372話 見舞い客三組目 猫と、お茶会トリオ①


「ご主人…! ご無事…ですか…!?」


小さな身と白く長い毛を動かし歩む白猫タマ。しかしどこかよたよた気味。



それも仕方なき事。彼は先日さくらを庇った際に、首の骨を痛めたのだ。いくら治癒魔術があるとはいえ、1、2日前の出来事。完全には治りきってはいない。



―タマ…! お前、数日は入院のはずだろう…! 何故ここに…!?―


竜崎と共に彼を動物病院へと運んだニアロンは、驚愕の表情。一方のタマは、歩みを止めぬまま答えた。


「ご主人達が…苦しんでる感じがして…抜け出してきちゃいました…!」




まさに獣の勘と言うべきだろうか。入院したまま異常を察した彼は脱走し、ここまでやってきたというのだ。


……若干オズヴァルドと似ているとは言ってはいけない。いや、タマは霊獣という特殊な生き物であるため、本当におかしいのはオズヴァルドのほうというべきなのかもしれないが。






「うぅっ…。ご主人…そこにいるのですよね…?」


未だ首が痛むのだろう。顔を歪ませながら問うタマ。と―、アリシャが不意に立ち上がり、タマの元へ。


そのまま彼を優しく抱き上げ、竜崎が眠るベッドへと降ろしてあげた。




「っ…!? ご主人…!? ご主人…!!」



体高のせいで今まで詳細を把握できていなかったタマは、自身以上に包帯まみれの主をふにふにと踏みつつ、必死に呼びかける。しかし、やはり竜崎は目を覚まさない。


「何が…あったんですか…?」


彼は丸い瞳をわなわなと震わせ問う。ニアロンは賢者に目配せをし、タマと…予想外の竜崎の姿に眉を強く顰めているグレミリオ、口元を手で覆い絶句しているメルティ―ソン、呆然自失と立ち尽くしてるイヴへと顔を移した。


―巻き込んだからには、話せる全てを話してやるさ―








「…なるほど…。そういうことだったのねぇ…」


ニアロンの口から事の顛末を聞き、ほぅっと息を吐くグレミリオ。イヴとメルティ―ソンも、ぼそりと続いた。


「リュウザキ先生らしいといえば…」


「らしい…ですけど…」



とりあえずの納得を示す三人。なにせ彼女達は、20年前の戦争時よりの付き合い。竜崎の性格も深く知っている。


だが―、それと同じほどに竜崎の、そして勇者一行の実力を理解している。そんな彼らが苦戦した相手がいる事実、竜崎をここまで痛めつけた魔術士達の存在に、全員が戦慄していた。




―さて…。私は話した。そちらの理由も聞くとしよう。 お前達は、何故ここに来れたんだ?―


説明し終えたニアロンは、お茶会トリオにそう問う。すると、メルティ―ソンが口を開いた。



「あ…そ、その…」


だが、彼女の性格も相まって結局口ごもってしまう。それを助けたのは、ほかならぬタマであった。



「それは私のせいなのです…ニアロン様…」







「実は…。病院から抜け出したは良いのですが…上手く歩けなくて…」


そう言いつつ、ちょいちょいと前足で首元を触ろうとするタマ。しかしその瞬間痛みが走ったのか、毛をブワッと逆立て、軽く縮こまった。


霊獣という特殊な存在である彼は、人を乗せられるほどに巨大化ができる。しかし、首を痛め弱っている状態だとそれもまともにできないのであろう。



「そうこうしているうちに、私がいなくなったのがバレてしまいまして…。…檻、壊してしまいましたし…」


縮こまったまま、タマは面目なさそうな様子を見せる。勿論言葉を介せるため、逃げ出しても危険性はない。


しかし病院の人達にとっては、英雄竜崎から預けられた霊獣。全霊を以て丁重に扱わなければいけない相手。それを逃がしてしまったのだから、慌てふためいただろう。


ならば、当然―。



「それで、追っ手が来ちゃいまして…。追っ手と言っても、病院の皆さんなのですけども…」


まあ、そうなる。タマはそのまま続けた。


「なんとか隠れてやりすごしていたのですが、ご主人達がどこにいるかまで集中力を割けなくて…。どうしようかと悩んでいたところを、メルティ―ソン先生方に見つけられたのです」





ちらりとメルティ―ソンのほうを見るタマ。彼女はコクンと頷いた。


「タマちゃんが入院したというのは…聞いていましたから…。心配になって…。病院に容態を伺いに…」



召喚術講師だけあって、霊獣であるタマの様子が気がかりだったらしい。それに聞くところによると、メルティ―ソン自身も幾体もの霊獣を救って来た経歴の持ち主。他人事ではなかったのだろう。



「それで…着いた際に、タマちゃんがいなくなったことを聞きまして…。捜索に参加させていただきました…」


もじもじと語るメルティ―ソン。そこに、イヴとグレミリオが補足した。


「私達も一緒にお見舞いに。タマちゃんは教員寮でも癒し枠ですから」


「そうそう♪ だから私達もタマちゃん探しに協力しようと思ったのだけど…」



と、そこでグレミリオは言葉を切る。そしてイヴと笑いあい、メルティ―ソンの頭を良い子良い子と撫でた。


「私達の出る幕なんてなく、メルティちゃんがあっと言う間に見つけたのよぉ! さっすが私のメルティちゃん!」



そう褒められ、顔を真っ赤にして顔を伏せてしまうメルティ―ソン。そんな彼女に微笑みながら、イヴが話し手を継いだ。


「タマちゃんを確保しました際に『リュウザキ先生が苦しんでいるかも』と聞きまして。私達も少し気掛かりに感じましたので、動物病院には断りを入れ、タマちゃんの鼻を頼りにここへ辿り着いたのが顛末ですわ」







なるほど。見つかったタマはメルティ―ソン達の協力を仰ぎ、安全にやってきたらしい。メルティ―ソンに抱っこされた形で。



「…正直、この病棟が見えた時点で、嫌な予感はしたのよねぇ…」


と、ひとしきりメルティ―ソンを撫でまくったグレミリオは嘆息する。ここが要人の緊急用病棟だというのは彼も知っていたらしい。竜崎を必死に探すタマがそこを指した時、どういうことかは察してしまったのだろう。



「タマちゃんを誰かに託して何も見なかったふりして帰ろうか、でもリュウザキちゃんが苦しんでいるならなんとか助力になれないか…。悩んでいたところを、賢者様の召喚妖精が引き入れてくれたってわけ」


……でもまさか、ここまで酷い有様だったとは思わなかったけど…。 頬に手を当て、悲しそうでやるせない表情を浮かべるグレミリオ。


メルティ―ソンとイヴも唇をキュッと噛み、行き場のない感情を堪えている様子。タマも竜崎に身を寄せ、辛そうにグルグルと喉を鳴らしている。





―タマも、三人も、清人を案じてくれてありがとうよ。…面倒だろうが、箝口令の約束、守ってくれ―



ニアロンの言葉に、メルティ―ソン達は深く頷く。と、グレミリオはふふんと笑った。


「愚問よ。私達はリュウザキちゃんに命を助けられたも同然。恩を仇で返すことなんて、絶対にしないわ!」


力強く言い切った彼。しかし直後、身をくねらせた。



「『裏切りの悪魔』がこんなこと言っても、信用ならないかしら? なーんて! 信じてくれなきゃいやん♡」





自虐にも程がある冗談。だが、彼女…もとい彼の気丈なる振舞いは、さくら達の心を柔らかく溶かしてくれた。


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