第36話 盾と矛
なんだコイツら……
目は……赤い。
眉も赤い。
なら魔人で間違いないだろう。
なのに魔力を感じられない……ん? いや、かすかにだがある?
目か! 目から魔力を感じる。
てことはあの鎧か! あれが身体の魔力を閉じ込めている?
あの魔人には鑑定は効くのか?
『鑑定』
くっ……駄目か。
なら装備には?
『鑑定』
出た!
【アダマンタイトの全身鎧】
アダマンティン鉱石で作られた鎧。
硬く防御力に優れているが、非常に重い。
そして『征服されない』との語源の通りあらゆる魔力に対し高い耐性を持つ。また魔力を隠蔽する特性を持つ。
【 アダマンタイトの盾 】
アダマンティン鉱石で作られた盾。
硬く防御力に優れているが、非常に重い。
そして『征服されない』との語源の通りあらゆる魔力に対し高い耐性を持つ。また魔力を隠蔽する特性を持つ。
【 吸魔の短剣 】
魔鉄で作られた短剣。
備考: 斬った対象から魔力を吸収し自己の魔力とすることができる。
【 魔鉄の剣 】
魔鉄より造られた剣。
硬くそれでいて柔軟性があり軽い。魔力の通りが良く、魔力を通すことでさらに硬度を増す特性がある。
また、魔力を伴った攻撃に対しての防御にも非常に優れている。
マジかよ……アダマンタイトなんてこの世界にあんのかよ。
オリハルコンがあるんだからあるか……いや、あるのはいいんだ。
けど魔力による攻撃を防いで装備した者の魔力を隠蔽する特性って、完全に滅魔のカウンター装備ですよねぇ。
ダンジョンドロップ装備ではなくインゴットから作った装備なんだろう。
だからドロップ装備特有の備考欄に書かれている特殊能力が付加されてないのが救いだけど、それでもこの能力は反則じゃないですか?
「ティナ、アダマンティン鉱石とかアダマンタイトって知ってる? 簡単に手に入るのかな? 」
俺は俺に続いて謁見の間に入り、隣でレイピアを構えているティナにアダマンタイトの希少性について聞いてみることにした。
「アダマンタイト? アダマン……アダマン……確か里の長老が【冥】の古代ダンジョンの下層で手に入るドロップ品に、そんな名前の鉱石があると言っていた記憶があるわ。それがどういう鉱石なのかは知らないけど、魔鉄並みに希少な鉱石だと思うわ」
「魔鉄は古代ダンジョンの最下層にしかなかったからなぁ。まあ数は揃えられないってことか」
「もしかしてあの鎧がアダマンタイトなの? あれだけの量を集めるのにどれくらいの時を掛けたのかしら……」
まあ最後に【魔】の古代ダンジョンを攻略した人が伝説の時代の存在だからな。
自分たちを滅ぼすスキルだ。そりゃ必死に対抗策を考えるだろうよ。
その対抗策がアダマンタイトだとわかれば国を挙げて素材集めをするだろうな。
何百年もかければあれくらいは集まるか。
そして最強の矛に対抗できる最強の盾を作ったというわけか。
やべえわ〜。滅魔が通用しないどころか他のスキルにも耐性があるのかよ。
それなのに相手はスキルを撃てるとかズルいわ〜。
相手の射程範囲外から即死のスキルを撃てる俺が言うのもなんだけどさ〜。
それに滅魔って魔力を一気に吸収するのにある程度の面積が必要なのか。今まで身体全部をさらしていたのばっかりだから知らなかったわ。
唯一鎧に覆われていない目から魔力を抜けそうだけど、全力で1人ずつやらないと厳しいかも。
こう、なんていうのかな。今まで浮き輪に入っていた空気を浮き輪全体にまんべんなく穴を開けて抜いてたのが、今度は親指くらいの穴一つから空気を抜く感じになったみたいな?
できなくはないが、時間が掛かりそうだ。
アダマンタイトの盾もあるし、それで目を覆われたらアウトっぽいな。範囲だともっと時間が掛かるだろうな。
そこにあの吸魔の短剣。これは魔鉄の剣と違い全員が装備しているわけではないが、見た感じ皇帝を含め4人が腰に差している。
俺が長期戦覚悟でちんたら魔力を抜いても、アレで収納の指輪からその都度取り出した魔石を斬れば魔力が回復してしまうだろう。
滅魔は無理だな。ほかのスキルも効果が薄そうだ。
有効に使えるのは身体強化Ⅳと豪腕Ⅳと結界のみだな。
となると剣でスキルを使えるこの13人と俺たちは戦わないといけない。
確か皇帝がSSでその他がS+はあるとか言ってたか。それが本当ならAランクのティナたちはひとたまりもないな。
なら俺が一人でヘルムを吹っ飛ばして直接触れて滅魔で……
無理だな。どう見ても俺より戦い慣れてる。そして俺より遥かに剣の扱いがうまいだろう。
となるとここは逃げの一手なんだが……
俺はチラリと入ってきた扉を見た。
それはいつの間にかびっちり閉められており、探知には扉の外に多くの人の反応が現れている。
魔帝からは逃げられないってことね。外の兵士を処理している間に追いつくから無駄なことはするなってことか。
ふぅ……ゲートキー再使用時間まであと1時間半か。
ここに来るまでもっと時間掛かると思ったんだよなぁ。
それでも謁見の間に入ったのは、ここまで完璧に俺のスキルに対策を取ってるとは思わなかったからだ。
時間を掛けて人質を取られるのを恐れたのと、俺の慢心が招いた結果だな。
まずいな。結界で13人相手に1時間半もティナたちを守りきれるか?
俺の全力の結界でもあの皇帝の攻撃で壊されそうな気がする。
そこに12人のS+ランクと予想される魔人たちからの、最高級の魔鉄の剣による攻撃。
アカン、1時間半も保つ自信がない。
唯一の救いはいきなり襲い掛かってこないことから、まだアダマンタイトで完全に防ぎきれるか確信がないのかもしれないということかな。
横にいる魔人からさっきからビシビシ受けている鑑定もレジストできてるみたいだしな。
俺の装備と能力を計りかねてるってとこかね?
できればハッタリかましてここで交渉したいが、あの皇帝の勝ち誇った目付きが気に入らない。
滅魔は研究し尽くしてんだぞと。無駄な抵抗はするなと言わんばかりのあの目がムカつく。
ぶっ飛ばしてやりたいが、なんとか戦闘以外で時間を稼がないと。
「ククククク……なかなか思慮の深い男だな。現状の把握はもう終わったのか? 」
「ああ。たいした状態じゃないってことは把握した。アダマンタイトね。なかなか面白い鉱石だな」
「ほほう……この状況でも余裕を見せるか。さすが【魔】の古代ダンジョンを攻略した男。魔を統べる者、魔王よな」
「魔族の皇帝にだけは言われたくねえな。この状況はどう見ても俺が勇者であんたが魔王だろ」
マスクか? このデビルマスクがまた邪魔してんのか?
これ付けてると冷静になれるんだから仕方ないだろ。マジこれ有能! もう手放せない!
それに今回はダンジョンドロップ装備の神話級装備である、魔鉄のハーフプレイトメイルを装備してんだ。
青く発光していて魔力を込めれば込めるほど防御力の上がるこの鎧と、同じく魔力を込めれば込めるほど斬れ味の上がる魔鉄の剣のセットだ。
ダンジョンじゃ目立って仕方ないから装備はしてなかったけど、これはどう見ても超勇者っぽい装備だ。
だから魔族の皇帝に魔王とか呼ばれる覚えはねえんだよ。
「ククククク……滅魔のスキルを手に入れた者は余からすれば魔王よ。そうか。余らが魔人だと気付いたか」
「ああ、死ぬ間際に正体がさらけ出されることもな。色々とショックだったがな」
俺がお世話になったえっちな本のあの子が、まさかあんな蛇目の口裂け牙女になるなんて!
絶対帝国の赤髪の女の死に様は見ないからな! 不能になったらどうしてくれんだ! 俺はデリケートな心の持ち主なんだぞ!
「コビールか。アレは金儲けはうまくてのぅ。あんなものが同じ魔人だと思われてはな。最近は鍛錬を怠る高位貴族が多くてな。そのうち粛清をしようと思っておったどころじゃ」
「さすが絶対君主制国家だな」
「デルミナ様の御意志じゃからな。ところでその方、名はなんと申す」
「日本出身の阿久津 光だ」
「悪魔公か。魔王に相応しい名じゃのぅ。しかしニホンか……」
「アクツ コウだよ! わざとだろ! わざとだよな!? 」
「余はテルミナ帝国皇帝 ゼオルム・テルミナである! 」
「聞いてねえ! 俺の反論もあんたの名前も! 」
「魔王、悪魔公よ。余の配下となれ。さすればこのテルミナ帝国を除く世界の全てをやろう」
「だからアクツ……え? 全部? 」
「コ、コウ……」
「ぜ、全部だって!? 」
「ふええ!? 」
「滅魔のスキルをどうやって得たのかはわからぬ。譲渡のスキル書はもう千年以上見つかっておらぬ。しかしそなたのそのスキルは間違いなく滅魔である。余の先祖が滅亡寸前まで追いやられた、人族の魔王コウキが使用していたスキルそのものだ。余はできれば敵対は望まぬ。しかしそのスキルを持つ者を放置もできぬ。そのスキルは今後の帝国に必要なものでもあるからな。それゆえ余の配下となれと言っておる。この地球の世界にある国は好きにするがよい。そのスキルにはそれだけの価値がある。帝国はダンジョンと魔石以外には口を出さぬ。富も名誉も女も思いのままじゃぞ? 」
全部だと? 普通テンプレだと世界の半分とかじゃないのか?
随分と豪勢だな。もしも世界の全てを手に入れたら、ブロンドの女の子を選びたい放題のやりたい放題で……って違う! そうじゃなくて! なぜこの魔帝は滅魔のスキルを欲しがっているんだ?
敵対したくないのはわかる。このスキルは魔人にとっては天敵だ。
なら有無も言わさず殺せばいい。今ならそれができる可能性があるのに、魔帝はそれを選択していない。
それどころか自分の懐に入れようとしている。それも理由が今後の帝国に必要だから配下になれと。
今後の帝国に必要? 地球を既に征服しているのに?
ほかにコイツらの敵がいるってことか? それでその敵には俺のスキルが有効だと。
地球に迷い人として来ていた同胞に裏切りの兆候でも現れたのか?
それとも公爵クラスのとんでもランクの奴が謀反を起こす可能性があるとか?
実は滅魔以外の魔族特攻スキルがあってそれを手に入れた奴を殺すためとか?
いずれにしろコレクション的な意味で配下にしたいわけではないだろう。
そういうことなら確かに俺を配下に持っていれば安心だろう。魔帝にはアダマンタイトの装備があるからな。
さらに契約のスキルとかいうやつで縛れば、俺に命を取られる心配がないと思っているんだろう。
ゲートキーを見た後の反応はどうなるか知らないけど。
俺が皇帝ならゲートキー持ってる奴なんて怖くて懐に入れらんないけどな。
まあそれは今はいいとして、とにかく情報が足らない。配下になんかなる気はさらさらないけど、帝国のことをあまりにも俺は知らなさ過ぎる。これはここから生きて帰れたあとのために、聞けるだけ聞いておきたい。
「全部か……それはかなり魅力的な話だが、幼い頃からおいしい話には裏があるって教えられて育ってきたんでね。それにあんたらは魔族だ。いきなり配下になれと言われても怖くてなれねえよ。そもそもなんで地球に侵攻してきたんだ? 元の世界を捨てなきゃなんねえ理由でもあったのか? 」
俺がそう言うと突然通路に立っていた魔人で一番俺たちに近い場所にいる奴が、腰の剣に手を掛け俺に身体を向けてきた。
「貴様! さきほどから陛下に無礼な物言い! もう我慢ならん! 」
「なんだ? お前のその敬愛する陛下様のお話の最中に、突然割って入るのは無礼じゃねえのか? 」
「なっ!? 」
コイツは俺と魔帝との会話中にただ一人ずっとプルプル震えてたんだよな。どうやら俺の魔帝に対する口の利き方が気に入らないらしい。
なんで魔族にヘコヘコしなきゃなんないのか俺にはよく分からんけどな。
文句があるならその鎧脱いでからかかって来いよ。ハンデとして素手で相手してやるよ。
「やめよ! 余に恥をかかせるつもりか! 」
「と、とんでもございません! わ、私は陛下を侮辱するその下等種が……」
「下等種ねえ……職場の雰囲気は最悪みたいだな」
絶対無理だわこんな職場。毎日同僚を殺しそうだわ。
「フランベル。二度と口を開くな。次に口を開けば一族郎党全てこの世から消し去る。わかったのならそこで跪き全てが終わるまでこうべを垂れておれ」
「…………」
一族郎党とかそこまでやるの!? なおさら無理だろこんな職場!
もうさ、価値観が違い過ぎだろ。魔人の命軽すぎない?
俺が言うのもなんだけどさ。
俺がパワハラなんて目じゃないハードモードな職場環境に戦慄していると、フランベルとかいう魔人は悔しそうな表情をしながら静かにその場に跪きこうべを垂れた。
えーどうすんだよこの空気。なんか俺がいじめてるみたいじゃん。
「すまぬな。まだ150になったばかりの若い男でな。さて、地球に侵攻してきた理由だったか。確かに突然侵略されたとあっては理由も知りたくなろう。よかろう。教えてやろう」
150歳で若いの!? てか150歳でこの精神年齢なの!?
停滞の指輪ありきの社会なのか!? 三重の意味でビックリだわ。
「別に気にしてないさ。今は敵同士だからな。俺も敵意を持っているということを理解してもらいたい。それでも分かり合えるなら分かり合いたいから、是非侵攻した理由とか色々知りたいね」
俺はそう言ってからティナたちに顔を向けて、とりあえず武器をしまうように言った。
あっちの魔人騎士たちは武器を抜いてないのに、こっちだけ臨戦態勢てのもな。
魔人の余裕な態度にも腹立つし。
とにかくこれで時間を稼ぐことはできそうだ。
ゲートキーさえ使えればあとはトンズラするのみ。
配下? こんな恐ろしい職場なんてゴメンだね。
世界を全部くれる? それは帝国の軍事力があって初めて維持できるもんだ。
そんなものハナから信じちゃいない。
そんな言葉を信じるくらいなら、俺は新宿の千円ぽっきりって店を信じた方がまだマシだ。
少なくとも命は取られないからな。
今は時間を稼いでこの不利な場所から外に出ることが優先だ。
そしてリズとシーナの大切な人たちを確保して、エルフの里で蜂起して帝国軍を徹底的に潰す。
外でならこのアダマンタイト騎士もなんとかなる。数がいればどうとでもなる。
エルフや獣人にかなりの犠牲が出るが戦争だ。やむを得ない。
この手はできれば使いたくなかったんだけどな。
全部を守ることができないなら、俺はティナとリズとシーナとその大切な人を守る。
そうして帝国に大打撃を与えて力を見せてから再交渉だな。今度は結界の塔が見える場所でな。
ティナを助けにいく途中に見えた結界の塔。あれは膨大な魔力を内に秘めていた。
恐らくあの魔力が無くなれば結界は張れなくなるはずだ。
なら交渉材料になる。奴隷を解放するか核を撃ち込まれるか選べってな。
俺はアメリカやロシアが原子力潜水艦を手放したなんて信じてない。絶対どこかにいるだろう。
帝国の目の届かない場所にひっそりと。そういう国だよあの国は。だから地球で最強の国だったんだ。
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