第35話 帝城






「ヒャッホー! 貴族専用高速道路を走るなんてサイコーだ! 」


「どれくらいで気付かれるかしらね〜」


「ふええ! う、後ろから帝国警備隊が追ってきてますぅ」


「あら? 意外と優秀ね。リズ? もっとスピード出る? 」


「おうっ! 任せとけ! コウ! しっかり掴まっておけよ! 」


「ぬおおおぉぉぉぉ! 掴まるとこなんてないんですけどおおぉぉ! 」


「ああっ! コウさん! う、兎が支えますぅぅぅ! 」


「し、シーナ! そ、そこは! おっ、おっ、おふぅっ……」


 俺が8人乗りのジープ型の車の天井のルーフから半身を出していたところ、リズの時速300kmは出てるんじゃないかってほどの加速による振動でバランスを崩していた。


 結界で風圧を抑えているので目は開けられるが、掴まるところがなく整地されているとはいえところどころに凹みのある道路で車体は幾度となく跳ね上げられていた。


 そこで俺が必死にシートに足をかけてバランスをとっていると、シーナが俺の下半身に抱きついて支えてくれた。


 しかしシーナの顔が俺の腹部に、そしてその巨大な胸が俺の股間を挟みこんでいて、振動が起こる度に上下へと擦られていった。


 俺はその感触にシートに足をかけるのをやめ、全身をシーナに預けることにした。

 俺に気を使って革の胸当てを外してから抱きついてくるとはシーナ……恐ろしい子だ。


「コ、コウさん、胸になにか硬いものが……」


「あふっ、あ、あれぇ? 腰に差した短剣がず、ズレたのかなぁ? おふっ……シーナ……そのまま…… 『滅魔』 」


 俺は真っ赤な顔をして見上げるシーナにそう言い、後方からサイレンを鳴らして猛スピード追ってくる2台の警備隊車両にスキルを放った。

 全身の魔力と車の燃料の魔力を抜かれた2台はそのままフラフラと走行し、高速道路の壁へと激突して横転したのだった。




 俺たちは侯爵の基地からゲートキーでティナの知る森へ移動したあと、すぐに近くの道路へと出てグレーのジープ型魔導車を取り出し乗り込んだ。


 一般の道は地球の道路なみに石が敷き詰められており、赤と青の信号機まで設置されていて驚かされた。


 道路も走りやすく、ティナたちが言うには整地専門の錬金のスキル持ち組織が帝国にあるようで、そこで道路整備をしているそうだ。

 確かに錬金スキルならあっという間にできそうだなと思った。


 一般の道路には帝都と街を繋ぐ道ということもあり、トラックや普通車など多くの魔導車が走っていた。そのデザインは少し前の地球の車のデザインの物が多く、中にはSF映画に出てきそうな斬新なデザインの物もあったりした。


 しばらくなにげない顔で一般道を走っていたが、軍用の車両を首輪をしていない獣人が運転していて助手席には黒髪のマスクをした男が乗っている姿は非常に目立った。

 信号待ちの際に、隣の魔導車に乗った男がこちらを見ながら携帯魔導通信機らしき物を手に取り、どこかに連絡している姿を見てやっぱ無理があったかと皆で肩をすくめた。


 そして信号を全て無視して高速道路。しかも貴族専用の道路にゲートを破壊して乗り込み、帝都へ向かって一気に爆走しているところだ。




 俺がルーフから半身を出して追っ手の警備隊の車を行動不能にさせた後は、急カーブで外に放り出されて飛翔のスキルで戻ったり、行く手を塞ぐ警備隊車両のバリケードを車ごと飛翔のスキルで持ち上げてギリギリ飛び越したりしながら進んでいった。


 そして帝都まであと1時間というところで、とうとう俺たちが侯爵の領地で暴れていた者たちと気付かれたのか軍が出動した。


「げっ! 帝都守備隊に防衛軍だ! コ、コウ! どうする!? 道路は完全に封鎖されてるし戦闘機も向かってくる! 」


「俺がやる! リズは少し減速してから突っ込んでくれ! 『多重結界』 『滅魔』! チッ……『飛翔』『滅魔』……『地形操作』 」


 俺は現在張っている結界の外側にもう一枚結界を張り、滅魔を発動し前方を塞ぐ30台ほどの装甲車やジープと10機ほどの戦闘機を行動不能にした。


 その際に撃ち漏らした車両があったので車から飛び出して再度スキルを放った。

 そして斜め前方に降り立って地面に手をつき、地形操作で装甲車の真下を勢いよく隆起させて側道に押し退け地面を元に戻した。


 リズの運転する車は押し退けられ空いたスペースを通り抜け、俺は飛翔で追い掛けてルーフへと戻ったのだった。


「すげー! コウすげー! 」


「あはは! さすがコウだわ! もう爽快よね! さあこの調子で行きましょう! 」


「だ、大冒険ですぅ! 兎たちは大冒険の最中ですぅ! 」


「ははは、そろそろ軍が本格的に出てきそうだ。俺はルーフからずっと外を見張っているから、リズはとにかく突っ走ってくれ」


「おうっ! やっぱコウといると楽しいな! お前はサイコーの男だよ! 」


「リズもサイコーの女の子だよ。もちろんティナもシーナもね」


 俺は運転席の窓から顔を出して言うリズに、ルーフから車内に向けてそう答えた。

 そしてルーフを錬金のスキルで変形させ、手すりを設置した。


 最初からこうすれば良かった。いや、でもそれだとシーナのパイこすりが経験できなかったな。

 うん、アレは良いものだった。


 そして幾度も道を塞ぐ戦車や装甲車を地形操作で押し退け、そして時には飛び越え、帝都方面や後方からやってくる戦闘機をことごとく堕とし、とうとう帝都の目前までやってきた。


 貴族用の高速道路は途中から貴族専用の道路と合流し、俺たちは帝都より高い位置にある丘を通る道から帝都を見下ろすことができた。


「見えた! アレが帝都だ! こんなに近くで見るのは初めてだぜ! 」


「コウ! 城壁の上には魔導砲があるわ! 気を付けて! 」


「もう見える範囲は無力化したよ」


 俺たちの進む先にある帝都は大陸統一前の名残りからか、ほかの街とは違い高い城壁に囲まれており、その城壁の上には多くの魔導砲が設置されていた。


 俺はすぐさま視界に入った砲台を無力化したが、 死角にある砲台はもう少し近付かないと無力化は難しそうだった。


 今朝から大量の魔族や兵器に滅魔を放ちまくって感じたんたけど、やはり見える範囲しかこのスキルは発動しない。


 範囲に関しては使っていくうちに細かく指定ができるようにはなってきたし、見えさえすれば範囲指定でその物体の中にいる人間まで対象にできる。これは魔物の身体を流れる魔力を吸収する時に、体内の魔石の魔力も一緒に吸収するのと同じ要領なので容易だ。


 艦隊を組んでいるなど、あまり対象が多いと加減が利かず中の人間の魔石の魔力も一緒に吸収してしまうけどね。

 そこは要練習が必要だけど、どうせ地上に落ちたら死ぬんだし問題にはしていない。


 問題なのは、重なって見えない物体には効果が無かったことだ。飛空艦隊は展開していたから大丈夫だったけど、さっき装甲車の陰にいたジープを撃ち漏らした。

 これらが遠くにいる場合は角度を変えるなりしてもう一度スキルを撃てばいいんだけど、近くだとスキルを放つ前に一撃もらいそうだ。


 やはりこのスキルの弱点は狭い屋内となりそうだ。

 竜が闊歩するようなダンジョンは広いから問題にしていなかったけど、人間が作ったような建物内だとこのスキルは死角が多くなる。


 なんとか探知で魔力を感じられれば発動できないか試してみたが、なんというかできそうでできない。

 このスキルに対しての理解が足りていないのか、イメージが足りていないのか今はわからない。

 このスキルはほかのスキルと発動原理が違い過ぎるんだよな。


 発動に魔力を消費しないから、探知のように俺の魔力を飛ばして発動させてる訳じゃないしな。吸魔のスキルとして使っていた時も、なんで遠距離から触れずに魔力を吸収できるのかさっぱりだった。


 なにか原理というか理由があるはずなんだ。

 このスキルは神話の時代以降使い手がいなかったみたいだし、ここまで遠距離のしかも広範囲をカバーするスキルがほかに無いから俺が少しずつ解明していくしかない。


 こういうのに詳しいのは帝国の学者なんだろうけど、絶対相談できないしな。



 俺はスキルの考察をしつつも視界に映る戦闘機や飛空戦艦を次々と撃ち落としていき、とうとう帝都の城門へと繋がる道へと出た。


 道の先にある城門には当然帝都の門を守る軍が大量に待ち構えていると予想して身構えていたが、車輌の出入り用と思われる5mほどの高さと幅の門は開け放たれており、車輌どころか人影すら無かった。


 探知では別の門には多くの人や魔導車らしき反応があるんだけど、この貴族用と思われる門には全くと言っていいほど無い。


「これは予想外だぜ……」


「罠ね……」


「罠だな……リズ、慎重に進もう。結界は効いてるから大丈夫だ。一枚破られてももう一枚あるから慌てないでいいよ。俺がすぐに張り直すから」


「わ、わかった。くうぅ〜ドキドキしてきた! 帝都に初めて足を踏み入れる獣人として歴史に残りそうだぜ」


 俺がリズにゆっくり進むように言うとティナは後部座席の右の窓を、シーナは左の窓を開けて魔弓を収納の指輪から取り出した。

 俺はルーフから身を乗り出し探知を発動し、いつでもスキルを放てるように身構えた。

 そして城門へとたどり着き門をゆっくりと通り抜けた。


 帝都は広い車道の側面を肌色の建物と白い建物が隙間なく建っており、洋服店、魔道具店、レストラン、ホテルと様々な業種の店舗と会社ビルらしきものがあり、どれも5階建ての建物で高さが統一されていた。


 建物の窓からは多くの人が俺たちを見下ろしている。

 どの人も服装はバラバラで、Tシャツ姿の人もいればシャツにセーター姿の人もいる。

 その見た目は地球の庶民となんら変わりなく、違いといえば目がピンク色ということしか見つけられない。

 ほとんどの人が金髪でオレンジっぽい髪の人がまばらにいる程度で、ここがアメリカやヨーロッパと言われても信じてしまいそうだ。


 実際はモンスターハウスだけどな。


 何度か鑑定を掛けてみたが、明らかに戦闘経験がなさそうな女性でもE-ランクだった。D-ランクの男性もいた。ランクが無いのは子供くらいだった。


 それを見て俺はやっぱり魔族の国に来たんだなと実感していた。


 そうしてしばらく進むと、街の中央に20階建の建物くらいの高さはありそうな、4つの塔に囲まれた白い城の入口へとたどり着いた。


「ここまで襲撃はなしか……」


「城の中で襲うつもりなんでしょうね。コウのスキルを警戒してるわね」


「狭い屋内ですと兎の弓も不利ですぅ」


「遅かれ早かれここへは来ないといけないんだ。罠なら食い破ってやるさ。みんな降りよう」


 これは準備万端てことかな……皇帝は俺のスキルをやっぱり知ってるな。

 それで無駄な犠牲を出さないように軍を下がらせて、民間人を外に出さないようにした。


 賢帝か……チッ、一番敵にしたくないタイプじゃねえか。

 普通こういう為政者は主人公側にいるもんだろ? なんで魔族の皇帝でエルフや獣人を奴隷にしているようなやつがこんなに慎重で民衆思いなんだよ。


 隙が無さすぎだろ。怖え……マジで怖え。


「よっしゃ! 暴れてやるぜ! コウはあたしが守るんだ」


「う、兎もコウさんを守ります! 」


「ありがとう。でも好きな女の子を守るのは男の仕事だから。みんなは俺から離れないでくれ」


 俺はビビっているのに精一杯強がってリズたちにそう言い、魔導車から降りて足が震えてないか確認してから一歩前に出た。


 そして俺を先頭にして斜め後ろにリズとティナ。最後尾にシーナのダイヤ型の陣形で帝城の開け放たれた入口の門を潜った。


 帝城に入ると外からみた中世の城のイメージはどこへやら。

 そこは赤い絨毯が敷き詰められた豪華なホテルのロビーのような造りで、天井には大きなシャンデリアがありラウンジまで設置されていた。


 中央には案内所と書かれたカウンターもあり、柱の至る所に真新しい案内板が取り付けられていた。

 普段は相当多くの人が出入りをしているのだろう。

 ラウンジにはつい先ほどまで誰かが飲んでいたであろうティーカップが、至る所に置かれたままのようだ。

 探知にもかなり多くの人の反応が奥の方にある。俺たちが来るから避難したのか……


 しかしここが皇帝のいる城? 数千年敵がいないとこうなるのか?

 いや、誰に攻められても返り討ちにできるという自信の表れか……


 俺たちは想像していたのと全く違う光景に面を食らいつつも、警戒は緩めず案内板を見に行くことにした。


 案内板には5階が謁見の間と書かれており、それより上の階に何があるかは書かれていなかった。

 しかもご丁寧に謁見の間のところに『ココ』と書かれたシールが貼られていた。


「馬鹿にしてんのかな? 」


「余裕よね……」


「罠……だよな? 」


「強者の余裕を感じますです」


 準備はできてる。かかって来いってところか……


 案内板にはエレベーターの位置も書いてあったが、さすがに俺たちは階段から上がって行くことにした。

 俺たちが警戒して広い階段を上がっている最中も襲撃や罠などもなく、あまりにもアッサリと5階にたどり着いてしまった。


 そして長い廊下の先に豪華に装飾された金縁の扉が見え、その扉の前には黒く塗られたフルプレイトアーマー全身鎧を着た2人の門番が槍を手に直立不動の姿勢で立っていた。


 俺はいよいよ戦闘かと滅魔を放とうとしたが、俺たちの姿を確認した2人の門番は扉に手を掛けて手前に開け放った。


 俺は戦う気の無い行動を取った門番に視線を送るが、彼らは槍を手に直立不動の姿勢のまま攻撃を仕掛けるような素振りは微塵も感じられなかった。


 扉の先にも赤い絨毯が見える。そして王座に続いているであろう絨毯には、金の刺繍が両サイドに真っ直ぐ縫い付けられている。


 俺は扉を前にして嫌な予感がしていた。

 謁見の間からは一切の魔力が感じられないからだ。


 中に人がいない?

 俺たちが中に入ったら即死級の罠が発動するとかか?

 謁見の間ごと凍らせるか水没させるか……いや、罠があるなら中に入って滅魔を発動させればいい。


 あの【魔】の古代ダンジョンの最下層の全ての罠を俺は無効化できたんだ。

 人が作った城の罠程度が無効化できないはずはない。


 なら俺たちが入ってから現れるのか?

 護衛と一緒に後から入ってくる? 皇帝なら普通そうか……でも魔王なら勇者を待ってるよな?


「コウ、行きましょう。ここまで来て引き返すことはできないわ」


「罠があっても食い破るんだろ? 大丈夫だって、あたしが付いてる! 」


「兎も覚悟はできています。2度も拾った命です。コウさんに捧げます」


「ふぅ……そうだな。ここまで来て引き返すことはできない。行くしかないんだ。行こう! 」


 俺はここまで来て足を止めても仕方ないと、ティナたちに頷き門番の間を通り抜けようとしたところで門番に滅魔を放った。


 門番の2人はフルプレイトアーマーの重さに少し耐えたのちに、片膝をついて震えていた。


 いや、背後に人がいると落ち着かないし。

 魔石からは抜いてないからさ。


 まさか俺が門番に攻撃すると思わなかったのか、ティナたちから一瞬『え? 』って声が聞こえたが俺は構わず扉を通り抜けた。


 そして謁見の間に入るとそこには真紅のフルプレイトアーマーを着た皇帝らしき人物と、同じく真紅のフルプレイトアーマーを身にまとった12名の騎士が待ち構えていた。

 彼らが身につけているフルプレイトアーマーは目もと以外全てを包み込んでおり、中にいる人間がどのような顔をしているのかはさっぱりわからなかった。


 皇帝であろう人物は正面の階段を10段ほど登ったところにある王座に腰掛けており、片肘をついて面白い物を見るような目で俺を見下ろしていた。


 そして階段の下には真紅の鎧を着た騎士たちが、左右に6名ずつ皇帝へと続く通路を挟むように並んでいた。


 その光景を見た俺は、謁見の間にまさか人がいるとは思っていなかったのでかなり驚いていた。


 探知に反応がなかったのになぜ?


 俺がそう疑問に思ったその時。

 俺はハッと真紅のフルプレイトアーマーを着た者たちに目を向けて愕然とした。


 魔力が……ない?


 魔石も無い……


 なんだコイツらは……


 これじゃあ滅魔が通用しない……


 俺はラスボスの魔帝を前にして、特攻スキルが使えなくなってしまっていた。



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