第37話 光明
「さて、地球に来た理由であったな。それはこの世界の魔力と魔素が豊富だからだ」
「世界の魔力? ああ、地下深くにあるらしい魔脈に流れる魔力のことか。それに魔素か……」
魔素ね。探索者協会ではダンジョンができたことで地球の大気に魔素というものが現れ、その魔素を吸い込むことでランクを得た者は魔力を回復することができるって教わった。
でもティナが言うには魔素はもともとこの地球にあったらしいんだよな。
精霊を介して魔素が見えるエルフたちは、大地や森林から魔素が少しずつ出てるのが見えるらしい。
それによると地球の大気にある魔素の濃度はかなり濃いそうだ。
これはダンジョンが現れる前から地球の大気には魔素があったことを証明していると言っていた。
地球の科学じゃ確認できない物質だから探索者協会が間違うのは仕方ないんだけど、地球がもともとそんなファンタジー物質溢れる星だとは思わなかったよ。
だから召喚されたり異世界に迷い込んだりがあったんだろうな。
「うむ。地球にはかなりの濃度の魔素がそこかしこに満ちている。余のいた世界は狭くてな。星というものではなく、一つの大陸とそれを囲む海だけの平面世界であった。民が増え手狭になったゆえ地球へとやってきたのだ」
手狭になったって……家が狭くなったから引っ越してきましたみたいな感覚で星一つ侵略したのかよ。
元いた世界が手狭になって魔素が濃いからきたってことかよ。
地球には魔力を回復しないといけない存在がいなかったから、魔素が豊富にあるんだろうな。
ダンジョンが無かったからな。ランク持ちがいないなら魔力を使う者がいない。回復する必要はないから魔素は消費しない。
恐らく魔素をランク無しの者が吸い込んだとしても、身体が吸収しないからそのまま吐き出されるんだろう。
地球ができた当初から魔脈があったのなら、46億年分の魔素が地球の大気には蓄積されてるんだろう。
いや、さすがにある一定の濃度になったら雨が降る原理のようにどこかで大地に戻るか。そうやって大地が魔素を吐き出し、吐き出された魔素はいずれ大地に戻り呼吸をするように循環をしているんだろうな。
しかしそうだとして、なんで今まで住んでいた世界を捨ててまで魔素がそんなに必要なんだ? 魔力の回復速度が魔人は遅いとかか?
人口が増えて魔力を回復する必要のあるやつが増えたから、魔素が薄くなって遅くなったとか? 確かにそれなら魔力ありきの文明だと色々と支障が出るか。
それに平面世界てなんだよ。星じゃないの? 太陽や月とか星空があったってリズやシーナは言ってたぞ?
俺はリズとシーナをチラリと見るが、それがどうしたの? って顔をしていた。
現地人にはこれが常識なのか……
「平面世界て星じゃなくて? 太陽や星が空にはあったと聞いてるんだけど」
「星ではないな。海の果ては見えない壁で行き止まりとなっておる。空もある一定の高さから上へは行けぬ。空に浮かぶ星々は本当にそこにあるのかはわからぬ。まあ、神界の神々の創った箱庭世界じゃからな。そういうものなのじゃろう」
「は? 箱庭? え? 箱庭ってあのゲームとかである? その世界版!? 」
「おお、ゲームか。余も知っておるぞ。そうじゃな……神界の神からすればゲーム、いや人種を鍛える実験場であろう。魔界との戦いに勝つために創ったのじゃろうな」
「え? 神界と魔界の戦い? 実験場? え? ちょっと待って! いきなりスケールでかくなった! 神界と魔界って戦争してんの!? 」
え? なに? 引っ越し理由から箱庭の話に繋がっていきなり神々の戦いの話!?
どんどん話のスケールが大きくなっていくんですけど!
異世界人のティナたちですら口を開けて驚いてるよ!
「うむ。余らが誕生する前からな。魔人や悪魔と人種は、神々の代理戦争のために生み出された存在よ。余ら魔人は魔神デルミナ様により創り出され、デルミナ様のために戦う存在である。そのためにこの地球で力を蓄えねばならんのだ」
「え? なにそれ! 俺って神の尖兵だったの!? 」
「ククク……この地球の人族は数千年前から神の尖兵としての役割を放棄し、神界の神に見放されておるそうじゃからな。神界の神々に地球の者が戦えと言われることはなかろう。余もそれを見越してこの世界に来たのだからな」
「あ、放棄してんのか。うん、放棄したままでいいわ」
大丈夫だろうな?今までさんざん放置していた神が突然現れて、滅魔を手に入れたなら戦えとか言わないだろうな? 全力でお断りしたい。
しかしそれならギリシャ神話とかは現実の話だったのか。あれは神の尖兵として魔界と戦ってたのか。
確かにメデューサとかモロにそうだけどさ。
代理戦争ってことは神話に出てくる英雄は、実は神の加護を得た人族だったのかもな。
そして文明が発達すると共にその役割を忘れていった。そして神に見放され魔界の魔族や魔物と戦う力も失ったとかかね?
それでも他の世界の人種は戦い続けている? だから箱庭を創ってそこにダンジョンを置いて人種を鍛えようとしたとかか?
「つまりテルミナの世界は神界の神が人族を鍛えるための実験場で、恐らくその鍛える道具がダンジョンだった。そして実験中にあんたら魔界の住人である魔人が攻めいって占領した。けど人口が増えすぎてその世界の魔力や資源じゃ足らなくなったから、神に見放された地球世界をこれ幸いと侵略したということか」
「……まあおおむねそうじゃな」
おおむねか……なんか別の理由もありそうだけど、それは話す気はなさそうだな。
神に見捨てられた地球か……そりゃ侵略するのは楽勝だったろうな。
やっぱ魔術とか陰陽師とか残しておくべきだったんじゃね? 多分あれはスキルに代わる神がくれた力だったんだろう。超能力もその可能性がある。これらの力が神による最後のチャンスだったのかもな。魔女狩り辺りで見捨てられたか?
しっかし魔帝は詳しいなぁ。事前のリサーチ力が半端ねえよ。
ティナが前に言っていた、テルミナ帝国皇帝は代々神と交信できるってのは本当なのかもな。
俺の知恵袋はティナ神だけどさ。エルフは長寿だからな。好奇心旺盛なティナが長老から色々聞いていて助かってるよ。
「しかし神に見放されたのに、なんで地球はこれまで魔界の奴らに占領されなかったんだ? 」
「見放されたからよ。神がいない世界では魔脈から魔素の供給が激減するゆえな。魔素のない世界ではな。まあそういうことだ」
ん? なんで最後言葉を濁したんだ? あれ? ちょっと待て。俺は何か大事なことを……さっきも魔素とか言ってた。魔力の回復は魔族には死活問題だと思ったけど、ほかにも魔素がないと困る理由が?
魔素……地球の魔素が濃いほかになにか……確かティナがダンジョンの中の魔素はかなり濃いと言っていたな。だから魔物は外に出て来ないとも。
俺は魔帝を見ながら隣にいるティナに小声で声を掛けた。
「ティナ、ダンジョンで魔物を捕獲して外に出したらどうなるんだ? 」
「え? 死ぬわよ? ダンジョンの魔素と外では濃度が全く違うもの。大昔に魔牛の肉好きな貴族が外で繁殖させようとして、半日も経たないうちに魔牛が死んだって話があるわ。そもそも法で固く禁じられてるし、そんな事をしようとする者はいないわ」
「そうか……ありがとう」
マジか! 死ぬまでいくのか!
そりゃダンジョンから魔物は出てこないわな。
てことは魔素は魔物にとっては生命を維持をするのに必須なものってことだよな?
酸素みたいなものか? 酸素と魔素で体内の魔力を循環させている? 死ぬまでいくならその可能性は高いな。
だとしたらだ。魔人も魔物も同じ魔界から来たんだから、魔素が必要だってことは同じなんじゃね?
身体を巡る魔力の密度は同じだし……ありえるな。
そうなるとさっき言ってたことが気になるな。
テルミナの世界で魔人の人口が増えて手狭になったというのは、土地の面積でも魔力回復も関係なく、呼吸をするだけで魔素を消費するから、人口が増えて大気の魔素が足らなくなったってことか?
でも3億もいるテルミナ帝国が攻めてきて、魔界の奴らが地球に攻めて来なかった理由がわからん。神がいないのは今も同じだ。となると今は潤沢にある魔素もいずれはテルミナ人により消費される。
それ以上に魔脈の魔力が多いから、今の人口程度なら神がいた時より大地から魔素が発生する量が激減したとしてもカバーできるとか?
それだって3億いるんだぜ? そんなに自然に養えるなら、魔界の奴らも侵攻してきていてもおかしくない。
いや、今は魔素の供給なんかより魔人には生きていくために魔素が必要だということの方が大事だ。
つまり魔素が無ければコイツらは死ぬ? ダンジョンほどの濃度ではなくとも、魔素がある外でも魔牛が死んだってことは、全くなくなればいくら魔人でも平気ではないはずだ。
たとえ死ななくても動きさえ封じられれば十分だ。ここは広いが密室だ。この謁見の間の魔素を一気に無くすことができれば勝てる可能性がある。
問題はどうやってこの部屋の魔素を無くすかだ。
スキルを発動して魔力を消費すれば、現象を起こし終えた魔力は魔素になる。
その逆はない。唯一可能性があるのが滅魔のスキルだろう。
でも滅魔のスキルで魔素を魔力に変換できるのか?
う〜ん……通常の滅魔で魔力を吸収して、俺の身体を通して大気に譲渡すれば魔素になるのは間違いない。
それなら逆もできるはずなんじゃないか?
イメージをしっかりして、この50m四方はありそうな謁見の間に漂う魔素を範囲指定すれば、一気に吸収できる可能性がある。
その時はこの部屋全体を見渡せるように扉のところまで下がらないと。10mくらいかな。
まずはできるかどうかテストをしてみるか。
「さて、質問には答えてやった。して、余の配下となるかどうかは決めたかのう」
俺は余裕ぶる魔帝を見ながら、後ろ手で拳大の大きさの魔石を空間収納の腕輪から取り出した。
そしてそっと滅魔で魔石の魔力を抜いた。
「世界ねえ……俺は世界なんかよりこの子たちの方が大切なんだ。だから俺は全ての奴隷の解放を要求する。それが実現すれば考えてやってもいい 」
「コウ……」
「くうぅ……コウ……」
「コウさん……」
俺はティナたちに一瞬笑いかけた後に、一番近くにいる未だに跪いて頭を下げている騎士の頭を範囲指定した。
それから魔素を吸収して魔石に譲渡するイメージを固め、スキルを発動したことを気付かれないようゆっくりと滅魔を放った。
「それは無理じゃな。獣人は労働力として、エルフはその存在があまりにも危険ゆえ自由にはさせれぬ。その代わりそこのエルフと獣人なら魔王の奴隷とし……」
《 うっ! 》
「どうしたのじゃフランベル! 」
魔帝が話している最中、跪いていた魔人の騎士が突然身体を揺らし力なく前へと倒れた。
俺は手に持った無属性の魔石が真っ黒になっているのを確認してほくそ笑んだ。
どうやら逃げる必要は無くなったようだ。
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