第25話 指輪




 ーー テルミナ帝国 南西部 コビール侯爵領 領軍駐屯地 地下牢 水精霊の湖のエスティナ ーー





「入れ」


「くっ……」


「ケッ! 」


「ふえぇ……」


「侯爵様とお嬢様はインド占領地へ軍の激励にいってらっしゃる。戻って来られるまでおとなしくここで待て。命令だ」


「ちょっと! いつ戻るのよ! それにリズとシーナは侯爵家の奴隷じゃないでしょ! 帰してあげなさい! 」


「……3日後だ。そこの猫と兎も拘束せよとのご命令だ」


「なんでよ! 関係ないでしょ! それに食事くらい置いていきなさいよ! 」


「下等種が調子にのるな。餌はない。これもお嬢様からのご命令だ」


「法令違反よ! ちょっと! 待ちなさい! 」


 私は背を向けこの場を離れようとする騎士たちを呼び止めるが、彼らはそれを無視してこの誰もいない地下牢から出ていった。


「ティナ〜諦めようぜ〜予想していた通りだ」


「ふえええ……やっぱりこうなりましたぁ」


「あの女やっぱり死んだ令嬢たちに罪をなすりつけたわね……」


 さすが保身にかけては優秀な女ね。恐らく取り巻きの令嬢たちにそそのかされて古代ダンジョンに入ったことにしたんでしょう。そして私たちが万が一ダンジョンから生還した時のための根回しをしていた。

 ニホン占領軍のモンドレット子爵はコビール侯爵の寄子。侯爵の派閥ですものね。




 私たちはコウと別れ古代ダンジョンを出たところで、ダンジョンの警備をしていたモンドレット子爵の兵士に拘束された。


 その際に奴隷の首輪の魔石が切れたと申告し、新しい首輪をはめられた。

 黙っていてあとでバレるとその場で殺される可能性があるから、自己申告した方が安全なのよね。鑑定されたらすぐ隷属の首輪が機能していないのはわかっちゃうし。


 兵士たちは隷属の首輪の魔石が3つ分も魔力を使い切るなんてありえないと驚いていたけど、実際に魔石の魔力が空になっていたのを見て納得したみたい。


 私たちもびっくりしたわ。なぜ魔石の魔力が無くなっていたのかしら? 首輪にあった補助用の魔石は満タンだったのに……


 ある程度疑われることを覚悟していた私たちは拍子抜けしたわ。


 それからは小型の飛空輸送艇に乗せられ、ヨコスカという土地にある子爵領軍の基地の牢に一晩放り込まれた。そして今朝になって子爵がいやらしい笑みを浮かべやってきて、兵士たちに私たち3人を侯爵領に連れて行くように指示をした。


 それを見て私はリズとシーナと顔を見合わせて、やっぱりこうなったかと嘆息した。

 あの侯爵の馬鹿令嬢は古代ダンジョンに入ったことと、そこで起こった全ての責任を死んだ令嬢たちになすりつけたんだと。


 そのためには真実を知るリズとシーナが元の主の家に戻ってもらっては困る。

 だからもしも私たちが生きてダンジョンを出てきた時のために根回しをしていた。

 出てくる可能性は低い。特に私は絶望的だった。恐らくリズとシーナのもしもを考えて念のため根回しをしていたんでしょうね。


 子爵に殺すよう頼まなかったのは、さすがにそこまで子爵に借りを作ることを避けたからかしら? 父親の侯爵に叱られると思ったから、とりあえず連れてこさせて侯爵の指示を仰ぐようにした?


 それとも子爵の兵士が鑑定を何度も私たちに掛けていたから、万が一の反撃を恐れたのかしら?子爵の兵士なんてBかCランクがほとんど。確かにリズとシーナが殺されそうになったら彼女たちも反撃すると思う。そうなれば私も加勢する。そして何人か道連れにするでしょう。どちらかはわからないけど、とりあえずいきなり殺されることがなくてよかったわ。



 それからは高速飛空艇で、テルミナ帝国のコビール侯爵領にある領軍最大の駐屯地まで連れてこられたわ。ここには5000人以上の領兵と魔導戦車に装甲車、そして小型戦闘機が大量に配備されている。そして飛空戦艦まであるんだから、たとえ首輪がなくても逃げる事は不可能よね。


 馬鹿な女のくせにこういうところは隙が無いわね。それなのになんで古代ダンジョンに入ろうなんて思ったのかしら? 恋敵に負けたくない醜い女の嫉妬心で冷静な判断ができなかったのかもしれないわね。



「しっかしもう5食抜いてるよ。んであと3日飯ナシかよ……贅沢に慣れたこの身体にはキツイぜ」


「兎もお腹ぺこぺこですぅ。上位竜のお肉が懐かしいですぅ」


「さすがに5日間水だけじゃ耐えられそうもないわ……コウと出会った時だってフラフラだったのに」


 毎日好きなだけ食べれたコウとの生活がどれほど恵まれていたことか……

 ドラゴンステーキに魔羊のソテー、魔牛のシチューに黄泉鳥のサンド。お風呂上がりには決まってシークアのジュースを飲んで……


 料理もコウのためにたくさん作ってあげたわ。男の人に……好きな人のために作ってあげて美味しいって言ってもらえるのが、あんなに幸せな気持ちになるなんて。リズとシーナも自分たちが作ったのを褒めてもらえてすごく嬉しそうだったわ。


「コウか……アイツ目的を果たしたのかな……」


「9階層あたりからでしたね。スキルを使わなくなりましたです」


「ええ、ヴェロキラプトルが現れた辺りから、私たちにはトドメしか差させてもらえなかったわね」


「やっぱあのダンジョンで仲間を失ったんだろうな。恐らく誰かにハメられたんだろう。戦ってるコウは目が憎しみに満ちていたからな」


「あの時のコウさんは怖かったですぅ……でも夜はいつも通りえっちでした」


「ふふっ、そうね。ヴェロキラプトルと火蜥蜴と戦っている時以外はいつも通りのえっちなコウだったわね。多分もう地上に出て目的を果たしてるんじゃないかしら? コウはやると言ったら必ずやる人だから」


 シーナの言う通りヴェロキラプトルや火蜥蜴と戦っている時のコウは、まるで何かに取り憑かれたように一心不乱に剣を振ってたわ。


 コウはどうしてこのダンジョンにいるのかや、転移トラップでどこに飛ばされてたのかは教えてくれなかった。


 そういう時は決まって『ティナたちほど酷い目にあったわけじゃない。俺は逃げれたのに逃げなかっただけだから』て言うの。自分の意思で来たってことかしらと思っていたけど、きっと誰かに騙されたんだとリズと予想していた。


 1階層に近付くにつれてあまり話さなくなったし、別れの時も何かをやり遂げようとしている人の目をしていた。だからコウはダンジョンを出たら、きっと復讐をしに行くんだとみんなで思っていたの。


「だといいけどな。アイツ優しすぎるからな。敵に変な情け掛けて怪我しなきゃいいけどな。まあでも危なかったな。こうなる可能性を言わなくて良かったぜ。アイツ絶対付いてくるって言うだろうからな。アイツあたしのことが好きすぎて重いんだよなぁ」


「コウさんなら絶対付いてきちゃいますね。優しすぎですから。そ、それに兎のおっぱいも好きですからコウさんは……だから付いてきちゃうと思います」


「ふふっ、そうね。コウが何度も帝国に戻ったら酷い目にあわないか聞いてくるから大変だったわ。でも嘘は付いてないわ。Aランクになったら待遇が良くなるのは本当だし、帝国人は権力でも武力でも力がある者には弱いわ。それがたとえ奴隷でも一定の評価はするわ。だから大丈夫なはずだったのよね。あの侯爵の馬鹿女さえいなければ……」


 そう、こうなる可能性は高かった。でもこうならない可能性も少ないけどあった。

 だから私たちは2つの可能性のうちの1つをコウに話しただけ。高ランクは待遇が良くなるという話だけを……


「アイツ絶対あたしたちのために帝国と戦うぜ? 賭けてもいい。んで……殺されるんだ」


「コウさんならやりそうです。優しいし……強いですから……でも死んでしまいます」


「そうね。でもたとえコウが伝説級のSSランクになっていたとしても、帝国にはSランクがたくさんいるわ。数には敵わないし、なにより魔導兵器の前ではコウの麻痺のスキルは無力よ」


 コウは強い。多くの上級スキルを操り、麻痺のユニークスキルも持っている。

 中隊、いえ連隊規模の普通の兵士相手なら勝てるかもしれない。でもSランククラスの兵士が複数出てきた時、そして魔力が切れた時にコウは削られてやがて力尽きるわ。


 なにより魔導兵器の前には魔力障壁車があるから、上級スキルでも威力を削られる。そして魔導兵器には麻痺は通用しない。そうなれば確実に殺されてしまうわ。


 コウには生きていて欲しい。私たちなんかに優しくしてくれて、好きだと言ってくれたコウには生きていて欲しい。


「たった一人じゃなぁ。戦闘機ならパイロットを狙っていけるかもしれないが、魔導戦車や飛空戦艦が相手じゃな。遠距離からズドンってやられて終わるよな。護りの指輪も一回しか使えねえしな」


「ふええ……嫌です……コウさんが死ぬなんて兎は嫌ですぅ……」


「コウにも目的があるようだったし、信じてくれてよかったわ。助けに来てもらっても里や姉妹がいる私たちは足手まといにしかならないし」


 たとえコウが私たちを救うと言ってくれたとしても、私たちには帝国に大切な人がいる。帝国は必ず人質を使うわ。そんなもの貴族同士の争いを見ていれば嫌でも理解できる。

 そうなった時に私たちはコウの足手まといになる。


「まっ! そういう意味ではうまくいったな。あたしたちはどうせどっか遠くのダンジョンに永遠に潜らされるか殺されるかのどっちかだろう。コウの奴が殺されるよりゃいいや」


「ふええ、やっぱりそうなんですね……でもコウさんが殺されるよりはいいです」


「そうね。Aランクになったしダンジョンの可能性が高いわね。『いんど』だったかしら? コビール侯爵の占領地にある【時】の古代ダンジョンが濃厚じゃないかしら? 『おうしゅう』という地域にある【冥】の古代ダンジョンは敵対派閥の占領地だし」


 貴族にとって魔石とダンジョン産のマジックアイテムは、帝国への忠誠と自身の武力を示すために重要なもの。


 停滞の指輪は特に貴族にとっては重要なマジックアイテムだわ。

 寿命が150年の帝国人はこぞって手に入れたがる。貴族が長生きしたいというのもあるけど、皇帝の持つ2等級の指輪がその効力を失おうとしているこの時期に、2等級の指輪を手に入れ献上することができればその功績は計り知れないものになる。


 停滞の指輪が手に入りやすいと言われる【時】の古代ダンジョンに私たちを挑ませるでしょうね。そしてなるべく下層に行かせようとするでしょう。


 もしくは後顧の憂いを一切無くすために、侯爵の護衛のあのSランクの者たちに私たちを処刑させるか……彼らが相手では私たちは勝てない。

 いずれにしてもろくな未来じゃないわね。

 コウとの生活が天国過ぎたからその反動かしら?


「げっ! 時の古代ダンジョンかよ……あの噂の残酷な天使と戦い続けるなら、ひと思いに処刑された方がマシだな」


「ふえええええ! 天使さんたちはかなり残酷だと聞きましたぁ……兎もひと思いに焼いて食べられた方がいいですぅ」


「今の私たちの装備じゃキツイわね……コウの装備があればなんとか戦えるんだけど。それにしてもお腹が減ったわ……」


「腹減ったなぁ……今ならコウの作ったあのマズイ料理でも涙を流して食えるぜ」


「あ、あれは兎もドン引きしましたぁ……コウさんちゃんとご飯食べているでしょうか? 私たちがいないと抜いてそうです」


「コウはめんどくさがりだから心配だわ」


「アイツさ、あたしが料理当番の時は必ず尻を触ってくるんだぜ? どんだけあたしのこと好きなんだってんだよまったく! これだからドーテーはよ! 」


「う、兎がおトイレやお風呂入ってる時にも必ず間違えて入ってきますぅ。兎はもうお嫁にいけないくらい全部見られてしまいました……」


「私が着替えている時もよ! なんであんなにタイミングがいいのかしら? 」


 それに料理している時も手伝うって言って隣でずっと私の顔と胸を見てるし。

 別に嫌じゃないんだけど、あの顔で見つめられると恥ずかしくて料理を作るのに集中できないのよね。


「エロいやつだよな〜」


「えっちですぅ」


「ふふっ、えっち過ぎよねぇ」


「でもよ、あたしたちは亜人で獣人なのに優しいんだよな。毎日欠かさず褒めてくるし、物好きなやつだよほんと」


「兎なんかにすごく優しくて、それに好きだって言ってくれて……嬉しかったです……」


「優しいのよね。だからなんでも許しちゃうのよね」


 コウは凄くえっちだけど、でも絶対性行為を求めてこないのよね。

 コウが私たちをそういう対象として見れるというのは初日にわかっていた。

 それなのに4ヶ月近くコウは絶対に一線は超えてこなかったわ。男の人が女3人に囲まれて我慢できるはずないのに、リズがあれだけ挑発しても我慢しているのが見ていてわかった。


 それは恐らくマジックテントに食糧、そして私たちの安全をコウが握っているからだと思う。だから私たちが断れないだろうと思って求めてこなかった。普通は断れないだろうと思って求めてくるんだけど。


 同じ人族でも帝国人とは雲泥の差だわ。アイツらは人の弱みを見つけたら最大限に利用するもの。


 そんなコウだから、人族でも私たちは心を許したんだと思う。

 そしてリズは隠しているけど、私とシーナと同じようにコウが好きなんだと思うわ。

 いつも私たちを優先していつも気にかけてくれて、いつも身体を張って守ってくれるコウが……


「ぶっ! あたしたちこんな状況だってのにコウの話ばっかだな! アハハハハ! 」


「あれ? そういえばそうですね。コウさんとの生活は楽しかったからもしれないですぅ」


「ふふふ、そうね。そう言われればそうだわ。とても楽しかったわ。毎日大きなお風呂に入って、毎日美味しい物を食べて、毎日みんなで笑って過ごして……幸せだったわ」


 ほんと幸せだったわ。好きな人と一緒にいれる幸せってああいうものなのね。


 はぁ〜でもお腹減ったわ……食べる幸せももう終わりなのね……


 あら? ウンディーネどうしたの? 貴女が自分で出てくるなんて珍しいわね? コウからもらったおやつが無くなったの?


 私がコウとの楽しい日々を思い浮かべていると、腰の革袋からウンディーネが出てきた。

 この子は基本引きこもりなのよね。最近はコウから色々おやつをもらって、さらに出てこなくなったのにどうしたのかしら?


 ウンディーネは私の言葉にそんなに食いしん坊じゃないわって怒って、その身体の中から3つの指輪を取り出して私に渡した。


「え!? ウンディーネこれは!? ……え? コウが!? 」


「お、おい! それって! あたしのしてた……」


「う、兎がしていた指輪もありますぅ! なぜですか? コウさんに返したはずですのに……」


「……そう。コウがまた私たちがダンジョンに置き去りにされた時のために……私たちがコウが迎えにくるまで生き残れるように……3人がバラバラになる時にそっと渡すように言われてたのね……そう……え? 大好きだって言ってたの? 私たちを? コウ……ううっ……ぐすっ……コウ……」


「まぢかよ……どんだけあたしのことが好きなんだよアイツ……こんなに尽くされたら惚れない方がおかしいだろ……ったく、ドーテーのくせに……うっく……オンナゴロシな野郎……だな……ううっ……チキショウ……目にゴミが……痛えなぁもう……ううっ……」


「コウさんが……兎たちを心配して……う、兎のために……うぐっ……ひっく……こんなに貴重な……ひっく……アイテムを……」


 私たちはウンディーネを通して渡された指輪に、コウからの私たちへの本物の愛情を感じた。

 本当に私たちを好きでいてくれている。私たちをとても心配してくれている。本気で私たちと再会するつもりでいてくれている。


 それからしばらく私たちは抱き合って泣いていた。

 そして全員のお腹が鳴って、コウなら何か食糧を入れてくれているはずだとそれぞれが指輪から取り出そうとした時に、ウンディーネが忘れてたって瓶に入ったメモを渡してきた。


 そこには私たちが指輪を返した時の中身のほかに、マジックバッグとマジックテントを入れてあると書かれていた。


 私たちは目を見合わせてそれぞれが指輪から対象の物を取り出すことにした。

 すると私の指輪からはマジックバッグ(特級)という、時の止まったマジックバッグが入っていた。これは皇室の宝物庫にあるレベルの超レアアイテムだわ。

 そしてその中には通常のマジックテントと、大量の食糧が入っていた。


 そしてシーナの指輪には私たちが生活していたマジックテント高級が入っており、リズの指輪には同じマジックテント高級が入っていた。

 まさかマジックテント高級を2つも持っていたなんて……


 恐らく私たちが離れ離れになっても生きていけるようにと用意してくれたのだろうけど……


「なにやってんのよコウは! 装備だけじゃなくてこんなに貴重なものをポンと私たちに渡すなんて! 」


「馬鹿過ぎだろアイツ……絶対悪い女に騙されるぜ? あ〜心配になってきた。ったく、馬鹿じゃねえのかアイツ? こんな貴族だって持ってないアイテムをよ! こんなによ! 」


「ふえええ……ふえっ! ふえっ! コウさん……兎のためにこんな……兎にはもったいなさ過ぎですぅ」


 私たちは怒った。こんな貴重なアイテムを私たちのために渡すなんて。

 私たちは怒ってた。これじゃコウが今後大変になるって。

 私たちは怒りながら、でも顔は笑っていた。


 コウの気持ちが嬉しくて。

 コウがこんな貴重なアイテムを渡すくらいなんだから、絶対会いにくるって思えて。


 そして私たちはマジックバッグ特級にコウが作り置きして入れてくれた料理を、みんなでまずいまずいって言いながら泣きながら食べていたのだった。




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