第3話
新田のシルバー車は助手席に人を乗せていた。これが女の子ならどれだけ良かっただろうか。彼女とデートが入ったからバックレてやろうかなんて
黒縁眼鏡の萩原は、撮影用に買ったスマホを立てかけるミニスタンドをダッシュボードの上に置いた。
セットを完了させると、車内を香気するロックバンドの曲が大きいと注文をつける。新田がボタンで操作していき、不本意ながらアシスタントのように音量の確認を取る。お望みのボリュームにするともう歌詞なんて聞こえやしない。準備が整い、萩原は咳払いをし始めた。
「ちゃんと顔隠せよ?」
新田は睨みを利かせて釘を差す。
「分かってるって」
萩原は画面のRECボタンを押す。スマホの画面は萩原の顔で埋め尽くされた。
「ハローエブリワン! チャン男でぇえええすっ! 今日はですね、ある噂を確かめようと思いますっ!」
お決まりの挨拶から煽るような言葉でつかみに入る。
「俺は今都内某所の住宅街にいます。で! この周辺で怪しい集団が夜な夜な、夜な夜な、チョメチョメしているようです」
萩原はチョメチョメだけをゆっくりと、わざとらしく低い声で誇張する。
「今エロい想像をしたそこの君……素晴らしい」
萩原はニタリと口角を上げてヤラシイ笑みで称える。
「だが裏切る! チョメチョメは残念ながらまったくエロくはないです。えー、詳細をお話ししますと、この住宅街で夜になると怪しげな集団がイミフな活動をしてるっぽいんですよね。
新田は萩原の前振りが終わるのを横で待つしかない。萩原の撮影見学するか、窓の外の景色を楽しむか。退屈が新田を死に顔にさせていく。
「集団はろうにゃんなんにょ」
萩原は自分の頬を
「集団は老若男女です。しかし若くても20歳くらいじゃないかと思われます。彼らはですね、夜になると住宅街にある街灯、みなさんの近所にもあるかと思います。その街灯の下に立って、見上げてるらしいんですよね。それから何かするわけでもなく、ただじっと街灯を見上げてるらしいんですよ。めっちゃ怪しくないですか?」
新田は萩原の様子を見ながら少し感心を覚えていた。台本を見ることもなくよくそんなスラスラと言葉が出てくるもんだと。憧れはしないが、日本人の平均年収を軽く超す収入を稼いでるだけのことはあると思った。
「正直俺ホラー系が得意ってわけじゃないので、普段ならこういう都市伝説みたいなのに首を突っ込んだりしないんですけど、やっぱり自称日本一のストリーマーを名乗るからにはやるべしっ! と思ったわけですYo! なので、これから噂が本当なのか確かめに行きたいと、思います!! とは言ってもですね、ちょっとビビりな俺だけじゃ心細いので、助っ人として友人のニンニンに来てもらいました」
まったく聞いてなかった。突然振られて戸惑う新田をよそに、萩原はカメラの方向を新田に向ける。
「……よろしくー」
反射的に乗った形で軽く挨拶をした。心の中でニンニンってなんだよとツッコみたくなったが、名前を伏せてくれた温情に免じて不満を鎮める。
萩原は自分にカメラを向け直す。
「それでは、行ってみまーっshow!!」
萩原は拳を少し上げたポーズを一定時間保った後、ストリーマーの気概をほどき、素の萩原がロートーンで発進を促した。
新田はギアを変えてハンドルを握る。車は夜の密かな住宅地へ走り出した。
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