第3話 外交




「つまり阿久津さんは現日本総督府に思うところはないと? 」


「ええ、私としましては当時野党であった現総督府の方々には何も。枝谷総督はニート特別雇用法には賛成されていなかったようでしたしね」


 というより当時の野党は、与党のやることなすこと全て反対して嫌がらせをする存在でしかなかった。ニート法の時は二瓶や財務省やらからの圧力で評決を棄権しただけだ。反対したわけじゃない。

 そもそも総督になったのも敗戦で与党が没落して、最大野党だった国民の手党が消去法で上がっていっただけだ。

 そしてその時たまたま党首だった枝谷が子爵に総督へと指名された。

 オタク議員で有名なあの政治家が総督になるとは誰も予想していなかっただろうな。


「はい。総督は人権を何よりも重んじている方ですので……あのような非道な行為は断じて許されることではありません。日本という国は無くなりましたが、被害に遭われた方には現総督府より出来る限りの補償を行いたいと思います」


 農商局の資源部所属となった元自衛隊。今は救済軍か、彼らを次々とダンジョンに放り込んでいるくせによく言う。まあ高収入、高待遇の人気の職業らしいから皆自分の意思なんだろうが……不景気って怖いよな。



 12月も2週目に突入した頃。以前はクリスマスを楽しみにしていた若者たちは不景気でそれどころではなく、総督府前でデモをやったり犯罪に走る者が増え毎日強盗や窃盗事件のニュースがテレビでは流れていた。


 そんな中、俺は桜島総督府で日本総督府の外交局の局長である小澤という男と会談している。

 2週間ほど前から調整していた日本総督府の外交局、これは前害務省、おっと外務省か。まあ帝国領日本自治区の外交を担当する部署だな。その長が来訪してきたわけだ。

 ホットラインが無いので、鹿児島市長を通して連絡があり調整をした形だ。


 鹿児島市長とは良い関係を築いているからな。うちは帝国通貨を市に落としていってくれる貴重な存在だ。ダンジョンのある街なら、探索者たちが魔石や素材を換金した時に手に入る帝国通貨を落としていってくれるが、立ち入り禁止の桜島のダンジョンしか無い鹿児島市は手に入らない。

 帝国通貨は日本総督府が準備金として欲しがっているのと、今後貨幣価値が上がっていくから鹿児島市としては是非とも欲しいそうだ。


 駆け引きとかが無く、九州人らしくストーレートに心のうちを話す豪快な市長を俺は気に入り仲良くさせてもらっている。この間は漁船を出してもらって、ティナたちを連れて市長と釣りに行ったりもした。

 市長の周囲にいた人たちもだが、九州の人は本当に気持ちいい人ばかりだ。


 それに比べてこの小澤という男は……何を考えてるかさっぱりわからん。

 俺が前政権の行政議会(元国会)議員や役人を粛正したことを知り、総督府に悪感情を持っているか探りにきたのはわかる。警戒されるのも当然だろう。

 しかし挨拶の時の作り笑いといい、俺が悪感情がないと答えた時の反応といい全部が嘘くさいんだ。

 帝国貴族の方がよほど人間らしくさえ思えてくる。アイツらはプライドが高いのが災いして、ちょっとお馬鹿過ぎだとは思うが……


 俺のような一般人には政治家の腹の中はわかりようもないか……まあ日本総督府と良い関係を築くに越したことはない。この島に集まったニートたちの家族は本土にいるからな。

 最悪関係が悪化してもインフラは頼らないようにしているし、食糧も帝国からかなり多く輸入して時の止まる俺の空間収納の腕輪に備蓄している。武力は言わずもがなだから何をされようが島は大丈夫だが、俺たちのギルドは今後日本や世界各地にあるダンジョンに行くことになる。

 そのため他の自治区と連携して嫌がらせをされない程度には、お互い良い関係を築いておかないと色々やり難くなるのは確かだ。


 この小澤という男が会談を開始してからずっと探りを入れてきていることから、恐らく日本総督府も俺がどこまで帝国に影響力を持っているか測りかねているんだろう。そんな状態でヘタなちょっかいは出してこないはずだ。


 この小澤局長、戦前だと大臣のポジションらしいが、その局長の両サイドには美人外交官2人と背後にSPが5人立っていて、SPはD+ランクとそこそこの強さだ。スキルは身体強化と土壁や氷壁など防御系に特化しているな。

 ちなみに俺の隣にはティナが、背後にはリズと屈強な獣人の護衛が4人立っている。

 まあ俺が若いから見くびられないようにとリズが引き連れてきたんだ。なんせ実年齢はともかく見た目は20歳かそこらだからな。


 SPはこっちの強さがなんとなくわかるんだろう。部屋に入ってからずっと緊張しっぱなしで脂汗を流している。

 そりゃこっちは全員Bランク以上だから仕方ない。

 わからないのはこの小澤という政治家とお付きの役人だけだ。涼しい顔をしているよ。

 知らないって幸せだよな。



 さて、頼んでおいたことはやってくれたかね。


「そうですか、そうして頂けると犠牲になった仲間たちも浮かばれると思います。ところでお願いしておりました、この島のダンジョンで犠牲になった元自衛隊の方の所在ですが……」


「ええ、調べてきております。生存者は37名おりました。殉職した者たちの遺族の情報もあります。連絡も取れておりますので間違いないかと。しかしなぜこのような情報を? 」


 100人いた中の37名か……俺たちを逃がすために半数以上が犠牲に……自分たちだけならもっと助かっただろうに。


「はい。現在このダンジョンで亡くなった仲間たちのために慰霊碑を作っているところでして、その中に一緒にいた当時の自衛隊の方の名前も刻もうと思いまして。ご遺族の方と生存者の方には、慰霊祭を行う際にご出席願おうかと」


 ん? SPの1人が俺を見てから目をそっと伏せたな。元自衛隊員か? 同期にここのダンジョンで犠牲になった人がいるのかもしれないな。


「そうですか……日本総督府で行うべきことなのに、阿久津さんにやらせてしまい申し訳ありません。是非総督府にも費用を負担させていただければと思います」


「ありがとうございます。ですがこれは桜島総督府としてではなく、私個人で行うことですのでお気持ちだけ受け取らせていただきます。あくまでも一個人として仲間を弔いたいのです」


 お前らを関わらせたら、総督府の人間を毎年慰霊祭の度にこの島に入れなきゃなんねえじゃねえか。マスコミだって来るだろう。冗談じゃない。馬場さんや浜田たちをお前らの人気取りに利用されてたまるか。


「個人としてですか。それでしたら残念ですが……ですがそうですね、総督府にほかのダンジョンに慰霊碑を建てることを提案致しましょう。せめてもの償いにやるべきでしょう」


 さすが政治家。利用できるものはするってことか。桜島以外のことには口を出せない。木更津ダンジョンなどに慰霊碑を建て、高位の僧侶にお経を唱えてもらうこと事態は歓迎するけどな。慰霊祭とかマジでやめて欲しい。


「ありがとうございます。願わくば見世物にならないよう、静かに眠らせてあげて欲しいです」


「そうですか。ええそうですね。そのように総督府には伝えましょう」


 俺にはこれが精一杯だ。

 とりあえずはこれで自衛隊員の人たちの所在はわかった。あとは慰霊祭の準備だな。春頃がいいかな。

 俺たちが徴用されたあの季節にやるか。


「ところで……阿久津さんは帝国とはどのようなご関係で? モンドレット子爵家のフォースター準男爵様からは上級ダンジョンを攻略し、その功績とレアアイテムを皇帝陛下へと献上したことでこの桜島の自治と願いを一つ叶えてもらえたとか。阿久津さんは皇帝陛下とは御面識が? 」


「ええその通りです。この島のダンジョンから皆から遅れて脱出した後に、ある上級ダンジョンを2年掛けて攻略しました。その功績と献上したレア鉱石でできた鎧を皇帝陛下へ献上した報酬で、この桜島の自治と個人的な復讐を手伝ってもらいました。皇帝陛下とはその時に面識があります」


 面識どころか2日にいっぺんは電話が掛かってくるけどな。相変わらずダンジョンに入らないのかとか、スキルは何を持ってるのじゃ? とか停滞の指輪とか欲しくないのかとか催促がうるさいのなんの。

 しまいにゃオリビアはどうじゃ? 惚れたかとか言い出す始末だ。魔帝と公爵でハニートラップのためにオリビアを送りましたとか白状してるようなもんだろ。皇帝があんなんで帝国は大丈夫なのか? ポンコツ過ぎじゃね?


 あまりにもウザいし着信拒否機能も無いからオリビアに携帯を渡したんだけど、魔帝から掛かってくる度に半べそをかきながら『陛下に居留守は使えません』って俺のとこに持ってくるんだよな。さすがにかわいそうになったから仕方なく携帯を持ち歩くことにしてるんだけど、相変わらずくだらない内容の電話が掛かってきやがる。オリビアもいるしもういらないやって海に捨てたら、次の日に宰相名で新品が届くんだぜ? なんなんだこの呪いのアイテム。



「おお……それは凄い。日本人で皇帝陛下との謁見が叶ったのは、阿久津さんが初めてですね」


「小澤さん、日本人という表現は問題が……我々は人種や肌の色、思想も関係なく全ての者が帝国臣民ですので……日本は帝国領のいち自治領に過ぎませんよ」


 世界は全て帝国の領土だ。貴族の領土にしていないのは、貴族が地球の人族と結託し力を付けさないためだ。貴族軍を駐留させ自治政府の管理をさせる。自治政府は占領される前と変わらず領地の民を管理する。

 貴族の管理が悪かったら、帝国としては領土として与えてないのでいつでも管理する者を変えられる。


 貴族は自分の領地でなくとも、管理する領地から経済的利益を得られる。領地が広大で人口が多く、ダンジョンが多い土地ならばそれはもう相当な経済的利益を得られる。その分上納する魔石のノルマも増えるが、アイテムなどダンジョンで得られる利益は相当なものだ。


 ちなみにオリビア曰く、モンドレット子爵が子爵の身分で土地は狭いがダンジョンの多い日本の管理を与えられたのは、先代の当主が武闘派だったかららしい。そういった先代の功績と帝国に近いこともあり、寄親のコビール侯爵がバックアップをすることで管理を任されたそうだ。

 だがそのコビールは俺が殺して家も魔帝に取り潰されたから、日本にある7ヶ所の上級ダンジョンに入る人手が足らない上に、魔石の上納ノルマも相当あるから今後キツくなるようだ。ざまぁ。

 ちなみに桜島総督府は子爵家の管理外だ。ここは帝国政府が管理することになっている。だからオリビアが連絡員として赴任してきたわけだ。


 まあこんな感じで貴族は利権を失いたくないから管理を頑張っている。というか自治政府を鞭打っている。

 そういう感じでこの2年間やってきたようだ。


 ただ、地球にあった元国家はかなりの自治権を与えられていることから、帝国国民であることの認識がまだまだ甘い。三等国民と思いたくないのはわかるが、それを認めたくないから日本人だとかなんとか言い出すんだろう。帝国人という自覚が足らないんだよな。俺はまったく無いけど。


「おっと、これは失礼致しました。つい同族の阿久津さんが帝国に認められたのが嬉しくて。いやいや、失言でした」


「いえ……」


 チッ……わざとくせえな。 同じ日本人と認識させることで、本土にいる友人や親戚の存在を思い浮かばせて牽制している? それとも同族同士協力し合いましょうと言いたいのか? このどうとでも解釈できる言い回し……


 もうやだ! 政治家と話すと精神が削れる! 早く帰そう! うんそうしよう!


 俺はガリガリ削られていく精神の安寧のためにも、とっとと話を打ち切ろうと口を開こうとした。


「ところで阿久津さんはどうやら多額の帝国通貨をお持ちのようで……いえ、鹿児島市での両替もそうなのですが、最近帝国通貨を換金する民間人が増えてましてね? どうも皆さんあの悪法の被害に遭われた方のようでして……かなりの人数にかなりの額を渡されたそうですね? 」


 が、政治家からは逃げられない!


 今度は財布の中身を探りにきたか。まあ億は配ったからな。


「ええ、皇帝陛下に献上したアイテム以外にも高価なアイテムがあったので、買い取ってもらえたんですよ。探索者協会や総督府が動いてくれるとは思っていなかったので、少ないですが被害者に分配させていただきました」


「なんという……いやいや、阿久津さんの慈愛に満ちた精神にこの小澤二郎感服致しました! もしも今後帝国通貨を両替される際は、是非とも総督府にて高額で買い取らせていただきます。その際は是非お声掛けを。ああ、そうです! 今後の友好と連絡のためにも外部局の者をこの桜島に常駐させて頂けませんか? そうすれば隣接している領同士連携が取りやすくなると思うのですが……」


 なんというわざとらしさ! こりゃ帝国政府直轄の情報省の高等文官がこの島にいるから、俺をダシにして取り入ろうとしてんのか?


「両替の件は高額の場合は声を掛けさせて頂きます。日本総督府の方の常駐に関しましては、なにぶん総督府を開いて間もないので現状では受け入れができません。先日からこのビルに連絡員として来られた帝国の文官の方の受け入れも、不備が多く毎日お叱りを受けているほどですのでとてもとても……」


 毎日ビル内で俺の顔を見るとビクビクしてるのは帝国の文官たちの方なんだけどな。


「帝国政府の方がこのビルにですか!? それはそれは……今度是非ご紹介に授かりたいですな」


「ええそうですね。ですが大変気性の荒い方なので、相当な覚悟をしてお会いになった方がいいですよ? 帝国の高位貴族の方らしいので、地球人なんて人とは思っていませんから」


 これでも会いたいとか言ったらオリビアに言って脅させるか。

 そう考えるとオリビアもなかなかに使い道あるな。


「そ、そのようなことが……いえ、私としたことがこれは失言でした。子爵様を差し置いて帝国政府のお役人と接触するのは、あらぬ疑いをかけられるやもしれません。どうかお忘れください。いやいや、子爵様の影響下にない桜島総督府が羨ましいです」


「小さな島ですので」


 さすが政治家。危ない橋は渡らないか。


 それから帰りそうでなかなか帰らないのにイライラしたリズが、腰の双剣を弄りだしたところでSPが危険を察知したのか局長に耳打ちをした。そしたらほかの獣人たちも面白がって剣を弄り始めたのを見て、そそくさと帰っていった。

 俺はリズに振り向き失礼だぞといいつつこっそり親指を立てた。リズはニンマリと笑ってた。


 俺は局長が帰る際に調べ物をしてもらったことで借りを作りたくなかったので、4等級のポーションと5等級の護りの指輪を入れた箱をお土産で渡した。これは中級ダンジョンの下層辺りのボスを倒せば手に入るレベルの物だ。日本ではまだ数人しかいないから貴重品だろう。


 それにしても疲れた……もう政治家の相手はしたくないな。


 そうだ! こっちも小さいとは言え総督府を構えてるんだから外交局を設立するか。

 そしたら今後はそこの局長が相手すればいいしな。

 よしっ! 島に来た元ニートの誰かにやらせるか! 先週両足を直した沖田が適任かな。


 見栄えもいいし頭も良さそうだったしな。ただ本人はエルフスキーなのに、隣にいたフツメンの方にエルフの目がいってたのに落ち込んでたけどな。エルフ好きのイケメンはこの島で生活するのは酷かもしれん。


 まあいいや、そうと決まれば沖田を外交担当にしよう!

 確か本土から何人か寝たきりの元ニートたちを連れて帰ってきていたはずだ。


 俺はティナに沖田の居場所を聞いてから向かうのだった。

 面倒な仕事を押し付けるために。





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