第4話 魔帝の決意

 




 魔帝が乗っているであろう真っ赤な飛空戦艦が、ものすごい速度でこちらへ向かってきていた。


 俺は無視してもあとあと面倒だと思い、メレスの腰に手を回したまま戦艦が到着するのを待っていた。


 そして戦艦が発着場上空に到達しようというところで、甲板から人影が飛び降りるのが見えた。


 その人間は途中で風弾のスキルを発動して落下速度を緩め、メレス専用艦『フェアロス』の前に着地した。


 その手には既に鞘から抜かれたオリハルコンの剣を手に持っており、その顔は真っ赤な目が縦に割れ口が裂けかかり、二本の牙を覗かせていた。


「魔王! 貴様あぁぁ! 余のメレスに触れおってえぇぇ! 即刻メレスから離れよ! その薄汚い手でメレスに触れるなぁぁぁ! 」


「ぶはっ! 魔帝! 魔人化しそうじゃねえか! どうした!? 何をそんなに追い込まれてるんだ? もしかして死の間際とかか? だったら俺がトドメを刺してやるぞ? 」


 俺はほとんど魔人化している魔帝を見て大爆笑をしていた。


 そんな俺の周りでは雪華騎士団とリリアが一斉に膝をつき、胸に手を当てて顔を伏せていた。


 俺は怒り狂っている魔帝に日頃の復讐をするべく、見せつけるように右手でメレスの肩を強く抱きしめた。


「あ……光……」


「ぬあぁぁぁ! 貴様あぁぁ! 今すぐメレスから離れるのだ! そしてそのメレスに触れた手を余が叩っ斬ってやる! メレスも離れよ! そもそもなぜ抵抗せぬのじゃ! 」


「嫌よ…… それよりもお父様。約束が違います。私を送り届けたらすぐに帰るとおっしゃったではありませんか。私は光の家で世話になるので心配はありません。もうお帰りください」


「ガアァァァ! 余のメレスが! そんなばっちい男から離れるのを拒絶しているじゃと!? 小僧の家に住むじゃと!? 魔王! 貴様なんのスキルで余のメレスを洗脳したのじゃ! どのような未知のスキルを手に入れたのじゃ! 吐け! 吐かぬか! 」


「人をバイキンみてえに言うんじゃねえよこの悪魔が! んな洗脳スキルなんか持ってねえよ! 見ればわかんだろ、俺とメレスは親密な関係なんだ。男は見た目じゃねえってことだな」


「あ……光……お父様の前で……は、恥ずかしいわ」


 俺はドサクサ紛れに腰に回していた手をずらし、着物の上からメレスの胸に軽く手を置いた。


「き、き、き……貴様あぁぁ! メレスの……メレスの胸から手を離せえぇぇぇ! 」


「ぶはっ! キレたか! 『結界』」


 魔帝はとうとう完全に魔人化し、剣を振り上げ俺へと襲い掛かってきた。


 俺は待ち望んでいたタイミングにメレスから離れ、一歩前に出てその攻撃を結界で受け止めた。


 パシーーン!


「グッ……ぬぬぬ……ぬあぁぁぁ! 」


「これで契約違反にならねえよなぁ。待ってたぜこの瞬間をよお! 『滅魔』! 」


 俺は結界に阻まれながらもさらに力を込め破ろうとする魔帝にスキルを放ち、その体内から魔力をゴッソリと抜いた。


 胸の魔石からも抜いて瀕死にしてやろうと思ったけど、どうやら鎧の胸の内側部分にアダマンタイトを貼りつけているようでスキルが通らなかった。さすがにそこは警戒しているようだ。


「うぐっ……貴様……メレスから……離れ……」


「お父様! 」


「フハハハハ! 無様だなぁ魔帝! さて、どうしてくれようか……四肢を切り取ってダルマにしてやるか。剣を抜いたんだ、覚悟はできてんだろう? 」


 俺は空間収納の腕輪から剣を取り出し、力が抜け鎧の重さに膝をつく魔帝を見下ろしながら高らかに言い放った。


 いつもいつも俺をブサイクだのばっちいだの馬鹿にしたあげくに、毎日毎日魔導通信で精神攻撃してきやがって! やっと恨みを晴らせる時が来たぜ!


「ぐっ……負けぬ……メレスを魔王の魔手から取り戻すためならば! ぬ、ぬおぉぉぉ! 魔力など貴様相手に必要などないわっ! 」


「オイオイ、まるで俺がメレスを攫ったみたいな口ぶりじゃねえか。確かに前に会った時に俺はメレスを誘った。あの牢獄から出て、外の世界を知り楽しく幸せに過ごして欲しいと思ったからな。そしてメレスは自分の意思であの場所から出てきた。魔帝もそれを認めたんだろうが。それはメレスを外の世界で守れるのは俺以外にいないと思ったからじゃねえのか? 」


 俺は気合で立ち上がり、剣を再び構える魔帝にお前も納得済みだろうと問いかけた。


「う、自惚れるでない小僧! メレスを守れるのは余だけじゃ! 貴様などに愛娘を預けられるものか! そのスキルで無理やり穢されるだけじゃ! 」


「ケッ! なーにが愛娘だ! 何がメレスを守れるだ! 口だけ野郎が! だったらあの艦隊はなんであんなとこで待機してんだ! テメーが乗ってきた戦艦はなんですぐ離れたんだ! メレスの姿を見られたくないからだろうが! 精魔だと知られたくないからだろうが! テメーの娘の名はメレスロス・テルミナじゃねえのか!? なんでメレスロスとしか名乗らせねえんだ! 臣下の者に知られるのが怖いからだろうがよ! テメーの保身のことしか考えてねえくせに、父親面して娘の自由を縛ってんじゃねえ! 」


 俺が魔帝の一番気に入らないところがこれだ。娘が精魔であることを秘匿し、200年も領地に閉じ込めた。色々事情があるのは知っている。けど、どう言い訳をしようともコイツはメレスの幸せよりも自分の保身を優先した。そんな奴がいっぱしの父親面してるのが、俺はなによりも気に喰わねえんだ。


「うぐっ……き、貴様に何がわかる! 常に余の命を狙い、次の皇帝に成り代わろうとしている者たちが周囲に蠢いている帝国を、あの魔窟をデルミナ様の加護があるというだけでは統治などできぬのだ! 」


「知ってるよ。魔帝が加護を受けた経緯が先代をその手で殺したことだしな。デルミナ神ってのはそういう負の感情が好きなんだろ? そりゃ魔帝が命を狙われるのも当然だろうな。味方を増やさなきゃ、あっという間に殺されてデルミナ神はそいつに加護を与えちまうかもしれねえよな。でもよ? だからなんだってんだ? それがテメーが愛した女性との子を隠すことにどう繋がるってんだ? 臣下の信を失おうが、反逆されようがその全てを蹴散らして娘を守るのが親じゃねえのかよ! 反逆にビビって娘を閉じ込めるような奴がいっぱしの父親面してんじゃねえっ! 」


「ぐっ……ぐうぅぅ……余は……余は……」


「も、もうやめて光! お父様をこれ以上責めないで! 」


 俺の言葉に魔帝が再び力を失い片膝をつくと、背後からメレスが飛び出し魔帝を支えた。


「メレス……余は……父として……余は……」


「いいの。お父様。エルフの里に迷惑をかけないために、お母様と約束したのだということを私は知っているわ。私とエルフを守るために仕方なくそうしていたことも……私はお父様を愛してる……ずっと守ってくれたお父様を……なによりも私をこの世に誕生させてくれたお父様を心から愛してるわ……」


「ぐうぅぅ……メレス……すまぬ……すまぬ……」


「チッ、おいクソ魔帝。いい加減気付けよ。俺の領地にはエルフがたくさんいる。エルフとの子が精魔になると知られ、昔のようにそれを悪用しようとする奴らが現れても俺が彼らを守るに決まってんだろうが。だが帝国のことは知らねえ。信を失い反逆してくるような奴はテメーがなんとかしろ。普段から力で押さえつけてんだ、そんくらいできんだろ。それで殺されればテメーはそれまでだってことだ。なに、仇は討ってやる。マルスが加護を受けるまでな」


 昔、テルミナ帝国が統一する前に一国を滅ぼした精魔をまた大量に作ろうとエルフにちょっかいをかける奴が出てくるなら、俺がそいつらからエルフを守ってみせる。


 だが魔族の長年の教育により培った価値観により、魔帝がエルフと子を作った変態だと思われて信を失うのは俺の知ったことじゃない。それくらい力で押さえつけろってな。


「小僧が知った風な口を! 余が臣下に怯えてるだと? 余が、この余があのような愚物共に怯えるなど笑止千万じゃ! だがよかろう。そこまで言い切るのならばエルフのことは貴様に任せる。必ず守ってみせよ! 勘違いするでないぞ? メレスは余の子じゃ! 何も隠すことも恥じることも無い! ゆえに全てを臣民に公表してみせようぞ! 」


「お父様! 私はそのようなことを望んでなどいません! お父様の身に危険があるようなことはおやめください! 」


「メレス。良いのじゃ。悔しいが魔王の言うとおりじゃ。今まで肩身の狭い想いをさせてすまなかったのう。メレスは余が愛する子じゃ。余はメレスが我が子であることを堂々と公表したいのじゃ。これからはどこに行っても皇女メレスロス・テルミナと名乗るがよい。余の自慢の娘だと胸を張るがよい」


「お父様……私は……私は……ううっ……お父様……」


「なんだ、やればできるじゃねえか。1mmくらい見直したぜ? せいぜい変態魔帝として帝国を治めるんだな」


 これは魔導ラジオや、最近テレビの普及によって始まった帝国テレビのニュースを見るのが楽しみだな。


 スクープ! 皇帝はエルフと子を作っていた! とかな。すげー楽しみ。


「貴様! 余は変態などではないわっ! チッ……まあよい。今日のところは引き下がってやろう。悔しいが外でメレスを守れるのは貴様以外におらぬからな。じゃがメレスに気安く触れることは禁ずる! 同じ屋敷に住むこともじゃ! 」


「はあ? なんでそんなことをテメーに指図されなきゃなんねえんだ? だいたい同じ屋敷に住まなきゃ守れねえだろうが。飛空宮殿もまだ届かねえし、しばらくは一つ屋根の下で過ごすしかねえんだ。これもメレスのためだ諦めろ」


 何言ってんだこの親馬鹿。メレスと触れ合いまくるに決まってんじゃねえか。あの柔らかかった胸。早く生で揉める仲になるために全力を尽くすに決まってんだろ。


「そうよ陛下。飛空宮殿が届くまでは私たちの家に住んでもらうわ。それが嫌なら早く届けるように言ってよね。白亜の宮殿に住むのを楽しみにしてるんだから」


「ククク……そう言うと思って余が持ってきてやったわ。今呼ぶゆえ待つがよい。ククク……」


「げっ! マジかよ! 」


「キャーー! 陛下ありがとう! 」


 俺は隣で喜ぶティナをよそに、魔導携帯を取り出し五つのボタンのうち一つを押し、携帯を耳にあてる魔帝の姿を見て余計なことしやがってと歯がみしていた。


 プルルルル


 プルルルル


 すると俺の後方で呼び出し音が鳴り響き、その方向を見るとオリビアが泣きそうな顔をして携帯を手に持っていた。


「へ、陛下……その……」


「ぬ? 間違えたか……」


「オイッ! 簡単ホンで間違い電話するんじゃねえよ! 5つしか登録されてねえだろうが! 」


「やかましいのう。手元が狂っただけじゃ。黙って待っておれ。さて、どれじゃったかの……」


「お父様。このボタンではありませんか? 」


「おお、メレス。すまぬな。うむ、これじゃな……おお、余じゃ……」


「このボケ老人が! 」


 俺はメレスに教わりながら電話をかけ直し、今度こそ目的のとこに繋がり何やら指示をしている魔帝にそう吐き捨てた。


「ふふふ、でも陛下も気が利くわね。既に飛空宮殿を持ってきてくれてたなんて。今夜は新居で愛し合えそうね」


「あ、ああ……そうだね。楽しみだね」


 俺は嬉しそうに腕を絡めてくるティナに、メレスや騎士たちのお風呂上がりの花園がと未練を残しつつも乾いた笑顔を返した。


 チッ、こうなったら仕方ない。メレスたちを露天風呂に招待すればいいだけだしな。ラウンジはかなり広いけど、その分人数を多めに招待すればいい。うん、花園にできるな。何も問題ない。


 それから少しして山の向こう側に待機していた飛空艦隊の後方から、一隻の巨大な船が現れた。


 その船の甲板には建物が建っていることから、俺はアレが飛空宮殿だということがわかった。


 そしてその飛空宮殿は高度を徐々に下げ、その全貌を俺たちの前に現していった。


 しかし……


「あれ? なんか写真で見たのと違うような……」


「え? 何よあれ……え? え? 」


 飛空宮殿が俺たちにその姿をお披露目するようにゆっくりと近づいて来るのを見て、俺とティナは写真で見たのとだいぶ違う形なことに困惑していた。


 船体は全長1km、幅500mほどあり、真っ黒に塗装され阿久津男爵家の紋章が赤く描かれていた。


 そこまではいい。注文通りだ。しかしその甲板に建っている建物がおかしい。


 写真では丸い玉ねぎのような形の屋根をした真っ白な宮殿に、同じく真っ白な四角柱の塔が二つ並んでいた。


 しかし俺たちの前に見える建物は尖った屋根をした城のようなもので、入口がやたら大きくなんとなく牙を生やした悪魔の口のように見えた。そしてその両サイドにある塔も先が尖っている形をしており、全体的にやたらと攻撃的な感じを受ける建物だった。


 なによりその全ての建物は真っ黒に塗装されており、その姿はまるでファンタジー漫画に出てくるような魔王城そっくりに見えた。


「キャーー!! なによあれ! 白亜の宮殿はどこへいったのよ! なんで真っ黒であんなおどろおどろしい形になってるのよ! 」


「おわっ! すげー! カッコイイ! なんだなんだ! あれが飛空宮殿か!? あんなんだったっけ? 」


「そんなわけないでしょリズ! これは何かの間違いよ。ええきっとそう……あれが飛空宮殿なはずがないわ……これは何かの間違いなのよ……ええそうよ……きっと……」


「オイ、魔帝……全然注文したのと違うじゃねえか。どうしてくれんだよ」


 俺は発狂するティナとなぜか目を輝かせて見ているリズのやり取りを横目に、目の前で嫌らしくニヤついている魔帝にクレームを入れた。


「ククククク……帝国の姫が魔王に攫われたのじゃ。ピッタリじゃろ? メレスのことを公表した後に、デビルキャッスルに囚われた娘を取り返しに行くでの。それまで指一本触れるでないぞ」


「この野郎……やってくれたなクソ魔帝……この後ティナをなだめるのがどんだけ大変だと思ってんだ! 」


「フハハハハ! 中身は注文通りに造っておる。文句を言われる筋合いはないのう。なにせメレスが生活をする城じゃ、かなり奮発したからのう。エスティナも気にいるじゃろうて。ククク……それではエスティナに怒られる前に余は退散するとしようかのう。メレスよ、しばしの別れじゃ! 必ず迎えにくるからの! 待っておるのじゃ! フハハハハ! 」


「ちょ、待て! ティナに詫びてから帰りやがれ! 」


 俺は魔力回復ポーションを飲みメレスの艦に走っていく魔帝を呼び止めたが、魔帝はちゃっちゃと艦に入っていった。


 そしてその後すぐにマンタの背が開き、そこから偵察用航空機らしきものが発進し山向こうの艦隊へと飛び去っていった。


「お父様ったら、困った人だわ」


「どうすんだよティナとシーナだけじゃなくて、レミアやニーナも楽しみにしてたのに……」


 俺は放心状態でブツブツとこれは何かの間違いよと呟いているティナと、頭上を通り過ぎていく飛空宮殿を眺めながら、この後どう皆をなだめればいいのか途方に暮れていた。


 何がデビルキャッスルだよ。ご丁寧に船底と船側に彫りやがって……


 こうしてメレスの来訪に親馬鹿の撃退を終えたこの日。俺は悪魔城の城主となったのだった。


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