第42話 悲願




 ーー テルミナ帝国 帝城 謁見の間 テルミナ帝国皇帝 ゼオルム・テルミナ ーー





「ぬおっ! 待つのじゃ魔王! 」


 余が魔王を引き留めようと向かうと、魔王は尻を叩いた後に黄金に輝く門を潜っていった。

 そしてその後すぐに門もこの謁見の間から消え去った。


「陛下、よもやあの秘宝が一番渡って欲しくない者の手に渡るとは……謁見の間を1つ下の階に移すほかありませぬな」


「ぐぬぬぬ……まさかゲートキーを奪った者が【魔】の古代ダンジョンに挑んでおったとは……マジックバッグ高級と申しておったな? それも過去に皇家が保有していた物である。やはり過去に宝物庫より持ち出したのは皇族の者であったのだろう」


 しかし滅魔のスキルを持つ者がいつでもこの帝城に現れることができるとは……悪夢以外何物でもないのう。

 わざわざ余にあれを見せたのは牽制、いや脅しかのう。

 欲がなく慎重で頭もそこそこ回る。なんとも厄介な者が滅魔とゲートキーを手に入れたものよ。

 せめてもの救いは連続使用ができぬというところかの。それでも魔王を捕まえることは格段に難しくなったがのう。


「なにぶん1500年前に何者かに奪われたという記録しかございませんでしたので。ただ、宝物庫に入れる者は限られておりますれば……」


「先々代は愚帝であったからの。獣人の反乱に貴族の腐敗と帝国も混乱しておった。それを先代が苦労して立て直したがのう」


 あの時代は帝国にとって悪夢のような時代であったと祖父が言っておったのう。

 まあその祖父も余にとっては悪魔のような存在であったがの。


「先代様でございますか……」


「武力にて帝国をまとめた苛烈な祖父であったな。それゆえ多方から恨みを買い、最後は余が亡き者にしたがな」


 まさか200年前にその先代皇帝を殺した余が皇帝に選ばれるとはな。デルミナ様は復讐を成し遂げた余を気に入ったそうじゃが。これも罰なのやもしれぬのう。


「あの事はダンジョン内での出来事ゆえ……【冥】のダンジョンの下層ではそういった事故も起こり得るかと」


「ククク……事故か。その件ではリヒテンに娘が世話になったのう。ことが終わった時に妻たちと別れ、メレスと共にひっそりと暮らすつもりであったのだがな。まさか皇帝に指名されるとはな。デルミナ様の加護を得た時は心底驚いたものよ」


「いえ、私は何も。それがデルミナ様のご意思であらせられれば」


 デルミナ様は強い負の感情を好まれるゆえな。アルディスの仇を討つために皇帝を倒した余を気に入ったのであろう。そして皇帝を殺した責任を皇帝となって取れという事なのであろうな。


 娘のメレスを守れるのであればと余は受け入れたが……これほどに皇帝の仕事が大変とはの。

 よりにもよって魔人以外の者が、【魔】の古代ダンジョンを攻略した時代の皇帝となるとは……

 いや、今は誰であろうと滅魔のスキルを持つ者がいることを喜ぶべきなのであろう。


「フッ……しかし魔王め、ふざけた態度とは裏腹に隙がないのう」


「欲が無い者はやり難いですな。さらに自身の安全を確保することを第一に考えております。恐れながら事ここに至っては、取り込むことは難しくも敵対することは避けるべきと愚考いたします」


「うむ、そうじゃの……しかし配下にしたかったのう……アダマンタイトが通用しないとは思わなんだ。人族の残した文献も完全ではなかったようじゃ。まさか魔素まで吸収できるとは……アダマンタイトと密室という二つの弱点が通じないのは痛いのう」


「陛下、私は最初に撃滅し捕獲すべきと申し上げたはずでございます。2階と4階の東西の階段を塞ぎ、各階を通らせて謁見の間に誘導すべきと。そのために1万の兵を伏せさせておりましたのに、それを却下されたのは陛下でございます。陛下がこの謁見の間へ真っ直ぐ誘導し、どうしても対峙したいとおっしゃった時も反対を致しました。その上で強行なさる際に、決して戦わないと約束をしていただけたはずです。そして魔王が手を出した時は、十二神将を盾としお下がりいただけるとも。まさか全ての約束を破られるとは……このリヒテンラウド。心臓が止まる思いでございました」


「ぐっ……欲深き地球の人族など、世界をやると言えば降ると思っておった。しかしそれを断りまさかアダマンタイトを見たうえでも向かってくるとはな。余の失策じゃった。マイヤードやフランメルらには悪いことをしたのう」


 あの時の魔王は、余があれほどの好条件で誘っておるのに見向きもせず。よりにもよって全ての奴隷を解放しろなどどぬかしおった。アダマンタイトを最初に見た時の反応からして、あの態度は虚勢だと確信しておったのじゃがな。


 黙って世界を受けとっておけば、一緒にいた者たちだけであれば奴隷から解放してやるつもりじゃった。

 しかし魔王はそれを断った。それゆえ四肢を切り取り完全に屈服させるつもりであった。その後にエルフを人質に取り来たる戦いに魔王を使うつもりであったが、完全な誤算であったわ。


「陛下……もう無茶をするのはおやめください。十二神将はもともと陛下の盾となる予定の者でしたので、お気になさる必要はございませぬ。ロンドメル公爵家とオズボード公爵家は一族の者を失ったことに対し報復をと騒ぐでしょうが、私が魔王のことをスキルの内容は伏せつつも伝えておきます。【魔】の古代ダンジョン攻略者であることと、帝都防衛軍の惨状を目にすれば手を出そうとは思いますまい」


「ロンドメルとオズボードの小者どもか……あの二家の現当主はハズレゆえ魔王に殺されればよいのだ。リヒテンがどれほど説明しようとも、地球の人族があの古代ダンジョンを攻略したなど奴らは信じまい。奴らが暴走した時に、帝国に迷惑が掛からないよう魔王に知らせておけばよい」


 あの野心家どもめ。デルミナ様のご意思を勝手に予測し、次期皇帝は自分だと思っておる愚か者め。

 余が死ぬのを今か今かと待っておるのが透けて見えるわ。

 どれほど釘を刺そうとも裏で搦め手を使い魔王に手を出すのは明白。監視をし帝国の本意ではないことを事前に魔王に伝えておけばよかろう。あとは勝手に自滅するであろうよ。


「……その可能性もございますな。承知しました。公爵家の動きに目を光らせておきます。動きがあれば魔王に警告しておきましょう。奴隷の解放の件もよもや勅令に逆らわぬとは思いますが、念を押しておく必要がありますな」


「奴隷の解放か……先代皇帝の時代から待遇が良くなっているが、貴族どもが相当酷使しておったようだの。魔王にコビールが殺されたことから奴が魔王をこの大陸に呼び込んだのであろう」


 コビールの領軍基地から送られてきた映像がもっと早く余のところに上がっておれば、帝都防衛軍も余計な被害を出さずに済んだものを……軍のトップを粛清せねばならぬな。


 それにコビール侯爵家は魔王を帝都に呼び込んだ罪で取り潰しじゃの。一族もコビールのもとへ送ってやらねばなるまい。やはりダンジョンに挑まぬ高位貴族はいらぬのう。

 今後は最低Sランクに到達していない者は家督を継ぐことを禁止すべきじゃな。


「申し訳ございませぬ。私のところにはそういった情報は上がってきておりませんでした。情報庁の者も大掃除をしなければなりませぬな」


「人口を増やしたのは良いが、貴族も増えすぎたのう。少し減らさねばなるまい。あまりにも多過ぎて目が届かぬ。まあ奴隷解放された亜人に幾人か殺されるであろうがな。自業自得じゃな」


 法に則って奴隷を扱っておったのであれば殺されることは無かろう。

 しかし奴隷解放はあちこちからの苦情がうるさそうじゃ。リヒテンに全て任せるしかないの。


「貴族殺しでございますか。重罪ですので処刑するほかはございませんが、エルフはいかがなされますか? 」


「……魔王のところへ逃がせ。エルフは帝国の保険ゆえ減らせぬ」


「……承知いたしました。しかし魔王のところに高ランクのエルフを行かせてもよろしいのですか? 数を集め帝国に反旗をひるがえすことも……」


「ククク……心配ない。あの男は余と同じく地球の国家を恐れておる。魔王のスキルは魔人には絶大な効果があるが、人族にはそこまで効果はないからの。魔王はよく分かっておるよ。帝国が滅んで困るのは魔王じゃとな。それゆえ亜人の旗頭にはならぬし、地球の国家にも味方はせぬであろう。一緒にいたエルフと獣人のためにもな」


 帝国の技術は地球から来た迷い人によってもたらされた物。それを先祖が滅ぼしたテルミナ世界の人族の魔導技術で作ったゆえに地球の兵器を圧倒できたが、いつか地球の者たちは科学と魔導技術を融合させたより強力な兵器を創り出すであろう。


 魔石や魔力の研究を禁止していても、それは研究を遅らせる程度の効果しかあるまい。

 ならばそれよりも早く我が帝国が科学と魔導技術を融合させた兵器を作ればいいだけの話よ。

 魔王もいつか滅魔に対抗しうる兵器ができるのを予測しておる。

 余を殺さず交渉を何度も持ちかけたのは、それを扱うのが地球の人族か魔人かと天秤にかけた時に魔人を選んだゆえのこと。とことんリスクが低い方を選ぶ男よな。しかしそれゆえに行動が読みやすい。


 魔王は帝国に存続してもらわねば困ると思っておるのは確実じゃ。ならば亜人の反乱には手を貸さぬであろう。

 であるから余は奴隷解放を呑んだのだ。貴族にエルフを雇わせることも禁止するのは良い案であった。

 魔人とエルフは距離を置かねばならぬからな。帝国のためにも、メレスのような子を増やさぬためにもな。


「なるほど。最悪の事態を想定した時に、よりリスクが低い方を選んだという訳ですな。確かにあの男は恐ろしく慎重な者でした。ふむ……ならば今のところは心配はなさそうですな。しかし監視は付けます。万が一がございますゆえ」


「好きにせよ。魔王にはこれから色々と働いてもらわねばならぬゆえ、守る者を増やさせねばならぬ。あの男は守る者が増れば、何かあった時に必ず立ち上がるであろう。好きなおなごのために帝国を敵に回すほどの者ゆえな。それがわかったのが唯一の収穫じゃな。おお、それとこのオリハルコンの鎧と剣もな。ククク……良い物を持ってきてくれたのう」


「さすがは陛下でございますな。魔王の人となりを見て、我らに力を貸さざるを得ない環境を作ればよいとお考えにるとは。確かに今後起こり得る帝国の危機は、この地球世界の危機でございますからな。それに魔王の協力があれば将来の魔素の問題も片付きますな。使用済みの魔石をダンジョン内でなんとか補充させたいものですな」


「うむ。魔王が生きているうちに作れるだけ作らせたいのう。やはり余の配下にできていればのう……」


 余ら魔人は魔素が無ければ生きられぬ。

 それゆえにダンジョンにおる魔界や冥界や幻獣界に蟲界から召喚された魔物どもを殺し、魔石を得てそれを外で使用し魔素を放出させておる。

 なによりダンジョン内の魔物を倒せば、大量の魔素がダンジョン内に放出される。そしてその魔素はある一定の濃度となると外へと放出される。


 ダンジョンは世界の魔力を吸い続けるヒルのようなものじゃ。

 魔物を常に殺し続けなければ一切の魔素を放出せず、世界の魔力を一方的に吸い上げるだけの存在である。

 そしてその魔力により魔物を次々と召喚し、ダンジョンに魔物が溜まればダンジョンはその規模を拡げランクアップする。

 そうして上級ダンジョンに達すれば今度は新しいダンジョンを産みだす。一度増えたダンジョンは無くならぬ。それはつまり世界の魔力を吸い上げるダンジョンが増えるということじゃ。


 魔力を吸い上げるだけ吸い上げで魔素を自発的に放出せぬのであれば、いずれ世界の魔力が枯渇する。

 そうなれば大地から微量ながらも滲み出ている魔素すらも無くなる。

 エルフの森を介して精霊界から精霊を介して流れ込んでくる魔素だけでは、到底余ら魔人が生きるだけの魔素は賄えまい。


 それゆえにダンジョンの攻略を貴族と兵の義務として行わせておったが、もともとテルミナの世界は神界の神々が試験的に創った世界ゆえ世界に存在する総魔力が少ない。

 そんな中で人口の増加に伴い、安定した魔素の供給が危ぶまれていた時であった。


 テルミナの世界は数百年後には魔力が枯渇するとの神託がデルミナ様よりあり、余は70年前よりテルミナ世界から地球世界への大規模転移を計画したのだ。


 これはテルミナの世界を神界の神々が見捨てていたとはいえ、帝国中の魔石を使うだけではなくデルミナ様の力を大量に使わねばならないほどの大規模な転移であった。

 それゆえに失敗は許されず、かつ地球世界の国家に負けることも許されないことから綿密な計画が練られた。


 まず地球の技術や情報収集に関し数年に一度現れる迷い人頼みでは無く、滅ぼした人族が残した地球の人族を召喚及び送還する古代魔法陣を使い、各公爵家の者をこの地球に送った。

 恐ろしいほどの魔力が必要なことからそう頻繁には送り込めなかったが、それでも12名の高い能力を持つ者たちを送り込むことに成功した。


 その成果はこの世界に大陸ごと転移した時にすぐに現れた。

 想定していたとはいえ先に送ったた臣下の者たちは、この地球世界のそれぞれ違う時代に送られたようであった。ゆえに送還陣を使用する際に余と顔を合わした者はとうの昔に生を終えておった。


 しかしその子孫が人族と交わり血を薄める屈辱に耐えながらも命を繋ぎ、見事この地球世界を陰で支配するまでの組織となっておった。


 彼らの献身のおかげで、余らはたいした犠牲もなくこの地球を支配するに至った。


 ここまでは計画通りであった。


 しかし予想していたよりも魔素が遥かに濃い地球に、余らは不安を覚えた。


「魔石への魔力の補充は将来の為ですが、まずは恐らく現れるであろうあの者たちへの対応ですな。科学と魔導技術を融合させた強力な兵器と、地球の人族を最低限のランクにし雑兵として使う計画でしたが間に合いそうもありませぬな」


「うむ……予想より魔素が濃かった原因は魔王が教えてくれたのう。余らがこの世界に来る前に【魔】の古代ダンジョンが放出したのが原因であろう。奴らとの本格的な戦いは100年先と見ておったが、かなり早まりそうじゃ」


 古代ダンジョンだけは特殊でダンジョンの増殖はせぬ。その代わり強力な魔物を産みだす。

 中でも【魔】の古代ダンジョンは、竜種という幻獣界から召喚される最強の種族がおるダンジョンじゃ。

 数千年のうち下層にたどり着いた者は数えるほどしかおらず、下層の竜種を倒すにはかなりの武力を必要とした。余でさえ69階層で攻略が止まっておる。


 その古代ダンジョンが攻略されたのじゃ。


【魔】の古代ダンジョンはそれは相当な魔素を放出したのであろう。


 神の加護を失ったこの地球に余らが転移してきたことにより、ダンジョンから魔素を供給することができるようになった。

 そして過剰ともいえるこの魔素の濃度。これだけの条件が整っておれば、この世界に必ず奴らは現れる。

 今は余らがどこの世界に転移をしたのか探している段階であろうが、必ず奴らはこの地球世界を見つけ現れる。


 魔界での争いに敗れ追放された魔神デルミナ様と、その眷属である我らを滅ぼすために悪魔たちが必ず。


 これまでは撃退できたが、それは余らがいたテルミナの世界。人族が【アデン】と呼んでおったその世界は魔素が薄かったからじゃ。


 それゆえに悪魔どもはたいした数も送り込めなかった。奴らも魔素が無ければ生きられぬゆえな。

 それゆえ当然高い能力を有する悪魔も現れる事はなかった。

 これまでは十二神将とその配下の者たちのみで極秘に処理をすることができたが、この地球には強力な悪魔が数を揃えて侵攻できる環境が整っておる。


 余ら魔人族は魔界の侵攻を跳ね返し、いずれデルミナ様の悲願である魔界への復帰を実現せねばならぬ。

 そして魔人族の魔界の領土と地位回復を成し遂げる事こそが、我らの数千年に及ぶ悲願である。


 そのためには魔王の力は必要よ。

 今は魔王に守る者を与えて増やし、悪魔との戦いに引きずり込まねはならぬ。

 そうして時間を稼がなければ、我らは魔界からの物量に押し潰されるであろう。



 魔王よ、よくぞ滅魔の力を手に入れてくれたものよ。


 配下にはできなかったが魔王は必ず悪魔どもと戦うことになるだろう。


 それは望まぬとも余ら魔人のための戦いとなろう。


 魔王には奮闘してもらわねばならぬな。そのためであれば多少のことは目をつぶろうて。


 あの男は我ら魔人を統べ悪魔と戦う魔王であるからのう。






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