第30話 毒



 ーー テルミナ大陸 カストロ侯爵領 領都 侯爵邸 フェンリー・ モンドレット子爵 ーー




「待たせたなモンドレットよ」


「と、とんでもございません! お忙しい中、私のような者にお会いただけただけで身に余る栄誉でございます」


「フォフォフォ、ロンドメル様の誕生パーティーで約束したからの。それにロンドメル様からも話を聞くように言われておる」


「なんと! ロンドメル公爵様からもですか! 」


 これは侮蔑されながらも根回しをした甲斐があったというものだ。とうとうロンドメル公爵がオズボード公爵を飛び越え俺を寄子にする事を認めてくれたか。


「うむ。子爵とオズボード公爵との確執は聞いておる。側室とはいえ妻を奪われれば、寄子になりたくない気持ちもわかるでの。あの好色のオズボードは相変わらずじゃの」


「そ、それは……もう50年も前のことですので……私はロンドメル公爵様こそが、次代の皇帝になるに相応しいと思い身を寄せたまでです」


 チッ……知っていたか。当時俺の寄親だったコビール侯爵の、さらに寄親だったオズボードの野郎が俺の妻を奪っていきやがった。6人いる側室の一人だったとはいえ、それなりに可愛がっていた女だ。それを奪った奴の下につくなど冗談ではない。


「これこれ、滅多なことを言うでない。我々はデルミナ神の加護を得た陛下へ忠誠を誓う臣下じゃ。陛下がお倒れになった後のことを口にするなど、マルス公爵辺りに聞かれれば大変なことになる。口には気を付けよ」


「ハッ! も、申し訳ございません」


 よく言う。ロンドメル公爵の配下の者はあちこちで公言しているではないか。ロンドメル公爵ですら野心を隠そうともしていない。それにロシアでは陛下に隠れて新兵器を開発しているとも聞く。陛下に何かがあった時に、デルミナ様の神託がなんであれ武力蜂起するのは目に見えている。


 ロンドメル公爵が加護を得ればそれで良し。得なければ得た者が帝国をまとめる前に討つ。それを繰り返せば公爵がいずれ加護を得る。これは噂だが、過去にもロンドメル公爵の先祖が同じ手を使い、陛下の先祖を討ったと聞く。それを再びやるつもりなのだろう。


「まったく、ロンドメル様の周りには思慮の浅い者ばかりが集まるのう。して、寄子になりたいとのことじゃったのう? 伯爵辺りの寄子に収まるのは嫌か? 」


「と、とんでもございません! ただ、私はロンドメル様のお近くで働きたいと思っておりまして……この武のモンドレット家の力を是非にお使いいただきたく」


 武力の無いコビールの下に付いてロクな目にあわなかった。もう弱い奴の下に付き振り回されるなどご免だ。つくならより強い者の下に付かねばならん。そのためにロンドメル公爵配下の伯爵どもに嫌味を言われつつも、公爵の義父であり頭脳と言われるカストロ侯爵との面会にまで辿り着いたのだ。今日このチャンスをモノにできるかどうかで、我が子爵家の命運が決まる。


「武のモンドレットか……確かにそなたの父は上級ダンジョンを攻略した猛者であった。当時はコビールがあちこちに自慢しておった。しかしそなたが家督を譲り受けてからはまだ実績がのう……元帝国軍少佐のフォースターなど優秀な配下がいるとはいえ、同じニホン領のアクツ新男爵の方が目立つでのう」


「グッ……そ、それは……」


 どいつもこいつも俺とあの下等種を比べやがって! 奴は帝国人ではなくこの世界の三等民だぞ! たかだか上級ダンジョンを3つ……クソッ! フォースターがあの時殺していれば!


「フォフォフォ、冗談じゃ。短期間で上級ダンジョンを攻略した奴は異常よ。あのロンドメル公爵様ですら警戒しておる。男爵はとんでもないスキルを持っておるでの。公爵様はそのスキルが強力なことを理解しておるが、ほかの寄子たちはそれを知らぬ。その者たちをなんとか納得させねば、ロンドメル様の直の寄子となるには厳しかろう」


「とんでもないスキルですか? 確かにそれがある事は予想しておりましたが、しかし所詮は1人。軍で押し潰せば恐れることもないかと。私にお任せいただければ、必ずやあの邪魔者を亡きものにしてお見せしましょう。それをもって武の証明をしてみせましょう」


 上級レベルの強いスキルを複数持っている事は、フォースターが分析していた。ミドルヒールの持ち主であることもな。しかし所詮は1人。陛下や周囲の貴族が納得できる口実さえあればいつでも潰せる。そのためにフォースターの代わりに新しく司令官にした甥に色々と調べさせている。そしてその情報を元に、奴を暗殺する計画を練っているところだ。失敗してもいい。それで奴がここへ乗り込んでくれば正当防衛で討てる。


「これこれ、なりたての貴族であるアクツ男爵を討てなどと私は言っておらぬ。ロンドメル様もじゃ。我々は関係ないからの。やるならば子爵の自由じゃが、こちらを巻き込まぬようにの。じゃが、もしも子爵がその力を証明できれば、ほかの者たちも納得するじゃろうな」


「ハッ! 私の行動は私の意思にて単独で行うものですので、ロンドメル様やカストロ様のご迷惑になることはございません。私は独断でロンドメル様の危惧なされている原因を排除しようとしているだけでございます」


 チッ……武の名門のロンドメル公爵家ともあろう者が、あんな下等種にビビりおって。これはあの下等種を討てば、俺がロンドメル公爵の側近になる可能性もあるな。これはチャンスだ。なんとしてでもあの下等種を討たねばならん。


「うむ。戦争は貴族の権利じゃからな。子爵がしたいのならば好きにすると良い。しかしこれは独り言じゃが、軍に頼り切りではちと甘いのではないかの……男爵は陛下から飛空戦艦と飛空空母を譲渡されたと聞く。もう一手欲しいのう……」


「そこは暗殺を考えております。失敗することも見越し軍をすぐに出動させることも」


「ん? 独り言が聞こえたようじゃの。物騒なことを言うのう……まあしかし上級ダンジョンを攻略した者を武力で暗殺など、闇ギルドですら総力を結集せねば無理じゃろう。そもそも近付けるかも怪しい。できるかのう? 」


「それに関しましては、良い情報を手に入れたので問題ございません。奴が気を許した者を取り込み実行させる予定です」


 甥がニホン総督府の者を処刑しようとした時に、奴らから得た情報だ。これなら間違いなく殺やれるだろう。


「おお、中々に策士じゃのう。ふむ……ならば好きにすると良い。我々は関与しておらぬからの」


「ハッ! これは私怨でございますれば」


「ならばお手並み拝見といこうかの。今日は中々に有意義な会談じゃった。全てが終わった時は期待するがよい」


「おお、身に余るお言葉。必ずやロンドメル様のご不安を取り除いてみせます。では、これにて失礼致します」


 俺はカストロ侯爵の言質を得た事で満足し、退席するために席を立った。すると侯爵が何かを思い出したかのように口を開いた。


「そうそう。これはまったく関係のない話じゃが、ダンジョンの毒をこの世界の毒と合成した物があっての。臨床試験を処刑予定の者を使い何度か行ったのじゃが、別の人種にも試したくての。子爵よ協力してくれぬかの? 」


「毒……ですか? それもこの世界の毒との合成した毒でございますか…… 」


 やはり新兵器を開発していたか。毒の研究に関しては規制が厳しい。兵器省にどうやって許可を得たのか知らないが、明らかに覇権を取るための準備だろう。


 魔導兵器と科学を掛け合わせた兵器は陛下とマルス公爵で製造していることから、それに対抗してこの世界で化学兵器と呼ばれる物を作っているということか。


「うむ。この毒は蟲の上級ダンジョン下層に巣食う、デビルスパイダーの毒を改良した物での。通常は3等級の解毒のポーションで解毒できるのじゃが、2等級の解毒のポーションを使っても致死率が60%というほどにまでになっている物じゃ。確実に助かるには2等級の解毒のポーションと2等級のポーションを併用せねば、内臓が急速に溶けていく速度に間に合わないじゃろう。子爵の方で臨床試験を手伝ってくれれば、それが終わり次第帝国兵器省に報告するつもりじゃ」


「デ、デビルスパイダー!? Sランクのあの……それをさらに強力にした物をでございますか!? 」


 デビルスパイダーなど下層も下層。ガーディアンのすぐ側にいると言われる体長10mはある猛毒の魔蟲ではないか! そんな魔蟲の貴重な毒をさらに改良した? ガーディアンの毒でさえ解毒する2等級の解毒のポーションでも解毒しきれないだと? なんというとんでもない物を作ったのだ。


 しかしだ。それを俺に使わせてくれるのか……さすがのあの下等種も2等級の解毒のポーションは持っていても、レアな2等級ポーションは厳しいだろう。たとえ持っていたとしても、普通は解毒のポーションを飲んで安心するはずだ。その間に脳が溶け死に至る。たとえ途中でおかしいと気付いてポーションを飲もうとしても、もうその時は動けまい。私でさえ持っていない2等級ポーションを、本人以外が持っているなどあり得ぬから、周囲の者が咄嗟に飲ませることも不可能であろう。


 殺れる……下等種に毒を飲ますことさえできれば確実に殺れる。最悪失敗したとしても、その時は怒り狂い向かってくる下等種を軍で押し潰せばいい。幸い奴に毒を飲ませることも、激怒させる手段も甥が手に入れている。


「そうじゃ、子爵が良ければじゃがの。失敗しても成功しても構わぬ。ある程度データは取れておるでの。あくまでも試験をしてもらうために、子爵には以前から依頼していたという形での」


「ハッ! 以前からご依頼いただいていた試験を実施させていただきたく思います。結果は来月にはご報告できるかと」


「おおそうか。ではやってみるがよい」


「ハッ! 失礼致します」


 俺はそう言って今度こそ席を立ち、帰り際に新毒の入った瓶を受け取り侯爵邸を後にした。


 フフ……フハハハ! 殺れる! これであの目障りな下等種を確実に殺れる!

 さんざん私の邪魔をしてくれたあの下等種は、信じたい者に裏切られ殺されることになるのだ!


 愉快だ、なんと愉快な気分なのだ。甥に計画を確実に実行するよう言わねばならんな。奴は軍の統制には不安があるが、フォースターのように甘い男ではない。あの男なら確実にやってくれるだろう。


 そしてあの下等種を始末した後は、私はロンドメル公爵の直の寄子となる。恐らくその時に今回の功績でロンドメル様により伯爵位を授かれる可能性もある。そしていずれはカストロに成り代わり私が側近になる。


 これほどのチャンスは二度と無いだろう。今となってはロンドメル公爵に危惧されるまでになった、あの下等種の存在に感謝の念すら湧いてくる。


 俺の踏み台になるためによく育ってくれたとな。


 フハハハハ!



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