第29話 借金返済

 



 5月も終わりに近づいた頃。


 俺とティナが朝から総督府の執務室で8月に開催予定の慰霊祭の段取りを相談していると、頬を膨らませたシーナが部屋へと入ってきた。


「コウさん! もうなんとかしてくださいですぅ! またベーンさんたちが今月分の返済をしてないんですぅ! 」


「またか……先月警告したのにいい度胸だな」


 アイツらまた借金の返済を滞らせやがったか……最終警告をしたのに舐められたもんだな。


「呆れた。先月あれだけ警告したのにまだダンジョンに入らないなんて……コウを怒らせるなんて馬鹿な子たちね。きっとコウが優しくてこの島は居心地が良いから調子に乗ってるのよ」


 ティナが俺の横でもう知らないとばかりに肩をすくめてそう言った。


「体調が悪いってダンジョンに潜らずに、毎日賭け事をして飲み歩いてるそうなんですぅ。サイモスさんなんて衣料品店で働く同郷の子の家に入り浸ってるんですぅ。ヒモですぅ!」


「わかった。ネギルの件もあるし、俺がなんとかするよ。奴らのことは俺が引き継ぐから、シーナはギルドの受付の取りまとめと経理を引き続き頼むよ。いつもありがとうな」


 俺は執務室の入口で怒っていたシーナのところに歩み寄り、シーナの頭を撫でて感謝の言葉を口にした。

 荒くれ者が多いギルド員の応対をする受付は大変だ。ギルドの貢献度レースによる豪華景品を狙ってるパーティなどは、査定額に文句を言う奴らが多いしな。


 そんな毎日が戦場のようなギルドの受付に、俺の恋人であるシーナが常駐しているのはギルドで働く職員にとってありがたいらしい。恐らく前にシーナに舐めた態度を取った奴がいて、たまたまギルドマスター室にいた俺がそいつを古代ダンジョンに放り込んだのが効いているんだと思う。


 ギルドにはギルド警察の者も常駐しているが、彼らは基本的にクレームなんかには対応しない。ギルド員が暴れた時に動くだけだ。必要以上にギルド員たちからヘイトを集めないように俺がそう命じた。


 サブマスのリズが常にいればいいんだが、あの子はジッとしてられない子だからギルドを留守にすることが多い。今日も飛空艇の訓練に同席しているしな。リズはいざという時にギルド員たちをまとめてくれるんだけど、平時は猫らしく落ち着きなくあっちこっち出歩いてるんだ。最近はギルドで働く職員からは、シーナがサブマスだと思われてるらしい。経理担当なんだけどな。


「コウさん……わかりましたです。兎はがんばりますです!」


「今後はギルドで貸し出したお金の取り立てはギルド警察にやらせるから、シーナはギルド員が返済できる範囲の資金をどんどん貸し出してやってくれ」


 ギルドでは貸金業も行っている。とは言っても無利息だ。毎月必ず一定額を返済していれば何も問題がない。獣人ほどではないが、エルフもお金を今まで持ったことがないから金遣いが荒い者が多い。これはお金に慣れるまでは仕方ない部分もある。俺としては借金をしてもちゃんと返して、少しずつお金の使い方を覚えていってくれればいいと思っている。


 しかし、中には返済を滞らせる者もいる。返済方法はダンジョンで得た魔石や素材を換金する際に、2割を借金返済分として天引きする仕組みをとっているんだが、当然ダンジョンに潜らなきゃ借金は返済できない。体調不良の場合などは返済を待つが、遊び歩いてダンジョンに潜らない奴の分まで待つ気はない。その中でも酷い者には俺が直接警告をしたんだが、見事に効果が無かったようだ。


「はいですぅ! 督促業務が無くなれば職員の子たちの仕事もだいぶ楽になるですぅ。でも本当に大丈夫なのです? 滞納者は結構いますです」


「大丈夫だよ。明日にはほかの滞納者がみんな率先してダンジョンに潜ると思うよ」


「ほかの人たちもです? あ……兎は察してしまいましたです。ベーンさんたちが羨ましいですぅ」


「ははは、まあ想像の通りだよ」


「ふふふ、シーナ? それより港に鹿児島市からシーナ宛の荷物が届いてるって連絡があったわよ? また何かネットで買ったの? 」


「はいです! この間コウさんにビリビリにしてもらったバニーガールの衣装を、今度は兎とニーナの分を特注で作ってもらいましたです。明日の夜は兎の日なので間に合って良かったですぅ」


「ニーナの分も作ったのか!? 」


 この間バニーガールの衣装を着たシーナと楽しんだ時に、つい激しくしすぎて衣装をダメにしちゃったんだ。作るとは聞いていたけど、まさかニーナの分まで特注で作ったとは……白と青のリアルバニーガールにお酒を運んでもらうのか……イイな。


「バニーガールって、シーナもニーナもそのまんまじゃない……耳も尻尾も自前なんだから、ただのハイレグと網タイツでしょ? コウは網タイツが好きなの? 」


「いや、これはまあ様式美というか、そういうものと言うか……ははは、兎人族限定かな? 」


 兎にバニーガールの格好をさせるのが、あんなに興奮するとは思わなかった。さすが本物だと実感したよ。


「コウさんの興奮具合はいつもより凄かったですぅ。ですから兎の身体に合った物を特注で作りましたです。ニーナは将来のための予行演習ですぅ」


 しかしニーナか……ニーナはおとなしいけど、シーナと同じ才能を持ってるんだよな。俺とシーナの営みを、毎回こっそり覗いてたりしてるしな。シーナがしてるチョーカーをジッと見てたりもしてるし、将来が心配だよ。


「言われてみれば前に女医の格好をした時にコウが喜んでたわね。また着てみようかしら? 」


「ティナには着て欲しいのがあるんだ。用意してあるから今夜頼むよ」


「あら? 何かしら? 楽しみね」


 よしっ! ティナには今夜セーラー服を着てもらおう。セーラー服を着たエルフの転校生設定で楽しめそうだ。


 ならとっととやることやって家に帰らないとな。


「それじゃあちょっと出てくるからティナは残務を頼む。ああそうだ。沖田にフォースターから新しい情報が無いか聞くように言っておいて」


 フォースターが軍司令官から外されて新しい貴族が司令官になったらしいが、日本総督府の奴らはしぶとく生き残ったみたいだからな。恐らく何かあるはずなんだよな。解体された特警みたいな組織ができたとは聞かないし、何か企んでそうなんだよな。


 ちなみに元特警隊員たちは、毎日のように誰かが殺されたとかニュースで流れてる。探索者協会に強制的に入れたあの1500人近くの隊員たちも、この短期間でかなり減った。ダンジョンから未帰還の者が続出だ。

 全国にいる探索者たちの間じゃうちの評判はうなぎ登りらしい。まあ因果応報だな。


「わかったわ。早く帰ってきてね」


「ああ、すぐ終わらせてくるよ」


 俺はそう言ってティナとキスをしてから執務室をシーナと一緒に出て、一階に降りてから魔道携帯を取り出しギルド警察隊長のダークエルフのヤンヘルへと掛けた。


「ヤンヘル、阿久津だけど。ギルドに借金をしていて先月警告したベーンとサイモスたちの件だけど、至急アイツらを古代ダンジョンのとこまで強制連行しきてくれ。飛空艇を出してもいい。それとカジノのオーナーのネギルもギルドへ連れてきてくれ」


 《 御意! 至急連れて参ります! 》


「……頼むよ。それとAランク以上の警察隊員も集めておいてくれ」


 《 御意 》


 俺はヤンヘルの返事を聞いた後に魔導通信を切った。


「シーナ、ダークエルフたちの口調が最近変じゃないか? 」


「ほえ? 変ですか? 」


「ほら、御意とか拙者とか言い出してる奴が最近出てきてさ。調子狂うんだよな」


 ここ2ヶ月くらいで急に様子がおかしくなったんだよな。


「ああ、それはテレビの影響ですぅ。ダークエルフの男の人たちの間で、ニンジャという種族が流行ってるそうなんですぅ。義とか忠義とかで主君のために命を懸けて戦うとかなんとかで、鍛冶屋さんに何か新しい武器も作らせていましたです」


「厨二病かよ……アイツら200歳とかだろ……」


 俺はダークエルフたちがテレビの影響を受けて、忍者になりきってることを知り愕然としていた。

 確かに闇の精霊魔法は隠密行動にぴったりだけどさ、いい歳して忍者ごっこかよ。


「この間なんて100人くらいで鹿児島市へ映画を観に行ってましたです。確か『お忍び旅行』とかいう映画だったです。その時は女性もいましたです」


「忍という字しか合ってない気がするけど……まあいいか、どうせ一過性のものだろ。今は黒歴史を刻ませておいてやるか」


 厨二病から目が覚めた時の、あの悶絶する恥ずかしさは忘れもしない。将来アイツらをイジるネタになると思えばいいか。


 俺は堅物のダークエルフたちも日本の文化に触れて楽しんでるんだなと、そう前向きに考えることにしてシーナと別れ飛翔のスキルで古代ダンジョンへと向かった。


 古代ダンジョンに向かっている最中、島から3隻の飛空艇と1隻の飛空戦艦が飛んでいるのが見えた。俺はみんな練習航行頑張ってるなと、その姿を眺めながらダンジョン前の整地された広場にある警備室へと降り立った。


 警備室には6人の獣人の警備隊員がダンジョンを見張っており、俺が突然やってきたことに驚く彼らに事情を説明し、ヤンヘルたちが来るのを雑談をしながら待っていた。


 そして2時間ほどした頃に、連絡所の前に一隻の飛空艇が着陸した。

 俺が連絡所を出ると、飛空艇の中から20人の黒い革鎧姿のギルド警察隊に囲まれた、8人の獣人たちが降りてきた。獣人たちは一人を除き全員が革鎧と剣を装備しており、かなり怯えているようだった。


 まあCランク程度の奴らが、AランクとSランクの集団に囲まれてダンジョン前に連れてこられたらな。ダンジョンに放り込まれると思ってるんだろう。正解だが。


「ヤンヘルにライガンご苦労様。ん? ナルースも来たのか? 今日は非番だったろ? 」


 俺は非番のはずの女ダークエルフのナルースがいたことに驚き声を掛けた。


「問題ありません。主君の命とあらばいついかなる時も馳せ参じるのが忍ゆえ」


 ナルース……お前もかよ……


俺はこの間まで割と親しみやすい感じだったナルースが、くの一化していたことに軽くショックを受けていた。グレーの長い髪も前は下ろしていたのに、今はきっちりとポニーテールのように後ろで結っている。


「ガハハハ! ダークエルフ達がなんかおかしなことになってやがるが、アクツさんに仕えるからにはこうするべきなんだってよ。俺にはこんな堅っ苦しいしゃべりは無理だけどな」


「ライガン、主君に無礼だぞ。私とナルースほかダークエルフの者たちは、我々の恩人であり忠誠を誓った主君に敬意を持って接しているだけだ」


「ヤンヘル、いいんだ。ライガンたちはそのままでいい。変わらないでくれ」


 俺はライガンの豪快さと、後ろで苦笑いをしているほかの虎獣人や熊獣人たちに向かってそう言った。ヤンヘルとナルースを始め、ほかのダークエルフたちは不満そうだ。もうめんどくさいから触れるのやめとこう。


 俺はライガンとお互いに肩を竦め合い、彼らに囲まれて縮こまっている熊獣人のベーンと狼獣人のサイモスたちほか6人の獣人に声を掛けた。


「さて、ベーンにサイモスにほかの者たちも、何故ここに連れてこられたかわかってるよな? 」


「ボ、ボス……オレは……」


「ボス! すいませんでした! 今月は体調が悪くてダンジョンに行けなかったんです! 」


「お、俺も恋人が精神が不安定で……」


「オレッチもテルミナ大陸に残してきた仲間の葬式で忙しくて……」


「私はなぜここへ呼ばれたのでしょう? 借金などしていないのですが……」


「そうか、お前らも色々事情があったんだな。そうだよな。でなきゃ俺との約束を破るなんてあり得ないもんな」


 俺はこぞって言い訳をするベーンたちの言葉を聞いたのちに、色々事情があったんだろうと理解を示した。

 鼠人族のネギルはスルーだ。コイツは別件だからな。


「そ、そうなんです! 体調も良くなったので来月は必ず返済します! 」


「俺も来月なら! ですからダンジョンに放り込むのだけは! 俺たちはCランクなんです。このダンジョンに入ったら一階層で死ねます! 」


「ボス! もう一度だけチャンスを! 」


「わかってるさ。お前たちには返済する意思がある事は。ただ無理してダンジョンで死なれても嫌だから、今回だけ力を貸してやることにしたんだ。このダンジョンなら半日でお前らの借金をチャラにできるほどの魔石と素材が手に入る。俺とヤンヘルたちが手伝ってやるから、今日で借金をチャラにしちまえ。そして明日からはちゃんと計画を立てて金を使うようにしろ」


「ボス! ほんとですか! ボスとライガンさんたちが手伝ってくれるんですか!? 」


「マジか! そりゃ楽勝だぜ。無敵のボスがいればドラゴンだって倒せる! しかもランクが上がるかもしれねえ! 」


「さすが俺たちのボスだ! 大陸から来て良かった! こんなに俺たちのことを想ってくれているボスに出会えるなんて、俺たちは幸せ者だ! 」


「これはもしかして借金返済どころか、ひと財産作れるんじゃねえか? そうすり当分遊んで暮らせるかも」


「わ、私は関係ないのですが……」


「ああ、ネギルには見学しててもらおうと思ってな。トレジャーハンターたちが戦う姿なんて、非戦闘員のお前にはなかなか見る機会がないだろ? 」


 俺は喜ぶベーンたちを冷めた目で見ながら、1人狼狽えているネギルへとそう言った。


「そ、そういうことでしたか……それならば勉強させてもらいます」


「ああ、勉強してくれ。色々とな。さて、お前らの借金は全員合わせて2千万と少しか……地竜いっとくか? 地竜なら3千万になる。余分に稼いだ分はお前たちにやるぞ? それとも飛竜二頭で借金だけチャラにするか? 」


「「「地竜でお願いします! 」」」


「わかった。それじゃあ階層転移室へ向かうか」


「「「はい! 」」」


 俺はベーンとヤンヘルたちを連れてダンジョンに向かった。すると移動中にライガンが渋い表情を浮かべ話し掛けてきた。


「アクツさんいいのか? 俺たちはこの人数なら地竜くらい構わねえが、ここで甘やかすとアイツらまた同じことするぜ? 」


「ライガン、主君が決めたことに口を出すものではない。主君には深きお考えがあるのだ。我々は地竜を倒せと命じられれば倒すだけだ」


「しかしよう。このことをアイツらが周りに話したら滞納するやつが増えるぜ? 」


 どうやらライガンは、俺が本当にボーナスステージをベーンたちに用意すると思っているようだ。んなわけないだろ。俺は約束を守らないどころか、寄生する気満々のアイツらに怒ってんだ。


「ライガン、俺がそんな甘い男に見えるのか? 俺は何千人もの帝国人を殺してきたんだぞ?」


「あ〜……そういうことか。これはちょっとアイツらに同情するわ」


「そういうことだ」


 ライガンは俺がやろうとしている事を察したのか、後ろで報酬をカジノで倍にしてやるとか言ってはしゃいでいるサイモスたちを憐れむ目で見ていた。


 そしてダンジョンに入り途中現れたヴェロキラプトルはヤンヘルたちに処理をさせ、一階層の階層転移室に辿り着いた。中に入ってからは、中央の魔法陣に全員を乗せヤンヘルに31階層へと転移させた。


 31階層に着くと上の階層に続く階段まで小走りで皆で向かった。もともと階層転移室と上へと続く階段は近いことから5分ほどで階段に辿り着き、俺たちはベーンたちを先頭に階段を上るのだった。


「ボ、ボス! 本当に手伝ってくれるんですよね? 」


「ああ、お前たちが倒すまでサポートしてやるから安心して飛び込んでいけ」


 俺は階段を塞ぐ上の階の床板の手前で、緊張した声で再確認をしてくるベーンにそう答えた。

 ベーンたちの武器は黒鉄と鉄の合金だ。これでは地竜の鱗は貫けない。スキルも身体強化と初級レベルの風弾や火矢くらいしか持ってない。これじゃあ鱗の無い喉か関節を狙うしか戦う術がないから、不安になるのもわかる。


 だから俺は笑顔で答えてやったんだ。ってさ。


 ベーンたちは俺の笑みに安心したのか仲間たちと頷き合い、一気に床板を開けて階段を駆け上がりボス部屋へと飛び出していった。


「うおおおおお! 展開しろ! 」


「やってやる! 一攫千金だあ! 」


「囲め囲め! 」


 《 ヴオオオ! 》


「「ぎゃあぁぁぁ! 」」


「ボス! サイモスたちが! 助けてくれ! 」


「ああ、ヤンヘルにライガン。土の棘から引き抜いてやれ」


 俺はボス部屋に入って早々に、地竜の地面から土の槍を生やすスキルで串刺しにされたサイモスたちを、ヤンヘルたちに救出するように指示をした。


「御意! 」


「おうよっ! こりゃ忙しくなりそうだぜ」


「まだまだ始まったばかりだ。倒すまで戦え! 『ミドルヒール』 」


「ボ、ボス! 手伝ってくれるんじゃなかったのか!? 」


「手伝ってるじゃねえか。お前らが死ぬまで戦えるようにこうやって回復してやってるだろ? 」


「なっ!? お、俺たちに自力で地竜と戦えってのか! 」


「最初からそのつもりだったが? 楽勝なんだろ? 早く倒せよ」


「そ、そんな! 騙された! ボスは俺たちを殺す気だ! 」


「そんな! 獣人の恩人のボスがなんでこんなっ! ぐっ……がああぁぁ! 」


「『ミドルヒール』 騙されただ? それはこっちのセリフだ! テメエら先月に俺になんて言った! 必ず来月はダンジョンに潜って返済しますって言っただろうが! それを遊び呆けてやがって! お前ら俺を舐めすぎだ! ここでその代償を地獄を味わうことで払いやがれ! 」


 俺は頭がお花畑のベーンたちにそう怒鳴りつけ、ヤンヘルたちにベーンたちが即死しないようサポートするように命じた。ヤンヘルとライガンたちはSランクとAランクだ。地竜とも俺の特別特訓で何度も戦っている。攻撃を避ける事くらい造作ない。護りの指輪も4等級を全員が嵌めているし、万が一の時も怪我をすることはないだろう。


「そ、そんな……ボス! 助けてください! 二度と滞納しませんから! ボス! うわっ! ぐっ…… 」


「ボス! 助け……腕が喰われ……」


「『ラージヒール』 大丈夫だ!死にさえしなければ、腕だろうが内臓だろうがすぐに復活させてやる! 戦え! テメエらが遊ぶために借りた金の重みをその身を持って知れ! 借金を返済するのは楽じゃねえんだよ! 」


 俺は地竜に腕を引き千切られ倒れている犬獣人を即座に回復させ、どれだけ重傷を負おうとも回復してやるから安心して戦うように告げた。


 俺の言葉を聞いたベーンたちは顔を青ざめさせ、必死に地竜から逃げ回ることしかできないでいた。

 しかし逃げてばかりではいつまで経っても地竜は倒せない。そのうち一人、また一人と地竜の大きな角の突進を受けて串刺しにされ、空中に複数現れた土槍に足や腹を貫かれていった。その都度ヤンヘルとライガンが地竜を牽制してベーンたちを救出し、俺が回復させていった。


『ミドルヒール』 『ラージヒール』 『ミドルヒール』


「も、もう勘弁してくれ! 痛い! 苦しい! ボス! ボスーー ! 」


「あ、悪魔だ……俺たちのボスは……悪魔だ……」


「腸が……ぐっ……俺の腸が……」


「あわわわ……あ、アクツさん……皆死んでしまいます」


「死なせはしないさ。そのために20人も高ランクの者を連れてきたんだ」


 俺は隣でずっと震えているネギルへとそう返した。


「し、しかしベーンたちでは倒すのは無理です。彼らも反省していると思います。もうこの辺で許してやっては……」


「なんだ? ベーンたちに貸した金が返って来なくなるのが心配か? 」


「なっ!? なにを……私は金貸しなど……」


「全部バレてんだよネギル。カジノを開くのは許可したけど、ギャンブルで負けた奴に金を貸すのは禁止してたはずだよなぁ? しかも結構な金利を取ってるらしいじゃねえか。舐めてんのか? 」


 そう、ネギルは帝国本土で賭博場の奴隷として働いていた経験を生かし、スロットとルーレットとトランプゲームの小さなカジノを開きたいと申し出てきた。桜島には遊戯施設が少ないことから、総督府で出資して作らせてネギルをオーナーにしてやらせていた。それ自体は島民の評判も良く大成功だったが、しかしコイツは禁止した金貸しを始めた。


 最初は常連客の負け分を、ツケのような形を取って支払いを待っていただけだったから目を瞑っていたが、最近では堂々と金貸しを行うようになっていた。そして当然それにより身を崩す者が現れた。中には女房を鹿児島市の風俗店で働かせようとする者もいたことから、俺は明日にもネギルを処罰するつもりでいた。しかしそんなタイミングでベーンたちの件が飛び込んできたので、まとめて今回処罰することにしたわけだ。


「ご、誤解です! 私は負けが込んだ者に頼まれて仕方なくツケという形を……」


「おとといだったか? そのツケを回収するために半端もんを連れて家に押し掛け、女房を風俗店で働かせろと脅したそうじゃねえか。それ以上言い訳するならお前、ここから生きて帰れると思うなよ? 」


「うっ……」


「とりあえずベーンたちが心配みたいだから助けてやれよ。ほら、行けよ」


 俺は地竜が暴れ回る方向へと、青ざめるネギルの尻を蹴飛ばした。


「あ、アクツさん! お許しを! 申し訳ありません! 出来心なんです! もう二度としません! い、命を懸けてお約束します! 本当です! ですから今回だけは! どうか! どうかお目溢しを! 明日から島の皆が楽しめる健全なカジノ運営を行います! 本当です! 」


「……住民に貸した金は全て帳消しにすると公表しろ。そして総督府に白金貨30枚か、日本円で5億の違反金を納めろ。それができなきゃここで地竜と戦って地獄を経験してもらう。ついでに島からもお前は追放だ」


 俺は泣きながら土下座をして詫びるネギルに、免罪の条件を出した。

 もしも誰かが風俗落ちしてたら許すつもりはなかったが、幸いまだそこまで追い込まれた者はいない。狭い島だ。悪さをすればすぐに噂が広まるということも、早期発覚に繋がったんだろう。でもギルド員だけじゃなく、一般の獣人たちにまでコイツは手を出したからな。これが呑めないなら、ベーンたちと同じ目にあわせた挙句にカジノのオーナーから下ろして島から追放する。


「し、白金貨30枚など手元には……」


「借金にしといてやる。毎月ちゃんと払えよ? あとカジノでイカサマしたらまたここに来てもらうからな。健全に運営して金を返せ。借金は無利息にしといてやる。お前と違って良心的だろ? おっと、『ラージヒール』」


 俺はネギルが渋る姿を見つつ、ベーンたちにラージヒールを掛けた。その光景を地に頭を擦り付けながら横目で見ていたらしきネギルの身体がブルッと震えた。


「うっ……アクツさんに……従います……」


「そうか。ならいい。お前の運営手腕は買ってはいるが、今後は警備隊の人間をカジノに置くことにする。欲を出さないことだな。次はないぞ? 」


ネギルは賭博場で長年働いていただけあって客を楽しませるのが上手い。裏の顔を知らない純粋に遊びに来ている住人たちからは評判がいい。コイツは賢い。賢いがゆえにずる賢くもなった。


「……はい。申し訳ありませんでした」


「そろそろ裁判所が必要だな」


 俺は絶えず聞こえてくるベーンたちの叫び声と、目の前で膝をつき力なく項垂れるネギルを見て毎回こんなことをするのも嫌だし裁判所を作ろうかと考えていた。


 統治者の役目とはいえ、こんなことあまり気分の良いものじゃない。島民も島の評判を聞いた帝国本土の獣人たちがどんどんやってきており、今じゃ3万人を超えている。住居の建設も全然追いついていない。まだ1万人近くの人が、体育館とか旧小中学校や工場跡で避難民みたいな生活を送っている。それなのに帝国本土にいるよりは安心だし、住み心地がいいらしい。まあ奴隷では無くなっても差別は無くならないからな。


 当然人が増えれば揉め事も増える。警備隊の人員を増やしてはいるが、各施設ごとに結成された自警団に頼っているのが現状だ。基本善人ばかりの獣人たちだが、鼠や狸に狐人族は力が弱い分、頭が良い種族だ。コイツらの中には、ネギルのように悪知恵を働かせる者も一定数いる。そんな奴らを毎回俺が裁くのは無理がある。


 そろそろ裁判所と留置場を設けなきゃいけないが、いかんせん人材がいないんだよな。帝国法に詳しい奴なんて元奴隷にいるわけがないしな。今はヤンヘルたちに権限を与えて、俺とティナが最終決済をするのが限界だな。


 そんなことを俺はミドルヒールとラージヒールをかけ続けながら考えていた。


「ぎゃあぁぁぁ! もうやだ……やめて……くれ……こんなの倒せねえよ……」


「ボス……助けて……ください……ボス……」


「もう約束を破りませんから……ボス! ボ……ぐあぁぁ! 」


「『ミドルヒール』『ラージヒール』……まあこんなもんでいいかな。『滅魔』! ライガン! トドメを刺せ! 」


 俺は完全に戦意を喪失したベーンたちを見て、そろそろ勘弁してやるかと地竜に滅魔を放ちライガンに仕留めるように指示をした。


「おうよ! ヒヤヒヤしたぜ! オラよっと! 」


「ナルースは宝箱の回収を、ヤンヘルはそいつらを集めろ」


 俺はライガンの黒鉄の大剣の一撃で首を落とされた地竜を横目に、宝箱と倒れているベーンたちの回収をヤンヘルたちに命じた。


「うっ……ううっ……もう嫌だ……もう自分のハラワタなんか見たくねえ……」


「腕が何度も生えてきたんだ……足も……ニョキって……」


「生きてる……俺は……生きてる……」


「さて、残念ながら討伐失敗だ。これだけ万全なサポートがあったにも関わらず、お前たちの借金は完済できなかった。でも俺は優しいからな。来月今までの滞納分を払えなかったらまた連れてきてやるよ。一攫千金が好きなんだろ? 今度は下級竜と戦わせてやる。一頭倒せば白金貨10枚。日本円でだいたい3億円だ。夢があるだろ? 」


「も、もういいです! 払います! 明日からダンジョンに毎日潜ります! 」


「払います……払い……ます……もう喰われるのは嫌だ……」


「どうだかな。1ヶ月後に準備して待ってる。ほかのギルド員たちにも今回のことをよく話しておけ。いいな? 」


「「「は、はい……」」」


「なら帰るぞ。ヤンヘル、先導してくれ」


「御意! 皆の者! 我らで主君の露払いをするぞ! 」


「「「承知! 」」」


「……なんだかなー」


 俺は先頭で展開する7人のダークエルフを見て、コイツら全員が厨二病を発症してんのかとゲンナリとしていた。


 まあ何はともあれお仕置きは終わった。明日には噂がギルド中を駆け巡っていることだろう。全員携帯を持ってるし、SNSのギルド員専用掲示板も投稿が活発だ。ここまでして滞納をする猛者はいないだろう。



 あ〜疲れた。早く帰ってティナと転校生ごっこして癒されよう。


確か島の北にまだ使ってない廃校があったな。そこで黒板の前で机にティナを乗せて……いや、図書室も捨てがたいな……


 しかしほんと嫌な役割だよ。俺は統治なんて面倒なことよりも、恋人たちと毎日イチャイチャしたいだけなのにさ。


 うまくいかないもんだよな。





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