第6話 モンドレット子爵




 ーー 旧米軍横須賀基地 モンドレット子爵軍本部参謀室 レナード・フォースター準男爵 ーー




「はい。デビルバスターズという名称のギルドを立ち上げたようです。帝国情報省より冒険者ギルドと同じ扱いをするようにと……いえ、宰相より直に指示があったそうです」


 私は魔導通信で寄親であり、雇い主でもあるモンドレット子爵に桜島の現状報告をしていた。


 これはモンドレット子爵の管理領地を奪ったアクツを警戒し、現地に行ったことのある私が調べるよう命令されていたことだ。

 本来であれば敵対派閥にいる貴族軍の調査及び作戦立案が私の仕事なのだが、このチキュウ世界に来てからは、どこの貴族も管理を任された領地及び寄親の補佐で大忙しだ。それゆえに帝国本土の利権戦争どころではない。


 このチキュウに侵攻する時は胸が踊ったものだが、チキュウの軍は聞いていた以上に弱過ぎた。

 私の立案した作戦が実行される前に、このニホンはあっさりと降伏した。これはアメリカと呼ばれる国以外はどこも似たようなものだったそうだ。

 本土の帝国本軍にいる同期も、まったく出番がなかったとボヤいていたくらいだ。それでも貴族軍ではなく、帝国軍で活躍する同期を羨ましく思うが……


 私は20年前まで帝国軍にいた。そして帝国軍少佐として参謀部で働いていた。

 しかし子爵軍に勤めていた父が急死し、爵位を継ぐとともに自動的に子爵に仕えることになった。


 貴族はしがらみが多い。先代様に恩のある我が準男爵家は、代々子爵軍に任官することになっているのだ。

 爵位の上がりやすい帝都軍に残りたかったが、元平民の我が家が子爵家に逆らうこともできず子爵の小間使いの日々を送っている。


 今日もこの無能な後継ぎと、不毛な会話をしなくてはならないとは気が重いばかりだ。



《 冒険者ギルドと同じ扱いだと!? 私が陛下より任された古代ダンジョンのある重要な領地を掠め取ったうえに、ニホン領のダンジョンまで制限なく入ろうというのか! 》


「それ相応の対価を献上するようです。しかしギルド員のほとんどが、奴隷から解放されたばかりの獣人とエルフです。たいした装備も持っていません。精々が中級ダンジョンに入る程度かと」


 カゴシマにいる警察からの報告では、あの島にはニホン人が800名ほど入ったと聞いている。

 しかしその半分以上が四肢を欠損していたそうだ。それではダンジョンでは使い物にならないだろう。

 つまりはアクツが作ったギルドは、毎日のように飛空艇で桜島に降りているとされる獣人とエルフたちが主力ということになる。


 中には貴族の奴隷としてダンジョンに入っていた者もいるであろうが、解放された時に装備は全て回収されているはず。そして自力でダンジョンに入った経験がある者は1人もいない。彼らが装備を整え地力をつけ、上級ダンジョンに入れるようになるまでには数年は掛かるであろう。


 そもそも彼らがダンジョンに入ったからなんだというのだ。どれだけ狩ろうとも魔物は無くなりはしない。別に早い者勝ちという訳でもない。さすがに元奴隷や三等民に上級ダンジョンのボスを倒されると子爵のメンツが潰れるが、そう簡単に倒せるものではない。アクツも2年掛かったと聞いた。ならば好きにさせればいいのだ。


 今はそんなことよりも、来年度に帝国に上納する魔石をどうするかが先だ。

 子爵家をバックアップしていたコビール侯爵軍の精鋭部隊が壊滅し、侯爵家も様々な不正や汚職が発覚し取り潰しとなってしまった。侯爵家の取り潰しに関しては不自然な点が多いが、そこに首を突っ込むほど私は愚かではない。


 しかしその影響でニホンの上級ダンジョンに挑むめる者が少なくなり、このままではノルマを達成することはできない。


《 そんなことはどうでもよい! あのアクツとかいう男は下等種の分際で私を顎で使ったあげくに、重要な領地を掠め取ったのだ! 三等民に領地を奪われた者と、帝国で私は笑われておるのだぞ! しかも私がコビール侯爵に引き渡したエルフと獣人が側にいると言うではないか! 恐らく悪魔に襲撃された基地の牢にでもいて生き延びたのであろう。それを褒美として陛下から下賜されたに違いない。これは偶然か? いや、腐るほどいる獣人から、あの2匹を指名したのは私に明確に敵対するという意思表示であろう! そうではないのか! 》


 この男は先代様に比べなんと感情的なのだ。

 確かにこの男の指示で捕らえ、コビール侯爵に引き渡したエルフと獣人があの島にはいる。

 それはあの島の内部をニホンの警察に調べさせていた時に、カゴシマの街の防犯カメラに映っていたことで判明した。しかしほかの獣人やエルフたちとあの島に渡った、多くの者に混ざっていただけという可能性もある。


 仮にアクツがあの者たちを指名して陛下から下賜されたとしよう。そしてあの女たちに籠絡されたのであれば、私がニホンの政治家を連れて会った時に同席させ子爵家へ敵対する意思の一つも見せたはず。

 しかしあの場には女たちはいなかったし、アクツから子爵家への敵対の意思は特に感じられなかった。

 であればやはり多くの獣人に混ざって島に渡った者の可能性が高い。


「モンドレット様。私があの男と会った時のご報告はしたはずでございます。特に子爵家への敵対の意思は見受けられませんでした。しかしあの男が現れたタイミングと、コビール侯爵様の領地が悪魔に襲われた時期が一致いたします。悪魔は陛下と十二神将により討伐されましたので、あのアクツが悪魔とは申しません。しかし何かしら秘密があるのは間違いございません。なによりも陛下との繋がりが強過ぎます。皇家の客人である証を持っていたこともご報告申し上げたはずです。迂闊に手を出しては、いらぬ火傷を負うやもしれません。今は放っておけばよいかと」


《 あの下等種が悪魔などであるものか! ヤツはペテン師だ! 本当に上級ダンジョンを攻略したのかも怪しい! これはほかの貴族らも口を揃えて言っておる! 何か裏があるはずだ! 混乱するコビール侯爵家に、エルフの手引きで忍び込んで盗んだ家宝を陛下に献上したやもしれん! コビール侯爵家の魔石保管庫にあった大量の魔石が何者かに奪われたとも聞く。アクツの仕業に違いない! 》


 なにを言っているのだこの男は……全て憶測ではないか。

 あの陛下がそんなペテンに引っ掛かるはずがないではないか。

 なぜむやみやたらにあの男に関わろうとするのだ。


 そんなにあの男に触れたいのなら、誰かが触れたあとにその結果を見て触れるべきなのだ。

 なにも私たちが先に触れる必要などない。

 古代ダンジョンがある島とはいえ小島。放っておけばよいものを……


「たとえそうであったとしても、現実に皇家の客人の証を持っております。これは情報省に確認をいたしましたので間違いはございません。そのような者に子爵様が関わっても得るものはないかと」


《 フンッ!アレは帝国人が持っていてこそ公爵待遇の効果が発揮されるのだ。奴隷や三等民が持つことなど、帝国法のどこにも書かれておらぬ。 ゆえに無効だ。たとえ有効だとしても、ロンドメル公爵様が寄親になってくれそうなのだ。ロンドメル公爵様が後ろ盾となれば、本物の公爵と三等民の公爵。どちらが上かなど考える必要もあるまい! 》


 なにを勝ち誇っているのだこの男は……これは不味い。この男はなにもわかっていない。

 皇家の客人の証そのものよりも、その証を陛下自ら与えたということの方が重大なのだ。

 爵位でしか相手を測れない貴族の習性が、こんなところで思考を停止させることになるとは。

 これでは陛下がお与えになったと言っても、気まぐれであろうと言いそうだ。


 先代様の取り立てにより祖父が騎士爵を賜って以降、父と私で準男爵にまで上り詰めたが……

 この男はあまりにも無能過ぎる。先日も獣人に隷属の首輪を嵌め、ニホン総督に褒美として渡そうとしていた。奴隷が解放されたことを知っているのにだ。私が気付いて止めなかったら、帝国政府からなんらかの処罰を受けたかもしれなかった。


 実際チキュウの領地で隠れて奴隷を持っている高位貴族がまだいると聞く。誰かまではわからないが……

 確かにエルフは貴重だ。そしてその能力も高い。ダンジョンの攻略を義務付けられている貴族が、なかなか手放せないのもわかる。しかし発覚すれば陛下の勅令を無視したことになる。

 勅令を無視など家が取り潰されても文句は言えない。そのリスクがこの男はわかっていないようだ。


 どうも今まで見向きもされなかったロンドメル公爵に目をかけられたことで、気が大きくなっているようだ。恐らくロンドメル公爵も上級ダンジョンを攻略し、陛下に目をかけられているアクツに興味が湧いたのであろう。いや、私たちのような下級貴族が知らないことを知っている可能性もある。


 あのアクツという男には何かがある。それを確認するために、領地を奪われたことでアクツに悪意を持つ子爵を利用しようとしているのかもしれない。


 ロンドメル公爵は危険だ。隣の中華大陸で虐殺の限りを尽くした。

 公爵は陛下と仲が悪い。派閥も武闘派ばかりなうえに大きく、畏れ多くも次期皇帝に選ばれるのは自分だと寄子らに豪語しているとも噂されている。


 そもそも子爵の寄親であったコビール侯爵は、ロンドメル公爵ではなくオズボード公爵の派閥だった。

 貴族の筋としてオズボード公爵の寄子に収まるのが当たり前であるのに、この男はそれを無視しロンドメル公爵に擦り寄っている。恐らくオズボード公爵の了承は得ていないだろう。


 このままではロンドメル公爵に利用され捨てられる未来しか見えない。そして捨てられた後は誰も手を差し伸べはしないだろう。貴族のルールも守れない下級貴族など、オズボード公爵に睨まれてまで助ける価値などない。


 この男は危険だ。このままでは我が準男爵家も罰せられるか、身代わりとして処罰されかねない。

 なんとかアクツから意識を背けなければ。クッ……面倒な!


「確かに子爵様のおっしゃる通りでございます。しかし今はアクツなどのことよりも、来年度の魔石の上納の方が重要でございます。ロンドメル公爵様から精鋭部隊をお借りできれば良いのですが、ロンドメル公爵様もあの広大な中華大陸を治めるのにお忙しいと聞いております。このままではニホンの管理を外されてしまいます」


《 チッ……ニホン総督府に圧力をかけ民間人を徴兵させろ。この2年で総督府ももう十分足もとを固めたまずだ。どうせ帝国政府から与えられた統治猶予期間の5年が過ぎれば、上納する魔石の数が増えて徴兵せねばやっていけぬのだ。もともと予定していたことが、2年早まっただけだ。問題あるまい 》


 徴兵か……陛下より人口の多いこのチキュウはゆっくり確実に統治をせよと言われていたから、この2年は総督府のやり方に特に口は挟まなかった。しかし今の現状を鑑みればやむを得ぬか。


 徴兵はもともと4年目から予定していた。できれば総督府の救済軍と呼ばれるダンジョン攻略部隊か、探索者協会に自主的に人が集まるのを待っていたかったが……


 このニホン領の民は基本的に温厚だ。暴動は起こりにくいであろう。であれば徴兵をさせるほかあるまい。

 まずは20歳以上の男子から、次に18歳以上の男子。そこで魔石の獲得量を見つつ最後に18歳以上の女と3段階で実施するか。


 桜島にいるニホン総督府の民の住民票は、とっとと桜島総督府に移させた方がいいな。

 アクツにまた口を挟まれる可能性は極力避けた方がいいだろう。あの男がどういう存在なのか詳しくわかるまでは、触れないに越したことはない。


 私はその後も何度もアクツの件をぶり返そうとする子爵をなだめ、話題を変えることに苦心するのだった。



 ※※※※※


 作者より。


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 これぞ読者還元! イラスト付くなら広告も気にならなくなるかな(笑)


 こういうの流行らないかな(ღ˘⌣˘ღ)


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