第32話 再会
8月に入りあちこちでセミの鳴き声が響き渡る頃。
ここ桜島では午後から慰霊祭を行うこととなった。
そしてその慰霊祭の主役ともいうべき人たちを、俺と三田たちは港で出迎えた。
「荒川隊長! お久しぶりです! 」
「「「荒川隊長! 」」」
俺と三田も田辺や鈴木もフェリーが港に着くやいなや駆け寄り、船から出てきた元陸上自衛隊の中隊長である荒川隊長へと挨拶をした。
「阿久津さん、いえ阿久津男爵。お久しぶりです。私たちの都合がつかず、慰霊祭を延期させてしまい申し訳ありませんでした。三田君たちも元気そうで何よりです。しかし本当に腕や足が元に戻ってるとは……驚きましたよ」
荒川さんは俺に頭を下げたのちに、三田たちの四肢が元に戻ってることに驚いていた。
三田たちのことは電話で伝えたけど、やっぱり自分の目で見るのと聞くのとではインパクトが違うみたいだ。
「いえ、徴兵制が実施されたんです。現場の人たちは大変だったと思います。こうして来ていただけただけでも嬉しいです。ほかの方々もお元気そうでなによりです。遠いところお越しくださりありがとうございます」
俺は荒川さんに気にしないで欲しいと言ったあとに、後ろに控える30名の元隊員の人たちと、古代ダンジョンで亡くなった隊員の遺族である200名ほどの人に頭を下げてお礼を言った。
隊員たちも遺族の人たちもとんでもないと、慰霊祭を行なってくれるうえに旅費から何から全て負担していただいて申し訳ないと逆に皆が頭を下げて応えてくれた。
「それにしてもあの時の青年が……見違えました。前総理大臣の一件が無ければ、この桜島の総督となった日本人があの時の青年だとは到底信じられなかったです」
「なんとか生き残ることができました。それも荒川隊長始め、あの時に俺たちを守ってくれた自衛隊の方々のおかげです」
荒川さんと会うのはあの時以来だから2年10ヶ月振りになる。ここからは遠い東京の官舎に家族と暮らしていることと、うちと日本総督との関係が微妙なこと。それに徴兵制の実施により、新兵の訓練に忙殺されていたこともあり会うことはできなかった。
それにしても荒川さんの顔色が悪い。目の下のクマも酷い。ほかの隊員たちも皆疲れた顔をしている。新兵の訓練と魔石ノルマなどで休みがないと言ってたからな。今日は慰霊祭が終わったら、温泉に入ってゆっくりしていって欲しいものだ。
「私はあの時いた150名の阿久津さんのお仲間をほとんど帰すことができませんでした。そして部下たちも半数以上失った無能な指揮官です。ですがそう言っていただけると幾分か救われます」
「荒川隊長が無能なんてとんでもないです! 」
「そうです! 俺たちや先輩が生き残りました! 」
「自分もあの時歩けないのにおぶってもらって、貴重なポーションまで使ってもらって生き残ることができました。荒川隊長と隊員の皆さんのおかげです! 」
「荒川隊長。この島には帝国の奴隷だった者たちが3万人います。帝国本土には1000万人です。俺はこの人たちを奴隷という身分から救いました。荒川隊長の中隊にあの時救われた俺が救ったんです。これは荒川隊長たちが救ったのと同じです。そう思ってはくれませんか? 」
あの時、ヴェラキラプトルに囲まれたあの広場で、自衛隊の人たちが身体を張ってヴェラキラプトルを抑えていてくれなかったら俺はあそこで死んでいたかもしない。だから俺が救った人たちは荒川さんたちが救ったことにもなる。貴方たちが救った人間が多くの人を救ったのだと、そう思って欲しい。
「1000万人……阿久津男爵……ありがとうございます……死んでいった部下たちにも聞かせてやろうと思います」
荒川さんはやつれた顔に少しだけ笑みを浮かべそう言った。
俺は慰霊祭の時間まで少し早いけど昼食を食べてもらおうと、荒川さんたちをこの日のために用意した港近くの会場に案内した。そこには朝から用意したたくさんの料理や、お菓子にジュースなどが並べられていた。
隊員の遺族の子供たちは、昔ほど手に入れることが難しくなった数々のお菓子に目を輝かせ、荒川さんや隊員たちも見たこともないような料理の数々に生唾を飲み込んでいるように見えた。
「ここの肉は全て飛竜やバジリスクに地竜の肉です。精力もつきますしアンチエイジング効果もあります。たくさん食べていってください。帰る際はお土産に冷凍した肉もお渡ししますので、ご近所の方にもお裾分けしてあげてくださいね」
「りゅ、竜の肉ですか!? しかも中級ダンジョンのボスと上級ダンジョン以上にいると言われているバジリスクに地竜……このような高級な肉をこれほど……」
《た、隊長……夢じゃないですよね》
《軍にいたら一生食えないぞこれ……》
《竜肉は民間でも鹿児島市の店か、一部の富豪しか手に入れられないって聞いたぞ? 》
三井の親父さんの店にはバジリスクや地竜を少し卸してるけど、九州の各県に卸してるのは飛竜止まりだから権力者も食べたことないと思うけどね。
「さあ、料理が冷めてしまいます。皆さんゆっくり食べていってください。何かリクエストがあったらあそこのメイド服を着ている猫耳や狐耳の女の子たちに言ってくださいね」
《け、ケモミミだ……俺軍を辞めてここで働きたい……》
《お、俺も……》
俺が席に座るよう勧めると隊員も遺族の方たちも嬉しそうに席についた。
隊員たちは獣人の女の子に目がハートになっている。
兵員不足なんだ。移住はいくらでも歓迎しますよ。今回は隊長を引き抜くのも目的だしね。全力でおもてなしをさせてもらうさ。
そう、俺は今回慰霊祭を行うことと、指揮能力が高くて責任感も強い荒川さんを引き抜くことを計画していた。
俺に指揮能力が無いのは演習で身に染みたからな。ならば信頼できる優秀な人材を引っ張ってくればいいというわけだ。九州にも元自衛官はたくさんいるが、接点がないからな。それに心から信頼できるのは、いくら職務とはいえあの時命を懸けて俺たちを守ってくれたここにいる人たちだけだ。なんとか隊長とセットで引き抜きたい。
「阿久津男爵。数々の貴重なアイテムを頂いただけでももらい過ぎだというのに、ここまで歓迎してもらい感謝のしようもありません」
「いいんです。さあ隊長も席について食べてください」
俺はかしこまる荒川さんにそう言って席に着かせた。
荒川さんにはお礼として4等級の護りの指輪を1つと、体力と怪我を自動回復する4等級の祝福の指輪を1つと5等級を5つ。3等級のポーションを5本に4等級のポーションを20本贈った。どれもうちの総督府の紋章を彫ってあるから、上官や政治家に取られることはないはずだ。
日本救済軍はダンジョンでアイテムを取得しても、良い物は総督府に持っていかれるみたいだしな。恐らく子爵へ渡してるんだろう。現場の人間は使い捨てというわけだ。
前に荒川さんが祝福の指輪を怪我をした者たちにその都度はめることにより、生存率が劇的に上がったと電話で感謝してくれてた。役に立って良かったと思った。今日は兵士用のマジックテントを帰りに渡そうと思う。きっと喜んでくれるはずだ。
それから荒川さんたちが食事が終わるのを待ち、ティナとリズとシーナを紹介したのちに九州で有名な高僧を連れダンジョン前の広場まで高速飛空艇に乗りやってきた。隊員たちは血涙を流して羨ましがっていたよ。
俺はそれとなくこの島にはエルフがたくさんいて、彼女たちの美的感覚は俺たちとは少し違うと教えてやった。俺がイケメンらしいってね。そしたら全員が嘘だろって、愕然とした顔をしたから殴りそうになったよ。失礼な人たちだ。
そんな俺の横を子供たちは初めて乗る飛空艇にはしゃいで駆け回ってたりと、短い飛行時間なのにずいぶんと賑やかだった。
ちなみにジャンボなど民間機は、各自治領内のみ飛行が許されている。ほかの貴族の管理する領地には行けない。そんなことをしたらヴェルムに撃ち落とされると思う。世界中の空を自由に移動できるのは飛空艇だけだ。
空は帝国のものだけど海に制限は無い。軍艦や潜水艦は全て帝国により破棄されているが、民間船は貿易などのために残されており人の移動も自由だ。そうは言っても飛行機に比べたら遥かに移動時間が掛かる。そのおかげで世界は以前より遥かに広くなった。船じゃ日本アメリカ間なんて1ヶ月近くも掛かるしな。
今のところ以前同様移動できる地球人は、飛空艇を持っている俺だけだ。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
広場に着陸すると、先に来ていた1300人の元ニートたちが待っており、ダンジョンの管理棟からは帝国の兵士たちが出てきて俺に敬礼をした。
それを見た荒川さんたちはかなり驚いていた。男爵って言ってたのにな。実際に帝国兵士が従っているのを見てやっと実感したのかね? まあ男爵になる以前から従わせてたけど。それは言う必要がないか。
そしてダンジョンに続く坂道の横に建てた、慰霊碑に被さっている幌を外して皆にお披露目した。
この慰霊碑は春にはもう建て終わっていたんだけど、この日のために汚れないようずっと幌を被せていたんだ。俺もこの黒曜石でできた慰霊碑を改めて眺めていた。
慰霊碑にはあの時このダンジョンで命を落とした、202名の名前が彫られている。その中には当然馬場さんや浜田たちの名前もある。
「馬場さん、浜田にみんな。遅くなってごめんな。超有名なお坊さんを呼んだからさ、安らかに眠ってくれ」
俺はかつての仲間たちの名前が彫られた場所を手でなぞり、後ろでかつての仲間と家族の名前を確認したい人たちに場所を譲った。
それからは慰霊碑の前ですすり泣く声があちこちから聞こえてきた。俺はお坊さんを4つ建てた大型の天幕の一つへ案内し、皆が落ち着くまで待ってもらった。
それから30分ほどして遺族の方たちを天幕の下の席に誘導し、俺は天幕の屋根があるとはいえ暑いので氷河期で周囲を氷で包んでから慰霊祭を始めることにした。
遺族の方たちと子供たちは初めて見るスキルに唖然とした顔をし、荒川さんたちもスキルを使えるが故にその威力に驚愕の表情を浮かべていた。元ニートたちは苦笑いをしていたけどね。便利なスキルを使えるなら使うさ。暑いし。
慰霊祭では最初は俺が挨拶をし、次に三田があの日戦った自衛隊の方たちの勇姿の話と、彼らによって救われたことへの感謝を述べた。
そしてお坊さんのお経が始まり、その間に献花を参列者が順番に行なって慰霊祭を終えた。
慰霊祭を終えてからはお坊さんを飛空艇で送るように軍の者に言い、荒川さんと遺族の人たちを島の北と東にある温泉旅館へとそれぞれ案内した。旅館はだいぶ前から準備してあったからな。完璧なおもてなしができると思う。
島のみんなも俺の恩人が来ると知って、みんな張り切って準備してくれたんだ。本当にいい人たちばかりなんだよな。
ふう……やっと馬場さんたちを送りだせた。
みんなが眠るあのダンジョンは俺が守るから。
帝国人の奴らが慰霊碑を傷付けようとしたら、全員そっちに送るからその時は可愛がってやってくれ。
ずっと近くにいるからさ。
だからこの島のみんなを守ってやってくれよな。
それから俺は夜の大宴会の時間までティナたちと風呂にでも入ろうと、恋人たちを連れて家へと戻ったのだった。
この時の俺は荒川さんたちにすっかり心を許していた。
しかしこのあと、俺は話に聞いていた貴族の卑劣さを自らが経験することになるのだった。
そしてこの日から俺は、帝国の全ての貴族に恐れられる存在となっていくのだった。
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