第39話 勝機

 



 ーー テルミナ帝国帝都 帝城 皇帝の私室 ヴァルト・ロンドメル公爵 ーー





「カストロ。ライムーンはまだ吐かねえのか? 」


 俺はソファーの向かいに腰掛けるカストロに、ライムーンへの拷問の状況を確認した。


「はい。毒とポーションにて拷問を行なっておりますが、飛空要塞の起動方法を一言も漏らしておらなんだ様子」


「どうなってんだ……あのライムーンの野郎がそんなに根性があるわけがねえんだけどな」


 おかしい。もう10時間以上もあの内臓が焼かれる毒による拷問を受けているというのに、あのライムーンが耐えられるはずがねえんだ。アイツは昔から痛みには弱かった。だからすぐに吐くと思ってたんだがな。


「それが苦しんでいるようなのですが、血を吐かなくなっており担当している者も何かおかしいと感じているようです」


「血を吐かなくなっただぁ? 内臓を焼かれてそんなことがあるわけが……まさか……」


 まさかあの龍の因子とかが原因か? 皮膚を変質させることができるんだ。毒の耐性を持ったということも考えられる。それなら奴が耐えていることに説明がつく。苦しんでいるというのは、ライムーンのお得意の演技だろう。


 チッ……どこまでもふざけた野郎だ。


 隷属の首輪は効かねえし、斬ったり殴ったりするのも鱗のせいでどこまでダメージがあるのかわからねえ。そのうえ毒まで効かねえんじゃどうしようもねえ。


 もう殺すか? いや、それをすれば古代魔道具を失う。そのうえ今後現れるであろう悪魔との戦いに、奴の頭脳は必要だ。ライムーンの一族を捕らえていればな。まさかあの下等種のアクツのところに逃がすとは……


「クソが! ライムーンはもういい! 飛空要塞のシステムを入れ替えろ。魔力障壁と超魔導砲だけ使えればいい」


「承知しました。 至急魔導技師らにやらせましょう」


「明日中に終わらせるように言え。それ以上は待たんとな」


 通常飛空要塞クラスの魔導システムを入れ替えるなど、どんなに急いでも3~4日は掛かる。だが機能を限定すれば1日でできるはずだ。アクツの動向が掴めない以上。今は1日も早く飛空要塞を飛ばすことが優先だ。


「確かに何が起こるかわかりませんからな。明日中に飛ばせるようにさせましょう」


「そうしろ。それでハマールの様子はどうだ? 」


 俺は魔導通信で各所に指示をしているカストロに、ハマールの様子を尋ねた。


「今は離宮にておとなしくしております」


「そうか。前帝の亡骸を見てやっと理解したようだな」


 俺はカストロの返答に頷き、手に持ったワインを飲み干した。


 まったくうるさい女だった。隷属の首輪を嵌めたというのに反抗的で手を焼いた。アクツにより隷属の首輪を先に嵌められていたことには驚いたがな。しかし上位貴族の屋敷には隷属の首輪を解除する魔道具があるはずなのだが、なぜ今まで外さなかったんだ? 何か弱みでも握られていたのか?


 まあいい。そんなハマールも前皇帝の亡骸を見せたらおとなしくなった。相当ショックだったのだろう。あの気の強い女が力なく崩れ落ちる姿は見ものだったな。


 これでハマールは俺につくしか選択肢は無くなった。落ち着いたら俺の女にしてやる。抵抗するなら力づくで従わせてやるだけだ。女にしか興味のないあの女に、男の味を教えてやるのも一興だな。


 マルスはどうでもいい。奴が加護を受ければ殺すし、俺が先に加護を受けた際に従うなら生かしてやる。


「ミラージュを装備していない艦隊の集結状況はどうだ? 」


「はい。帝国本土にある各領から、まもなく集結が完了いたします。チキュウの各地の軍は現在皇帝派の貴族を討伐中でございます。明日には抵抗する者はいなくなるかと」


「そうか。全て順調だな」


「はい。あとはロンドメル様が御加護を得るだけとな……少々お待ちを。緊急通信が入りました。私だ……なんじゃと!? たった一艦に!? ミラージュも魔導砲が通じないと……そうか……指示を待て……」


「どうした。何があった? 」


「アクツ男爵です。皇女の乗る戦艦一隻とともにハマール公爵領空に現れ、ミラージュを装備した駐留艦隊の一部が壊滅させられたようです。現在はハマール公爵領都へと向かっているとのことです」


「なんだと!? ミラージュを展開している艦隊が!? 奴はダンジョンに潜ってたんじゃねえのか!? 」


 俺はカストロの言葉にテーブルを思いっきり叩きつけた。


 早すぎる。奴が共鳴の鈴と離脱の円盤を持っていたとしても、こんなに早くダンジョンから出てくるとは……たまたま階層転移室の近くにいたか、よほど運が良かったか。


「ひと月近く姿が見えなかったことから、ダンジョンに潜っていたのは間違いないと思います。よほど男爵の運が良かったのかと」


「チッ……ツイてねえな。中立をうたってた奴が、皇女の戦艦と来たってことは籠絡されたか? 相変わらず趣味の悪い男だ。まあいい。オズボードに連絡して動くように言え。今ならアクツは不在だ。奴が急いで戻るとしても、こっちが追撃を掛ければ5時間以上は掛かるはずだ。それだけあれば余裕でアクツの艦隊を壊滅させられるだろう」


 今はまずい。帝都の超魔導砲も修復中のうえに、飛空要塞も使えねえ。そのうえミラージュまで通用しねえんじゃどうしようもねえ。


 だが大丈夫だ。こうなることも予想してオズボードと密約を交わした。タイワンに派遣したミラージュを搭載した艦隊を見れば奴は動く。それらでアクツの軍を奇襲させればアクツは戻らざるを得まい。あとはオズボードの本隊と戦わせればいい。


 念のため俺の領地にもミラージュを搭載した艦隊を待機させてある。オズボードが動かないならその艦隊で近くにいる奴の派閥の貴族の領都を奇襲してやる。そうすれば奴は慌てて動くはずだ。


「はい。すぐに盟約通り動くように伝えましょう。ハマール公爵領には降伏した貴族の艦隊を差し向け、時間を稼がせましょう」


「そうしろ。一族の命を助命する代わりに、戦艦に体当たりするように差し向けろ。足止めにはなるだろう」


 動力の魔石の魔力を奪われるのがわかっていれば、奴の視界に現れる前に高度を取り体当たりするよう進路を設定すればいい。これはチキュウの歴史にあったカミカゼとかいう気の狂った戦法だが、一族のためならやるだろう。


「それは良いお考えですな。ローエンシュラム家の軍とその派閥の者たちにやらせましょう」


「そうだな。当主が死んで功を欲しがっていたから丁度いいだろう」


 前皇帝の一族など、全てが終われば爵位と領地を取り上げ皆殺しにするがな。


 アクツよ。女に頼まれて俺を討ちにきたようだが残念だったな。お前のその軽率な行動により領地の軍は壊滅し、領民は殺される。さんざんこの俺を馬鹿にした報いだ。己の無力さに打ちひしがられるがいい。


 そして貴様はせいぜいオズボードと殺し合っていろ。その間に俺は皇帝となり、全てを失った貴様を討伐してやろう。飛空要塞によってな。








 ーー テルミナ帝国南西部 オズボード公爵領都 宮殿 執務室 ゲハルト・オズボード公爵 ーー





「ペド。戦況はどうなっているのだ。ロンドメルは残りそうなのか? 」


「はい。帝国本土の貴族の軍は全てロンドメル公爵に掌握されているようです。残すは南アメリカ領の前皇帝の一族の軍のみとなります。その軍もハマール公爵を裏切った、アーレンファルト侯爵率いる北アメリカ軍により制圧されようとしております」


「むむ……まさか一夜で帝都を占拠し皇帝を討つとは驚きなのだ。そのうえマルスとハマールまで捕らえられるとは、もうロンドメルが皇帝になるのは間違いないのだ」


 昨夜セレスティナを味わっていたら、突然ロンドメルが侵攻してきたと聞いてビックリしたのだ。すぐに全軍に出撃準備をさせて警戒させたが、ロンドメルは我が輩の中立を信じて攻めてこなかったのだ。よかったのだ。


 でも隣領の旧コビール侯爵領にいる皇帝の一族のところには攻めてきたのだ。我が輩の軍のレーダーにまったく映らなくてビックリしたのだ。


 その後情報を収集しているうちに、どうやらロンドメル軍は魔導レーダーに映らない艦隊だということがわかったのだ。それだけでハマールとマルスだけではなく、帝都まで奇襲が成功したのは信じられないが現に占拠されているのだ。よほど強力な新兵器を積んでいるに違いないのだ。


「皇帝側の貴族は次々に服従しております。間違いなく次の皇帝はロンドメル公爵となるでしょう」


「まさかこんなに早く皇帝が負けるとは思わなかったのだ。我が輩もロンドメルの皇帝就任を祝福する準備をしておくのだ。どうせ経済は我が輩が押さえているのだ。ロンドメルが皇帝になろうとも我が輩には手が出せないのだ」


 表向きはロンドメルの顔を立てて従うのだ。ロンドメルも我が輩の経済力を失うのは、今後の帝国の統治にマイナスなのはわかっているはずなのだ。だから我が輩は安全なのだ。



 プルルルル プルルルル



「む? 我が輩の魔導携帯が鳴っているのだ」


「私が……これは……はい。オズボード家の家令ペドでございます。はい……アクツ男爵が? はい……承知しました……映像を? はい。確認させていただきます……」


「ペドよ、誰からなのだ? 」


「オズボード様。カストロ侯爵様から、密約に従いアクツ男爵領を攻めよとの連絡でございました。アクツ男爵は現在ハマール公爵領空にて交戦中とのことです。今なら容易に占拠できると」


「それは本当なのか!? 我が輩を罠に嵌めようとしているのではないのか? 」


 約束はしたが、ロンドメルは信用できないのだ。我が輩とあの悪魔を戦わせようと嘘を言っている可能性があるのだ。


「少々お待ちください。偵察衛星により確認させます。カストロ侯爵はタイワンのロンドメル公爵派閥の艦隊の秘密兵器も公開するということですので、そちらも確認させます」


「すぐにやるのだ! 」


 我が輩はペドを急かし、執務室の魔導通信機にて各所に急いで連絡させた。


 タイワンの艦隊の秘密兵器は気になっていたのだ。早く知りたいのだ。


 しばらくするとハマール公爵領上空と思われる衛星画像と、タイワンの艦隊の情報が執務室のモニターに映し出された。


 そこには確かにハマール公爵領上空を飛ぶ、元皇女の旗艦の上に立つアクツ男爵がいた。しかしそれよりも驚いたのは、タイワンにいるロンドメルの艦隊なのだ。たった10隻の戦艦と巡洋艦のみで編成されるその艦隊は、離陸したと思ったら突然姿を消したのだ。その光景に我が輩は目を疑ったのだ。そしてその映像では魔導レーダーに映らず、チキュウの電波式レーダーにも探知されないと子爵の艦隊司令官が説明していたのだ。


「どうなっているのだ!? なぜ消えたのだ!? 」


「このミラージュシステムはレーダーに映らないだけではなく、光を屈折させることができる光学迷彩を艦に施していると言っておりました。恐らくチキュウの技術なのでしょう。確かにこれであれば奇襲が成功したのもうなずけます」


「す……すごいのだ! これがあれば勝てそうなのだ! しかしそれでもたった10隻の艦隊では不安なのだ」


「そのためのタイワンに派遣した我が軍の艦隊でしょう。アクツ男爵軍はたった20隻の艦しか保有しておりません。ロンドメル公爵軍で奇襲を掛け、混乱したところを我が軍の30隻の艦隊にて撃滅すればひとたまりもないでしょう。さらに高速飛空艦で編成した占領軍を本国からも派遣すれば、アクツ男爵が戻るより前に目的の人質を手に入れられましょう。当然オリビア女史もです」


「そうなのだ! オリビアがあそこにはいるのだ! やるのだ! タイワンの艦隊とここからも高速艦を派遣するのだ! 」


 チャンスなのだ! あのミラージュとかいう装置があれば初撃で半数にはできそうなのだ! あの悪魔は戦闘中ですぐには戻れないはずなのだ。ならば奴の恋人のエルフと獣人を捕らえれば勝ちなのだ。その時に情報局にいるオリビアも捕らえてここに連れて来させるのだ。


 グフフ……我が輩がこの宮殿で待っていれば、オリビアが今夜中にもやってくるのだ。


「ペド! もう勝ったも同然なのだ。艦隊を出撃させ、側室と愛人を全て地下に連れてくるのだ。そしてオークに寝取らせるのだ。我が輩はそれを見ながらオリビアが来るのを待つのだ」


 在庫処分なのだ。セレスティナ以外はもういらないのだ。どうせロンドメルが皇帝になれば反抗した貴族の粛清が始まるのだ。その時に粛正される貴族の側室や娘たちを我が輩が手に入れるのだ。また新しい愛が生まれるのだ。


 一度は愛した女たちを寝取られて、興奮した我が輩の情欲をオリビアに全てぶつけるのだ。三日三晩ヤリまくるのだ。


 グフフ……そうなのだ。セレスティナにもオークに犯される女たちを見せてやるのだ。きっと今まで以上に我が輩に従順になるのだ。我が輩を心から愛するようになるのだ。


「はい。すぐに手配いたします」


「楽しみなのだ。先にセレスティナを連れて地下に行っているのだ」


 やっとオリビアが手に入るのだ。悪魔に汚された身体を我が輩が浄化してやるのだ。




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