373話 見舞い客三組目 猫と、お茶会トリオ②


「とまあ、冗談はさておいて」


身体をくねらせたまま、手をポンと合わせるグレミリオ。そして残念そうに続けた。


「リュウザキちゃんのために何かしてあげたいのだけど、私達じゃ出来ることは無さそうねぇ…」



何分事情が事情。犯人を追おうにも賢者達に無暗な捜索禁止を言い渡されており、そもそもが彼らは行方知れず。


当の竜崎本人は絶対安静で昏睡状態。加えて、アリシャやニアロン達が看病に控えている。ただ見守るぐらいしかできないだろう。



となると、出来ることはただ一つ。エルフリーデ達と同じように、竜崎の嘘遠征を流布させる役だけである。





―気持ちだけ貰っておくさ。 それに秘密を守り抜くということも、充分大変な事だ―


竜崎の髪を愛おしそうに撫でつつ、ニアロンは微笑む。その彼女の視線は、さくらにも。



秘密―。そう、それは幾らでもある。今回の事件についての、勇者一行だけの秘匿事項。オズヴァルドやグレミリオ達に伝えていない詳細事項。


否、それだけではない。さくらの出身もまた、その秘密の一つ。この場にいる皆こそ知っているものの、今もなお公言していない異世界出身の事実。



それらを隠し誤魔化し続けることの困難さは、さくらも理解できていた。生半可な意志では成し遂げられぬことも。下手すれば子供同士の口約束な秘密ごとのように、あっという間に漏れ出てしまう。


だからこそ、グレミリオ達も適任なのだろう。さくらの出身を知れども、秘密としてくれている彼らだから。








「グレミリオ先生、こちらがその書類になります」


先に任を受けていた三人の内、エルフリーデが手にしていた偽装書類を渡す。メルティ―ソンとイヴもそれを覗き込んだ。


「ふんふん…こんな感じね。ま、私達が詳しすぎると寧ろ怪しいでしょうし…大まかで良いかしら?」


ちらりと賢者を窺うグレミリオ。老爺はそうじゃな、と頷いた。



「タマちゃんは私のをどうぞ」


一方のタマには、ナディが書類を見せる。彼はベッドに置かれたそれを白く小さい前足で押さえ、黒瞳で穴が開くほどに読み込み始めた。



これにて、タマもお茶会トリオも共犯者…もとい協力者。なんとも心強い仲間が増えたものである。








…しかし、グレミリオ達はどこか悩んでいる様子。それはまるで、他に何か手伝えることがないかを探している様子だった。



「そうだ、賢者様。その犯人達の顔、手配書になってるのよね。一応どの子か教えてもらっても良いかしら?」


「ふむ…構わんぞい。じゃが、何をする気じゃ?」


そう問い返す賢者に、グレミリオは腕を大きく突き出し、開いた指先で自らの胸をトンと突いた。


「これでも私は、先代魔王軍幹部よぉ。もしかしたら、知ってる顔かもしれないじゃなぁい?」




確かに彼は、かつての戦争時魔王軍の幹部となっていた人物。途中裏切り、竜崎達…人界側についたとはいえ、当時の兵事情には詳しい。だからこその提案なのだろう。


「それに、先代魔王軍に属していた一部の人達と、まだ繋がりはあるの。信用に足る相手を選んで、それとなく情報収集してみるわ。最悪、使役術使って♡」


さらりと危なげな事も交えつつ、そう付け加えるグレミリオ。ウインクする彼に、賢者は苦笑いを浮かべた。


「お前さんのことじゃから用意周到にやるじゃろうが…。ほどほどにせいよ」


「うふふ♡ 勿論よぉ」






と、そんなグレミリオに続くように、メルティ―ソンがおずおずと手を挙げた。


「あの…多分その人達って…、この間の魔猪たちや、オグノトスの『白蛇』さんを暴走させた…方達、ですよね…?」



彼女が口にしたのは、両方とも件の魔術士達が引き起こしたと思しき事件。賢者がそうじゃろうなと肯定すると、メルティ―ソンは両手を胸に当て、片目隠れの髪を揺らした。


「なら…。私は、各地の動物達や霊獣達にコンタクトを取って見ます…! もしかしたら、他の子達にも被害が出ているかもしれませんし…」



『愛眼』という特殊な魔眼を持ち、召喚術士として霊獣達に慈しみを向ける彼女ならではの方法。実に有難い提案である。






そして更に、イヴが進み出る。ただし彼女が目を向けたのは賢者ではない。


「ソフィアさん。前みたいに私の力、工房で役立てないかしら?」



片や魔法で、片や技術で堅牢なる人形を動かす2人。以前より協力関係にあったのだが、ここに来て再度助力の申し出。



「丁度良かった! 実は私も、イヴの力を借りたかったのよ! ちょっち付き合って貰える?」


手放しで喜ぶソフィア。そんな彼女に、イヴは艶やかな笑みを見せた。


「ちょっとと言わず、幾らでも。私のゴーレム術がソフィアさんの、そしてリュウザキ先生のお力になれるのならば、ね」








…何が、『私達じゃ出来ることは無さそう』だ。 三人共、各々の力を活かした役どころを自力で見つけ動き出したではないか。


その素晴らしき姿に、さくらは脱帽する。そして、俄かに焦燥感に包まれた。



つい先程事情を知ったばかりの彼らが、こうも力になっている。だというのに、当事者である自分は何も出来ていない。そのことに焦りを感じだしてしまったのだ。




自分にも何かできないか。竜崎が眠っている間に、何か力になれないか。何か、罪滅ぼしは出来ないか。


必死に考え、考え、考え抜くさくら。しかし―。



「っ……」


何も、思いつかない。グレミリオ達とは違い、伝手も力も技術もない。自分は多少魔術が使えるだけのちっぽけな存在。その思いだけが徒に強まるだけ。


秘密を守るのも重要な使命。……だが、それだけでは許せなくなってしまった。なにせ、竜崎を追い詰めた張本人なのだから。何かしないではいられなくなってしまっていた。




それなのに、何も思いつかない。何も出来ない。沈痛の内に沈んでしまったさくらは思わず―。



「竜崎さん…。私は…どうやって力になれば……」



眠る竜崎へ、そう問いかけてしまっていた。


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