第43話 回想






「わっははは! ざまぁ魔帝! ………ってあれ? 真っ暗だな」


 俺たちが謁見の間からゲートキーで現れた門を潜ると、そこはカビ臭くて暗い空間だった。


「シーナ? ノーマン子爵の屋敷に繋いだのよね? 」


「はいですぅ! ここは子爵家のお屋敷の敷地内にある奴隷宿舎の物置部屋ですぅ」


「ああそういうことか、いきなりあたしたちが屋敷に現れても警備兵がすっ飛んでくるもんな」


「そういえばそうだね。いくら勅令が伝わってるとしても、俺たちが貴族の屋敷にいるのはさすがにマズイか。ここでシーナの妹が帰ってくるのを待って、ゲートキーで出た方が安全だな」


 確かにリズの言うとおり三等国民の地球人である俺と、ついさっきまで奴隷の身分だったティナたちが屋敷にいたら大騒ぎになるよな。

 このあとリズのいた施設にもいかないといけないし、ここで騒ぎになるのは避けるべきだな。


「確かにそうよね。正門から入ろうとしても入れてくれないでしょうし、それなのに中にいたら問答無用で攻撃されるわね」


「はいです。もう夕方ですので、今はお屋敷の中でほかの子たちと忙しくしていると思いますです」


「そっか。なるべく早く引き取りたいけど、確か貴族の屋敷で働く奴隷は体面もあるから悪い扱いをされてないんだったっけ? 」


 来客が来た時とか体面を保つためにそこそこ待遇はいいけど、貴族の機嫌次第で簡単に売られるか物理的に処分されちゃうって聞いたな。


「はいです。一応は身綺麗な格好をさせてもらえますです。ですが兎がいなくなったので、ニーナが子爵家の人たちにいじめられていないか心配です」


「八つ当たりか……確かリズはニーナちゃんと同じ施設だったんだよね? ここから探知で反応を拾える? まずは無事かどうかだけ確認したい」


 令嬢と一緒にいたシーナの妹だからな。難癖つけて八つ当たりでイジメられている可能性もあるが、シーナがこの屋敷からいなくなって4ヶ月経っている。どこかに売られてたりしている可能性も無いとは言えない。そうなったらとっととこの屋敷の奴らを締め上げて居場所を突き止めないといけないしな。

 この中でニーナちゃんの魔力反応を知っていて、探知が使えるのはリズだけだから確認してもらわないとな。


「大丈夫だって。ここに来てすぐに確認したからよ。ちゃんと複数の人間がいるところに反応があるぜ」


「よかったですぅ……」


「それじゃあここで帰って来るのを待ちましょう。貴族は夜に奴隷を屋敷には入れないからそう遅くない時間には帰ってくるでしょう」


「はいです。22時にはほかの子たちと一緒に戻ってくるはずです」


 22時か。あと5時間ちょいかな。ゲートキーの再利用までの時間もあるしちょうどいいかもな。

 それまでの間に食事をするか。昼に魔導車に乗りながら少し食べたくらいだから腹が鳴りまくりだよ。


「それじゃあ俺たちの家で食事とお風呂に入って21時までゆっくりしようか。お腹ぺこぺこでさ」


「うふふ、そうね。私もお腹空いたわ。今日はコウが私たちのために命を懸けて帝国と戦ってくれたからたくさん美味しい物を作ってあげるわね。私たちの家で」


「兎もいっぱいコウさんのために作ります! あ、愛情をこめてその……作りますです! 」


「しょうがねえなぁ。あたしたちを助けるために大暴れしたコウにあたしも作ってやるか! カッコよかったぜコウ! まあその……惚れ直したぜ? 」


「あ〜いやその……まあ無我夢中だったから。みんなを助けられて本当に良かったよ。そ、それよりテント出してよ。家に入ろう」


「うふふ、コウったら照れちゃって。ご飯食べたらまたみんなでお風呂で背中を流してあげるわ。今日はコウになんでもしてあげたい気分なの」


「え? マジ? 」


 今なんでもしてくれるって言ったよね!? やべ! お風呂が超楽しみになってきた!

 今日こそはティナのあの大きな胸で背中を洗ってもらえるかも!?


 俺は熱い眼差しで俺を見つめるティナと、顔を真っ赤にして頷くシーナにしょうがないなぁとティナの言葉を肯定するリズを見てテンションMAXになっていた。

 そしてリズが収納の指輪から取り出したマジックテント高級を狭い物置部屋になんとか展開し、結界を念のため張りみんなでテントの中に入っていった。


「ああ……帰ってきたわ。コウと一緒にこの部屋に……」


「また戻って来れましたですぅ……」


「たった数日振りなんだけど色々あったからね」


「だな。もう二度とここにはコウと来れないと思ってたからな……」


 俺はティナとリズとシーナと一緒に玄関で立ち止まり、リビングを見てまたみんなでこの部屋に戻ってこれたことに感動していた。

 俺はそんな3人を眺めながらふとマスクをしたままなのに気付き、色々と世話になったこのマスクを空間収納の腕輪へとしまった。

 日焼けして変な顔になってないかな?


 ふぅ……それにしても夜中にウンディーネがティナたちの危機を知らせにきてくれて、すぐに横須賀に飛んで兵士を拷問してゲートでテルミナ大陸に行って、そこで戦闘機やら飛空戦艦やらとやりあって。

 なんとかティナたちが処刑される前にたどり着いてコビール侯爵も兵も皆殺しにして。

 そのまま帝城に乗り込んで魔帝のスキル対策に一瞬ピンチになって、でもなんとか勝てて。

 魔帝に奴隷解放を呑ませて桜島と古代ダンジョンの管理権を手に入れた。

 これがたった1日の間に起こったこととか、いくらなんでも濃すぎだろ。


 それにしても魔帝はマジで怖かった。帝城中からもの凄い数の魔力反応もあったし、あの数に死兵となって数で襲い掛かられていたら押し潰されていた可能性もある。

 魔帝との交渉だって精神耐性のこのマスクが無かったら、俺みたいな小心者じゃ絶対うまくいかなかった。

 やばかった。ほんと色々やばかったな……


「さあコウ! 入りましょう! コウの好きな料理いっぱい作ってあげる! 」


「コウだけ特別だかんな? このあたしが飯を作ってやる男はコウだけだからよ。感謝しろよ? 」


「さあ、コウさんはソファでいつも通り兎のお尻を眺めて待っていてくださいです! 」


「あはは、バレてたか。それじゃあお言葉に甘えてみんなが料理を作ってくれるのを待ってようかな……ん? あれ? お、おかしいな……あれ? 」


「どうしたのコウ? 中に入らないの? 」


 俺はティナたちの後を追ってリビングへ向かおうとしたが、足が動かなくて困惑していた。


「おいおいコウ、どうしたん……だ……? 」


「コウさん? 」


「あ、いやなんか今日は色々あったなって考えてたら……帝城に乗り込んで魔帝と戦って、もし負けてたらティナたちを失っていたかもしれないとか考えて……うん勝てて良かった。あれ?俺は何を言ってるんだ? いやティナたちを助けられて良かったんだ。俺はそのためなら魔族なんか皆殺しにするし帝国だろうが地球の国家だろうが戦う。魔族はただの魔物だし魔石もあるし、会話が成立したけどしょせんは魔物だ。それにたくさん経験値手も手に入ったし。帝都にいた民間人はみんな普通の人っぽくて、あの中には兵士の家族とかいたかもしれない。子供とかもいたけど魔物だからな。そんなの関係ないんだけど……」


 なにを言ってるんだ俺は! 足が震えて動かないうえに、わけのわかんないこと口走ってカッコ悪すぎだろ! マ、マスク! マスクをしなきゃ! 精神を落ち着かせないと! マスクを……


「コウ! いいのよ。もういいの……ありがとう。私たちのために無理をしてくれてありがとう……」


「バカヤロウ……チキンなくせに無理しやがって……あたしたちを助けるために……本当は怖かったくせに……そんなになってまで無理しやがって……」


「ゴ、ゴウざん……」


 俺がデビルマスクを取り出して額にはめようとしたら、ティナがスッと寄ってきて俺の手を押さえそのまま俺の胸に顔を埋めて俺を抱きしめた。

 そしてリズは半泣きの顔で俺の右肩に額をつけ、シーナは泣きながら俺の左手を手にとって頬に擦り付けていた。

 俺は相変わらず足が震えていて動けなくて……


「あ、あははは。なんかカッコ悪いな。せっかくお姫様たちをカッコよく救出した王子様になってたのにな。最後の最後で自分のしたことにビビっちゃって締まらないよなぁ」


「ばか……コウはカッコよかったわよ。今もとてもカッコいいわ。臆病で優しいコウが私たちのために戦ってくれて……コウは私にとってこの世で一番カッコいい男の子よ。大好き」


「ばっかだな……本当に強い男は腕力じゃねえんだ。大切なもんを守るために、自分より強い相手に立ち向かえる勇気がある奴のことを言うんだ。コウはあの強大な帝国相手に戦ったんだ。その勇気が、あたしたちのために振り絞ったその勇気がすげえ輝いて見えるんだ。もうお前以外の男なんて道端の小石くらいにしか見えねえよ。せ、責任取れよな……」


「ティナ……リズ……守れて良かった……怖かった……俺が死ぬよりもティナたちを失うのが怖くて……俺は無我夢中で……」


 ああ駄目だ……カッコ悪りぃ……でも大切なこの子たちを失わなくて良かった……この手でまた触れることができて良かった……あれ? 涙が出てきたぞ? ああ、これは嬉し泣きだな。決して色々思い返して怖くて泣いてるんじゃないんだ。アダマンタイトとか反則マジだろ。


「ゴウざーん! ゴウざんはガッゴイイでずぅ! うざぎはゴウざんが大好きでずぅ!だずげでぐれでありがど……うえっ……うえっ……」


「シーナ……」


 俺は胸で泣くティナの額に自分の頬をあて、肩で泣くリズの髪を優しく撫でた。そして俺の左手を涙と鼻水でグショグショにしてくれているシーナをじっと見つめていた。



 10分ほどそうしていただろうか? いつの間にか俺の足の震えは収まっていた。

 そして俺のお腹が鳴ったことでティナが顔を上げて微笑み、そのまま軽くキスをして俺の胸から離れた。

 それを見たリズも俺の頬のあたりで目を瞑っていて、俺はリズの髪を撫でながらそっとキスをした。

 シーナは相変わらず俺の手を握りしめて泣いていて、そんなシーナを俺は引き寄せて軽く抱きしめキスをしてから3人にハンカチを渡した。


 それからはお互いに涙をぬぐい、俺たちは気恥ずかしい気持ちでリビングへと入っていった。


 そしてソファに座る俺の頬にティナが軽くキスをして、すぐ作るから待っててねと言ってリズとシーナを連れてキッチンへと向かっていった。


 さっきはめちゃくちゃカッコ悪くて締まらなかったけど、俺は帝国や貴族からこの子たちを守れた。

 そしてまたこのテントでティナたちの料理を一緒に食べることができる。

 まだ色々やることはあるけど、これからはずっと彼女たちと一緒だ。そして何があろうともみんなで絶対に幸せになる。


 俺はティナとリズとシーナがエプロンをして楽しそうに料理をする後ろ姿を眺めながら、帝国から勝ち取ったこの幸せを噛みしめていた。


 プリプリした彼女たちのお尻を眺めながら……







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