第26話 示談

 



「お前らの代わりに、朝イチでモンドレット子爵軍には連絡しておいてやった。今からこの場所で特警を潰すってな。ほら、期待のモンドレット軍が来たぞ? 」


 俺はそう言って特警の警部である根室に北の空を見るように促した。


 北の方向からは、飛空戦艦と飛空空母を有する子爵軍の艦隊がこちらへと向かってきていた。

 艦隊の数は20隻ほどで、飛空空母を守るように100機ほどの戦闘機が随伴していた。




「き、北から飛空艦隊……ハ……ハハハハハ! モンドレット子爵軍が助けに来てくれた! 自ら子爵軍を呼び寄せるとは血迷ったか阿久津男爵! 子爵様の方が貴族位は上だ! 貴様が何を言おうが全て揉み消してくれる! 我々は阿久津男爵による日本自治区への侵攻を防いだのだ! これは正当防衛だ! さあおとなしく投降しろ! それとも子爵軍とも戦うのか? いくら貴様とてかつての自衛隊を蹂躙した艦隊には手も足も出まい! 」


 根室は膝をついていた状態から立ち上がり、北の空に現れた子爵軍を残った腕で指差し勝ち誇っていた。


「ぷっ! 必死だなお前」


 そんな根室の姿にリズが思わず笑い出した。レオンたちもニヤついている。


「おめでたい人ね。思慮が浅すぎじゃないかしら? 」


「ほんとお馬鹿ですぅ。コウさんがなぜわざわざ連絡して呼んだのか、まったく疑問に思ってないですぅ」


「絶望している時に見えた一筋の光だ。すがりたいんじゃないか? 追い込まれた人間は自分が見たいものしか見ないし、信じたいものしか信じないしな。おい、根室。これで東の空から来る飛空艇も見てみろ」


 俺はそう言ってティナたちの言葉に顔をひきつらせている根室に双眼鏡を渡し、子爵軍の側面からこちらへと高速で近づいてくる3隻の飛空艇を見るように言った。


「ひ、東だと? 東に何が……なんだアレは……白い飛空艇? 」


「そうだ。アレは帝国貴族院所属の貴族警察だ。貴族による貴族のためのクソみたいな警察組織だ」


 貴族警察。通常の庶民の犯罪を取り締まる衛兵隊とは違い、貴族を守るためだけの警察組織。要は軍や私兵を持たない貴族を、庶民の反乱から守る組織だ。街の治安を守る衛兵は平民がほとんどだが、貴族警察の警官は全てが貴族の子女からなる。よって平民に対して一切の容赦は無い。


 そして帝国貴族院は、この組織を地球を征服してから大幅に増強した。世界各地で大貴族の手足となって働く下級貴族を守るためだ。


 貴族警察には子爵程度では干渉できない。貴族院で力のある貴族。それこそ侯爵以上でないと口を挟むのは難しいらしい。一応貴族間の紛争の仲介をする組織でもあるが、そこは相手が大貴族だと期待はしない方がいいそうだ。大貴族が気に入らない下級貴族をハメるための都合の良い組織でもあるらしい。ほんとクソみたいな組織だ。


 だけど下級貴族が管理している占領地の三等国民が、ほかの貴族に手を出した時には役に立つ。たとえ三等国民上がりの男爵の俺でも、貴族院が認めた正式な貴族だ。貴族の名誉を守るために、貴族警察はその職務を遂行する。モンドレット程度じゃ口を挟めない。


 俺は貴族警察のことを知らない根室に、淡々とそのことを説明した。まあ俺も詳しい事は3日前に知ったばかりなんだけど。


 根室は俺の話を聞くにつれ次第に青ざめていき、そのまま再び膝をついて絶望した顔を見せてくれた。


「威勢よく襲い掛かってきてからの敗北に、助けが来たと喜んだところへ更なる絶望とか忙しい奴だな」


「帝国にいた時は無駄に偉ぶってて鬱陶しい貴族警察だったけどさ、まさかアタシたちが使う側になるなんてな」


「当然ですぅ! コウさんは貴族なんですから! 偉いんですぅ! 」


「シーナやめてくれ……クソみたいな貴族の権力を振るってる自分に嫌悪感がハンパないんだ」


「相変わらず往生際が悪いわよコウ? 私たちの目的のために貴族の地位を利用してやるって言ってたじゃない。罪もない人に振るってる訳じゃないからいいいのよ」


「そりゃそうだけどさ……」


 俺はティナに諭されて黙らざるを得なかった。


 貴族に長年苦しめられてきたティナたちが、俺が貴族の権力を振るうことを認めてるんだ。いつまでも貴族になったことをグチグチ言ってる俺は子供だよな。今は帝国をとことん利用する。うん、ティナたちに嫌われないならいいや、クソ貴族にでもなんでもなるさ。



 しばらくすると3隻の貴族警察の飛空艇が、俺たちのいる公園の真上へと到着した。子爵軍は貴族警察から連絡がいったのか遠くで停船しており、連絡艇のようなものがこちらへと向かってきている。あの連絡艇には予定通りフォースターが乗っているはずだ。


 そう、全ては計画通りだ。


 3日前にフォースターから突然の連絡があった時に、俺とフォースターは取引をした。

 しかしまさかモンドレットの懐刀であるフォースターが、モンドレットを裏切るとはな……


 俺はその時のフォースターとのやり取りを思い返していた。




 《 はあ? 俺が特警と揉めた時に軍を差し向けるが攻撃しないでくれだ? 何言ってんだお前? 》


 《 無理を承知でお願いしている。私は阿久津男爵とは戦いたくない。しかし私は男爵が特警と紛争を起こした際は、特警諸共艦砲射撃をするよう命じられている。この子爵の命令に背けば本国にいる家族に危険が及ぶのだ。よって軍は出撃させねばならない。だから私の計画に乗って欲しい 》


 《 ふざけんなよ? うちのギルド員にちょっかい掛けるように指示してんのはテメエの主だろ! こっちは子爵軍が出てきてくれりゃ、モンドレットを殺す口実ができて万々歳なんだよ! なんでこの好機を逃さなきゃなんねえんだ! それにこっちが攻撃しなきゃテメエが騙し討ちしない保証がねえだろ! 寝言をほざくのもいい加減にしろ! 》


 俺はこの時、フォースターの一方的な都合を聞かされブチ切れていた。なんでティナたちをコビールに引き渡し、ギルド員にちょっかい掛けるよう指示したモンドレットを潰す機会を逃さなきゃなんないんだと。


 《 恐ろしい男だ……子爵軍の艦隊を露ほども恐れていない……やはりコビール侯爵軍と首都防衛軍を壊滅させたのは…… 阿久津男爵よ、落ち着いて聞いて欲しい。何もタダで協力してくれとは言わない。私の祖先は代々冒険者だった。貴族になり子爵に仕えるようになってからは、ダンジョンで得たレアアイテムを子爵へ献上せねばならなくなったが、先祖代々の家宝が我が家にはある。これは子爵にも知られていない物だ 》


 《 つまりマジックアイテムを渡すからお前の計画に乗れと? 俺は上級ダンジョンを3つ攻略してんだぞ? その際に多くのマジックアイテムとスキル書を手に入れた。生半可なアイテムじゃ魅力を感じないけどな。まあ一応どんな物かは聞いてやるよ 》


 俺はフォースターは色々と気付いてるなと思いつつも、子爵に秘密にしていたほどの家宝まで差し出すというフォースターの真剣な声音に耳を傾けることにしたんだ。


 《 『共鳴の鈴』と『離脱の円盤』だ。これはかなりレアなマジックアイテムであり、【時】の古代ダンジョンでしか入手記録がない。ほかに所有しているのは陛下か公爵家くらいのはずだ。共鳴の鈴の効果は二つある鈴の一つを鳴らせば、例えダンジョンの中であっても対となる鈴が鳴る。離脱の円盤は半径1m以内にいる者を、1~5階層手前の階層へランダムに転移させる。転移トラップのマジックアイテム版のような物だ。1日1回しか使えないが、階層転移室のある階より先には転移しない。つまり15階層にいる時に使えば、最短1日で階層転移室のある階へと辿り着ける。先祖がこのアイテムを【時】の古代ダンジョン中層で手に入れ、そのおかげで生き残ることができた。以降我が家の家宝として保管してある。私も息子もダンジョンにはもう挑まないのでな》


 《 マジかよ……そんなの持ってんのかよ。アレは【時】の古代ダンジョンで手に入る物だったのか 》


 俺はフォースターが譲渡すると言ったマジックアイテム名を聞き驚いていた。共鳴の鈴と離脱の円盤は、ティナたちと出会う前にマジックテントにあった古書に書かれていたレアアイテムだ。そこには効果のみ書かれていて、どのダンジョンで手に入るかは書かれていなかった。


 前にオリビアに帝国の市場で売ってないか聞いた時も、離脱の円環が売りに出されたことはなく、共鳴の鈴ですら滅多に市場に出ないと言っていた。それをフォースターは俺に譲渡すると言っているのだ。これがあれば俺はダンジョンに行きやすくなる。桜島に不測の事態が起こったとしても、携帯の電波の入らないダンジョン内でそれを察知できるし、離脱の円盤を使えば相当運が悪くなければ3日以内に戻ることができる。古代ダンジョンの下層はどんなに急いでも1階層戻るのに2日は掛かる。それを3日で5階層。運が良ければ1回で階層転移室のある階まで戻れる。


 《 そうだ。売れば大金になるが、準男爵家の兵の命には代えられない。ほとんどが一族の者たちなのでな。計画を聞く気になってくれたか? 》


 《 なかなか交渉上手だな。いきなり高価な物を出してくるとはな。それに自分の為ではなく一族の命のために貴重なレアアイテムを渡すのか……いいだろう。聞いてやるよ 》


 俺はフォースターが一族のために、貴重なマジックアイテムを手放すという決断に少しだけ好感を抱いた。そしてなによりもマジックアイテムの誘惑に勝てなかった。


【時】の古代ダンジョンに行って自分で手に入れることもできるが、あそこは帝国人とかなり相性が悪いダンジョンらしく冒険者で挑んでいる者がいなかった。そうなると階層転移を使って一気に中層まで行けず、1階層から攻略していかないといけない。


中層までどんなに急いでも4ヶ月は掛かる。途中桜島に決済など仕事をしに戻らないといけないから、実質半年はみないといけない。モンドレットを殺したあと他の貴族がどう動くかわからない状態で、そんなにダンジョンにはいられない。ならここで手に入れられるなら欲しい。俺はそう思ってまずは計画を聞くことにした。


 計画は簡単なものだった。特警がギルド員を大量に拘束する予定だとフォースターから知らされ、それを逆手に取って特警を罠に嵌める。そして貴族に手を出したという罪で貴族警察に通報する。これはオリビアから通報をすれば、すぐに警察は動くと言っていた。なんせ公爵令嬢だからな。


 フォースターは俺の合図を待ち、貴族警察の動きに合わせながらこの長崎に来る。そして貴族殺害未遂事件であれば、子爵家としては手を出せないという理由で軍を退く。それで子爵には一応言い訳が立つそうだ。ただ、恐らく日本駐留軍の指揮権を剥奪されるとは言っていたな。


 これまで総司令官の子爵の代理で日本駐留軍を指揮していたが、今後は本国から子爵の一族が来るだろうとも。その時は情報をできるだけ流してくれるそうだ。フォースター本人は俺と戦うことが無くなるから、そうなって欲しいとか言ってたな。やっぱりアイツは色々気付いてるようだ。脳筋魔族にしてはたいした洞察力だと思ったよ。やっぱ人族の血が濃いからかね?




「コウ、降りてきたわよ」


「ん? ああ……真っ白な詰襟軍服とか海上自衛官みたいだな」


 俺がフォースターとのやり取りを回想していると、いつの間にか貴族警察の飛空艇が一隻だけ公園に着陸していた。そして中から白い詰襟姿の軍服に、拳銃タイプの魔銃を腰にぶら下げている赤髪の男と、ピンク髪の男たち10人ほどが飛空艇から降りてきた。ほかの二隻は着陸スペースが無いので、そのまま上空に待機しているようだ。


 そして子爵軍から来た小型の連絡艇もその隣に着陸し、中から黒い詰襟に所々銀の刺繍がある軍服を着た金髪のイケメンインテリ眼鏡が現れた。フォースターだ。


 フォースターは貴族警察の後ろを追うように俺たちへと近づいてきている。


「フンッ……貴様がアクツ男爵だな。私は貴族警察のセルベルト警部補だ。ニホン自治区の警察に襲われたと通報があり、三等民上がりの男爵のためにわざわざやってきてやった。まずは謝礼を寄越せ」


「確かに俺が三等民から成り上がりの男爵だが? これがその男爵の貴族章と、公爵待遇の証明である皇家の客の証だ。で? 謝礼がなんだって? 準男爵のセルベルト警部補さんよ」


 俺は目の前で立ち止まるや否や、傲岸不遜な態度で賄賂を求める指揮官らしき警部補に対し、空間収納の腕輪から男爵であることを証明する銀色の貴族章取り出した。そして続けて魔鉄製の円形の皇家の証も取り出し、魔力を通した後に見せた。


「なっ!? そ、それは皇家の……い、いえ! 謝礼など求めておりません! 誤解です! 」


 セルベルトは青白く光る皇家の証を見るなり顔を一気に青ざめさせ、直立不動の姿勢で弁明をしだした。


「馬鹿が。しっかり撮影済みだ。次にその臭え口から舐めたことを吐いたら、リヒテンラウドの爺さんにチクるぞ! 」


「ハッ! も、申し訳ありません! 」


「ほんと帝国貴族って馬鹿ね。貴族の階級しか見てないんだから。事前に調べればわかることでしょうに」


「あははは! 青ざめてやんの! だっせーな」


 ティナはセルベルトの豹変ぶりに呆れ顔で、リズはストレートに追い討ちを掛けていた。


「ぐっ……」


「オリビアから通報があった時点で察しろ間抜け。フォースター準男爵、そういう訳だ。俺がダンジョンから出たら、お前んとこの管理する日本総督府所属の特警に暗殺されそうになった。俺が紛争を起こした訳じゃない。証拠は後方のトラックに乗っている者が持ってる。これは貴族警察の案件になるんだよな? 」


 俺はティナたちに追い討ちを掛けられ、悔しさに震えているセルベルトの後方で待機していたフォースターに打ち合わせ通りのセリフを投げかけた。


「そうだったのか……貴族暗殺は重罪。その証拠があり貴族警察が介入するのであれば、帝国貴族として協力をするのは当然のこと。モンドレット子爵家管理地にて、アクツ男爵に迷惑を掛けたことをお詫びする。ここにいる特警隊員たちは法に則り一族郎党を処刑し、暗殺命令を出した者たちを貴族警察と協力し必ず突き止めその報いを受けさせることをモンドレット子爵家として約束しよう」


「そうか。セルベルト警部補。今回の件でモンドレット子爵の責任を問えるか? 」


「ハッ! 管理をしている貴族に対しては、我々が間に入り賠償を請求することができます」


「だそうだフォースター準男爵。だが、こちらとしてはモンドレット子爵にまで責任が及ぶのは望んでいない。ここは示談といこうじゃないか」


「気遣いに感謝する。して、その示談の条件は? 」


「貴族を暗殺しようとするような特警組織の解散と、解散後の公的機関への再就職禁止。そして今回の襲撃に関わった特警の者全てを探索者協会へ強制入会させ、退会とほかのあらゆる職業への就業を禁止。さらに賠償金として探索者協会を通し、元特警隊員らが稼いだ魔石の半数を桜島総督府に納入。帳簿もちゃんと付けろと言っておいてくれ。ちょろまかしたら探索者協会の幹部をまたダンジョンに放り込むともな」


 俺は事前に打ち合わせていた罰をフォースターへと伝えた。


 特警はもういらない。解散させ公務員には2度としない。そして今回の襲撃に関わった特警隊員たちは、俺たちへの賠償のために一生探索者でいてもらう。殺すよりこっちの方が利益になるし、こっちの方が地獄だ。


 民間人になった元特警隊員と、探索者としてダンジョンに入る隻腕の特警隊員。半年後にはどれだけ生き残っているかな? これまで好き放題してきた奴は、相応の報いを探索者たちから受けることになるだろうな。


「ふむ……そんなことで良いのであれば実行させよう」


「後で貴族警察を通して進捗具合の報告をしてくれればいい。そういうことだセルベルト警部補。示談の証人としてしっかり実施させてくれ」


「ハッ! 私が責任を持って示談内容の実施をさせます! 」


 打ち合わせ通りフォースターはあっさり承諾した。まあ子爵家は一銭も出さなくていいしな。結局子爵軍が攻撃してこなきゃこっちは手を出せない。今回のことはでっち上げだからモンドレットは俺の暗殺を指示してないし、総督府もそんな命令はしていないと特警を尻尾切りして難を逃れるだろう。


 また特警みたいな組織を作るかもしれないが、元特警隊員の末路を見ればもうアホなことはしなくなるはずだ。


「それじゃあコイツらの拘束と後のことは頼む。デビルバスターズギルドの者は撤収するぞ! 」


 俺は後のことはフォースターと貴族警察に任せ、ギルドの皆に撤収するよう号令を掛けた。

 そしてティナたちを連れてトラックごと飛空艇に乗り込み、桜島へと帰るのだった。


 貴重なマジックアイテムもフォースターから昨日送られてきたし、目障りな特警を解散させることができて1500人近くの元特警隊員が毎日魔石を上納してくれるんだ。今回はこれで矛を収めてやるさ。


 次にまた日本総督府を使いモンドレットがちょっかいを出してきたなら、今度はフォースターと取引はしない。日本総督府ごと潰してやる。




♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


筆者より。


今回は子爵を潰せませんでしたが、この章の終わる頃には子爵とは決着が着きます。

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