第35話 宣戦布告




「クソが! そういうことかよ! 外道どもが! 」


「な、何事ですかこれは……あっ! アクツさん! 血が! 」


「オリビア、大丈夫だ俺の血じゃない」


 俺は今到着したんだろう。宴会場の入口で血だらけの隊長と俺の姿を見て、血相を変えて駆け寄ってくるオリビアに怪我がないことを伝え安心させた。


「あ……ああ……よかった……でもいったい何が……」


「モンドレットが荒川隊長の家族を人質にして暗殺させようとした。でも隊長は自ら命を絶とうとしたんだ。それをなんとか食い止めたところだ」


「なっ!? モンドレット子爵がアクツさんを!? 」


「ああ……ほぼ間違いないだろう。荒川隊長。死のうとしても無駄です。俺はラージヒールを使えます。それにポーションも山ほどあります。死ねませんよ」


「わ、私は死なねばならないのです……横須賀の子爵軍に妻と娘が……私が死ねば解放されるんです。ですから死なせてください……お願いします」


「隊長……隊長は帝国の貴族の卑劣さを知らなさ過ぎます。知っている俺でさえこうして意表を突かれたんです。オリビア、ティナ。貴族を暗殺するためにとった人質はどうなる? 」


 俺は情報局として多くの情報を知るオリビアと、高位貴族の側でそのやり方を見てきたティナに問いかけた。


「……暗殺が失敗したら生きてはいないでしょう。暗殺が成功しても、次の暗殺をさせるために解放されることはありません」


「そうね……オリビアの言うとおりよ」


 オリビアとティナは沈鬱な表情で俺の質問にそう答えた。


「そ……そんな……」


「貴族の俺が言うのもなんですけど、帝国の貴族はクズだらけですよ。隊長が死んだって奥さんと娘さんは助かりません」


 俺は荒川さんに死んで欲しくなくて、死ぬのは無駄だと諭した。


「……私は……くっ……私はなにも……うぐっ……守れないと……ぐうぅぅ……智佳子……奈々……すまん……父さんは……無力だ……」


「すみません荒川さん。俺のせいです。モンドレットは俺と戦争をしたがってました。その口実が欲しかったんだと思います。巻き込んでしまった奥さんと娘さんは俺が助けます」


「つ、妻と娘を? しかし横浜にいるとしか……」


「ちょっとアテがあるんです。少し待っててください。オリビア、フォースターに連絡してくれ」


「は、はい! 」


 フォースターとの窓口になっているオリビアは、俺の指示通り魔導携帯でフォースターへと電話を掛けた。


 オリビアが窓口になってるのは、俺と直接話したりするとフォースターが俺と内通していることがバレる可能性があるからだ。


「繋がりました」


「ありがとう。フォースター、阿久津だ」


 《アクツ男爵、しばらくぶりだな。少々気になることがあったのでな。伝えておこうかと先ほど連絡した》


「救済軍の隊員が家族を人質に取られ、俺を暗殺するように指示を受けたことか? 」


 《なっ!? 救済軍が!? まさかそのためだったのか!? 》


「その様子じゃ知らなかったみたいだな。だが人質のことは何か知ってるな? 」


 《ああ。これで繋がった。横浜の埠頭倉庫の2階にある事務室のようなところに、救済軍の官舎から拐われた母娘と思われる女性2人が監禁されている。当初は横須賀の基地に軟禁されていたのだが、今朝になって移動したことで何かあると思い私の手の者が後をつけていたのだ。しかしまさか男爵を暗殺するためだったとは……》


 さすがフォースターだ。本部を離れても情報収集は怠っていなかったようだ。


「たった今、その命令を受けた者が自害しようとしていたところだ。死ねば家族が解放されると言われてな」


 《まさか! そこに救済軍の者がいるのか!? 》


「今日は慰霊祭だったから俺が呼んだんだ。総督府の奴らがモンドレットに情報を売ったんだろうな」


 《なるほど……愚かな……しかし暗殺に失敗して人質を解放など……》


「貴族を知らないんだ。日本は平和だったからな。日本人は悪意に弱いんだよ。それでフォースター。お前にやってもらいたいことがある」


 《……人質の場所なら教える》


「残念ながら俺が今から向かっても間に合いそうもない。俺が到着するまでに恐らく暗殺に失敗したことが発覚し人質は殺されるだろう。だからお前に救出をしてもらいたい」


 ゲートキーで行けるのは横須賀の基地だ。そこから横浜まで向かっても間に合わないかもしれない。なにより飛べば目立つ。俺の存在が知られれば暗殺失敗が露呈し人質は殺されるし、子爵軍もこの島に向かって出撃するだろう。そうなると俺が飛空戦艦を墜としても地上に被害が出る。


 そういったリスクを考えれば、フォースターの配下の者にやらせた方がいい。


 モンドレットが無力な地球人の女子供に人数を割いているとも思えないから、そこまで難しくはないだろう。


 《そ、それは……私に子爵の兵を殺せというのか? それはできん。表立って裏切れば私の家はほかの貴族家に潰される。私ができるのは情報を流すことだけだ》


「フォースター。俺は恩人を利用されてブチ切れてんだ。これからモンドレットがどうなるかわかるよな? お前はそのあとどうすんだ? 帝国に戻って居場所があんのか? それともまた糞みたいな貴族の下について俺と敵対してみるか? どうせ滅ぶ家だ。モンドレットより俺についた方がいいんじゃねえか? 俺ならお前と一族の身の安全と、お前を領地持ちの貴族にしてやることができるぞ? 」


 《なっ!? わ、私を……準男爵の私を領地持ちに!? 》


「ああ、してやる。貴族の戦争のルールを知ってんだろ? 勝った方は負けた奴の全てを奪えるんだ。もちろん領地もだ」


 帝国は無駄に貴族が多い。当然領地無しの貴族が多数いる。そんな貴族たちにとって領地を持つことは一族の夢だ。それがどんなに小領だとしても、領地を持っていない貴族と持っている貴族では天地の差があるらしい。俺はモンドレットを倒して得る領地の一部をフォースターへの餌として使う。


 《し、しかし貴族間の戦争は降伏すればほとんどが金銭の賠償で収まる……大貴族同士でも一部領地の割譲で話がつく。それが長年の慣習であり……》


「俺はなりたての貴族だからそんな慣習なんか関係ねえな。そもそも降伏なんて受け入れるつもりはない。子爵家は滅ぶ。味方する貴族がいるならまとめて滅ぼす。フォースター、お前気付いてんだろ? 俺が【魔】の古代ダンジョンを攻略し、世界を手に入れるほどのスキルを持っていることに。よく聞けフォースター。俺はそのスキルを使ってコビールもその軍も、帝都防衛軍も十二神将も全部ぶっ潰した! 俺が悪魔だ! フォースター! 俺に従え! 従うならお前に領地でも爵位でもその両方でもくれてやる! モンドレットを捨てて俺の配下になれ!」


 俺に貴族の慣習なんてものは通用しない。降伏だ? そんなヌルイ戦争なんか最初からするつもりはさらさらねえんだよ。俺は臆病だ。だから二度と木っ端貴族が手を出してこないように徹底的にやる。でなきゃ今のうちの戦力じゃ大切なもんを守れねえんだ。


 フォースターは頭が回る。一族の保身のことに関してなら尚更だ。ならより安全な場所を提供すればいい。コイツは自分よりも一族を優先する。領地も一族が安心して過ごせる場所を用意してやればいい。


 人手不足なんだ。帝国人でもなんでも使いこなしてみせるさ。


 《や、やはりあの悪魔は…………フ……フフフフ……いいでしょう貴方に賭けましょう。子爵を失えば私一人では一族を養うことは難しい……ならばアクツ男爵様に我が一族を委ねましょう》


「賭けにならねえよ。勝つことが決まってるからな。フォースター、最初の命令だ。荒川隊長の妻と子を何がなんでも救出しろ。生きてさえいればいい。俺がラージヒールで全部元に戻してやる」


 《ラージヒールまで……ハッ! 必ずや救出いたします! それでは私も現場に向かいます。合流場所は横須賀でよろしいでしょうか? 》


「ああ、帝国人のいなくなった横須賀で待ってる」


 俺はフォースターの少し興奮したような声に手応えを感じ電話を切った。


フォースターなら上手くやってくれるはずだ。


 電話を切り周囲を見渡すと、一連の話を聞いていたオリビアやティナにライガンたちが驚いた顔をしていた。


 まあ俺が帝国貴族を懐に入れるとは思ってなかったんだろうな。確かに少し危ないが監視は付けるさ。


「荒川隊長。聞いての通りです。奥さんと娘さんが監禁されている場所を知っている、モンドレットの配下の者をこっちに寝返らせました。監禁場所にいる子爵軍を監視している者が救出することになってます。隊長が死ななくても助かる手立てがあるんです」


 俺はライガンとケイトに取り押さえられたままこちらを向き、驚きつつも希望を宿した目をしている荒川さんにそう語りかけた。


「ほ、本当に子爵の配下の者が裏切りを? 私の妻と娘を助けに? 」


「貴族ってのは保身のためならなんでもやる生き物なんですよ。日本総督府のようにね。ですがフォースターは自分の保身よりも、家の保身を選ぶ男です。俺はそういう奴は信用できると思っています。俺が強いままでいるのが条件ですけどね。なので今回は大丈夫です。奥さんと娘さんを迎えに行きましょう」


 一族の繁栄さえ約束すればアイツは裏切らない。俺の力を見せれば尚のことだ。


「わ……私のために帝国の貴族を懐に……私はついさっきまで阿久津男爵を殺そうと……そんな私のために……」


「荒川隊長。あんな程度の毒じゃ俺は死にませんよ。いいとこ賞味期限切れの食い物を食って腹を壊す程度です。俺は隊長より耐久力が高いんです。だいたい隊長は俺に毒を飲まさなかった。ただの自殺未遂ですよ」


「で、ですが……」


「何もなかったんです。隊員の方たちもそうですよね? 」


 《あ、ああ……何もなかった》


 《隊長が自殺未遂しただけだな……俺たちの隊長が……》


 《そうだな……子爵の野郎……家族に手を出しやがった》


「そういうことです。これでこの話はおしまいです。レオン、もういいぞ。それとオリビア」


 俺は動揺から一変して怒りに震える隊員たちを尻目に、荒川さんを取り押さえているレオンに解放するように言い、隣にいるオリビアに声を掛けた。


「は、はい! 」


「阿久津男爵家はモンドレット子爵家に宣戦布告する。1時間後に貴族院とモンドレット子爵家に告知してくれ」


 俺は正式な戦争にするべく宣戦布告の告知をオリビアに頼んだ。


「わ、わかりました」


「リズ! シーナを連れてギルド員に緊急召集を掛けてくれ。ダンジョンアタックしている者以外で、Dランク以上の者は全員参加だ。佐世保と別府の寮にも高速飛空艇を飛ばしてくれ。レオンとケイトはリズの補佐をしろ」


「わかった! すぐに召集する! 」


「おうっ! 貴族との戦争だな! こりゃ楽しくなりそうだぜ! 」


「ウォルター! 」


 俺はリズとシーナと一緒に駆け足で宴会場を出て行くレオン夫妻を見送り、入口付近で飲んでいた旗艦艦長の狼人族の男の名を呼んだ。


「は、はい! ここに! 」


「全艦出撃準備だ。ただし、今から1時間は明かりを消して静かに出航準備をしろ! 目的地は横須賀にある子爵軍基地だ」


 衛星からこっちを監視しているかもしれないから、明かりはつけられない。人質の救出にはもう少し掛かるだろうしな。


「はっ! 無灯火出航準備を実施します! 」


「よしっ! すぐに行け! 」


「はっ! 」


「ヤンヘル! いるんだろ? 」


 俺は天井を見上げてそう言った。


 ガタッ


 シャッ!


「ハッ! ここに! 」


 俺が名を呼ぶと天井の板が外れ、黒い忍装束姿のヤンヘルが降りてきて俺の前に片膝をついた。


 そしてそれと同時に通路がある方向の襖が開き、中庭に忍装束を纏ったダークエルフ数十名ほどがヤンヘルと同じく片膝をついて控えているのが見えた。そこにはいつの間にか田辺の側にいたはずのセシアもいた。


 田辺は恋人が厨二病を患っているのを目の当たりにして複雑な表情だ。


ティナと仲居さんたちは、天井から落ちてくる埃が料理に降り注いでいるのを見て眉をひそめている。


 ヤンヘルは髪も服も埃まみれだが、本人の口もとは薄っすらと笑っておりどこか満足げだ。


 ずっと呼ばれるのを待っていたんだろう。俺は色々言いたい言葉を呑み込み、ヤンヘルへと指示をした。


「……数名に島の警備隊を率いらせ非戦闘員の獣人の住民をダンジョン内に、その他の住民は霧島市と鹿児島市が用意してくれた避難施設へとギルド員召集用の高速飛空艇を使い避難させろ。残りのギルド警察隊は俺とともに来い」


「御意! 御庭番衆として主君をお護りいたします! 」


「……三田たちは元ニートたちをまとめてくれ。 ニート軍としてそれぞれが中隊を率いて参戦しろ。俺たちの恩人に手を出した奴らに地獄を見せてやれ! 」


「はい! 任せてください! 」


「恩人に手を出したことを後悔させてやりますよ! 」


「自分もこれほど怒りを覚えたことはありません。必ずこの落とし前はつけさせます」


「ティナ! あとの指揮は任せる。遺族の方たちを鹿児島市に移動させ、荒川隊長と隊員の皆と飛空戦艦旗艦に乗りリズたちと一緒に横須賀に来てくれ。俺は先に行っている! 」


「わかったわ。コウ、気を付けて。愛してる」


「俺もさ。行くぞ! 」


「「「はっ! 」」」


 俺はヤンヘルたちを連れて旅館を出て、ライガンたち獣人のギルド警察隊が到着するのを待った。


 周囲では皆が静かに、しかし駆け足でそれぞれの持ち場へと移動を始めていた。



 そして30分後。ライガンたちがトラックで到着したのを確認し、俺はゲートキーを取り出し横須賀へとゲートを繋いだ。


 まずはモンドレット子爵軍の本隊である横須賀基地を潰すために。



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