第1話 論功行賞

 


 ――東日本 横浜地区 紫音学園 探索者養成学科 3年A組 佐藤 大輝だいき ――



【4時限目 剣術訓練】



「ハァァァ……ハッ! 」


「うおっ! 奈津美! ちょっとは……手加減……しろっ! あぶねっ! 」


 俺は刀を扱える者がほかにいないという理由で、今日も幼馴染みである奈津美の相手をしていた。


 くそっ! こんなの学校の剣術授業でやるレベルじゃないぞ!


「くっ……相変わらず避けるのだけは上手いな。ならばこれならどうだ! 多田抜刀術『月華』! 」


「ぬあっ! とっと……ふう……また速くなりやがって」


 連続で振り下ろされる斬撃を手に持つ木刀でなんとか受け流した。


 この剣術馬鹿め……また腕を上げてる。さすがに俺の目でもそろそろキツくなってきたな。


「これも避けるか……なんなのだ大輝のその動体視力は……」


「アホ! 技名を言ってから打つなと昔から言ってんだろ」


 初見じゃあるまいし、知っている技が来ると分かっていれば避けようがある。まあそれでもギリギリだったけど。


「しかし多田抜刀術の技を繰り出す時には、必ず言わねばならない掟があるのだ。私はそうお祖父様に教えられたのだ」


「なんなんだよその意味のない掟は……相変わらず厨二病を患ってる一族だな。まあ言葉が通じない魔物相手ならいいんじゃねえか? 俺みたいに同じ道場で技を見たことがある人間には通用するか微妙だけど」


「知っていたとしても避けれるのは大輝くらいだ。どうだ? お祖父様とお父様たちが先日釈放された。まだ道場を再開することは許されていないが、卒業したら私と一緒にお祖父様のパーティに入らないか? 」


「うげっ! マジか! 釈放されたのかよ! あんな狂人のパーティに入るとか冗談じゃねえ! 俺はもうあの一族には関わりたくねえんだ! 」


 あんな狂人たちを野に放つとか東日本総督府の正気を疑うわ。


 そんな狂人のいる道場の門下生だったことは俺の唯一の黒歴史だ。


 俺は小学生の頃に父親を亡くした後、千葉にあるお袋の実家に引っ越すことになった。その時にいじめられたりして、強くなりたかったから近くにあった多田道場に入門した。そしてこの目のおかげでそこそこ強くなることができた。


 しかし今から4年ほど前の俺が中二の頃。この日本に突然ダンジョンが現れた。その時、嬉々としてダンジョンに入っていく師範や門下生たちを見て気づいたんだ。あの道場の異常性に。


 なんというかダンジョンに入る皆の顔がさ、水を得た魚というか、このために生まれてきたっていうかそんな顔だった。それは薙刀の道場の女性たちもそうだった。奈津美なんて早く私も成人してダンジョンに入りたいって目をキラキラさせていてさ。そんなのを見て俺は怖くなったんだ。このままここにいたら、俺もああなるかもしれないって。そしてお袋に奴らの異常性を説明して速攻で道場を辞めた。


 結果としてそれは正解だった。一年後に帝国が攻めてきた時に、日本は早々に降伏した。しかし道場の皆は奈津美とか子供を親戚に預け、モンドレット子爵軍に吶喊とっかんした。そして帝国軍を夜襲し大暴れして、最後は包囲されて捕らえられた。ダンジョンで日本トップのランクにまでなり、帝国軍の通常の武器が通用しなかったせいか魔導戦車まで繰り出されてたよ。


 そしてモンドレット子爵に殺すには惜しいと思われたらしく、魔石獲得要員として犯罪者用の中級ダンジョンに放り込まれた。でも1年くらいで攻略しちゃったらしく、その後は上級ダンジョンに入れられたと聞いた。


 あの時は帝国人しか入れない上級ダンジョンに入れられたと聞いて、心配する奈津美をなだめるのは大変だった。俺は心配はしていなかったけどな。あの人たちが死ぬのは想像できなかったし。


 そしたら案の定生きてた。それどころか釈放されたって……やっぱり東日本も阿久津男爵……じゃなかった、公爵の領地になるからかね? この領地を阿久津公爵が統治することになるなら最高だな。


 俺はあの人が治める南日本領で、トレジャーハンターになりたいがためにこの探索者養成学科のある高校に入学した。多少腕に自信もあったし、金持ちになってお袋に楽をさせてやりたかった。なによりエルフとケモミミの女の子とお知り合いになりたかった。だから強くなって南日本に移住する資格を得て、デビルバスターズに入るのを目指していた。


 どうせ健康な男は黙っていても18になれば徴用されるんだ。だったら学費が無料になるこの学科を選択した方が、母子家庭のうちとしては助かるし強くなれるで一石二鳥だ。


 しかしマジで阿久津公爵はすげーわ。ダンジョンを攻略して日本で好き勝手してたモンドレット軍を倒して貴族になって、反乱軍をボコボコにして皇帝の窮地を救って公爵だぜ? 征服された民がそこまで上り詰めるとかどんな出世街道だよ。なによりエルフとケモミミハーレムを作ってるみたいだし、マジで羨ましい!


 ほんと阿久津公爵が南日本を統治してから変わったな。南日本につられて東日本の景気も上向きになり、お袋も職にありつけた。それに強制徴用の期間も短くなった。女性が対象外になったのは同じ男として好感が持てる。


 まあランクを得て若返りたい女性や、ファンタジー脳とか血の気の多い女性は自ら探索者になるために、無料で設備や装備が充実している専門校に入るけど。その辺は一時期この東日本を統治していた阿久津公爵の指示で、安全な訓練と一定のランクになるまでのサポート体制を充実させたおかげだと思う。それによって昔と違いかなり死に難くなったことで、女性探索者が激増した。


 ちなみにこの探索者養成学科も女子は結構いる。在学中に先輩や高ランクの探索者の付き添いを得て、ダンジョンに入って安全にランクを得ることができるからな。高校生のうちからランクを得れば若さを維持できるし、体力もアップする。そんなわけでこの学科は可愛い子が多い。俺には縁がないけどな。やたらつきまとってくる奈津美のせいで。


 いいんだ、俺にはエルフとケモミミが待ってるんだ。噂じゃそのうち重婚も可能になると聞いた。ハーレムだ、俺は強くなって阿久津公爵みたいなケモミミハーレムを作るんだ。


 まあいずれにしろモンドレットのような帝国人が統治していたら、こんな風にはならなかっただろう。日本以外の元国家なんて悲惨だ。ついこの間、世界各地で元大国の大規模な反乱が起こり鎮圧されたというのもあるが、重税を課せられたうえに訓練も数日だけで安い装備しか与えられずダンジョンに放り込まれていた。


 それらはネットを見てれば分かる。なんとか副収入を得ようとリアルタイムで動画を配信している人が多いからな。だから徴用に関しては誰も文句は言わない。文句言って怒らせたら他の地域のようにされるかもしれないし。


 ネットやメディアでは、同じ日本人だからここまで特別待遇にしてくれているという認識だ。阿久津公爵はあの悪法によって日本政府によってたいした装備も与えられず、ダンジョンに無理やり放り込まれたはずなのにな。いくら当時の政治家や官僚に報復をしたからって、あの時声をあげなかった国民を恨んでないのかな? 聖人かよ。


 阿久津公爵には夢と希望を与えてくれて感謝してるけど、あの人たちだけは野に放って欲しくなかったな。また帝国に刃向かったりしないか心配だ。日本のためにもおとなしくしていてくれないかな。



「大輝……私もその一族なのだがな……」


「そうだな。脳筋な所はそっくりだ……うおっ! いきなり斬りかかるんじゃねえ! 」


 俺はいきなり首めがけて振られた木刀を仰け反って避けた。


 くそっ! この手の早ささえなけりゃいい女なのに! 黒髪のポニーテールの美少女とか大好物なのに、この暴力女にはまったく食指が動かねえ! 昔から俺のことをボコボコぶっ叩きやがって!


「誰が脳筋だ! まだ授業時間はある。今日はとことん相手をしてもらうぞ! 」


「やめろ! みんな休憩してるだろうが! いい加減休ませろこの脳筋! 」


「貴様……また私を脳筋と言ったな……いいだろう。ならばこれを受けてみろ。多田抜刀術奥義『燕百景』! 」


「なっ! ちょっ! それ! 知らな……い! 」


 俺は初めて見る技に咄嗟に距離を置き、鞭のように飛んでくる木刀を授業が終わるまで必死で避けるのだった。


 もうやだこの女……早くエルフの巨乳美女とケモミミの女の子に癒やされたい……




 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




―― 南日本領 桜島 悪魔城1階 大広間 阿久津 光 公爵 ーー




 帝国の内乱から1ヶ月半ほどが経ち5月に入った頃。俺は帝国貴族院により公爵の爵位を陞爵しょうしゃくした。さらにそれから1週間ほどして東日本領、台湾領、旧オズボード領、旧コビール領、旧モンドレット子爵領の領地を正式に得ることができた。


 そして戦後処理が落ち着いたタイミングで軍政の幹部たちを悪魔城の一階の広間に集め、先日の内乱の個別報償を行うことにした。


 先に軍の者は全員一階級の昇進をさせてある。今日はそれとは別の報償を渡すために集まってもらったんだ。


 壇上に立つ俺の隣にはティナが、前には各軍の士官と親衛隊。そして沖田が並んでいる。


 俺はティナに呼ばれ、目の前で直立不動の姿勢で立つフォースターへと口を開いた。


「レナード・フォースター準男爵。先の大戦での勲功目覚ましく、その功績を認め子爵の地位と、旧モンドレット子爵領を与える」


 旧モンドレット子爵領は皇家の直轄領となっていたが、それを俺が魔帝から褒美としてもらいそのままフォースターへと割譲した形になる。


「あ……ありがたき……幸せ……」


「辛酸をなめさせられた故郷への凱旋だ。あの時、俺に付いてきて良かっただろ? 」


 俺は男爵を飛ばして子爵に陞爵しょうしゃくし、そのうえ故郷の土地を与えられたことに感激するフォースターに貴族章を渡しながらそう言って肩を叩いた。


「は、はっ! 私の目に狂いはございませんでした。我が一族はどこまでもアクツ様に付いていきます」


「信頼してる。自領地の統治と軍の整備で大変だろうが、これからも頼む」


「はっ! アクツ公爵軍を世界一の軍に育て上げてみせましょう」


「期待してるよ。さて、どんどん行こうか」


 俺はフォースターの次にレオンとライガン。そして出雲さんと沖田へと騎士の爵位を与えていった。


 三田たちと第一飛空艦隊司令官のウォルターにもやろうとしたんだけど断られた。仕事がこれ以上増えるのは勘弁してくれってさ。くそっ、俺の仕事を振り分けようとしたのに感づいたか。アイツらと飲みに行く度に愚痴ったのは失敗したな。


 でも前回断った親衛隊長のライガンには、今後はグリードたちの監視をさせるから今回は断ることは許さなかった。本人は俺が貴族なんかにとか嫌な顔してたけど、獣人の未来のためだから我慢しろといって無理やり騎士にした。


 レオンもいらないって抵抗していたけど、ケイトが子供ができた時に貴族年金がもらえたほうが安心だっていって嫌がるレオンを騎士に就任させた。


 どんだけ貴族になりたくねえんだよって話だよな。気持ちは分かるけど。


 ちなにに魔帝の承諾を得ずに公爵である俺の判断で与えられる爵位は、侯爵・伯爵・子爵・男爵・準男爵位がそれぞれ1つずつと、騎士爵位が8つだ。これが侯爵だと伯爵・子爵・男爵・準男爵位がそれぞれ1つずつと、騎士爵位が5つになる。


 騎士爵以外の爵位は俺が公爵になる前に一度陞爵したことになっているため、そのまま残ってるというわけだ。これは俺の子供や重臣に与えることができる。


 騎士爵も信頼できる家臣に与える事が許されている。いずれも俺が貴族院に申請すれば貴族名簿に登録され、貴族章が届くことになってる。本当は魔帝のとこに行かないといけないんだけど、そこは特例だ。ライガンたちが魔帝に頭を下げるわけないしな。いったい誰に似たんだか。


 まあそんな感じでフォースターには子爵位と領地を与えた。約束だしな。伯爵になれるかどうかは、彼の今後の働き次第って事で。


 そして既に叙爵じょしゃくしている荒川さんと弥七ヤンヘル以外の人間に騎士爵位を配ってるというわけだ。


 沖田なんて自分が貴族になるなんて信じられないって顔をしていたけど、東日本総督より上の立場だってことにしないといけないからな。


 いきなり日本全土の総督をやらせるのはさすがに沖田が壊れるから、しばらくは東と南の二つの総督府で統治するつもりだ。そのため沖田が舐められないようにしないといけないから、爵位をあげたってわけだ。いずれは沖田に日本全土の総督になってもらう予定だ。


 直接統治しないのかって? そんなめんどくさいことなんで俺がやらないといけないいんだ? 俺は全部丸投げして、恋人たちと一緒にいる時間が欲しいんだ。


「コウ、次が最後になるわ。獣人救済軍司令官グリード、前に」


「は、はっ! 」


 ティナの呼びかけにその巨体をカチンコチンにさせて俺の前へとグリードがやってきた。


「グリード。今回の戦いに参戦した褒美だ。お前に俺の領地の一部で自治をする権利をやる。自治区長として治めろ」


 俺はそう言って俺の署名が入った任命書を渡した。


 グリードたち獣人には、俺が得た旧コビール侯爵領の一部の土地をやることにした。広さ的には千葉県くらいはあると思う。名目上は俺に統治を任されるということになるが、いずれは独立させてやるつもりだ。帝国への恨みが消えた世代辺りがちょうどいいと思う。


 今回やった領地は平野部と海沿いの土地で、そこにはコビールが海岸沿いに作ってた新しい街があるんだ。まあ建設途中で家が滅んだから、そのまま放置されてるんだけどな。それを有効利用しようと思って今回獣人自治区にすることにした。独立し、うちと同盟を結ぶ予定のエルフの森も隣だしな。彼らから色々助けを得られると思う。


 今後は移民を募り、俺から借りた金でその街を完成させて周囲にも街を作っていってもらうつもりだ。将来的には帝国の獣人全てがそこに移住するようにしたい。そしていずれは獣人だけの国を造ってもらいたいと思っている。まあグリードが生きているうちは無理だろうけど。


 ちなみにコビールの残りの領は、旧オズボード領の周辺の貴族を移動させた。旧オズボードの派閥の寄子たちは一度ロンドメルに付いて帝国を裏切ってるからな。その後魔帝と一緒に各地の内乱の平定に尽力したことで、処刑は免れたが爵位は全員下げられ領地を削られた。そこで丁度いいから子爵の数人に移動してもらったって訳だ。


「あ、ありがとうございますアクツさん。このご恩は一生、いや末代まで忘れない。獣人族はアクツ公爵家に大恩があることを、これから生まれてくる子供たちにしっかりと伝えていくことを誓おう」


「今は無理だが、いずれ独立させてやる。支援はしてやるからそれまで土地を栄えさせておけよ」


「おお……おお……わかった……この命を懸けて獣人の未来のために働こう」


「今度は剣ではなく、クワとノコギリを持ってな。さて、これで特別報償は終わりだ。みんなお疲れさん」


 俺はそう言ってみんなに解散するように言うと、皆は敬礼をして広場から去って行った。ライガンとレオンは肩を落としているが、フォースターの足取りは心なしか軽そうだ。早く奥さんや一族の皆に伝えたいんだろうな。


 さて、これで日本と旧オズボード領とその周辺は俺の領地になった。向かい側の旧ロンドメルの領地を誰が治めるかは知らないけど、もう俺にちょっかい掛けてくる貴族はいないだろう。何かあればもうすぐに攻め込めるしな。


 あと必要なのは経済力と軍事力だ。


 富国強兵政策で、もう二度と誰にも侵略されるない領地にする。


 それが帝国貴族であれ、魔帝が隠している他の敵であれな。




参考:テルミナ大陸新地図


https://kakuyomu.jp/users/shiba-no-sakura/news/1177354054958831697

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