第5話 佐世保初級ダンジョン




 12月も半ばを過ぎた頃。

 俺はリズと三田たちを連れて、現地視察の名目で長崎県の佐世保市にある初級竜系ダンジョンに来ていた。


「ここが最終階層の20階層か。Cランクの火蜥蜴がメインになってきたから、ボスはほかのダンジョンと同じくBランクだな。ヴェロキラプトルがいないから初心者でもなんとかいけるか? 」


「う〜ん……Eランクスタートならなんとかですね。竜系ダンジョンは世界でも一番難易度高いダンジョンですから」


 三田が眼鏡を人差し指でクイっと上げて俺の疑問に答えた。

 その表情はここがダンジョンの最下層とは思えないほど余裕そうだ。まあ初級だし地図があって最短距離で走ってきただけだからな。ここまで散歩してきたようなもんだ。


「でも三田さあ、ここのボスのなんてったっけ? 先月探索者に倒されたヴェロキラプトルの大型のやつ。あんなの余裕だろ? あたし1人で倒せるぜ? 」


 リズが両手を頭の後ろで組み三田に余裕そうに言う。


「B-ランクのアロサウルスですね。リズさんならそうですけど、D+ランクの僕たち3人では無理です。6人いてやっとって感じですよ」


「リズ、ランクも装備もスキルも違うんだ。そこも考慮しないと初心者から白い目で見られるよ? 」


 そりゃA-ランクで伝説級の装備に多くのスキルを持ってるリズなら余裕だろ。

 でも今日はギルドの初心者をこのダンジョンで育成する下見に来てるんだ。サブマスターとしてそんな自分中心的な評価じゃ困る。


「あっ、いけね! そうだった! 悪りぃ三田。ギルド員を育成する視点で見てなかった」


「いえいえ、僕たちもギルドの運営なんて初めてなので手探りですから」


 口は悪いけど自分が悪いと思ったら、相手が誰であろうとすぐに謝れるのがリズの良いところだ。


「自分たちも今回の中級ダンジョンまでの視察でなんとかC-ランクには上がりたいですね。ギルド員に馬鹿にされない程度には強くならないと。目指せシルバーカード! 」


「「おおー! 」」


 鈴木が黒鉄の槍を頭上に掲げてそう言うと、三田と田辺がそれぞれ剣と大剣を掲げてそれに応じた。

 ほんと仲が良いよなこの三人。


「あははは! 今は赤カードだっけ? やっぱ見た目は気にするよな。あたしもレオンたちBランクの金カードの奴らに羨ましがられたよ。猫人族のあたしが獅子人族と虎人族にだぜ? まあコウの力なんだけどな」


「リズは何度も死地を経験して生き延びたんだ。その資格はあるよ」


 俺はそう言って謙遜するリズの黒くてフサフサの猫耳を撫でた。リズはビクンッとした後に俺の手に頭を擦り付けてきた。かわいい。


 まあ確かにギルド証を発行してからは、今まで鑑定の銀板などでしかわからなかったランクが一目でわかるようになった。それはそれで奮起する者だけでなく、劣等感を感じる者なども出てきて全てが良い結果になっているとは言えないが、まあ悔しければ強くなればいい。ことランクに関しては努力した分だけ強くなる。


 三田たちのパワレベもC-ランクになったらやめるつもりだ。ティナたちはBランクに自力でなっているから俺が手伝ってAやSになっても大丈夫だが、三田たちはそうじゃないからな。しばらく元第1警備隊長のレオンたちと組ませて中級ダンジョン攻略させるつもりだ。


 警備隊は隊長格含めゴッソリ減って体力的に厳しくなった40代の獣人しか残ってない。今は新規の警備隊員を育成中だ。募集に応じてくれたエルフとダークエルフ以外はほとんど30代だけど……


 この間匿ったヤンヘルとライガンたち帝国のお尋ね者たち90名の中から希望者を警備隊にと思ったが、彼らの実力的にギルドマスター直轄部隊として雇うことにした。


 やってもらう仕事はギルド警察だ。憲兵とかMPとかそう言う感じだ。彼らはヤンヘルとライガンはじめAランクがそこそこいる。桜島のダンジョンでもう少しランクの底上げをしてやり、スキルも装備も充実させる予定だ。

 彼らはギルド員から恐れられる存在になってもらう。嫌な仕事だけど、このことを説明したら二つ返事で了承してくれた。同胞から恨まれるかもしれないのにな。俺はそんな彼らを大事にしようと思う。


「前方から火蜥蜴6! 」


 おっと、階段で長居し過ぎたみたいだ。

 三田が探知スキルでこちらに向かってくる火蜥蜴を感知したようだ。


「3人で処理しろ! 」


「「「はい! 」」」


 俺がそう指示をすると、田辺を先頭に三田と鈴木が続き前方へ駆け出した。その後をリズが万が一のためについて行っている。


 このダンジョンでは俺は一度しか手を出していない。さすがに初級ダンジョンで動かない魔物にトドメを刺して回る簡単なお仕事をしていたら、今後三田たちが初心者たちに笑われる。

 ただでさえ武器は黒鉄製で防具は中級ダンジョン下層のボスの飛竜の革だからな。さらには力の指輪に護りの指輪、そして魔力の指輪に自動治癒の祝福の指輪を全員がはめているんだ。初級ダンジョンくらい自力で攻略してもらわないと困る。


 三田たちは火蜥蜴の射程に入る前に鈴木が火球を放ち牽制し、火蜥蜴の足が止まったところで田辺が大剣を振りかざしながら突っ込み瞬く間に二体の火蜥蜴を葬った。

 そしてその後を三田が剣を持って突入し、スキルを放った鈴木が槍を持ち火蜥蜴の側面に回り込み突きを放っていった。


 火蜥蜴が口を開け火球を放とうとすると田辺が水弾でそれを相殺し、その口に鈴木が槍を突っ込み火蜥蜴の脳天を串刺しにした。

 そして最後2匹にとなった火蜥蜴にも油断せず、足を使って背後に回り込み確実に処理していった。


 うん、いい連携だな。リズも安心して見ている。


「お疲れ。もう少し散歩してから外に出るか。初級ダンジョンは最下層に階層転移室があるから楽でいいな」


「そうですね。アロサウルスのリポップにはもう1週間掛かるらしいですし、情報通りヴェロキラプトルがいないので初心者でも問題ないダンジョンということはわかりました」


 初級ダンジョンの最終階層のボスの復活には1ヶ月掛かる。中級で2ヶ月、上級はだいたい半年らしい。古代ダンジョンはわからん。攻略の記録が神話になってるくらいだからな。

 この初級ダンジョンは先月、初めて探索者によって攻略されたからボスがいない。10階層の中ボス部屋にはひときわデカイ火蜥蜴が一体と、普通の火蜥蜴が10体いたけどな。この辺はリポップが早いらしい。

 桜島の古代ダンジョンの80階層の王種のドラゴンはまだいない。早く復活して欲しいと思う。素材的な意味で。


 1~10階層までは体長1mほどの毒を持つデススネークや、オオトカゲ、2mほどの頭が2つあるツインスネークがいて、15階層からは火蜥蜴と体長1mほどの大きさの緑の皮膚を持つミニラプターがいた。コイツはヴェロキラプトルの小型版だ。ヴェロキラプトルが体長1.5mから大きな個体で2.5mはあるから、ちっこいミニラプターは可愛く見えたよ。数が多くかなりすばしっこいから、火蜥蜴よりも三田たちは苦戦してたけどな。


「先輩、竜系ダンジョンの魔物は総じて皮膚が硬いですね。下層だと最低でも黒鉄混じりの鉄剣は必要です。それと上層は攻撃力が低いかわりに毒を持つ個体が多いので、5等級の解毒のポーションも多めに必須だと思います」


「田辺がそう思うならそうなんだろう。うちは初級ダンジョンに挑む者には、装備を無償で貸し出しているから問題ないよ。解毒のポーションも5等級なら帝国から手に入るしな」


 装備は竜素材と黒鉄のインゴットを渡して帝国に作ってもらっている。初心者はいきなり火蜥蜴の革の装備スタートだ。武器は黒鉄節約の為に槍が多めだけどな。中級ランク以上の者には、桜島のダンジョンでドロップした黒鉄やミスリルの武器などを分割払いで売る予定だ。


 防具は竜素材を餌に帝国の職人を桜島に呼んでいるから、採寸が終われば飛竜や地竜の皮で作ってもらえる。これも格安でギルド員には販売する。職人は上位竜の皮と鱗の一部をやったら喜んで依頼を受けてくれたよ。

 ダンジョン産特有の特殊能力が付いている武器や防具は、ギルドへの貢献度の高い者にしか売らないと言ってある。英雄・伝説・神話とある中の英雄級装備を見せたら、エルフを含め皆の目の色が変わった。良い餌になりそうだ。


「それなら安心ですね。竜系のダンジョンで鍛えれば、鬼系はもとより猛獣系や死霊系のダンジョンで楽に戦えるようになると思います」


「死霊系はまたちょっと違うけどな〜。霊体が多いから魔力を武器に纏わせて戦うんだよ。魔力の消費が激しいから時間が掛かるんだよな〜」


 そういえば青木ヶ原の中級ダンジョンにも霊体がいたな。俺のスキルとは相性良すぎて三田たちが戦う前に消滅しちゃったんだよな。アレは魔力の塊みたいなもんだからな。


「あ〜そういえばいましたね。先輩が瞬殺して戦闘経験積めなかったですけど」


「あはは、悪い悪い。俺のスキルと相性良すぎてさ。今度青木ヶ原ダンジョンに真面目に攻略しに行ってみるか。多分俺の新技でフロアごと瞬殺しちゃうけど」


「18階層の火蜥蜴が死滅してたやつですね……確かにアレはとんでもないスキルでしたね」


 鈴木が俺が使ったスキルを思い出して肩をすくめている。


「初級ダンジョンのフロアは狭いからな。端から端まで普通に歩いて3~4時間程度の範囲なら射程内だよ」


 そう、俺は滅魔のスキルを進化させることに成功した。

 今まで滅魔は視界に映るものにしか効果を及ぼせなかった。しかし俺は魔帝との戦いで大気中にある魔素というものを認識した。これにより、視界に映っていない物にまでスキルの効果を及ぼせるようになった。


 そもそもだ。身体強化以外、自分より遠方にスキルの効果がなぜ現れるのか考えれば簡単な事だった。探知スキルはどうやって遠距離にいる魔力を持つ者を見つけている?

 答えは大気中の魔素を伝って探知しているんだ。遠距離のスキルは、スキルを発動した者から大気中の魔素を伝って効果を発現させている。


 それに気付いてからは早かった。直ぐに桜島のダンジョンに入り、探知で認識した全てのヴェロキラプトルに魔素を意識して滅魔を放った。結果は成功だった。大成功と言わないのは、視界に映らない移動しているものに対してはスキルを結構外したからだ。


 探知を掛けながら移動している物の動きを先読みし、その全てを認識してスキルを放たないと滅魔は効果がない。まあ当たり前と言えば当たり前だ。視覚で得る情報と探知で得る情報には大きく差がある。

 俺はそれから視覚外の移動しているものに滅魔を当てる練習をしているが、数が多いともう脳がパンクしそうだ。並列思考とかいうスキルがあるなら喉から手が出るほど欲しいよ。そんなもの無いけど。


 それでも火蜥蜴程度のノロイ動きの魔物なら対応できるようになった。多分これが限界な気がする。

 まあこれで密室での弱点が無くなった。壁の外に大量に潜まれようが、探知に反応さえすれば俺の視界に入る前に葬れる。

 つまりは帝城にいる全ての魔族を瞬殺できる。帝国がどれだけ俺のスキルを封じようと画策しても無駄だ。それを実行させる前に葬り去る。


 屋外での戦闘でも視界外の全方位に対処できる。まさにチートここに極まれりだな。

 ちなみに炎とか四属性のスキルも試してみた。が、こっちは全然ダメだった。焼けた跡があったから発動はしたんだと思う。けどイメージ不足で発火や凍らせたりは威力がまったくない。

 もともと滅魔は、目に映る物全てが対象になるという下地があったからできたんだろうなと思ったよ。


 迷宮の壁を縫うように進む炎槍とか、カッコいいと思ったんだけどな。やっぱりこの辺は視覚による正確な情報がないと難しいようだ。


 あとは現代兵器対策に結界の強度を調べるだけなんだが、こればっかりは試すに試せない。

 多分核以外なら防げる。核だけはわからないし、試したくない。帝国の技師のライムーン伯爵とかなら計算できるんだろうが、それは同時に帝国へ俺の『結界』のユニークスキルの詳細を知られることになる。

 それはまずい。だったら結界スキルの物理限界値はわからないままでいい。いつか信頼できる科学者が味方になるまでは。



「アハハハハ、すげーだろ! あたしの彼氏は最強なんだ。鈴木も三田も強くてコウみたいに優しければ獣人を恋人にできるぞ。あたしはコウより強い男が現れても好きにはならないけどな。まあそんな奴がこの世にいるとは思えねえけど。ウシシシシ! 」


 リズは俺の腕を取り胸に抱き、自分のことのように嬉しそうだ。

 俺はなんだか恥ずかしくて痒くもない鼻を掻いていた。


「そうですよね! ポメリちゃんも強くて守ってくれる男性が好みだと言ってました! 僕は強くなる! 強くなって阿久津さんみたいにポメリちゃんと……」


 ポメリちゃんて三田が狙ってる犬人族の子だったな。言語スキルを覚えてからは、毎日話してる姿を見かけるようになった。これはひょっとするとひょっとするか?

 問題があるとすれば、彼女は施設の年長組でまだ14歳なんだよな。このロリコンめ。


「ララさんより弱い自分にはなかなかに険しい道ですね。でも脈はあると思うんです。大事なことを教えてもらいましたし。へへへ……」


 ああ、この間俺にこっそりララさんてバージンなんですってとか言ってたやつか。アレは反応に困ったな。

 まあ三田たちには施設のことは話してないからな。知らないままでいいし、本人たちが話した時に受けいれられるかは鈴木の問題だ。 三田も鈴木も28にもなるんだ、童貞でもないし今さらそんなこと気にしないだろう。


「さて、階層転移室に向かいがてら火蜥蜴狩りをするぞ。明日は大分の別府にある中級ダンジョンだ。こっちは泊まりで行くからな。終われば別府温泉でゆっくりして帰ろう」


「「「はい! 」」」


「明日はシーナも来るからな。泊まりならあたしとシーナでコウの世話しねえとな。あたしたちがいないと着替えもできねえんだからよ。困った恋人だよまったく」


 リズは頬を緩ませ、満更でもない顔でそう言って俺の肩へ手を回した。


 まあその通りだな。朝起きたらティナが着替えを用意しておいてくれていて、その日ベッドにいる恋人かティナが着せてくれる。

 ご飯の時も箸は持つけどティナとシーナが食べさせてくれるし、リズが水やご飯のお代わりをすぐによそってくれる。

 食堂で一緒に食べているレミアやニーナたちも、その連携に驚くほどの手際の良さだ。

 夜は日替わりで一緒に入る恋人たちとお風呂から出れば、同じく寝間着が用意されていてそれも甲斐甲斐しく着せてくれる。

 家で俺が自ら身体を動かすのはベッドの上だけかもしれない。いや、それもティナやリズが上に乗ってることが多いか。

 うむ……これが王様プレイというやつか。

 しかも全員を愛してるし愛されている。


 俺はいま楽園に住んでいるんだな。



「「「くっ……羨ましい……」」」


 俺は三田たちの血涙を見て見ぬふりをして、リズのお尻にそっと手をやり撫でながら歩き出した。


 後日幸せを手に入れた三田たちが、この時の俺の後ろ姿が『俺を見よ俺に続け』と言っているようだったと語っていたよ。





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