第26話 再会






「『英雄の棲家』……あった。ここか……元は老人ホームかなにかだったのかもな」


 俺は目の前にある3階建ての2棟の建物を見て、その造りから老人ホームかなにかを改装したのだろうと思った。


 昨夜須々田を焼却処分してからは、俺は自宅でさんざん吐いて人を殺した罪の重さに震えていた。


 あんなクズだが家族にとってはかけがえのない存在だったのかもしれない。アイツが死んだことで、その家族は俺が仲間を失った以上に悲しむかもしれない。そんなことを考えると当然の報いだと思っていた気持ちが揺らぎ、自分がしたことの罪の重さに押し潰されそうになっていた。


 しかしそんな時にデビルマスクの特殊効果を思い出しマスクを装着してみると、不思議と気持ちが落ち着き自分の考えの過ちに気付くことができた。


 そんなことは最初からわかっていたことだ。

 こんなことはあのダンジョンの地下深くで何度も考えて覚悟をしただろ。

 なにを今さら善人ぶっているのか。

 俺は自分の恨みや仲間の恨みを晴らすために人を殺した。須々田はそれだけのことをしたんだ。

 残された家族に恨まれる? 当たり前だ。須々田がどんなに悪党でも家族ってのはそういうもんだ。

 大切な人を殺されて納得できる奴なんているはずがない。

 でも、それでも俺を仲間を苦しめた奴らを俺は許せない。同じ思いをさせてやらなきゃ俺が納得できない。

 エゴだ? 大いに結構。俺は正義の味方でも勇者でもない。自分のために人を殺す。俺は悪魔だ。

 

 これからも俺の気が済むまで殺しまくってやる。

 そう、それでいいんだ。


 そう考えてからは俺は妙に澄んだ気持ちになり問題なく眠ることができた。


 そして朝になり、マスクをずっと付けているわけにもいかないなと思って外してみたんだ。

 そしたらやっぱりスッキリしていて、復讐を引き続き行うことに疑問を感じることはなかった。


 精神耐性とかマジで凄いわ。ジョークグッズとか言ってごめん! もう君なしでは生きられない!


 でもさ、俺はなんだか手を出したらいけない物に手を出した気がしたんだよね。


 少し悩んだけど、そこは細かいことをいつまでも気にしないのが俺の長所だ。

 今が良ければいいかと思い、須々田から聞き出した三田たちが生活しているという施設へと行くことにした。


 御殿場駅は近くにある有名な遊園地があるので、学生の頃にデートで何度か行ったことがあるから覚えていた。でも駅はさすがに目立つと思って開園前の遊園地にゲートキーで移動したら廃墟だった。


 そりゃ電気を大量に使ううえに、この不景気に遊園地なんて経営できるわけないかと思い俺は駅へと向かった。


 駅に着くと交番があり、そこには革鎧も着てなくて腰に剣も差していない普通のおまわりさんがいたので施設の場所を聞いたら教えてくれた。


 そうそう。三井に聞いたんだけど、特別警察ってのが今の日本にはいるんだ。最初は降伏後にダンジョンに入る国民が増えて、その身体能力やスキルを使っての犯罪が急増したことで急遽この特別警察、通称特警がわざわざ警察の機動隊から人員を集めて組織されたんだってさ。


 この特警は探索者や元探索者。元自衛隊員などの特殊な能力をもっている者たちが起こす犯罪に対処するのが仕事だ。そのため日々ダンジョンに入ってランク上げをしているらしい。そしてその権力は強く、ランク持ちが相手で正当防衛ならその場で殺してもいい権利を持っている。


 警察の正当防衛なら、まず警告してとか色々段階を踏んでやむなく射殺とか考えるじゃん?

 ところがこの特警てさ、所属が総督府直轄なんだよね。警察庁、今は警察局か。警察局じゃなくて総督府直轄。

 本来なら警察局か防衛庁あたりの所属にならないとおかしいんだけど、防衛庁はもう無くなって農商部のダンジョン資源回収専門の救済軍になっちゃったからね。

 そういわけで特警は政治家が命令権を持ってる。つまり警察でもこの特警には手を出しにくいってわけ。


 これでもうわかるよね。強大な権力を持つ総督府直轄だ。

 ほとんど私兵みたいなもんでさ、これまで結構な元探索者や現役の探索者を殺してるみたいなんだよね。中にはレアアイテムを持っていたから殺されたと噂されるのものもあったそうだ。

 まあ権力者の駒だね。


 そしてその活動範囲はあれよあれよとどんどん広がって、1年足らずで探索者の犯罪以外にも、帝国に対して危険思想を持つ者やその可能性がある者への対処も特警の仕事になった。普通の警察は地域の治安維持と主にネットの監視役になって、その情報を特警に献上するようになった。


 そして今ではもう手が付けられないほど増長しているそうだ。

 言い掛かりを付けて民間人を不当逮捕したり、賄賂を要求したり。

 女性を無実の罪で引っ張って性的暴行をしたりもあったそうだ。


 現役の探索者に対しては、協会がダンジョン資源回収の妨げになるっていうのでカツアゲはやめさせたらしいんだけど、そこじゃないだろって思うよね。そもそも公権力を使ってカツアゲすんなよな。


 まあ政治家が絡むとこうなるよね。それは別に戦前からそういうのあったし。

 日本と関係が微妙な国の国民が日本で犯罪を犯しても罪に問われないとかさ。

 政治が絡むと国民なんて二の次なのは同じだ。

 日本は着々と共産国家、いや共産自治区か? そんな道を進んでるな。




 まあそんなこんなでやってきたのが、山梨県の河口湖にある探索者協会が運営する厚生施設『英雄の棲家』だ。


 結局御殿場から結構離れた場所だったな。車で1時間は掛かるんじゃないか? まあ路線が廃線になってたから御殿場からしか行けないから仕方ないんだけど。


 この施設は広い敷地に3階建ての建物が二棟建っており、中庭にはあちらこちらにベンチが設置されている。湖も近くなかなかに良い環境だ。


 ここには身寄りのない高ランク、とは言ってもBランクくらいなんだけど、その辺の探索者が怪我をして引退して、日常生活に支障が出る人なんかがこの施設にはいるそうだ。あとは協会が認めた探索者とかだな。

 何人くらいいるのかはわからないけど、全国の元探索者が集まるから結構いそうな気がする。

 この施設も戦前から数えて4年目らしいしね。


 こうして入口から中を覗いていても数人が中庭を片足で松葉杖をついて歩いていたり、車椅子の人も見かけた。隣の建物は女性専用ぽいな。


 俺はさっそく中に入ることにした。

 施設は特に警備員がいるわけではなく、自由に出入りできた。

 まあ元探索者だからね。スキルも持っているだろうし、この施設を襲撃しようなんて奴はいないだろう。リスクが高すぎる。


 施設の入口には色々なお知らせの張り紙が貼ってあり、どこどこの講習の教員として誰々が行くようにとかそんなのばかり書いてあった。完全にタダ飯が食えるわけじゃなさそうだ。


 そして廊下を歩いている人に三田や田辺を知らないか聞くと、よく知っていたようで部屋を教えてくれた。


 ちょうど昼前ということもあり部屋にいるそうだ。

 俺はお礼を言ってそのまま二階に階段で上がり、教えてもらった部屋へ向かった。

 どの部屋も3人部屋らしく、三田たちは同じ部屋で生活しているらしい。


 そしてその部屋を見つけ俺はドアの前で深呼吸をした。


 この先に三田に田辺に鈴木が……


 俺はもう二度と会えないと思っていた仲間に再会できることに胸がいっぱいで、まだ会う前なのに涙が出てきた。

 そして心を落ち着かせようとデビルマスクを空間収納の腕輪から取り出し……元に戻した。


 なにをしてるんだ俺は! 安易に頼ったら駄目だろ!

 なにこれ? 呪いのマスクかなにかなのか? 凄い中毒性があるんだけど! そもそもこんなマスクして三田たちに会ったらアイツらが落ち着かないだろうし、俺のイメージも台無しだ。


 俺はデビルマスクをあまりにも自然に取り出した自分に驚愕し、色々な意味で震える手でマスクをしまった。

 そしてもう一度深呼吸をしてから部屋のドアをノックした。


 コンコン


『はい……います』


『また雑用か? 』


『え〜今日は休みだろ〜』


 三田と田辺と鈴木の声だ!


 俺はまた泣きそうになるのをグッと堪え、ゆっくりドアを開けた。


 俺が部屋に入るとそこには10帖ほどの空間にパーテーションで区切ったネットカフェのような個室が3つあり、その手前にテーブルと椅子が並べられていて、そこに懐かしい3人が座ってテレビを観ているところだった。


 黒髪を中分けにして眼鏡を掛けている優等生風の三田。

 短髪でガタイの良い昔柔道をやっていたという田辺。

 色白でなよっちい体格だけど、誰よりも根性のある鈴木。


 3人とも顔に火傷の跡があり、腕や足を失っていた。


 鈴木は眼帯をしていることから、恐らく目も失ったんだろう。

 刃鬼に見捨てられ、全員で逃げた時に俺が見捨てた3人だ。


 生きていた……生きていてくれた……

 どんな形でも生きていてくれた……



「よ、よう……ひ、久しぶりぃ……」


 俺は今朝からイメトレしていた通り気軽に明るく挨拶をしようとしたが、涙と鼻水で思うように声が出せなかった。


「え? あ……あ……阿久津……さん? 」


「せ……せん……ぱい? 」


「あく……あくつ……さん? 」


 俺がなんとか声を出してぐちゃぐちゃの顔で挨拶をしたのに、三田たちはまるでお化けでも見たかのような表情で俺を見ていた。


「そ……そうだ……あぐづだ……」


「阿久津さん……阿久津さんだ! 本当に阿久津さんだ! 生きていたんだ! い、いぎて……あぐづざーん! 」


「ぜ、ぜんばい……あぐづぜんばい! 」


「阿久津さ……ん……生きて……阿久津さん! 阿久津さん! うぐっ……よがっ……た……」


「三田……田辺……鈴木……あり……がとう……生きていて……くれて……あり……がとう……ぐっ……ううっ……」


 三田は片腕で足を引きずりながら、田辺は片足でケンケンしながら、鈴木は片目片腕で壁づたいに俺へと抱きついてきて、泣いていた。


 俺は3人が生きていてくれたことが嬉しくて、救われた気がしてただ感謝の言葉しか投げかけることができなかった。


 なんだよ、3人がかりでこんなもんなのか? 力が足らねえよ。

 細いなぁ。ちゃんとメシ食ってんのかよ。

 ランクはF-か……よく生き残れたよな。

 良かった……生きてて本当に良かった。


 俺たちはしばらくお互いに抱き合い泣き続けた。


 死んだと思っていた仲間と再会できた喜びの涙を流しながら。





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