第33話 宴会

 




 慰霊祭が終わり荒川さんや遺族の方に宿でゆっくりしてもらった後、荒川さんたちが泊まる旅館の大宴会場へ今回慰霊祭に訪れた方たちを招いた。


 そしてティナや獣人の女の子にエルフたちにも手伝ってもらい、俺と三田たちの感謝の気持ちとして宴を開いた。


 大宴会場と中小の宴会場を全て繋げたから、かなりの広さになっている。準備してくれたみんなには感謝だ。


 宴席は立場があるので俺が一応上座だけど、今回の主役は元自衛隊のみんなだ。俺は大量のビールとウィスキーや日本酒をマジックポーチに入れ、隊員のみんなに注いで回っていた。


「あはははは! みんな飲んでるな〜。あっ! 荒川さん! これ飲んでください! これは帝国の有名なウィスキーに似たお酒なんですけど結構おいしいんですよ! 」


 俺は宴席の最前列にいる荒川さんのグラスにウィスキーを注いだ。


 荒川さんはまだやつれた顔をしてるな。ほかの隊員たちは慰霊祭が終わったあとに温泉でゆっくりしたみたいで、だいぶ疲れが取れたように見えるんだけどな。指揮官だから心労も多いんだろうな。


「あ……ああ。ありがとうございます」


「阿久津さんそれ100年物の!? いいんですか!? 」


「ぶっ! 百年!? 」


「いいんだよ三田。俺はそんなにお酒は好きじゃないし」


 俺は近くにいた獣人の仲居さんを手招きし、100年物と聞いてウィスキーを吹き出した荒川さんの浴衣を拭くように頼んだ。


「いえ、僕が心配してるのはリズさんのことで……」


 三田は俺に近づいてきてそっと耳打ちをした。


「い、いいんだよ三田……バレなきゃ」


 まだ150年物とかマジックテントの保管室にあるから大丈夫だ。と思う。


「知りませんよ? リズさんお酒にはうるさいんですから」


「大丈夫だよ。その時はスキンシップでごまかすさ」


 俺は宴席の後方で、遺族のおじさんたちと飲み比べをしているリズを見ながらそう言った。


 リズはそこまでお酒に強くないんだけど、お酒が好きなんだよね。でもお酒の管理は大雑把だから、一本くらいなくてもわからないと思う。バレたらキスしてそのままベッドに運んで誤魔化せばいい。きっと許してくれる。


 それにしてもリズもかなり早いペースで飲んでるな。まあ解毒のポーションを大量に持たせてあるから大丈夫だと思うけど。あれ便利なんだよ。おかげで二日酔いしなくて済むんだ。


「確かに誤魔化せそうですね。リズさんは阿久津さんにベタ惚れですもんね。羨ましいですけど、僕もポメリちゃんが成人すればそちら側の人間になれますしね」


「……田辺に先を越されてるけどな」


 俺は14歳の犬人族の女の子のことを嬉しそうに話す三田に、内心でロリコン野郎がと吐き捨ててから、向かいの席でダークエルフのセシアと酒を飲んでる田辺を見てそう言った。


「あの2人はベッタリですね。まさか田辺があんなに手が早かったなんて……」


「確かにクリスマスの時の最初のアプローチは早かったけど、それから半年は掛かってるだろ? そんなもんだろ」


 6月にはお互いの家を行ったり来たりしてたと思う。恋人ができたと聞いたのはそのあとくらいだしな。田辺はセシアから施設にいたことを聞いたみたいだけど、まったく気にしなかったそうだ。田辺を殴らずに済んでよかったよ。


「あ、阿久津さんすみません。貴重なお酒をこぼしてしまい……」


「いえ、いいんですよ。帝国には200年物とかもあるので、希少は希少ですけどそこまでじゃないです。ワインの方が帝国じゃ貴重ですね」


200年も熟成させて、それってほんとに飲んで大丈夫なのかね?


「いやいや……さすが異世界からやってきた歴史ある帝国ですね」


「無理して帝国なんかに敬意を払う必要はないですよ。俺も敬意なんて持ってないですし。荒川さんにとっては、奴らは多くの自衛隊員の命を奪ったかつての敵ですからね。数年で消える痛みじゃないでしょうし」


 モンドレットが日本に攻めてきた時に、日本の降伏が早かったとはいえ多くの自衛隊員が戦死した。中には荒川さんの同期や部下もいたはずだ。


「いえ……私はそんな……もう済んだことです。幸い自治区とはいえ日本は残りました。それだけでも……それよりも阿久津男爵の武勇は色々と耳に入ってきてます。上級ダンジョンを3つ攻略したとか。それに先日の特警との衝突。まさかあの特警が解体されることになるとは、夢にも思っていませんでした。彼らは無法が過ぎていたので解体されたのはよかったのですが、よくモンドレット子爵様を抑えることができましたね? 」


「色々あったんですよ。うちの住民にも危害を加えてきましたしね。なので潰しました。モンドレットも一緒に潰したかったんですけどね。示談することになり残念です」


「モンドレット子爵もですか!? いや、しかしさすがに軍相手では……」


「できますよ。大切な人を守るためならなんだってやります。ここのダンジョンを生きて出ることができてからは、ずっとそうしてきたんです。その結果、嫌いなはずの貴族になってしまいましたけどね。ですがこの地位でさえ利用してもっと力をつけますよ。この島の人たちを守るために」


「島と大切な人を守るために、ただそれだけのためにモンドレット子爵様と……」


「荒川さんもそうして戦ってきたんじゃないですか? ランクがA-ランクと聞きました。隊員の方もB-以上の精鋭ばかりですし、中級ダンジョンでここまでランクを上げるには相当戦い続けなければ難しいはずです。日本のために必死に戦ってきたんですね」


 中級ダンジョンでA-ランクにまで上げるのは相当大変だ。この島で初めて会った時はB-ランクだったらしいから、この人は指揮官でありながら最前線で戦い続けてきたというのがわかる。


 ちなみに自衛隊が解散し、陸上自衛隊は農商局の食糧資源部の日本救済軍という名のダンジョン攻略専門部隊になったが、海上自衛隊は全ての船の武装を解除され、救済軍と同じ農商局の貿易部で他の領との輸送業務をしている。空母だった船の甲板にコンテナが山積みされてる姿を見た時はさ、なんだか哀愁を感じたよ。


 航空自衛隊は総督府の災害派遣用の輸送機や民間の飛行機にヘリ、それと整備などの職につけれた者以外は職を失ったそうだ。元パイロットなどは生活が苦しいらしい。もったいないよな。


「そうですね……日本のために、帝国から守れなかった国民を守るために戦ってきました。それなのに帝国は……阿久津男爵。男爵は帝国の貴族になり、これからどうするつもりなのですか? 日本を解放するおつもりは? 」


「さて、どうですかね。俺たちがダンジョンに入れられるのを、他人事だと黙認した国民がいっぱいいますしね」


 無関心という行動で俺たちを見捨てたんだ。同じ経験を是非して欲しい。俺たちの時よりも装備も訓練も充実してるんだ。余裕だろ。


「そう……ですね。私も立場上なにも言えませんでした。ですから私も同類です。ですがあの時にあの悪法に声をあげなかった一般人も徴兵され、夏の終わりにはダンジョンに入るようになります。5年後には女性まで対象に。私は娘が将来ダンジョンに入ることになると思うと胸が苦しく……」


「娘さんは12歳でしたっけ? まあその頃には大丈夫ですよ」


 女性だけはね……さすがにそれは俺も止めるさ。


「それはどういうことでしょうか? 」


「秘密です。こっちも色々計画してますし。それに娘さんのことなら、荒川さんが阿久津男爵家に来れば全て解決ですよ。桜島はトレジャーハンター以外は男女共に徴兵しませんから。できれば部下の人や信頼できる元航空自衛官なんかも連れてきてくれると嬉しいですね。人手不足なんですよ」


 俺は将来の計画は伏せつつ、荒川さんをスカウトした。


「私が貴族軍に!? それは大変魅力ですが……」


「ご家族と相談しないといけないでしょうし、すぐにとは言いません。是非前向きに検討をお願いします。給与は今より高いのは保証しますよ。帝国通貨で払いますからね」


「…………はい。家族と……話し合ってみます……ちょっとトイレへ……失礼します」


「良いお返事を待ってます」


 俺は顔を青ざめさせ、フラつきながらも席を立つ荒川さんをそう言って送り出した。


 やっぱ日本救済軍を辞めるのは抵抗があるのかな? 日本を裏切ることになるもんな。義理堅い荒川さんのことだ。今教えてる徴兵された者たちや、残された民間人に後ろめたいんだろう。


 けど俺のとこに来てくれれば、家族ともども良い生活ができると思うんだよね。救済軍みたいなブラックじゃないし。毎日温泉に入れるしさ。


 俺は荒川さんがいなくなったので、厨房で手伝っているティナとシーナを呼んで一緒に飲もうと思い席を立つのだった。




 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




 ーー 桜島北旅館 日本救済軍 大尉 荒川 義人 ーー




 私は宴会場をトイレへ行くと言って出た後に、少し酔いを冷ましてくると近くの人に声を掛け旅館の外へと出た。


 そして少し歩いてから探知のスキルで周囲に誰もいないのを確認し、携帯を取り出してザビン・モンドレット準男爵の副官へ電話を掛けた。


「荒川です……」


 《あら? 早いじゃない。もう済んだの? 》


「い、今から宴会が始まるところです。阿久津男爵ももうすぐ現れるとのことです。そのご報告で連絡しました」


 私は男の気持ちの悪い話し方に嫌悪感を抱きつつも、電話を切られないようまだ余裕があるように報告した。


 《そうだったのね。真面目ねぇ。さっさとやって迎えに来てあげてよ》


「つ、妻と娘は無事なのですよね? 基地のあの部屋にいるのですよね? 」


ダンジョンから戻り、妻と娘が子爵軍に連れて行かれたと聞いた時は頭が真っ白になった。その後すぐにこの男から妻たちは基地にいると連絡が来た。その時に電話で妻と話した際は牢屋ではなく普通の部屋にいると言っていたが、一昨日は声しか聞かせてもらえなかった。


 《基地にはもういないわ。女なんていつまでも愛しのザビン様の近くに置いとけないもの。でも安心して。ちゃんと安全なところにいるわ。貴方が使命を果たせばちゃーんと解放してあげるわ。アタシは約束を守る女なのよ》


「なっ!? ど、どこにいるのですか! こ、声を! 妻と娘の声を聞かせてください! 」


 《うるさいわねぇ。横浜よ。奥さんと娘を魚の餌にしたくないのならちゃんとやることね》


「クッ……卑劣な……」


 智佳子……奈々……やはりやるしかないのか……私が阿久津男爵を……


 この渡された強力な毒で阿久津男爵を……私と再会しあれほど喜んでくれている彼を私が……様々な貴重なアイテムを譲ってくれ、私と部下を受け入れてくれるという彼を……


 しかしやらなければ智佳子と娘の奈々が……


 私はどうなってもいい。阿久津男爵に手を掛けたあとに殺されてもいい。


しかし恐らく部下たちは残された男爵の配下の者に殺されるだろう。智佳子と奈々も復讐の対象になるかもしれない。阿久津男爵はあの獣人や元ニートたちに異常なほどに慕われている。それは彼らの目を見ればわかる。


 特になぜか中庭や屋根の上にいるダークエルフたち。彼らが遠くから私を見ているのを感じる。あの忍びのような姿は男爵がさせているのだろうか? 確かに忍者のようでまったく隙がない。しかも恐らく私より強い。戦えば確実に負けるだろう。


 《あらやだ卑劣だなんて酷いわ。勘違いしないでよね。貴方が今そうなっているのはアクツのせいよ。あの下等種が力を付け、それで調子に乗って子爵様に恥をかかせるからいけないのよ。貴方のように下等種らしく従順であれば、子爵様も暗殺しろなんて言わなかったでしょうね。ああ、あとは自分の命惜しさに貴方とアクツの関係をバラした、ニホン総督府の人たちのせいでもあるわね。アタシたちには有益なことだったけど。アッハハハ! 》


「そ、総督府が!? 」


 まさかそんな……あれだけ国に尽くしてきたというのに……日本の復興のために魔物と戦ってきたというのに……その私を売るとは……


 私はいったい何のために戦ってきたというのだ?


 私が日本のためにしてきたことへの仕打ちがこれなのか?


 あんまりではないか……これではあんまりではないか……


 《あー面白い! 今まで尽くしてきたのにねえ? わかるわ。ザバス様に捨てられたらきっとそんな気持ちになると思うもの。アタシは捨てられることはないけどね。でもかわいそうだから、もしも貴方が死んでも家族は解放してあげるわ。だからしっかりおやんなさい。いい? 上級ダンジョンをいくつも攻略するような相手には、毒を塗ったナイフでは弾かれる可能性があるわ。だからちゃんと毒を飲ませるのよ? そして飲ませたあとはアクツの動きを封じて、ポーションを飲むのを遅らせるの。そうすれば確実に殺れるわ》


「わかり……ました……」


 私はそう返事を絞り出し電話を切った。


 そして左手首に巻いたバンドに忍ばせている、無味無臭だという毒の入ったカプセルを右手で確認し宴会場へと歩き出した。



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