第4話 復讐を終えた者、続ける者




「族長。ご無沙汰しています」


「勇者様。わざわざご足労頂きありがとうございます。先日は里の女たちが大挙してお邪魔をし、ご迷惑をお掛けし申し訳ございません」


「あはは、アフターサービスってやつですよ。四肢は治しましたが、まだ治しきれていない部分がありましたので。たいした事ではないです」



 日本総督府の外交局長と会談をしてから3日ほど経った今日。

 俺はテルミナ大陸南端のエルフの森奥地、真宵の谷にあるダークエルフの里へとやってきていた。


 ダークエルフの族長は比較的若く、見た目は40歳くらいで肩くらいの長さのグレーの髪をオールバックにしているイケメンだ。この族長は施設からエルフたちを連れ出し里に戻した後に、桜島行きの飛空艇の定期便が運航されるや否や桜島にわざわざお礼を言いに来てくれた。

 その時に大量にポーションを持ってきてくれんだよね。なんでもエルフの族長と話し合い出し合ったそうだ。

 それを俺は奴隷だったエルフがどこでこんなに手に入れたのか不思議に思いながらも、ギルドのためにありがたくもらったよ。


 今日は恋人たちは同伴していない。ティナとリズにシーナは、今日は桜島に住む者でギルドに加入を希望する者に対してギルド証を発行している。

 三田たちはカードを手に入れた者たちに対し、ギルド規約の説明会をしている。

 ギルド規約といっても特に真新しい物はなく、帝国の冒険者ギルドの規約のパクリだ。


 ギルドの指示に従うことと、他所で揉め事を起こさないこと。ダンジョンで得た魔石はギルドに売ること。ギルド員同士の揉め事で、ギルドに仲裁を望む場合はギルドで用意する場で話し合いまたは決闘をして解決すること。それ以外でのギルド員同士の刃傷沙汰は厳しく処罰すること。他の領地で罪を犯した場合は懲罰部隊を送るということや、ダンジョンで手に入れたアイテムの売り買いは、ギルドの売買システムを利用することとかそんな感じのものだ。マジックアイテムはギルド員同士で売り買いして欲しいからな。


 Eランクまでは無料で安全に育成する制度があると言ったら、帝国から来た一般の獣人たちがこぞって加入申請をしてきたよ。もちろん元ニートたちもほとんどが加入すると言ってきている。

 元ニートたちはまだダンジョンでのトラウマから逃れられない者もそれなりにいるからな。別にそういった者たちはギルドの支店を設立した時に、事務員として働いてくれればいい。


 まあそんなこんなで皆が『ギルド デビルバスターズ』の活動をスタートさせるために忙しく動いている。

 そんな中俺はダークエルフの里に族長から連絡があったから来たんだが、大量のバージンを誕生させた時の話を振られどう反応したらいいのかわからず治療の一環ですと答えていた。


「戻ってきた者より妻を通し、どういった治療をされたのか聞いております。私は気になどしないのですが、あの施設にいた者たちにとっては大事なことだったようで……施設より戻ってきてずっと暗かった若いダークエルフたちが、表情が明るくなり毎日精霊と楽しそうに過ごしております。身体だけではなく心も治療し救って頂いたこのご恩、我らダークエルフは生涯忘れることはないでしょう」


 確かに男からしてみれば処女厨でもない限りは気にしないからな。ただ女性としてはまた違うんだろう。過去は消せないが、身体が過去に戻ったから前に進もうと思えたってことかな?

 いずれにしろそこまで感謝されるようなことでもないんだけどな。


「よしてください。本当にたいした事じゃないんです。施設にいた人たちを助けたのもリズのかわいがっていた施設の子供たちを救うついでですし、治療もたまたまその能力が俺にあったからやっただけです」


「例えそうであったとしても、エルフを含め多くの我らの同胞が救われた事実は変わりません。そしてさらには今回のことも……勇者様のご慈悲に感謝を」


「感謝のお気持ちは受け取りました。ですが今回のことは、俺が彼らと別れる際にここに来るよう言ったことなので気にしないでください。それより彼らは怪我をしていると聞きました。案内をお願いします」


 そう、今日ここに来たのは施設で復讐のために別れたダークエルフ50人と獣人150人ほどが、数を減らしながらも生き延びてきたと聞いたから迎えに来たんだ。


「はい。皆相当無茶をしたようで、貴族や商人に雇われた傭兵たちが血眼になって探しております。四肢を失った者や動けない者もおり……勇者様。受けたご恩をお返しできていない状態で誠に図々しいことではございますが、どうかあの者たちをお救いください」


「俺は彼らとした個人的な約束を果たしに来ただけです。族長が恩を感じる必要はありませんよ。さあ、行きましょう」


 俺は頭を下げる族長を促し、匿われている彼らのもとへと案内をしてもらった。

 匿われている場所は谷をずっと降り、岩で偽装されている洞窟の中だった。


 確かにここなら帝国の探知スキル持ちには見つからないだろうな。俺の探知でもギリギリだ。

 しかし魔力の反応が90ほどしかない。Bランク以上あった者たちが半分以下か……やはり商人の奴隷だったダークエルフよりも、貴族の奴隷だった獣人の方が減っているな。


 俺は闇の精霊の力なのだろう。洞窟の入口付近の影に潜んでいたダークエルフの男と族長が話しているのを聞きながら、探知の結果に渋い顔になっていた。


 それから族長に促され洞窟の中へと入っていった。

 洞窟の中はかなり広く、至るところに横穴があった。

 そして奥へと行くと、あの日施設で別れた見知った顔たちが俺がやった装備を前に置き整列していた。

 ダークエルフも獣人も腕や目が無い者、寝たまま起き上がれない者などがチラホラいた。


「よう、久しぶり。目的は達したみたいだな。帝国のニュース聞いてたよ。皇家の御用商人で帝国一の富豪を襲撃、悪い噂の絶えなかった企業家の暗殺に男爵、子爵、伯爵と結構派手にやったな。エルフも元主人を殺した者が数名桜島に逃げてきている。約束通りお前たちも俺が匿おう」


「アクツ殿……アクツ殿にこの身体を治していただき、さらに装備や資金の支援をいただいていなければ我らは仲間の仇を討つことは叶いませんでした。改めて感謝を」


「アクツさん、俺もヤンヘルと同じだ。アクツさんに治してもらわなかったら妹の仇を取れなかった。妹はもう戻ってこねえが、妹を嬲り殺したあの伯爵とその配下の野郎どもに地獄を見せてやることができた。ほかの奴らも皆復讐をやり遂げた。これも全てアクツさんのおかげだ」


「俺は恋人たちのために動いただけだ。お前たちを治療したのはついでだ。その時たまたま俺と同じく復讐に燃える目をしていたから、手助けしてやりたくなっただけだ。装備も渡した金もたいしたものじゃないから気にすんな。これからはほとぼりが冷めるまで桜島でゆっくりしていればいい。温泉もあるし仕事をしたいならいくらでもある。その装備は記念にやるから持っておけ」


「アクツ殿。何から何まで……ありがとうございます……ありがとうございます」


 そう言って40人ほどいるダークエルフの先頭に立ちながら、ヤンヘルというダークエルフのリーダーっぽい男は頭を下げた。それと同時に後方のダークエルフたちも、獣人たちも皆が頭を下げていった。


 ヤンヘルもそうだが、獅子獣人のライガンという男も随分と険が取れたな。でもあの時妹の仇を取ると復讐に燃えた目をしていたが、今は目に力が無くなっているな。その背後にいる者たちも同じか。


 復讐を果たしたことで、失った大切な人たちの喪失感を改めて感じているんだろうな。そして次に何をやればいいのかわからず、目標を失っているというところか。


 今はゆっくり休めばいい。動いてないと落ち着かないなら仕事を割り振ってやる。警備隊の半分以上がギルドに入ってダンジョンに潜りたいとか言ってるしな。

 桜島には帝国の追っ手は来ない。同じ復讐を果たした者同士俺が守ってやるさ。


 俺は頭を下げるヤンヘルとライガンとその仲間たちに頭を上げるように言うと、戦利品ですと目録とマジックバッグを渡された。目録には大量のスキル書やマジックアイテムが書かれており、俺はそれをお前たちが使えと突き返した。しかし与えられてばかりでは、どうこの大恩を返せばいいのかわかりませんと全員に必死に訴えかけられ渋々受け取ることにした。


 まあこれでみんなの気が少しでも軽くなるからいいか。

 ここにいる者たちがまた戦う時にこれをくれてやればいいしな。


 そのあとはまずは起き上がれない者の治療を始めた。

 そして四肢を欠損した者、ポーションで傷は塞がったが大きな傷痕が残った者も治療して回った。

 そして女性にはコッソリと耳打ちをして、イメージすれば男性を知らない時の身体に戻れると伝えた。

 俺が耳打ちした猫人族の女性は目を見開いて驚き、隣にいた犬人族の女性にも耳打ちをし瞬く間に女性のダークエルフにも伝わっていった。

 復讐を終えて暗かった者たちの6割が希望に満ちた顔になった瞬間だった。


 それを見た男どもは皆不思議そうな顔をして、女性に何があったのか聞いていたが無視されていた。

 まあ知られたら男の間で広まるしな。大陸から来た何も知らない男たちに、後から詐欺とかなんとか言われる事もあるかも知れない。そんなことを言う男は俺がぶっ飛ばして海に放り投げるが。


「アクツさんありがてえ。2度も治療してもらって……女たちもなぜか異常に喜んでるが……」


「確かに……普段表情の薄いダークエルフの女たちも顔が緩んでいる」


「ははは、まあ色々あるんだよ色々とな」


「ククク……ライガン殿もヤンヘルも聞かぬ方がよい。私は妻に他言すれば里中の女たちから非難されることになると聞いているからな。知らぬ方がよい」


 俺がライガンとヤンヘルの疑問にどう答えようか困っていると、後ろでずっと穏やかな表情で皆を眺めていた族長が助け舟を出してくれた。


「族長……わかりました。聞かぬことにします。ダークエルフの女は恐ろしいですから」


「おいおい、怖えな。俺も知らなくていいや。獣人の女どももおっかねえからな」


「そのうちわかるさ。それにしてもダークエルフと獣人で損耗率の差が大き過ぎじゃないか? 闇精霊を扱うダークエルフは暗殺向きだし逃げやすいってのは確かにあるが……やはり貴族の警戒が厳しかったのか? 」


 俺は獣人が150人から50人ほどとなっており、女性獣人が半分以上を占めていたのが気になった。

 ダークエルフは闇の精霊魔法で姿を隠したりで、夜に暗殺を行えば生存率は高い。ニュースでは貴族を襲った獣人は何人かその場で殺されているし、捕まった者も自決したとは聞いている。それにしたってBランク以上あった者たちが100人以上もやられるのは、相当貴族の警戒が強かったとしか思えない。


「それが……俺たちは最後の貴族を殺った時に110人残っていた。そこで熊人族のグリードと別れることになったんだ」


「マジかよ。60人も帝国に残ったのか? 反乱を起こす気かよ。馬鹿が……」


 恨みを持つ最後の貴族に復讐した後に、お尋ね者なのに帝国に残るってことは反乱を起こすつもりとしか考えられない。

 自分たちを酷い目にあわせてきた貴族を殺しただけじゃ気が済まなかったんだろう。もしかしたらこうなるかもとは少し考えてはいた。だが気持ちはわかるが、それをやれば帝国もさすがに本腰をあげる。


 俺も個人的な復讐ではなく、本格的に反乱軍を組織した奴らを匿う気はない。帝国にもメンツがある。千や万の数を集めて組織的に帝国に反旗を翻した者たちを見逃しはしないだろう。そんなことをすれば、桜島に逃げれば安全だとあちこちで獣人が反乱を起こしかねない。

 俺はそんなものに巻き込まれたくはない。


 ゲリラ戦をやるのかは知らないが、手当たり次第に貴族や軍基地を襲撃すれば帝国に多く残っている一般の獣人たちへしわ寄せが行くことは間違いない。ただでさえ復讐したことで一般の獣人たちへの風当たりが強くなっている。殺されたのが領民にも嫌われている貴族ばかりということと、帝国が元奴隷への補償として急遽用意した住居もあり居場所を失うまではなっていないようだが、先を見越して桜島に逃れてきている獣人たちも多い。既に桜島に数千人の獣人が渡ってきている。

 それぞれが今月から帝国より生活保護の金をもらえるからうちの負担は少ないが、住むところの用意が間に合わない。

 今は多くの獣人たちに、各町の学校や体育館や公民館で生活してもらっているよ。


 そういう事も考え、ライガンたちはこれ以上同胞に迷惑を掛けることを望まなかったんだろう。だから復讐を果たしたあとはここに女性たちを連れて逃れてきた。


「ああ、50人ほどを引き連れて、スラムで元貴族の奴隷だった者たちを集めると……自由となった獣人の地位向上のために、帝国に獣人の強さを思い知らせてやるんだと息巻いていた」


「帝城に乗り込んだ俺が言うのもなんだけど、帝国を舐めすぎだろ。地位向上を求めるなら勉強をするかダンジョンを攻略して力を認めさせるべきだ。ライガン、桜島に来た後でいいからその馬鹿共に反乱軍を組織するなら、俺はお前たちを匿うつもりは無いと伝えてくれ。それで思い留まらないなら俺はもう知らん。勝手に死ねばいい」


 助け舟を出すのは一度だけだ。裏で俺が糸を引いてるとか思われたら、ギルドの活動の妨げになる。

 それにそんな頭の足らない奴は桜島にいらない。勝手に暴れて死ねばいい。


「わ、わかった。必ず伝える。同胞にも迷惑が掛かるから止めたかったんだが……本当にすまねえ」


「いいさ、もしかしたらこうなるかもとは少し思ってはいた」


 虎や熊など力の強い獣人は脳筋が多いからな。獅子と狼は割と思慮深い。犬と猫や兎に鼠人族はそれほど力が強くないから強いリーダーに従っている感じだ。獣人の世界は力が全てだ。賢くても力がないと付いてくるものはいない。

 ああ、リズは猫人族だけどオレの恋人だし実力もあるから、あの虎人族にもリーダーとして認められているけどな。


 それから俺はティナとシーナが作ってくれた差し入れを皆に振る舞い、酒も出してやり復讐の武勇伝を聞いたりした。俺もあの後復讐を果たしたと言ったら皆が自分のことのように喜んでくれた。

 嬉しくなった俺は復讐完了祝いだと外にいたダークエルフたちも呼び、いつのまにか宴会になっていた。


 そしてゲートキーの再使用時間となり、酔っ払っている男どもを背負う女性たちと一緒に桜島へと戻ってきた。俺も飲み過ぎてフラフラだった。


 ライガンやヤンヘルたちには、とりあえず今日のところはマジックテントで休んでもらうことにした。

 そして俺の家のすぐ近くにテントを展開して、俺も家に帰ったのだった。家に帰ると恋人たちも戻ってきており、酔っ払って帰った俺を全員で介抱してくれ添い寝をしてくれた。


 俺は子供のように扱われながらも、とても幸せな気分で眠りについたよ。




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