第34話 混乱

 



「コウ、あ〜ん♪ 」


「あ〜ん」


「ご主……コウさん次は兎ですぅ。あ〜んしてくださいですぅ」


「ああ、あ〜ん」


 荒川さんが席を外してすぐに、俺は厨房にいたティナとシーナを呼びに行った。するとリズも飲み比べが終わったのか、倒れている遺族のおじさんを置いてフラつきながらやってきた。


 そして上座で俺は周囲の視線を浴びながら、左右に浴衣姿のティナとシーナを侍らせてイチャついていた。

 当然俺の両手はティナの太ももとシーナの尻を撫でている。


 遺族のおじさんやおばさんは若いっていいわねぇって笑っていて、酒が飲めると勝手にやってきたライガンとケイトほか獣人たちはいつもの事と気にもしていない様子だ。


 ただ、元自衛隊の人たちからはあちこちから歯軋りの音が聞こえてきており、唇から血を流している者もいた。


 まあこれも勧誘の一環だ。


「ひっく……こ〜う〜? コップが空だぜぇ……ほらぁ、あたしのさけもぉ……飲めってぇ……ひっく」


「おっとっと! リズ、溢れてるって! 早く解毒のポーションを飲んでくれよ」


 俺は背後から抱きついてきた完全に出来上がっている浴衣姿のリズに、解毒のポーションを早く飲むように勧めた。


「にゃんだとぅ? あたしのさけが飲めねえだと〜? ひっく……ましゃか……こうに……嫌われた?……うっ……ううっ……うにゃぁぁぁ! 」


「ちょ! リズ! こんなとこで泣くなって! 嫌ってなんかはいないから! そんなことあり得ないから! 」


 リズは酒が入るとすぐ泣く。いつもならそのままその場で押し倒して全身で慰めるんだけど、さすがにここではそれができない。


「リズさん大丈夫ですぅ! 胸の谷間にお酒を溜めれば、コウさんは喜んで飲んでくれますぅ! 」


「ううっ……にゃらやる……」


「お、おいっ! リズ! 」


 シーナが家でやってることを提案すると、リズはおもむろに浴衣の胸もとを開こうと手をかけた。


 俺は慌ててその手を押さえ、リズの胸をこんにちはさせないように押し留めた。


「ちょっとリズ! こんなとこで脱ごうとしないでよ! 自衛隊の人たちが見てるわよ! コウ以外に見られてもいいの!? シーナも余計なこと言わないの! 」


「うっ……やだ……」


「ふえっ!? ごめんなさいです」


「シーナ、もう解毒ポーションをリズに飲ませてやってくれ。リズもおとなしく飲んでくれよ。頼むからさ」


 俺はティナの一喝で落ち着いたこの機を逃さず、シーナに解毒のポーションをリズに飲ませるように頼んだ。


「わかりましたですぅ」


「こうがそいうにゃらぁ……あたしはいうこと聞く〜……だからにゃでてくれ……あたしのあたまを〜にゃでてくれ〜」


「わかったわかった。いい子だな。リズはいい子だ。さすが俺の恋人だ。そんなリズが大好きだよ」


「えへへへ、こうににゃでられたぁ……うれしいなぁ……えへへへ」


「よしよし……ん? オリビアかな? 」


 俺がリズの頭を撫でて落ち着かせていると、浴衣の袖に入れてあった魔導携帯が鳴った。俺はリズをシーナに預け、携帯を取り出し画面を確認してみるとやはりオリビアからだった。


「もしもーし、オリビア遅いじゃないか。早く来いよ」


 《アクツさん申し訳ありません。そちらに向かおうと職場を出ようとしたところ、フォースター準男爵から連絡が来まして……少し気になることがあるそうで直接報告したいそうなのです》


「フォースター? なんだってこんな日に……って、アイツには慰霊祭のことは言ってなかったな。今は忙しいからあとで掛け直すって伝えてくれ。それよりオリビアがいないからティナが寂しがってるぞ。早く来いって」


 フォースターなら知ってると思ってたけど、あいつは確かダンジョン警備の任で本部から離れてるんだったな。それなら総督府の動きも知らないか。緊急じゃないならたいした話じゃないだろ。それより俺はオリビアに早く来て欲しいんだよ。


 《わかりました。それほど緊急の用件でも無さそうでしたので、そのように伝えておきます。その……アクツさんも寂しい……ですか? 》


「当たり前だろ。だから早く来いって」


 オリビアの尻を見られないのは寂しいんだよ。今なら酔った勢いで揉みまくることも可能だ。前に家でみんなで飲んだ時に、ドサクサで揉んでから忘れられないんだよ。あのデカくて張りのある尻の感触をもう一度!


 《は、はい! 小型飛空艇ですぐ向かいます! 》


「待ってるよ」


 俺はそう言って電話を切った。ふと横を見るとリズがシーナに5等級の解毒のポーションを飲ませているところだった。


「コウ、オリビアはまだなの? 」


「ん? ああ、情報局の小型飛空艇を飛ばして来るってさ」


「ふふっ、早くコウに会いたいのね。可愛い子よね」


「そうだね。普段はキリッっとしてるのに、家に遊びに来た時とかは普通の女の子だよね」


 オリビアはティナと話している時はよく笑い、リズにいじられてムスッとして、シーナの発言にはドン引きしている。そんな彼女の姿を見てると帝国のエリート官僚なんて全然見えなくて、本当に普通の女の子に見える。


「惚れちゃった? 」


「え? うーん、どうだろ? 従順だし可愛いとは思うけどね。オリビアのおかげでさ、帝国の貴族女性のイメージがガラッと変わったから戸惑ってるのかも」


 メレスの侍女のリリアも、雪華騎士のオルマやほかの騎士たちも高位の貴族家の女性だ。そして俺が治療したリリアの母親も感じの良い女性だった。なんというかそういう女性たちを見ると、もう魔族とか魔物とか思えなくなっちゃったんだよな。そういうところで戸惑いはあるのかも。


「私も同じよ。貴族の女には酷い目にあってきたし……でもオリビアはオリビアよ。私は好きよ? 」


「うん、そうだよね……俺も好き……かな……でもティナたちが一番だし」


 あんだけ尽くされればね。あの尻でも尽くされたいし。それでもティナとリズとシーナが一番だけどね。


「嬉しいわコウ。うふふ、でもこれで一歩前進ね。オリビアも喜ぶわ」


「あはは、どうだろうね」


 最初は本能的に強い男に服従してるだけだと思ってた。けど、ティナがやたらと俺とオリビアの仲を取り持とうとしているのを見て、恐らくオリビアから何か相談を受けたんじゃないかと思えてきた。


 オリビアがもしも俺のことが好きで、ティナとリズとシーナがいいと言うなら喜んで受け入れてたい。オシリアを、じゃなくてオリビアを!





「遅くなりました阿久津男爵。少し酔いを冷ましてました」


「あっ、荒川隊長! 」


 酔いが冷めて自分がしていた痴態に赤面しているリズをいじっていると、荒川さんがワインボトルとグラスを手に席へと戻ってきた。


「それにしても美女に囲まれて羨ましい限りですね。隊員たちが泣いてますよ」


「あははは、うちに来ればこんな美女たちを恋人にできる可能性を教えてあげたくて。皆さん! ほら見てください! うちの田辺もうまくやってますよ! うちはいつでも皆さんを歓迎しますから」


 俺は血涙を流している元自衛隊員たちに、2人の世界を作ってイチャついてる田辺と、その恋人のダークエルフのセシアを指差してそう言った。ちなみにセシアの服装はくノ一の服だ。どうもダークエルフたちは、日光の忍者村から大量に購入したらしい。


 いつでも俺の側にいてお護りするんだってさ、でも忍び装束は普通の布製だ。つまり防御力は皆無だ。まず自分の身を守れと言いたい。まあそのうち飽きるだろ。



 《お、俺転職しようかな……》


 《救済軍にいても休み無いし出会いもないしな》


 《馬鹿野郎! 隊長を裏切るのかよ! みんなで隊長に一緒に辞めましょうって説得するのが先だろ! 》


 《そうか! 隊長が一緒なら問題ないな! 》



「いやいや、参りましたね。うちの隊員たちにはその勧誘は強烈ですよ」


「あはは、人手不足なもんで。信頼できる人間が欲しいんですよ。ささ、それより飲みましょう! 」


 俺は確かな手応えを感じ、荒川隊長のいる席へとビールを持って近付きコップにビールを注いだ。


「ありがとうございます……それにしても阿久津男爵の恋人たちは幸せそうな顔をしていますね」


荒川さんが俺の背中越しに上座で飲んで食べて楽しそうにしているティナたちを見て、なぜか悲しげな顔でそう言った。


「一番の幸せを感じてるのは俺ですけどね」


「そう……ですよね……阿久津男爵もワインを……どうぞ」


 荒川さんは俺の惚気に少しだけ笑みを浮かべ、手に持っていたワインをグラスに注ぎ俺へと差し出した。


「ありがとうございます…………荒川隊長? 」


 俺がグラスを受け取ろうと手を伸ばそうとすると、隊長の手が激しく震えワインがグラスから溢れ出した。


 俺はどうしたのかとグラスから荒川さんへと視線を移すと、荒川さんは顔を歪ませ何かに必死に耐えているような表情をしていた。


 どうしたんだろ? 何か悩み事でもあるのかな? 俺に相談したいけどできないとか?


 あのアイドルオタクの総督の野郎に何か言われてきたか?


「阿久津男爵……」


「はい、どうしました? 何か悩み事でも? 」


「はい。妻と娘を……部下たちをお願いできないでしょうか? 」


「は、はい! 喜んで! 」


 やった! 勧誘成功だ! 喜んで受け入れさせていただきますとも!


「ありがとうございます。これでもう二度と総督府と子爵に大切な人を利用されずに済みます」


「え? もう二度と? 」


 え? なんだ? どういうことだ? まるで前に利用されたことがあるかのような言い方だな。


「私は阿久津男爵が羨ましい。大切な人を守るためにダンジョンを攻略し、皇帝に認められ貴族にまでなられた。そして今も大切な人を守るためならば、子爵軍とも戦うつもりでいらっしゃる。私にはそれができなかった。私は弱かった。あれだけ尽くした日本に裏切られても一矢報いることもできない自分が、自分の弱さが情けない……だがせめて……最後に愛する妻と娘だけは……私は守りたい……」


 荒川さんは悔しそうな顔を浮かべながらそう言って、手に持っていたワインを一気に口に含んだ。


「ぐっ……ぐあぁぁぁ! 」


「え? あ、荒川隊長? 荒川隊長! 」


 


 俺は目の前でいきなり血を吐いた荒川さんを見て、一瞬何が起こっているのかわからなかった。ただ駆け寄って胸を押さえる荒川さんの身体を抱き抱え、名前を呼ぶことしかできなかった。


「コウ! 毒よ! シーナ! 」


「はいです! 『鑑定』! え? デビルスパイダーの毒の変異? 」


「変異ですって!? なによそれ……聞いたことがないわ。でも2等級の解毒のポーションがあるから大丈夫なはずよ。レオンさん! ケイトさん! 荒川隊長が暴れないように押さえていて! シーナ! 毒の回りが早いわ! 多分飲み込めないから注射器で解毒のポーションを! 」


「お、おう! 」


「はいです! 」


「え? 毒? なんで? 荒川隊長が? なんで……」


 変異したデビルスパイダーの毒? そんなのダンジョンにあるのか? いや、あったとしてなんで荒川隊長がそれを飲んだんだ?


「コウ! しっかりしなさい! この毒は回りが早過ぎるわ! ラージヒールをすぐかけて! 早く! 」


「あ、ああ! 『ラージヒール』 」


 俺はティナの叱りつける声にハッとなり、今は荒川さんがなぜ毒を持ってるとか、なぜ飲んだのかよりも助けることが先決だと急いでラージヒールを掛けた。


 な、なんだこれ!? ラージヒールを掛けたのに治りが遅い!? 毒が強過ぎて身体の崩壊速度に回復速度が少ししか上回ってない!? なんでだよ! こっちはラージヒールだぞ!?


「ぐあぁぁぁ! 」


「なっ!? なんで身体強化掛けてんだよ! 助かりたくねえのか!? 」


「アンタ! いいからこっちも身体強化で押さえつけるんだよ! 」


「シーナ! 今よ! 」


「はいですぅぅ!! 」


 レオンとケイト夫妻が荒川さんを押さえつけたが、荒川さんは苦しいはずなのに身体強化で抵抗をした。俺は滅魔を放って魔力を抜こうとも考えたが、今はラージヒールで手一杯だ。この毒は強すぎる……


「注射完了しましたです! 」


「コウ! 」


「大丈夫だ! 毒の勢いが弱くなった! もう少しで助かる! 」


 身体の崩壊が弱まった。毒さえ無くなればこっちのものだ。


 危なかった。ティナが指示してくれなかったら手遅れになるところだった。


「ぐっ……うう……死なせて……くれ……頼む……私が死ね……ば……妻と娘が……助か……るんだ」


「クソが! そういうことかよ! 外道どもが! 」


 俺は隊長の言葉で全てを察した。


 荒川さんはずっと顔色が悪かった、何かに思い悩んでいる様子だった。妻と娘と隊員を頼むと言った時も、その中に荒川さんが入っていなかった。


 遅い! 気付くのが遅すぎるんだよ俺の馬鹿野郎が!


 俺を暗殺させるために、荒川さんは奥さんと娘さんを人質に取られたんだ!


 俺も普段から暗殺は警戒していた。俺へと言うよりティナたちへのだけど。


島のダンジョンに帝国人が来ても常に人を張り付かせていたし、素行の悪い奴は全員ダンジョンに喰わせた。海から島に侵入しようとする奴らも1人残らず始末した。その中には帝国人もいれば地球の外国の諜報員らしき奴らもいた。それら全てを上陸する前に海に沈めた。島の中も常に探知スキル持ちに巡回させていた。


 なのに俺はどこかで油断していた。慰霊祭にやっと恩人を呼べると浮かれ、警戒心を失っていた。


今日の慰霊祭の日程を知っているのは、救済軍とそれを統括する日本総督府だけだ。


 総督府の奴らはモンドレットの命令にも関わらず、なぜか死刑にならず生き延びたとフォースターも首を傾げていた。俺と荒川さんたちとの関係を知っているのは総督府だけだし、荒川さんも日本に裏切られたと言っていたから間違いない。


 奴らよりにもよって、日本のために戦い続けてきた荒川さんをモンドレットに売りやがったんだ!


 くそっ! それもこれも俺があの時、総督府の外交局長の小澤に荒川さんのことを話したせいだ!


 モンドレットは俺と戦争をしたがっていた。このチャンスを逃すはずはない。


 そして荒川さんは俺を殺さず自分が死のうとした。それで妻と娘が助かるとも言った。帝国貴族が暗殺に失敗し、死んだ者の家族を解放するなんてあり得ない。でも敢えてそれを荒川さんに伝えたってことは、暗殺が成功しようがしまいが、どっちでもよかったんだ。


俺を暗殺できればよし。できなくても俺の前で恩人を死なせて、俺を怒らせ軍を動かさせるのが目的だった。俺に攻め込ませ戦争の口実を得るのが目的だったんだ。


 そんなことの為に荒川さんを……俺の恩人を!


 俺はまだまだ甘すぎた。帝国の貴族の愚かさを舐めていた。とっととモンドレットを殺せばよかったんだ。いつでも殺せると俺は余裕ぶっていた。その結果がこれだ!


 だったら、そんなに戦争がしたいならお望み通りしてやる! 口実だなんだと考えてた俺が甘かった。


 俺の身内に手を出したらどうなるか、テメーを見せしめにして帝国中の貴族に教えてやる。


 俺が必ずこの手でテメーを故郷のある地獄に送ってやる!


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