第25話 鎧袖一触

 



 パーポー パーポー


 ウウーー ウウーー


 パパパン パパパン


 パシーン パシーン



「無駄だってのにしつけーな」


「攻撃というより長崎県の端に追い込みたいんだろうさね」


「んな事しなくても俺たちはそこに向かってんのによ。あれで追い込んでるつもりとは、めでてえ奴らだ」


「まあでも結構集まったな。先回りしてるのもいるだろうし、時間も押してるしこんなもんだろ。スピードを上げてくれ」


《 へいっ! 》


俺は時計を見ながら連れた獲物の数を見てこんなもんだろうと、車内無線機で運転席へ速度を上げるように伝えた。



 佐世保署を襲撃してから俺たちは特警を引き連れ、長崎県内を走り回っていた。


 追ってくる特警の護送車やトラックやパトカーは徐々に増えていき、今では60台ほどにまでなっている。途中何度も先回りをされ進行方向の道路を塞がれたが、その都度俺の飛翔のスキルで飛び越えて回避した。


 そして高速を降りた辺りからは、俺たちの向かう場所と特警が追い込みたい場所が一致したのか前を塞がれる事はなくなった。


「西に向かって南に行ってから東に行って、んで高速に乗ってでもう3時間は走ってるんじゃねえか? 」


「別府署からは高速で2時間は掛かるからな。さっき輸送ヘリが通り過ぎて行ったから、予定通り沖之島の手前の公園で決戦だな」


 逃走中は燃料が高騰しているのもあり、市街地は電気自動車がそこそこ走っている程度だった。そして街を離れればトラックくらいしか見掛けることはなかった。そのおかげで思う存分特警を引き摺り回すことができた。


途中小型ヘリに乗った特警隊員が頭上から火矢や火球のスキルを放ってきたが、俺が風刃で反撃したら慌てて逃げて行った。魔力障壁装置も無い機体でスキル持ちに近付くとか、日本は帝国との敗戦で何を学んだんだと思ったよ。


 バイクで近づいてきた隊員も鹿人族のモーラの弓で射抜かれ転倒し、後続の仲間のトラックに轢かれてなかなかグロいことになっていた。そこでやっと銃もスキルも全て弾き返されることを理解したのか、俺たちを長崎県の外れに追い込むことに専念することにしたようだ。


 そして今走っている道の先には沖之島に繋がる大橋があり、その手前には広い舗装された公園がある。俺は段取り通りに事が進んでいることに満足しつつ、目的地である公園へと向かうのだった。





 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢





「おーおーいるいる。橋を封鎖してねえのは通りたきゃ通ってみろってとこか? 」


「恐らく橋を爆破する準備ができてるんだろう。さすがにこの距離をトラックを浮かせて飛ぶのはキツイからな。予定通り手前の公園でおとなしく包囲されるさ」


 俺は荷台の窓を開けて進行方向を覗き込んでいるレオンにそう言いつつ、探知で公園に展開している特警隊員を探った。


 公園の奥に先回り組が300てとこか。後方から1000くらい来てるから全部で1300くらいかな? よく釣れたな。レオンが佐世保署長を殺したのが効いたのかね?


「さて、どう出るかねぇ? まさか尻込みしないだろうね? こっちは歓迎準備万端なんだ。空振りなんて勘弁して欲しいね」


「ははは、この人数差があれば大丈夫だろ。人は数が集まれば気が大きくなるもんだ」


 俺はケイトが特警が逃げないか心配しているのが面白くて、笑いながらそう答えた。


「ならいいんだ。えーと、片腕を切断してなるべく殺さないようにだったね? 」


「ああ、今はなるべく生かしておいてくれ」


 今はだけどな。数ヶ月後には死んだ方が楽だったと思えるようになるけどな。盗賊には盗賊らしい最期を迎えてもらうさ。


「わかったよ! レオンもやり過ぎるんじゃないよ! 」


「わかってるって! 」


 《 アクツさん着きやした! 》


「よしっ! 降りるぞ! ネッドとコビーも運転席から降りろ! ロイたちはここでおとなしくしてろ! バレないように撮影を頼むぞ! 」


 《 へい! 》


「「はいっ! 」」


 俺は運転席にいる狐人族のネッドと、犬人族のコビーにも外に出るように言い、ロイたちにカメラで撮影をするように指示をした。そしてフルフェイスヘルメットを脇に抱え、トラックの荷台からレオンたちと共に降りた。


 トラックから降りるとそこは広い公園の中央付近で、後方には剣や銃など武器を構えた特警隊員が300人ほど展開していた。そして公園の入口には俺たちを追ってきていた車両が次々と停車していき、その中から完全武装の特警隊員たちがワラワラと出てきて俺たちを包囲するように遠巻きに展開していった。


 俺はその光景をレオンとケイトら7人に囲まれて眺めていた。

正面は大柄なレオンとケイトがいて、左右も熊人族でほとんど見えないけどな。探知で把握している状態だ。


 そして特警隊員の展開が終わった頃、公園の入口に茶色のスーツを着た50代くらいの口髭を生やした男が現れた。男は手にマイクを持ち、俺たちへと向かって話しだした。


 《 ギルド デビルバスターズの者たちに告ぐ! 私は特別警察の根室警部だ。お前たちには公務執行妨害と佐世保署長殺害の容疑がかかっている! 既にこの公園は完全に包囲した! こちらは完全装備の隊員が1200名だ! 無駄な抵抗はやめ投降しろ! 》


「レオン」


「おうよ! ふざけんなよテメーラ! 冤罪でうちの新人をハメやがって! しかも盗賊みてえに貴金属まで奪っておいて公務執行妨害だあ? 権力を傘に好き放題してんじゃねえ! 」


 《 我々は盗賊行為など行っていない! 法に則り適切な対応を行っているだけだ! 冤罪だと主張するのであれば法廷でそう主張すればいい! それをせず暴力により隊員たちを傷つけ、佐世保署まで襲撃したお前たちに反論の余地は無い! 投降しないのであれば武力によって鎮圧をする! 我々には日本自治区内でランク持ちの犯罪者を処罰する権利が与えられている! 最終警告だ! 無駄な抵抗はやめ投降しろ! 》


「断る! それにお前ら誰に向かって剣を向けているのかわかってんのか? 」


 《 誰にだと? 帝国の奴隷だった獣にだが? 》


  》》》


 あ、コイツら死んだな。レオンやケイトたちから殺気が伝わってくるわ。三等国民に獣呼ばわりされちゃあな。


「ケッ! 帝国の奴ら以外から獣呼ばわりされるたあ、舐められたもんだな。まあ笑ってられんのも今のうちだ。目をかっぽじいてよく見ろ! お前らにはこのお方がどこの誰かわかんねえのか! 」


 レオンは半ギレしつつもそう言って横にズレ、左右に立っていた熊人族も二歩ほど後ろに下がった。それによりヘルメットを手に持った俺の姿が特警隊員たちに晒されることになった。


 《 なんだ? そこの日本自治区を捨てた裏切り者の日本人がどう……なっ!? お、おま……いや貴方は…… 》


「よう! ネットで顔は知ってんだろ? 俺は阿久津男爵だ。お前らは貴族への殺人未遂という罪を犯した。いいか? これは重罪だ! 帝国法では実行犯とその一族は処刑! 殺害を指示した組織の長も同様だ! おとなしく投降しろ! 今ならお前たちの命と総督の命だけで勘弁してやる! 」


 俺は特警の指揮官らしき根室に向かって、不本意だがマジックポーチから貴族の記章を取り出し見せた。そして本当に不本意だけど貴族であることを主張して投降するよう警告した。


 まあさすがに総督までは処刑するのは難しいけどな。あのヘタレ日本総督府が俺を殺せとか指示してないだろうし、俺が主張しても隷属の首輪でバレる。でも現行犯のコイツらは別だ。腐っても法の番人だ。貴族が超絶守られてる帝国の法を知らないわけじゃないだろう。


 しかし俺が貴族であることを主張するとかなんの冗談だよ……でも総督府所属の特警を潰すには、これが一番有効なんだよな。


 《 な……なぜここに阿久津男爵が……おいっ! 聞いてないぞ! どういうことだ! 》


 《 あ……あのヘルメット……あの時の!? ま……まさか最初から…… 》


 《 罠だ……ハメられたんだ俺たち……ど、どする? このままじゃお袋も弟も処刑されちまう! 》


「俺が新人に付いて初級ダンジョンに入ってたら、お前たちが因縁をつけて斬りかかってきたんだよ。その時点でお前たちはもう終わってんだ。そこに俺を認識していたとかは関係ない。三等国民が貴族に刃を向けた時点で全員処刑が確定してんだよ。さて、最終警告だ! 家族を巻き込む前に武器を捨てて投降しろ! 」


 俺が動揺する特警隊員たちにそう言うと、包囲していた隊員たちは次々と剣や槍を足もとに放り投げ両手をあげていった。


 お忍びで身分を隠した貴族に、刃を向けただけで一族郎党死刑になるとか帝国法はどんだけ貴族寄りなんだよ。まあそれだけ暗殺を恐れているんだろう。そうされる覚えがあり過ぎるから、これだけ極端な法になったんだろうな。


 正直あまりにも理不尽だ。けど、権力を傘に好き放題やってきたコイツらに理不尽を行使する事には、まったく罪悪感が湧かないわ。


 《 ぐっ……ぶ、武器を構えろ! 騙されるな! アレは偽物だ! こんなところに貴族がいるはずがないだろう! 貴族の名を騙るのは重罪だ! 相手はたった10人程度! 帝国貴族の名を騙る日本人を討たねば、日本に被害が及ぶぞ! 討て! 》


「予想通りだな」


 警部は腕を振り上げ、時代劇の悪代官のようなテンプレのセリフを吐いて特警の隊員たちを必死に煽っていた。それを聞いた隊員たちは、無理やり俺が偽物だと信じることにしたようだ。そして隊員たちは足もとに放り投げた武器を再び手に持ち始めた。


 まあこうなるよな。誰だって死にたくない。そのうえこの人数差だ。俺を偽物扱いにして消せば後は揉み消せると、ここで何もなかったことにできると思ったんだろう。


「馬鹿な奴らだぜ。投降すりゃ家族は助かるってのによ」


「占領されてまだ日が浅いし身近に貴族がいないもんだから、その理不尽さがまだわからないんだろうねぇ。貴族は自分に危害を加えようとした者には一切の容赦がないってのにねえ」


「ヤンやライガンさんをよ、未だに殺された貴族の遺族が血眼になって探してるってのにな。まあサクラジマにいるのはバレてねえし、テルミナ大陸にさえ戻らなきゃ大丈夫だがな」


「死刑が確定したと言われればこうなるさ。俺さえいなくなれば無かったことにできるからな。まあ予定通りだ」


 《 総員かかれ! あの魔力障壁装置を積んでいる空を飛ぶトラックに乗り込ませるな! 遠距離スキル部隊は攻撃を開始せよ! 》


 


『『 火矢 』』


『『 土弾 』』


『『 風刃 』』


「せっかちだな。『滅魔』んで『灼熱地獄』」


 俺は警部が攻撃命令を出したタイミングで、公園内にいる全ての特警隊員へ滅魔を放った。


 その瞬間、俺たちへと向かっていた火や風などの遠距離スキルは全て消滅した。さらに隊員たちは魔力で底上げされていた力が抜け、片手で持っていた剣や槍を両手で持つことになり走る速度を落としていった。


 遠距離スキルを放った者たちは何が起こったのかわからず、慌てて再度スキルを発動しようとしたがそのどれもが不発に終わった。近接職の者たちも身体強化を発動しようとしていたが、当然発動することはなく徒労に終わっていた。


 そして続けて放った灼熱地獄のスキルで、俺の周囲を囲むように炎の壁を作った。


 突然現れた炎の壁に怯み、動きを止めた特警隊員たちを眺めながら俺は携帯を取り出し電話を掛けた。


「ティナ、出番だよ」


 《 あら、やっぱり? 貴族に歯向かうなんて馬鹿な人たちね。今行くわ。よかったわねみんな。出番よ 》


 


 俺は電話越しに聞こえるギルド員たちの歓喜の声に苦笑しつつ電話を切り、橋の向こう側にある沖之島へと視線を移した。すると1分もしないうちに沖之島の上空に飛空艇が現れこちらへと向かってきた。


 そう、俺は今朝から沖之島に飛空艇を待機させていた。この飛空艇は、テルミナ帝国と桜島を往復して物資と人を輸送していた飛空艇だ。帝国の平民である船長とクルーには、普段から竜肉をお裾分けしているからな。今回協力してもらったというわけだ。賄賂に弱い帝国人は実に扱いやすい。


 それにあと数ヶ月もしないうちに、俺たちは自前の飛空艇で移動できるようになる。今は島の獣人たちが、帝国からとりあえず練習用にと譲渡された飛空艇の操縦訓練を受けている。訓練が終われば世界中を自前の飛空艇で移動できるようになる。


 《 なっ!? ひ、飛空艇!? ま、まさか最初からここへ我々を誘き寄せるつもりだったのか!? さ、下がれ! 包囲を解き隊列を組め! ここまできて退くことはできん! あの飛空艇は武装していない! 戦力を集中させ迎え撃て! 急げ! おいっ! なぜそんなに動きが鈍いんだ! 走れ! 》


「ガハハハ! お前らにさんざん嫌がらせされた奴らがたんまりやってくるぞ! せいぜい足搔け! 」


「投降されたらみんなに文句言われるとこだったよ。馬鹿で良かったさ」


 レオンたちは、慌てふためいて公園の入口へと集まる特警隊員たちを見て笑っていた。既に偽物と決め付けて貴族に手を出した後だ。逃げるに逃げれず追い込まれた姿は哀れなもんだな。


 それから数分の後に飛空艇は俺たちの後方へと着陸し、荷物積み込み用の後部ハッチが開くと革鎧に身を包んだ獣人やエルフにダークエルフ。そして三田を先頭に元ニートたちが飛び出してきた。


 俺は展開していた灼熱地獄の炎を消し、飛空艇の客室から出て駆け寄ってくるティナとリズとシーナを迎え入れた。


「コウ、予定通りね」


「イシシシ! 出番が無かったらどうしようかと思ったぜ! 」


「船内でみんなソワソワしてましたですぅ」


「ははは、予想通り馬鹿だったよ。わかってると思うけどなるべく殺さないでおいてくれよ? 」


まあ手を出すように追い込んだんだけどな。


「ええ、ちゃんと見張っておくわ」


「ならいいや。もう魔力は抜いてあるから好きにしてくれ。500もいるんだ一瞬だろ」


 Dランク以上のギルド員という条件で300人募集したんだけどな。希望者が多くて倍近くなってしまった。よほど特警に対して鬱憤が溜まっていたらしい。


「ええ、任せてちょうだい。リズ、号令を掛けて」


「あいよっ! よっしお前ら! 待ちに待った報復の時間だ! 相手は既に一般人程度の能力にまで落ちてる! エルフはスキル禁止! なるべく殺さず片腕は残して生かしておけよ! 嬲るのは自由だ! せいぜい地獄を見せてやんな! 総員突撃! やっちまいなー! 」


  》》》


 リズの号令と共に獣人300とエルフとダークエルフが各50。そして元ニートたち100人が、公園入口で陣形を構える特警隊員たちへと一斉に襲い掛かった。


 オーバーキルになって殺してしまうからエルフの精霊魔法は禁止したが、彼ら彼女らはレイピアに短剣にとそれぞれを手に持ち特警隊員たちへ左翼から襲い掛かった。中央からはレオンとケイトたちが先頭に、右翼は三田と浜田を先頭にしてそれぞれ襲い掛かった。そして後方では鈴木を中心にして、獣人と元ニートたちが弓とスキルで遠距離攻撃を行なっていた。


 鎧袖一触。


 当然とも言えるべきか一般人レベルにまで落ちた特警隊員に対し、全員がDランク以上の者たちが苦戦するはずが無かった。特警隊員たちは何もできないままエルフに突き刺され、そしてダークエルフに四肢を切り刻まれ、獣人たちに腕を切断されていった。


 戦闘時間は10分にも満たなかったと思う。特警隊員たちは無くなった腕を押さえうずくまり、倒れたまま動かなくなった者も数十人ほどいるようだった。そしてその奥からは肘から先を斬り飛ばされた警部が、レオンに引き摺られてきて俺の前へと放り投げられた。


「根室警部だったか? 俺を殺せなくて残念だったな」


「うぐっ……腕が……ぐっ……部下たちがこんな……つ、強すぎる……なぜこんな圧倒的な……」


「さあな。弱いからだろ? 」


「くっ……わ、我々にはモンドレット子爵様が付いている。す、既に報告済みだ。ここは日本自治領だということを……ぐっ……忘れているな……阿久津男爵の侵攻を受けたと……軍が鎮圧にくる……」


「遅えよ。こっちからモンドレットにはとっくに連絡してある」


「は? そ、それはどういう……」


 根室はまさか俺からモンドレットに連絡を入れるとは思っていなかったのか、混乱しているようだった。


「どういうも何も、お前らの代わりに朝イチで連絡しておいてやったんだよ。今からこの場所で特警を潰すってな。ほら、期待のモンドレット軍が来たぞ? 」


 俺はそう言って根室に北の空を見るように促した。


 北の方向からは、飛空戦艦と飛空空母を有する子爵軍の艦隊がこちらへと向かってきていた。

 艦隊の数は20隻ほどで、1隻の飛空空母を守るように100機ほどの戦闘機が随伴していた。


 フォースターは予定通りの時間に来たようだ。さすがだな。


ちょうどあいつらも来たようだし、最後の仕上げをするか。



♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


遅くなりました。

次話で仕置き完了です。


次々話からこの章のクライマックスに突入します。

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