第15話 悪魔公
貴族の馬鹿令嬢たちの命令により、私たちは彼女たちの後を付いて退路に現れた地竜のいる方へと歩いて行った。
それから3分ほどで、私たちは前方の角から現れた地竜と対面することになった。
「下等種! この通路から出ることを禁止する! 命令よ! 」
「汚兎! あなたもこの通路から出ることを禁止します! 命令よ! 」
「黒猫! あなたもこの通路から外に出ては駄目! 命令よ! 」
侯爵令嬢とその取り巻きが、私たちとシーナのいる反対側の壁に移動しながらこの30mの幅に100mほどの直線の通路から出ることを禁止する命令をしてきた。
予想通りだわ。私たちを生贄にして逃げるつもりね。
そして地竜はやっぱり鈴を鳴らしたシーナを狙ってきた。
地竜はシーナ目掛けて10mはあるその巨体を四つ足で揺らしながら、額から生えている太く尖った一本角でシーナを串刺しにするべく突進してきた。
令嬢たちはシーナに行くのを予想していたので余裕で避け、狙われたシーナはリズが抱き抱えて転がるようにして地竜の突進を避けた。
私は身体強化のスキルを発動し、レイピアを抜いて素早く地竜の側面に近付き、地竜の足の関節を狙った刺突を繰り出した。
硬い……鱗で防がれたわね。せめて黒鉄製が必要と言ったのに、精霊魔法だけ使っていればいいと黒鉄の混ざり物しか用意してもらえなかった。これじゃ魔力を一点に集中できないわ。とてもじゃないけどこんなAランクの竜種を傷付けることはできそうもない。
地竜は私の刺突など無かったかのようにその場で反転し、そして止まった。
あっ! いけない!
「シーナ! リズ! 種族スキルが来るわ! 」
「え? 」
「ふえええ!? 」
《 グオォォォォォ! 》
地竜が震えると地面の至る所から土槍が生えてきた。
「クッ……間に合わない! ウンディーネお願い! 」
「きゃっ! 」
「うぎゃっ! 」
「あぎゃっ! 」
私は革袋の口とベルトに固定していた水筒の蓋を開け、反応の遅れたシーナとリズにウンディーネを放った。
ウンディーネは2人の足を包み込んで10mほど後方に移動させた。
私は地面から生えてくる土槍をステップを踏みながら避け、レイピアで突き砕いていった。
地竜のスキルが終わると、そこには子爵令嬢と伯爵令嬢が土槍で串刺しになって息絶えている姿があった。そしてその先には侯爵令嬢が案内人の冒険者に抱えられ、魔法陣のある出口へと向かっている後ろ姿が見えた。
「シーナ! リズ! 大丈夫? 間に合わないかもと思って乱暴にしてしまったわ。怪我はない? 」
「イテテテ、ああ大丈夫だよエスティナ。初めて受ける攻撃だったから予想できなかった。助かった」
「ふ、ふええ……あ、ありがとうございますエスティナさん」
「地竜はシーナを狙ってるわ。リズはシーナを連れて動き回っていて。私がなんとかしてみるわ」
私は地竜の周りを動き回り注意を引きながら2人にそう伝えた。
私と違って2人は令嬢が死んだから命令が解除されここから逃げれるけど、シーナが地竜に狙われている以上詰みね。シーナをなにかと可愛がっているリズが見捨てるとは思えないし。
つまりこの地竜を倒さないとシーナとリズはここから動けない。私は倒してもこの通路から出れないけど。
でもたとえ動けたとしても、案内人はもういないから自力で地上まで上がっていかないといけない。野営装備も食糧も無く、水も限られたこのダンジョンで……しかもこの貧相な装備で地上に行くなんて不可能ね。
うまくこの階層の階段を見つけれたとしても、この上は40階層。階段を上がればそこはガーディアンの部屋。ああ、最近はボス部屋って言うのが流行りなんだっけ? まあどっちでもいいわ。
いずれにしても詰みね。
私はシーナに向かって行こうとする地竜の顔をウンディーネで覆うが、すぐに魔力で弾かれてしまう。
そして地竜はまたもやスキルを放ち、今度は壁から10数本の槍が生えてシーナ目掛けて飛んでいった。私がウンディーネを放つより早くリズが反応して双剣で弾くが、肩と足に槍が当たってしまいその場に膝をついた。
「リズ! 」
「ぐっ……やべっ……足をやられた」
「リズさん! ああ……血が……そ、そうです……私が狙われてるんです! だったら……」
シーナはリズが傷付いたことにショックを受け、私とシーナがいる場所から離れていった。
そこへ地竜が突進をしようと身を屈ませた。
「シーナ! 」
「ま、待て! シーナ! 」
私は今にも突進しようとする地竜に向かって行き、しつこくウンディーネを放ちながら刺突を繰り出した。そして私に注意を引きつけることに成功したその時、私のレイピアがついに限界を迎え折れてしまった。
ああ! レイピアが……魔力ももう残り少ない……
《 グオォォォォォ! 》
「あぐっ! 」
そして地竜のスキルを避けそこない、地面から勢いよく飛び出してきた土槍に脇腹を貫かれてしまった。
地竜は身をかがめ、私にトドメをさすべく突進してこようとしている。
「エスティナ!」
「エスティナさん! じ、地竜さんこっちです!し、 白兎はここにいます! た、食べるなら私を! お風呂入ってないですけど多分美味しいです! む、胸肉だけはいっぱいありますから! 」
だ、駄目よシーナ……最後まで諦めないで……私は貴女が死ぬのを見たくないの……
クッ……逃げて……逃げ……ああ……なんてこと……
「エスティナ! 」
「さ、さすがにもう終わりかしら……」
「ああっ!? み、みなさん逃げてください! 騎士の方たちと冒険者の方たちが抑えていた地竜とバジリスクが! 」
ええ、見えるわ……地竜3頭とバジリスク1頭が向かってくるのが……みんな口もとを真っ赤にしているわね。
あの人たちはバジリスク一頭しか減らせなかったみたい。
まあ、あの数じゃ仕方ないわね。
「わ、私があの群れに飛び込んでなんとか後ろに抜けてここから引き離します! エスティナさん! リズさん! いつもこんな臆病な兎を助けてくれてありがとうございました! 兎は恩を……恩を返します! 地竜さん! こっちです! 付いてきてください! 美味しいかもしれない兎が逃げますよ! 」
「ま……待っ……て……シー……ナ……くっ……」
「シーナ! 待て! 行くな! 」
私とリズが止めようとするもシーナは目の前の地竜を引き連れ、こちらに向かってくる地竜とバジリスクの群れへと駆けていった。
普段は臆病で気の弱い兎なのになんでこんな時だけ……シーナ……お願い……誰かシーナを助けて……シーナとリズを助けてくれるのなら悪魔にでもこの身を捧げるわ……魂だって好きにしていい……ここは魔王のいる古代ダンジョンなのでしょ? 悪魔くらいいるはず……だからお願い……あの子たちを……助けて……お願い……
私がそう願ったその時。
地上に繋がる転移魔法陣のある通路の角から、突然黒い影が空中に現れそして……
『滅魔』
ズドドドド!
聞いたこともないスキルのようなものを放ったと思ったら、目の前にいた地竜がなんの前触れもなく崩れ落ち、こっちに向かってきていた地竜とバジリスクも突然力を失ったかのように前方に転ぶように倒れていった。
『氷河期』
そして上級水スキルを放ち地竜たちの足を凍らせ
『ミドルヒール』 『ミドルヒール』
レアスキルのミドルヒールを私とリズに掛けてくれた。
ああ……信じられない速度で傷が塞がっていく……
「……君たち大丈夫か? ああ、言葉わかるかな? 俺は阿久津、
それからその黒い革鎧に黒いマント姿の男性は、空中で少し止まったかと思うとすぐに地上に降り立ち、私とリズにその黒い髪に隠れた顔を見せながら身分を名乗った。
「あ……ああ……願いが……ありがとうございます……ありがとうございます悪魔公さん……」
「え!? 違うよ! 阿久津だよア・ク・ツ! あれ? スキル壊れてるのかな?言葉通じてない? ま、まさか不良品!? いや、あの官能小説はしっかり読めたし……俺の発音がおかしいのか? マイネームイズ アクゥツゥ、アクマ ノンノン! アクツゥ! オケ? 」
私は目の前に現れた圧倒的な力を持ち、信じられないほどの魅力的な顔をした悪魔公に見惚れていて彼の言葉が耳に入ってこなかった。
凛々しい目に綺麗な眉、少し低いけど形の良い鼻にシャープな顎先。顔のパーツの一つ一つは整っているのにその配置がエルフとは違いとても個性的……こんな魅力的な顔をしている人がこの世に存在するなんて……
ああ……この悪魔公になら約束通り私の全てを捧げてもいいわ。
私たちを救ってくれたこの悪魔公になら……
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