第24話 幻身

 



「『分身』! あらよっと! 」


 リズが分身と唱えると、即座に左右に二人のリズが現れた。そして左右にステップしながら、弓を構えるシーナとの間合いを一気に詰めた。


『リズさん兎ですぅ! 本物はあっちで……あぐっ! 』


 三人のリズに惑わされ狙いを定められないシーナの懐に入ったリズは、破邪の双剣をクロスさせたままシーナの首に押し付け、勢いよく左右に引きその首を刈り取った。


「ほいっ! いっちょあがり! この『分身の指輪』すげえな! 1時間に一回しか使えねえのが難点だけど、敵が動揺して動きが鈍るから……おい、シーナどうしたんだよ。そんな顎が外れるくらい口を開けてなに驚いてるんだ? 」


「お、驚いてないですぅ! ショックを受けてるんですぅ! リズさんはドッペルゲンガーとはいえ、なんの迷いもなく兎を首チョンパしましたです! 子供の頃からの幼馴染みであり親友の兎の首を! あまりにアッサリ刈り取ったリズさんに、兎はショックを受けてるんですぅ! 」


「確かに迷いが無かったわね。いくらドッペルゲンガーだとわかっていても、自分以外だと私なら少しは躊躇うかも」


「私もいきなり首を刈りには……」


「なに言ってんだって、ドッペルゲンガーだぜ? 魔物相手に躊躇ったらこっちが危ねえじゃねえか。割り切らねえとやられちまうぞ? 」


「それはそうですけど、いきなり首チョンパはあんまりですぅ! もしも間違ってたら兎が死んでたですぅ! 万が一を考えて欲しいですぅ! 」


「それもそっか! なんかシーナの顔を見たらよ? 夜にコウに首絞められて喜んでたのを思い出しちまって、まあいいかなって。ニャハハ! 」


「首を絞められるのと切断されるのは大違いですぅ! 苦しむ間も無く死んでしまいますぅ! そんなのもったいないですぅ! ですからあのドッペルゲンガーはコウさんに相手して欲しかったのに……コウさんに首を切断される兎なら見たかったですぅ」


「うえっ!? 俺がシーナそっくりなドッペルゲンガーを斬るとか無理だよ! ていうかさすがに自分の首が飛ぶのを見たいとかドン引きなんだけど……」


 俺は自分のドッペルゲンガーの首を刈って欲しいと言うシーナにドン引きした。さすがにその感覚には付いていけない。


「コウさんの究極の愛を受ける兎を見れるなんて、こんな機会にしかないですぅ。次こそはコウさんにお願いしますです」


「む、無理だって……それにもうドッペルゲンガーと戦うのはこれで終わりにしよう。事故があったら不味いしさ」


 どうしても皆がボス戦での不意打ちに対処するべく、一度ドッペルゲンガーと戦いたいっていうから戦わせたけど、やっぱり恋人そっくりなドッペルゲンガーが血を流して死んでいくのを見るのは胸が痛かった。これは精神的に良くない。


「そうね。判別方法もわかったし、力だけ強くてあとは技術も何もないのがわかったからもういいわ」


「私も自分を斬るのはなんとも言えない気分でしたからもういいですね。コウさんがいるからこんな贅沢を言えるんですけど」


「むうぅぅ……兎はリズさんのドッペルゲンガーの足しか射抜いてないのに、なんだか納得いかないです」


「ニャハハハハ! シーナは優しすぎんだよ。魔物だって割り切らねえと。昔っからそのせいでピンチになってるってのに懲りない奴だぜ。やっぱあたしが守ってやんなきゃ駄目だよなシーナは」


「まったく、リズは素直じゃないな。みんなを守るために、非情になってるフリをしてるだけだろ。首を刈ったのだって、シーナと同じ顔をしてるから苦しむのを見たくなかったからだろ」


 首を刈る時に、一瞬リズが辛そうな顔をしたのを俺には見えていた。みんなからは見えなかったみたいだけど、リズはティナとシーナを守ろうといつも真っ先に前に出る優しい子だ。そんな子だから、ドッペルゲンガーとはいえ友達の苦しむ顔を見たくなかったんだと思う。


「え? そ、そうだったんですか? リズさん……」


「ばっ、ばっか! 違えよ! あたしは戦いに非情な女なのさ。勝手に勘違いすんなよな! 」


 リズは双剣を鞘に戻しながらそう言って俺たちから背を向けた。


 やっぱ図星だったみたいだ。


「ふふふ、相変わらずねリズは。それじゃあ今日はもう遅いしここまでにしましょう。さっき小部屋があったからそこで野営しましょ」


「そうですね。今日はこのくらいでいいかと」


「そうだね。いいペースで進めてるし、今日はこの辺にしておこうか」


 俺はティナとオリビアに頷きながらそう返した。


 デュラハン馬車は小回りが利かないから戦いやすいし、荷台に魔物が乗って高速移動するから集めやすいんだよな。


 おかげで80階層の攻略を始めて6日で83階層の半ばまでやってこれた。現れる魔物はデュラハン馬車バージョンとエルダーリッチとドッペルゲンガーのセットで、俺たちがホークで移動していると後ろから結構な数が追いかけてくる。それらをまとめて処理するだけだから、グリムリーパーみたいに壁抜けしてくる魔物もいないしで割とスムーズに進むことができた。


 ここに来るまでに、モンスターハウス兼トラップハウス兼宿泊所の小部屋を5つ見つけた。そして小部屋にある宝箱から、珍しいアイテムを手に入れることができた。


 その一つがリズが装備している『分身の指輪』だ。これは1時間に一回だけ、込めた魔力量に応じて自分の分身を作れる撹乱用のアイテムだ。このほかにも『隠者のマント』という、魔力を完全に隠蔽できるマントを2枚手に入れた。


 あとは2等級のアクセサリーと『呪いのマスク』なんてのもあった。これは装着すると恐慌状態になり、いずれ精神が崩壊するマスクらしい。デビルマスクより相当やばいものなので、恐らく使うことはないと思う。ライガンやヤンヘルにでもあげるかな。


 分身の指輪は見た瞬間に目を輝かせていた、新しい物好きのリズにあげた。そしたら練習したいっていうから、その後はデュラハンのみを残して戦わせてたんだ。それでコツを掴んだのか、次はドッペルゲンガーとも戦いたいと言い出した。


 俺は色々不安になってやめておこうよと言ったんだけど、ティナたちもボス戦で突然現れるかもしれないから戦っておきたいって言うんだ。俺は仕方なく、それならまずは俺がということで戦ったよ。そしてドッペルゲンガーの判別方法を見つけたと言って、皆に教えたんだ。皆に攻撃されたくないし。


 それで皆が自分のドッペルゲンガーと戦うことになったんだけど、乱戦になっちゃってリズが自分のドッペルゲンガーとシーナのドッペルゲンガーを倒したってわけだ。やっぱ魔物とはいえ、恋人とそっくりなのが血を流し苦しんで死ぬ姿は見ていて鬱になりそうだったよ。この死霊のダンジョンは精神攻撃が多いよな。



「はいです! それじゃあリズさん、ホークに二人乗りして行きましょうです! 」


「なんだよ急にニヤニヤしやがって。さてはお前ドッペルゲンガーだな? じっとしてろよ? また首を刈り取ってやるからよ」


「ふええ!? 兎は本物ですぅ! 鑑定してくださいですぅ! 」


「あっれ〜? 魔力切れみてえだ。こりゃやっぱ斬らねえとわかんねえな。イシシシ! 」


「絶対嘘ですぅ! いいです。リズさんがその気なら、コウさん! 兎にここで全裸になってホークで一人で飛んで行けと命令してくださいですぅ! そうすれば兎が本物だって証明できますです! 」


「ええ!? それって命令に背くってことじゃん! そんな危ないことさせられないよ! 」


 全身を痺れさせながらホークの上で失神して、そのうえ魔物がいるとこに突っ込む気かよ! 


「大丈夫です。兎は幸せです」


「お、俺の幸せはシーナが側にいることだから、どこにも行かないでくれよ」


 俺は本当に幸せそうな顔で言うシーナを抱きしめそう言った。脱いでホークに乗せないために。


「あ……コウさん……はいです」


「はいはい。もういいかしら? 早く行きましょう」


「もう何度目かしら。シーナさんはコウさんを本当に愛してるのね」


「そうか? ただの変態兎なだけじゃねえか? 」


「ぶうぅ! 違いますぅ! 愛ですぅ! 」


「わかってるよ。ほら、シーナは俺と飛んで行こうな? リズは早くホークに乗ってくれ。行くぞ」


 俺はまたリズとシーナのじゃれ合いが始まりそうだったので、シーナを抱きしめたまま飛翔のスキルを発動して宙に浮いた。


「ヘイヘイっと。チッ、シーナはコウに抱きしめられて飛んで行くのかよ。うまくやりやがって」


「日頃の行いですぅ。コウさん。せっかくですし、おもちゃをいれて逆さ吊りにして行きますです? 」


「ふ、普通に行こうな」


 俺はとろけそうなほど甘い笑顔で、とんでもない提案をしてくるシーナを軽く流した。そして皆がホークに乗り込むのを確認したあと、先頭を飛んで小部屋のある場所へと向かうのだった。


 胸もとで次々と新提案をしてくるシーナをなだめながら……



 そして20分ほど飛行し、途中魔物とのエンカウントすることなく小部屋へとたどり着いた。


 俺がいつものように一人で中に入ると、馬にまたがったデュラハンとエルダーリッチが10体ずつ。そして俺のドッペルゲンガーも10体ほど現れた。


 俺はまず滅魔で部屋に仕掛けられているトラップを解除し、次に魔物の体内から魔力を抜いた。それによりエルダーリッチはスキルを使えず、デュラハンは動きが止まり、ドッペルゲンガーは変身を維持できず真っ白な身体に戻り膝をついていた。


「はい、いいよー! トドメ刺しちゃって! 」


「よっしゃ! オリビア! デュラハンを斬りまくるぜ! 」


「ええ! 」


「私はエルダーリッチをやるわ! ウンディーネ! 」


「兎は真っ白ドッペルゲンガーをやるです! 」


 俺の合図に恋人たちが雪崩れ込んできて、それぞれが小部屋の魔物を仕留めていった。デュラハンだけは反撃できる状態だけどその動きは鈍く、リズとオリビアに次々と斬り伏せられていった。




「うっし! 終了っと! 分身の数だけ攻撃できれば楽なんだけどなぁ。そんなうまくは行かねえか」


「ふふっ、リズさん。さすがにそれは求め過ぎよ」


「ニャハハハハ! だよな! さて、宝箱は何が入ってっかな! コウ! トラップは解除してあんだろ? 」


「ああ、解除したから大丈夫だよ」


 俺はリズたちが倒したデュラハンの黒鉄の鎧を回収しつつ、リズにそう答えた。


 ティナとシーナは魔石の回収をしている。宝箱はいつだってリズが一番最初に開けたがるんだよな。リズはさ、こういう何が入ってるのかわからないのが好きなんだ。正月も福袋を買いに領内を回っていたからな。全部開けるのに3日くらい掛けてた気がするけど、その顔は楽しそうだったよ。


「さて、ご開帳〜♪ どれどれ……2等級のポーションにこれは豪腕の腕輪か。おっ!? 分身の指輪もう一個ゲット! それとこのネックレスはなんだ? 『鑑定』……うおっ! すげえ! コウ! ちょっと来いよ! 」


「どうした? 何かレアアイテムでもあった? 」


 俺は宝箱の前で興奮するリズに呼ばれ、彼女の元へと向かった。ドロップ品を回収していたティナたちも気になったのかリズの近くに集まってきた。


「これこれ! 『幻身のネックレス』だってよ! 効果は思い描いた姿に変身できるらしいぜ? 効果時間は1日で再使用待機時間も1日。途中で解除すると1日使えねえみたいだ」


「あら? 凄いじゃないそれ。メレスが身に付けたら帝国本土を自由に歩けるんじゃない? 」


「確かにメレスロス様が喜ぶかもしれませんね。これがあれば国内旅行も気兼ねなく行けそうです」


「これは凄いね。こんなアイテムがあるのは、ドッペルゲンガーがいるからかな? メレスにプレゼントしようよ」


 これがあればメレスは魔人にもなれる。オリビアのいうように、生まれ故郷のテルミナ大陸を好きに旅行だってできる。きっと喜ぶに違いない。


「ニヒヒヒ! あいつ喜ぶぜ? 早く渡してやりてえな。ん? シーナ、どうしたんだよ。今度は考えこんだ顔をしてよ? 」


「リズさん……もしかしてこれは、兎がリズさんになれたりしますです? 」


「んあ? そりゃなれる……ってシーナ! お前このネックレスを付けてあたしになりすまして、あの変態顔する気じゃねえだろうな! マジやめろよ!? 」


「リズさんもコウさんに責められて、悦ぶ自分の顔を見たら目覚めると思うのです。ですので地上に出るまでこのネックレスは兎が預かりますです。さっそく試してみますです……」


 シーナは顔を青ざめさせているリズの隙をつき、宝箱から幻身のネックレスをヒョイと取り上げた。そしてネックレスを首にかけて発動した。


 するとシーナの背が伸び髪が黒く短くなり、顔も一瞬でリズになった。


「え? 本当にリズになったわ……」


「なんという……ドッペルゲンガーと違い装備はそのままですが、これは凄いですね」


「うおっ! ちょっ! シーナ返せ! マジやめろ! あたしになりすますんじゃねえ! てかパンツ履けよ! 」


 リズは突然自分に化けたシーナを見て、ドッペルゲンガーを見た時以上に動揺していた。


 確かにただでさえシーナは短いスカートを履いているのに、身長が伸びて履いてない下半身が丸見えになってるしな。俺も突然恋人たちの前にフルチンの自分が現れたらリズのように動揺するわ。


 しかしほんとそっくりだな。ああ、そこの色も黒くなるのか……


「凄いですぅ! リズさんになったですぅ! 」


「確かにそっくりだけど胸が大きくないか? 」


 俺はリズに化けたシーナの胸を見て、やたら大きいことに気が付いた。


「リズさんが兎やティナさんたちより、胸が小さいと悩んでいたので解決してあげたですぅ」


 まあえっちの時にリズはよく言ってたけど、リズの胸は胸でお椀型でちょうどいい大きさで揉みやすくていいんだけどな。


「おまっ! それ言う!? べ、別に悩んでなんてねえよ! 今のままでもコウのを頑張れば挟めるし! 」

「嘘ですぅ。大きければコウさんにもっと色々してあげられるのにって悩んでましたです。ですがこのネックレスがあれば解決ですぅ! 」


「い、言ってねえし! つうか元に戻せよパンツ履けよ! あたしの顔で露出狂になるんじゃねえよ! 」


「ふふふのふですぅ。まずは兎がリズさんの姿で見本を見せるです。コウさん、それではマジックテントを張ってお風呂に行くです。兎は今日一日この姿です。二人のリズさんを相手にできますです」


「なっ!? 一日中あたしの姿でいるつもりかよ! 」


「え? リズが二人……わかった。すぐに展開するよ。汗もかいたしお風呂に入ろう! 」


 双子のリズとプレイとかいいかも……


 俺はさっそく隠者の結界と罠を複数入口に張り、マジックテントを展開した。


 そして嫌がるリズをなだめながら、リズに化けたシーナとクスクス笑っているティナとオリビアを連れてお風呂に突入するのだった。


 いやぁ、巨乳のリズも新鮮でなかなか良かったよ。でも、中身がシーナだから胸でマッサージしてもらっている時に、隣でリズがあたしはそんなことしねえし言わないって赤面して大変だった。


 さすがに寝る時はシーナ専用の部屋には行かないで、ティナとオリビアとその日は一緒に寝たよ。リズが泣きそうだったからね。シーナもちょっと悪いと思ったのかリズと添い寝してた。ネックレスの効果は解除しないまま、同じ顔で。多分シーナはリズになれたことが嬉しかったんだろうな。

 まあなんだかんだとあの二人はお互いを想いあってるし、仲がいいからな。


 そしてその日以降も、ボス部屋にたどり着く間に小部屋の宝箱から幻身のネックレスをちょこちょこ見つけるのだった。


 しかし隠者のマントに分身の指輪に幻身のネックレスか……ヤンヘルたちが欲しがりそうなアイテムばかりだよな。諜報任務をさせるにはかなり有用なアイテムだけど、これを渡したらもう普通のダークエルフには戻れなくなる気がするし……果たして渡すべきか渡さないべきか……うーん。


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