第38話 接敵

 



 メレスと合流を果たした俺は、ティナたちに念話のイヤーカフで連絡してからフェアレスの甲板に出て警戒をしていた。


「あと2時間か……」


 あと2時間ほどでゲートキーを使えるようになる。


 俺がいない間にうちの領地が奇襲攻撃されないか心配だったけど、やっぱりロンドメルはまだ俺と事を構えたくないみたいだ。ハマールがいる横須賀が奇襲を受けなかったことから、そうじゃないかとは思ってはいた。けど、レーダーに映らない艦隊がいるなんて聞いたら心配になるのは仕方ない。


 メレスを追い掛けたのは後悔していない。単艦で突っ込ませるわけにはいかないからな。それにレーダーに映らないだけで、帝都や公爵領都など複数の軍基地の奇襲に成功したことも気になる。何か秘密があるはずだ。それを調べるためにも先行するのは悪い選択じゃないはずだ。どうやって奇襲を成功させたのかがわかれば、領地の防衛もやりやすくなるはずだしな。


 なにより追い掛けてきたことで、メレスとリリアとキスすることができた。二人とはちょくちょくデートしたりしてたけど、いつも二人セットのうえ雪華騎士の護衛付きだったからな。俺がいるんだから護衛はいらないって言っても、オルマがトイレまでは護衛できないのではとか言うんだよ。一瞬できるとか言いそうになったけど、護衛を受け入れるしかなかった。


 まあそれはそれで雪華騎士の若い隊員とも、楽しいひと時を過ごせたからいいんだけどさ。美味しくて有名なあんみつ屋でオルマにあんみつをあーんして食べさせたら、貴重な照れ顔を見れたし。そのあとメレスとリリアもして欲しいとか言うから、同じようにしてあげて俺もみんなにあーんしてもらって食べさせてもらった。あれはあれで楽しかったなぁ。でもそんなんだから毎回中学生みたいな健全なデートでさ、手を繋ぐことくらいしかできなかったんだ。


 それがリリアとメレスの方から俺にキスしてきた。冗談で言ったとはいえ、追い掛けてきたお礼で唇にキスまでするか? いや、しない。しかもリリアとのキスは歯があたって痛かったからもう一回ってお願いしたら長く濃厚なのしてくれたし、それを見たメレスもリリアに負けじと濃厚なキスをしてくれた。これはもう二人は俺に気があるのは間違いないだろ。


 終わったあとに二人とも初めてのキスだって恥ずかしそうに言ってさ、俺はもう興奮度MAXだったよ。


 俺たちのキスを見ていた雪華騎士の子たちも顔を真っ赤にして見ていて、ちょっと俺も恥ずかしかったな。


 ちなみに雪華騎士は70歳が定年で、それまで男との接触は禁止されている。これは男に騙されてメレスの身に危険を及ぼすことのないようにだ。まあ俺はメレスの命令で特別に許可されている。


 そんな彼女たちは、定年後は貴族の男とお見合い結婚をするらしい。貴族の娘は最低でも5等級の停滞の指輪をしているから、寿命150年〜200の魔人なら定年を迎えた辺りで20代半ばほどの容姿なので貰い手がいないということはないそうだ。ただ、退職時にメレスのことは他言しないよう契約のスキルで縛られるけどな。


 まあ何が言いたいかというと、定年前に足を失ったオルマを含め雪華騎士のみんなは男と付き合ったことがないということだ。そのため警戒心が薄くて露天風呂で水着混浴した後や、ラウンジでお酒を一緒に飲む時。そしてビリヤードやダーツゲームする時に、浴衣が乱れてても誰も気にしない。どこを見てもチラリズムの宝石箱だ。


 こんな最高な毎日を送らせてくれる彼女たちをを見捨てる? あり得ないだろ。


 とっととロンドメルを殺して、彼女たちと露天風呂に入ってまたあの楽園の日々を送りたいな。


 本当ならダンジョンから出て、今夜みんなと露天風呂に入る予定だったんだけどな。レミアに頼んでおいた白い湯着が届いていたはずなのに……透ける湯着を楽しみにしてたのに、魔帝の野郎がロンドメルなんかに負けるからお預けになっちまった。


「ったく、クソ魔帝。どこで何してやがんだよ。いつもはしつこいくらいに掛けてくるくせによ」


 魔帝には何度も何度も電話をした。宰相にもだ。でもまったく通じない。恐らく居場所がバレたら困るから電源を切ってるんだろう。今頃どこか山奥の小屋の中で震えてるに違いない。


 それならメレスとキスをしたってメールでもしておくかな。電源を入れた時の魔帝の怒り狂う姿が楽しみだ。


 俺は魔帝あてに『メレスの唇は美味しかった』とメールをしてから魔導携帯をしまった。


 さて、そろそろハマールの領地の領空に入る頃だな。



 《コウ、ちょっといいかしら? 》


 《ん? どうした? 何かあった? 》


 帝国本土のある方角を見ていると、脳内にティナの声が聞こえてきた。俺はすぐに念話のイヤーカフに魔力を流して応答した。


 《ヨコスカにいるシュヴァイン伯爵からの情報が入ったのよ。どうもロンドメルの艦隊はレーダーに映らないだけではなくて、突然目の前に現れたらしいの。ハマール公爵の艦隊が交戦する時に、そういう通信がヨコスカ基地に入ったんですって》


 《飛空艦が突然目の前に現れた? あんなデカイ物がどうやって……》


 なんだ? ワープや転移とかそういうのを使えるってことか? 150mから200mはある飛空艦が? しかも艦隊規模で? いやいやいや、ゲートキーですら地上でしか使えないうえに、戦車くらいしか通せないのに空中で艦隊を転移させるなんてあり得ない。ならどうやって突然目の前に?


 《わからないわ。そんなことができる古代の遺物も存在しないらしいし、フォースターさんも見当もつかないと言ってたわ》


 《そうか……まあもうすぐハマール領の領空に入るから、俺が直接確認してみるよ。それよりアメリカのハマールの配下の貴族と、南アメリカの魔帝の一族とは連絡取れた? 》


 《それがどういうわけかアメリカにいるハマール公爵の配下の女侯爵が、南アメリカで陛下の一族と交戦しているらしいの。恐らくハマール公爵を裏切ってロンドメルについたのだと思うわ》


 《マジか……さすが魔人と言うべきか……ハマールも踏んだり蹴ったりだな》


 つまり配下に裏切られて、少数の艦隊で帝都に突撃するしかなかったってことか。なんだかなぁ。ハマールを助けたら優しくしてやるかな。


 《ほんと、どこもかしこも裏切りだらけよ。帝国本土の貴族もほとんどがロンドメルについたみたい。オズボード公爵とその派閥だけが中立を宣言しているわ》


 《オズボードか……まあ金と女にしか興味ないうえに戦争は苦手らしいからな。納得といえば納得だな》


 それでも一応諜報部隊をオズボード公爵領に忍ばせてある。動きがあればすぐわかるから大丈夫だろう。幻身のネックレスはマジで便利だわ。もう全部ヤンヘルたちにやろうかな。


 《完全に周囲は敵だらけってことね。コウは大丈夫だと思うけど、メレスのことお願いね》


 《ああ、必ず守るよ。ティナもオリビアとリズとシーナから離れないように頼む。もしもの時は女神の聖域を使って身を守ってくれ》


 あらゆる攻撃から6時間完全防御してくれる女神の聖域さえあれば、俺の恋人たちだけは大丈夫だ。あれがあるからこんな状態でも俺はティナたちと離れることができた。本当はダンジョンに避難していて欲しいけど、ティナは俺の代理の立場だしリズが軍やギルドの仲間を見捨てて隠れることなんてできるわけない。オリビアとシーナだって皆と戦うと言うだろう。


 でも女神の聖域があれば安心だ。ティナたちとデビルキャッスルの艦橋の皆は助かる。


 《ふふ、わかっているわ。1等級の護りの指輪に身代わりのアムレット。そして魔道具の女神の聖域。コウはほんとに過保護なんだから》


 《それだけティナたちが大切なんだ》


 《大切にされてるのは毎日感じてるわ。コウ、愛してる。気をつけてね》


 《ああ、俺も愛してるよ。それじゃあまたあとで》


 俺はティナにそう言って念話を切った。


 ティナたちは大丈夫だ。俺が戻るまで耐えられる。あとは軍の皆のためにも、レーダーに映らない艦隊と一戦交える必要がある。いくらなんでも転移なんてできるわけがない。何かあるはずだ何か……


 《アクツ男爵様。間もなくハマール公爵領の領空に入ります》


 《わかった。このままの高度を維持していてくれ。魔導砲は全て俺が打ち消すから、速度を落とさず進んでくれ》


 俺は耳にはめた魔導通信機を通して報告をしてきた艦長にそう答えた。


 《はっ! 》


 艦のことは艦長に任せておけばいいだろう。艦長は百年ほどハマールの下で艦長職をしていたみたいだしな。


 俺は艦長との通信を切ったあと、探知のスキルを広範囲にコスト度外視で全力で展開した。


 レーダーに映らないとはいえ、俺の探知から逃れられるかな? 



 それから30分ほどした頃。


 突然フェアレスの両側面から膨大な魔力の反応が現れ、こちらへと一直線に向かってきた。


「うおっ! マジか! 本当に探知に引っ掛からなかった! くそっ! 『滅魔』! 」


 俺は結構な広範囲に探知のスキルを展開したのに、まったく反応が無かったことにショックを受けつつ迫り来る2つの魔力の塊を打ち消した。そしてすぐさま鷹の目のスキルを発動し、攻撃をしてきた艦がいるであろう方向に視線を向けた。


「なっ!? いない? まさか本当に転移したのか!? 」


 視線の先には飛空艦らしきものは無く、雲の上を青い空が広がっているだけだった。しかしその時、何もないはずの空間からまたもや魔導砲が放たれた。しかも今度は前後左右の4方向からだ。


「見えた! 『滅魔』! 」


 鷹の目で見ていたのが幸いしたのだろう。魔力反応があった場所に、何か紋章の入ったシートのような物で覆われた飛空艦が一瞬浮かび上がったのが見えた。そして迫りくる魔導砲を打ち消したあと、その場所を集中して見るとわずかだが魔力の反応があることもわかった。


 これは……さすがにAランクの魔石を複数使用しいる飛空艦と、中にいる千人近くの兵士の魔力を完全には隠せないってことか? まるで隠者の結界だな。あれも完璧には隠蔽できないしな。そうは言っても漏れ出るのは、滅魔により魔力に敏感になっている俺しか気付かないほどの微量な量だけど。


 確かにこれじゃあレーダーや探知スキルじゃ無理だわ。恐らく隠者の結界と同じような仕組みなんだろう。電波レーダーにもかからないのは、地球のステルス技術も使用しているんだろうな。


 ということは、目に見えないのは光学迷彩ってやつか? 確か光を曲げる繊維をまとうことで、透明になれるってやつだったよな。主に軍事利用されてるとか聞いたことがある。欲しいと思って前に結構調べたんだよなこれ。


 なるほどね。あのシートが光学迷彩の装置ってことか。これはわかっていれば対処のしようがあるけど、知らなきゃ奇襲されるのも納得だ。


 ステルスと光学迷彩仕様の飛空艦か。よくもまあこんな物を作ったよな。敵ながら見事なもんだ。


 しかしタネがわかればこっちのもんだ。とりあえず光学迷彩は欲しいから艦ごと回収だな。


 俺は今度は前後左右だけではなく、下からも迫ってくる魔導砲を打ち消しながら飛空艦を回収することを決めた。


「そこだ! 『滅魔』! 」


 そして精神を集中し、まずは右側面にいる飛空艦から漏れ出る微力の魔力反応に向けて滅魔を軽く放った。


 すると艦を覆っていた魔力を隠蔽する装置と、光学迷彩へのエネルギーが遮断されたのだろう。真っ黒な飛空戦艦が遠くに1隻現れた。


 俺はその現れた飛空戦艦に再度滅魔を放ち、艦の動力以外の搭乗員を含む全ての魔力を吸収した。


 その瞬間。飛空戦艦は完全に沈黙し、ただ滞空しているだけの置物となった。


「よしっ! 一隻分あれば十分だな。あとの4隻は……そのまま堕ちろ! 『滅魔』! 」


 透明人間になるために必要な光学迷彩を確保した俺は、ゆっくりと後退していく4つの魔力に向け全力で滅魔を放った。


 すると前後と左側面とフェアレスの下方にいた戦艦と巡洋艦が姿を現し、そのまま雲の下にある海へと墜落していった。


 《こちら阿久津。全ての艦を無力化した。滞空している戦艦も反撃できる能力は無い。回収するから近付いてくれ》


 《は、はっ! 》


 俺は飛空戦艦を回収するために艦長に指示をし、すぐにティナへと念話を送った。



 《ティナ、敵艦隊といま交戦して、なぜ帝都がまんまと奇襲を許したのかわかったよ》


 《さすがコウだわ。それでどうして奇襲が成功したの? 》


 《魔力を隠蔽しているのは恐らく隠者の結界を改良したものだと思う。わずかだけど魔力が漏れ出ていた。突然現れたというのは光学迷彩といって、光を曲げる繊維みたいなのが地球にはあるんだ。それで透明に見えていたんだと思う》


 《こうがくめいさい? それで透明になれるの? よく分からないわ。荒川大佐か出雲大佐に聞いた方がよさそうね》


 《そうだね。二人はよく知ってるんじゃないかな。まあ透明になれる布が飛空艦を覆ってると思えばいいよ。それで対処法なんだけど、まず艦隊の陣形を……そして光学迷彩だけど要はその布をどうにかすればいいから……》


 俺は奇襲に備えた陣形と光学迷彩を無効化する方法をティナに伝え、急いで準備してもらうように言って念話を切った。


 これでこのステルス光学迷彩仕様の飛空艦に対処できるはず。


 あとは飛空戦艦を鹵獲して、帝都にいるロンドメルのところへ真っ直ぐ向かうだけだ。



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