第47話 再スタート
施設の子供たちが引越し準備にワイワイしている頃。
俺はティナとシーナを引き連れ、エルフの療養所という名の繁殖施設へとやってきていた。
ここは広場を囲むように3階建ての5つの建物が建っており、周囲には柵が巡らされていた。
ティナが里でこの施設出身のエルフから聞いた話では、この施設は女性のみ完全個室で、そこへ精力剤や興奮剤を投与された男性が訪れて子作りに励むらしい。
一応女性の意見は施設側も聞くようにしているらしく、嫌いな男が来ないようにはできるらしい。
それでも特定の相手を選べないのは苦痛だよな。
ここの施設長は帝国の文官という話だったが、執務室はもぬけの殻だった。
誰かに施設長の居場所を訪ねようと探してみたが、廊下をフラフラと歩くエルフ男性は両腕が無く頬もこけていてなんだか幽霊みたいで怖かったので、一階の食堂に行き厨房にいた年老いた獣人に色々聞いてみた。
老人の話ではどうやら施設長ほか帝国人の職員は、昨日のうちに兵士立ち会いのもと隷属の首輪を外してとっととこの施設を出たそうだ。それは隣の施設でも同じで、恐らくエルフやダークエルフに獣人たちからの報復が怖かったのではないかとのことだった。
それを聞いた俺はここにくる途中に見たエルフ男性のやつれ具合を見て、そんな元気残ってなさそうだったけどなとか考えていた。
まあ女性は恐らく元気なんだろう。
「ここの療養施設には何人くらいのエルフや獣人がいるんですか? 」
「300くらいかのう。ダークエルフの施設は400くらいはおる。獣人は種族をある程度限定しておるから少ないが、それでも500はおるかの? 」
ダークエルフよりも数の少ないエルフが多いのは長寿だからか。戦えなくなったエルフは寿命が長い分悲惨だな。
「エルフは長寿だから一番長く施設にいるのよ。500歳くらいになれば子供がさらにできにくくなるから里へ戻されるんだけどね。ダークエルフは200歳くらいまでかしら? 若いうちから戦えない身体になるのが一番悲惨なのよね」
「獣人は獅子人族や虎人族や猫人族に熊人族などの戦闘向きな種族がメインで、ほかは現役時代に能力の高かった人と、豹人族や白狼人族など希少種がいるらしいですぅ」
「ダンジョン攻略を視野に入れた繁殖か……」
「最初はエルフだけだったみたいなんだけど、数が増えたことからダークエルフと獣人もこういう施設に入れられたらしいわ。それでも数百年前からあるらしいんだけど」
「そうなのか……よし、わかった。ティナとシーナは各施設の館内放送室を見つけて、欠損した部位を治すから中庭に出てくるようにと言ってくれ」
もう全部俺が治してやるか。
魔力はいくらでも大気中にあるんだ、ラージヒールもかなり早く掛けられるようになったしな。
数は多いけどやってやるさ。
「ふふっ、コウならそう言うと思ってたわ。私の同胞をお願いね。お礼は今夜たっぷりするわ」
「はいですぅ! 獣人の施設に行って集めてきますぅ! 兎の同胞もお願いしますですぅ。お、お礼は兎を好きにしていただいて……その……」
「いやははは、楽しみにしているよ。それじゃあ頼むね」
「ええ、それじゃあ行ってくるわ」
そう言って手を振って食堂を出ていくティナたちを見送ったあと、厨房にいる老人にも残っている職員を連れて外に出てもらえるようお願いした。
「それは構わんがいったいどうするのじゃ? ワシらは今後も食材がちゃんと届くのか帝国に問い合わせなきゃならんのだが……」
「それは心配しなくていいです。ここにいるエルフや獣人たちはこの施設を出ると思いますので。残されたお爺さんたちには、俺のところで引き続き働いてもらえれば嬉しいです。衣食住にお給料も出しますのでお願いします」
「なんと!? 皆出て行ってしまうのか!? そうなるとワシら用無しになるから野垂れ死ぬ以外ないのう……面倒を見てもらえるのなら喜んで付いていくが、おぬしは帝国の人族ではないのだろう? 奴隷のワシらを抱えて給料というものまで出すのか? 」
「もうお爺さんたちは奴隷じゃないですよ。皇帝には話をつけてあります。日本という国の俺の管理する土地で過ごしてもらおうと思っています。そこで働いてもらいたいんです」
「皇帝に話をつけたじゃと!? 」
まあ黒髪の明らかに帝国人とは違う人族の言うことなんて信じられないよな。
俺は不安がる老人にとにかくほかの職員と広場に出てもらえるように言い、外に出ることにした。
俺がこれからやることを見て判断してくれればいいさ。
俺が広場に出てしばらくすると、各建物から人がまばらに出てくるのが見えた。
そのどれもが両腕の無い人や、片足に片目に大きな火傷跡など重度の怪我を負った女性たちだった。
その他の人は施設の窓から広場を眺めているようで、建物から出てくる気配はなかった。
まあラージヒールは数百年前使い手がいなかったみたいだしな。2等級ポーションなんて超貴重アイテムだし、恐らく良くてミドルヒールを掛けてもらえる程度に思っているんだろうな。
外に出てきた人たちはもしかしてと、藁をも掴む想いで出てきたのかもしれない。
エルフが多いことからラージヒールの存在を知っているんだろう。
俺は建物から出てお互いに支え合い、ゆっくりと歩いてくる3人のエルフ女性の元へと駆け寄った。
3人の中で中央にいるまだ若い女性は両腕の肘から先が無く、足は片方が義足のようだ。彼女はティナよりも薄い金色の髪でスレンダーな体型と、まさに物語に出てくるエルフの造形そのものだった。
頬には火傷跡があったが、それを差し引いてもとても美しい女性だった。
その女性を支える2人の女性も顔にそれぞれ大きな傷跡があり、片足も義足で眼帯をしていた。3人ともティナとは違う髪の色にスタイルだから、この人たちがティナの言っていた風精霊の森の人たちなのかもしれない。
「こんにちは、はじめまして。水精霊の湖のエスティナの恋人で阿久津といいます。ああ、ここでいいですよ。俺はラージヒールを使えますから貴女たちの怪我を治せます。どうか信じてその義足を外してもらえませんか? 」
「えっ!? ラージヒールを!? まさかとは思っていたけど、その黒髪と黒い目は噂に聞くこのチキュウの人族ですよね? それなのに古代ダンジョンの最下層にしかないと言われているラージヒールのスキル書を? 」
「ええ、そうです。と言っても信じられないか……百聞は一見にしかずかな。それならまずは腕から治しますね。『ラージヒール』 」
俺は右側にいる30歳くらいの見た目のエルフが信じられないようなので、最初だけ二度手間だけど中央の子の腕を治すことにした。
俺がスキルを放つと中央の子は少しうめきながら前のめりになったが、自分の肘の違和感に気付きそこから生えてくる腕を凝視していた。
「あ……ああ……腕が……私の腕が……」
「アイナ? え? ……ほ、本当に腕が……こ、これが伝説の回復スキル……」
「これで信じてもらえましたか? それでは義足を外してくれますか? ああ、俺の肩を貸します。今まで辛かったですね。今日からは幸せな日々を送ってください。『ラージヒール』 」
俺は涙を流しながら復活した腕を見つめる中央のアイナと呼ばれていた子に義足を外すように言うと、彼女は急いで義足を両手で外そうとした。しかし両隣で支えていた女性たちから急に離れたことから、前のめりに倒れそうになったのを俺が抱きかかえ、そのまま肩を貸しながらラージヒールを今度は全身へと掛けた。
足は膝から下が欠損していただけなので腕と同様に1分ほどで復活し、顔の火傷も綺麗に無くなっていた。
それを見届けた俺は、空間収納の腕輪からスリッパを取り出してアイナの新しい足に履かせた。
「スリッパしかなくてごめんね。靴はあとで街に買いに行こう」
「う……ううっ……足も……ありがとう……もう一生子供を作る道具で、1人でご飯を食べることも歩くこともできないのかと……ううっ……あり……がとうござい……ます」
「気にしないでいいよ。たまたま手に入れたスキルだし、俺の恋人の同胞だからね。できることをしてあげたいんだ。さあ、君たちも治すから俺の肩を使って」
「は、はい! お、お願いします! う、疑って申し訳ありませんでした」
「いいよいいよ。気にしないで。それじゃあいくよ? 『ラージヒール』 」
俺は続けて片目と片腕の無い30歳くらいの見た目の女性にスキルを発動した。
そして少しして彼女は眼帯を外し目が見えることに泣いて喜び、無くなった目の位置から涙が出ていることにさらにまた泣いていた。
俺は彼女の髪をひとなでしてから肩から手を離してもらい、もう1人の女性の足や顔の傷も治した。
火傷や顔の傷なら時間さえ経っていなければ、3等級のポーションやミドルヒールでも治るのにな。
貴族の奴隷のどこが扱いがいいんだってんだよ。
それから俺は治療が終わり3人で抱き合って泣いている彼女たちに、建物に向かって治った身体を見せて欲しいとお願いした。
彼女たちは頷いてくれたあとに、泣き笑いの表情でこちらを伺う建物の中にいる人たちに大きく手を振ってくれた。
「風精霊の森と水精霊の湖のエルフのみなさん! 私の両腕を見てください! 治りました! 1人でご飯食べられるようになりました! ここにいらっしゃるチキュウの優しい人族のアクツさんのおかげです! 」
「みんなー! 治ったの! 本物よ! ラージヒールの使い手のアクツさんに治してもらったわ! 見て! 足が! 目が! 見えるの! もう走ることができるの! 顔の傷もほらっ! 彼は救世主よ! 」
「ふふふ。コウ、ありがとう。アイナノアさんには昔良くしてもらったの。まさかここにいるなんて思ってなかったわ」
「コウさん! 見てください! 獣人の人たちもこっちに向かってきてくれてますぅ! 」
俺が彼女たちの声に照れていると、いつの間にか戻ってきたティナとシーナが俺の腕を抱きかかえて嬉しそうに話しかけてきた。
「こっちに向かってきていたダークエルフの女性も嬉しそうだ。希望を与えられたみたいで俺も嬉しいよ。さて、一気に人が出てきたな。ティナは人の整理をお願い。シーナはニーナちゃんたちを呼んできて欲しいんだけどいいかな? 」
「ええ、まかせて! 2列に並ばせるわ」
「はいですぅ! ニーナにも手伝ってもらいますぅ! 」
それからは大変だった。俺はひたすらラージヒールマシーンと化し、期待に満ちた表情で長い列を作って並ぶエルフやダークエルフ、それに獣人たちの四肢や火傷で動かなくなった部位などを治していった。
途中からは荷物をまとめ終えた子供たちにリズも手伝ってくれて、2時間ほどで治療を終えることができた。
ただ治療をしている時に少し気になったのは、身体が元に戻った喜びとともに暗い目つきをした獣人やダークエルフの男女がいくらかいたことだ。
あの目は知っている。俺も鏡で何度も見た。
恐らく自分たちをこんな目に合わせた者たちへ復讐をするんだろうな。仲間の仇を取りたいのかもしれない。首輪もなくダンジョンで得た力があり、四肢も元に戻ればそういう気にもなるだろう。
俺はそんな彼らを視界に収めながら、次々と感謝の言葉を俺に掛ける人たちに気にしないでいいと声を掛けていった。
子供たちなんてさ、まるで俺を神を見るかのように目をキラキラさせてて恥ずかしかったよ。
そして落ち着いた頃に俺は広場にいる人たちに、奴隷解放と今後成立する生活保護の法などを説明した。
その上でエルフたちには大陸の最南端のエルフ保護地区に送ると伝え、その他で帝国から離れて新しい土地で働きたい者は、俺が面倒を見るので2時間後に荷物と買い物を済ましてここに集まるように言った。
そして支度金として1人あたり銀貨2枚を渡していった。これは日本円にすると2万円でそれを1000人ほどに渡した。生えてきた足の靴も無いし、義足のために切ってしまったズボンや服ばかりだからな。帝国は物価が安いらしいからこれで揃えられるはずだ。
そんな中で帝国に残るという200人ほどの人たちには小金貨を2枚づつ渡した。日本円で20万くらいだな。
この人たちは皆がBランク以上の獣人とダークエルフだった。
俺は各種族ごとに固まっている彼らに小金貨を渡してから今後の話をした。
「目的を達成してこの帝国を離れなければならなくなったら、エルフの里に行ってくれ。里の長老には話をしておく。そこで俺が迎えに行くまで隠れていてくれ。帝国から俺が匿うよ。それとこれはダンジョンで手に入れた普通の装備だけど、まあ護身用に使ってくれ。護身用にね」
俺はそう言って古代ダンジョンの上層のボス部屋で拾った武器や防具に、宝箱から出てきた特殊能力などが付いていないハズレの武器を大量にその場に出して置いた。
防具は全然足らないけど武器は足りているから大丈夫だろう。
「……すまんアクツさん恩にきる。どうしてもアイツだけは……妹と仲間の仇を……」
「アクツ殿、貴殿に最大の感謝を。私たちはどうしてもあの強欲な商人へ報復せねばならぬのだ。多くの同胞を殺したあの者たちをこの手で……」
「気にしないでいいよ。俺も帝国人は万単位で殺してるから。エルフの里にさえ辿り着ければ助けてやれる。慎重にそして確実に事を済ませたらまた会おう。死ぬなよ? あとこれはおまけだ」
俺は復讐に燃える数十人の男女からなる獣人とダークエルフの各グループに、5等級と4等級のポーションを適当に入れたマジックポーチを2つ投げ渡した。
「万……あ……ああ。必ず……必ず……俺は獅子族のライガンだ! この恩は必ず返す! 」
「こ、これはポーション……私は真宵の谷のヤンヘル。ダークエルフは恩を忘れぬ。事を成したあとはここにいる者はアクツ殿のためにこの命を捧げよう」
「よしてくれ。せっかく自由になれたんだ。あなた達は自由に生きればいい。あなた達を助けたのは俺の恋人のエスティナとリズとシーナの同胞だからだ。彼女たちがいなかったらここへは来なかったし、助けようとも思わなかった。感謝するなら彼女たちにしてくれ。じゃあ俺はやる事あるから、またな! 」
俺はこの場にいる者たちに一斉に頭を下げられ、周囲にいる人たちから注目されたので恥ずかしくなりその場を急いで去った。
なんというか純粋だよな。だから帝国人の悪意に利用されてきたんだろうけどさ。
まあその帝国人もこれから報いを受けるだろう。俺もやらなきゃならないことが多いから手を貸すことはできないが、せめて匿うくらいはできるさ。
そう、桜島に追っ手がくるなら全部追い返してやるくらいはできる。
さて、とっととゲートを繋いでエルフの森に行ってから日本に帰るかな。
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