、麻痺蛾の影響で動けないどころかろれつがうまく回らなくなっていた。だから弥七へと誤解を解くように頼んだ。
「は、はっ! 静音、よく聞くのだ。主君は私だけに特別に秘密を打ち明けて頂けた。そして私の前では無防備な姿をさらけ出してくれたのだ。私はそれに応えただけだ。それも魔神の呪いを解くためなのだ」
「なんとそのような経緯が……つまり男性の趣味があることを頭領に打ち明け、あのように下半身を突き出し頭領を誘われたのですね。その想いに応えるべく、頭領は魔神の呪いを解くためという理由付けをして聖なる液を注入しようと。これは一作できますね。あ、どうやら私がいると落ち着かない様子。残念ですが席を外しますゆえ、ごゆっくり聖なる解呪の行為をイタシテくださいませ。」
「ちげえよ! なに言ってんらよ! やひち! しずねをにがふな! 」
「ぎょ、御意! 静音! 待つのだ! 」
俺は盛大な勘違いをしたまま、颯爽と入口のドアを開け去っていく静音を見て弥七に追うように必死に訴えた。
滅魔を放とうともしたが、視界外ということもあり集中しないとできない。痛いのは嫌だからと、ろれつが回らないくらいの量の麻痺蛾の粉を塗らせてしまったことを後悔したがもう遅かった。
ただただ俺は、弥七が静音を追いかけるのを祈るように見ていることしかできなかった。
「ドア……閉めてけよ……」
下半身丸出しで尻を突き出している姿を入り口へ向けながら……
その後30分ほど経過して執務室に戻ってきたティナに、血だらけで尻を突き出している姿を目撃され、悲鳴とともに何してるのよと驚かれたことは言うまでもないだろう。
俺はティナの胸に顔を埋め、泣きながら事情を話したよ。
大笑いされたけど。
こうして俺の魔神の呪いを解く一度目の試みは、とんでもない誤解という犠牲を払ったにもかかわらず失敗に終わったのだった。
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