374話 見舞い客三組目 猫と、お茶会トリオ③


自らの罪は、赦して貰えた。いや、罪だと咎められず思われず、寧ろ慰められた。 しかしやはり、それだけでは自分の気が済まなかった。


先の戦いで何も出来ず、寧ろ邪魔となってしまった身。その際に感じた無力感に、さくらは再度囚われだしたのだ。





確かに非情なこと言ってしまえば、あの戦いでさくらが足手まといになったのは当然の事。幾度かの戦闘経験はあるものの、あれだけの強大な敵を相手にしたことはなかったのだから。


それどころか、百戦錬磨の竜崎達勇者一行でさえ苦戦していた存在。もし戦闘に加わっても、速攻で縊り殺されていただけだろう。



それを致し方ない事として置いておくのも躊躇われるが…既に終わってしまったこと。無念ではあるがやむなし。





だが、今はどうか。先も述べた通り、つい先程事情を知ったエルフリーデやグレミリオ達が、竜崎のために動き出した今は。


この時こそ、竜崎のために動くべき瞬間。彼への罪滅ぼしができる、最大のチャンスであろう。





…それは、さくらも理解している。だが、何をすればいいかがわからない。


エルフリーデ達は自らの役職を活かし、竜崎のカバーストーリーに貢献。グレミリオ達は自らの伝手や力を使い、各所で情報収集や強化支援。どれもこれも、流石と言うべき。



なら、自分もそれに続き―。……何が、あるだろうか。無力な自身に、何が。



自分はただの学園の生徒。各所に知り合い…一国の姫や騎士、遠くの国や里に住む友人となった者達はいるが、グレミリオ達に比べれば大したことないだろう。


精霊術の実力は一流召喚士に比肩しうると誉めそやされて貰ったが、先の戦いでは何もできなかったし、メルティ―ソンやイヴのように力になることも不可能。




だから、このままエルフリーデ達と同じように嘘をつくだけでいいのだろうか。良いわけがない。贖罪として、救って貰ったお礼として、何かを返したい。目覚めた彼を、喜ばせたい。



そう必死に悩んだ故に、さくらは睡る竜崎に問いかけてしまったのである。『どうやって力になればいいか』と。 勿論、答えが返ってこないのはわかっていた。


だが、尋ねずにはいられなかった。彼は彼女にとって、最も心を通わせあえて、最も頼りになる存在なのだから。







―そんな心配しなくていいんだぞ、さくら―


彼女の呟きが聞こえていたのだろう。ニアロンはそうさくらを宥める。横にいたアリシャも、彼女の頭を撫でた。


「さくらの笑顔が、キヨト、一番喜ぶよ」


―その通り。清人が起きた時に、元気な姿を見せてやるのが一番だ。それはお前にしかできない、だろ?―


2人に励まされ、さくらはゆっくり頷く。恐らく、竜崎さんが起きていたら同じようなことを言ってくれてるのだろう、そう思いつつ。



「ご心配なくさくらさん! ご主人が目覚めるまで、私がしっかり守ります! 今度は絶対失敗しませんよ~!」


タマも長い尻尾をゆらりと揺らし、ふんすと宣言する。やる気満々のようだ。




そう…彼も、奮起している。首に怪我を負ってすぐだというのに、さくらのため、そして竜崎のために任務を果たそうとしている。


だというのに、自分だけ何もしないわけにはいかない。何か、自分の力で成し遂げられることが無いか…。



必死に頭の中を探るさくら。と、そこに声をかけたのは―。




「わかるわぁさくらちゃん、その気持ち!」



グレミリオだった。








「リュウザキちゃんに何かしてあげたいのよね。できれば、さくらちゃんだからできる、特別なものを!」


心を読んだように、ビシリと言い当ててくるグレミリオ。さくらがそれに思わず面食らっていると、彼は過去を懐かしむようにうんうんと頷く。


「メルティちゃんが小さいころ、おんなじ様子になった時あったわぁ。ニアロンちゃんみたいに元気なだけで嬉しいと言ったのだけど、それだけじゃ納得してくれなくて!」


「えっ…! ちょっ…!」


突然に昔の事を持ちだされ、俄かに慌てるメルティ―ソン。なお、イヴもにんまり。彼女も覚えがあるらしい。


「あー! そういうこと! うちのマリアにもそれあったわ~!」


と、ソフィアも楽しそうに手を打つ。どうやら子を持つ親冥利に尽きるイベントのよう。





少し恥ずかしい気もするが…これは好機。さくらはどんなことをしてもらったかを聞いてみる。すると―。



「私は、妖精と小さいゴーレムのダンスを見せてもらったわぁ! ゴーレム召喚はイヴちゃんに教わってね!」


と、グレミリオ。ふとさくらは、以前メルティ―ソンから召喚術の講義をして貰った時のことを思い出す。あの時、そのダンスを見せてもらったのだ。


……なお、今のメルティ―ソンは、顔を真っ赤にしている。そしてイヴがにやにやしながらそれを宥めていた。



「私は、アクセサリーの指輪を作ってもらったわね! 工房の職人達と内緒で作ったって。ほら、これ!」


と、ソフィアは腰のポシェットを開けそれを取り出す。粗削りだが、ちょっとした装飾も彫られている代物。御守り代わりとして持ち歩いている様子。


そういえば、神具の破片で作ってもらったのも指輪であった。今やマリアの得意作品の一つでもあるのだろう。




双方ともに、自らの技術を活かした素敵な贈り物。なら、自分はどうすべきか。さくらは再度知恵を振り絞る。


彼女達に倣うならば、自らの技を使うべき。それは何か。思いつくのは―。


「精霊術…」


すぐに浮かんだそれを口にしてみる。竜崎から手取り足取り教わった、自分の得意とする魔術。



ただ…それをどう活かすべきか。一応、中位精霊までは独力で召喚できるようにはなっているが…それだけ。竜崎のように精霊伝令という特殊技は持っていない。


ならば単純に、中位精霊よりも一段階上の精霊は―。





「エルフリーデさん、上位精霊を召喚できるようになるのは、やっぱり凄く大変ですよね…?」


さくらは竜崎の代理講師であるエルフリーデにそう聞いてみる。上位精霊―。特にウルディーネ水の上位精霊シルブ風の上位精霊とは正式契約を結んでいる。ならばと思いの問いかけだったが―。



「うーむ…。まあ、それなりにな…。私も安定召喚できるようになるまでは何年もかかったし…」


「私も、学び始めてからかなり経ちますが…。まだ少しだけしか召喚できません…」


エルフリーデに続き、ナディもそう答えてくれる。それも当然。上位精霊召喚は、下手すればその道を進む者ですら一生かかっても習得できない代物。


竜崎でさえ、独力召喚はこの世界に来て五年はかかったと聞いている。不謹慎ではあるが…戦争という、ひたすらに力の行使及び習熟を強制される環境下を挟んでなお、である。




幾ら自身が凄い腕と褒められていても、竜崎が目覚めるまでの数週間で召喚できるようになるのは不可能。一瞬だけ召喚できるかも怪しい。 ニアロンの力を借りれば造作もないが、勿論それでは意味がない。


それでも練習しないよりは何倍も良いだろう。さくらがそう決意を固めかけたその時、オズヴァルドが自慢げに、空気を読まぬ発言を。


「私は教わってすぐに出来るようになったよ!」



「お前は黙ってろ! オズヴァルド!!」

「黙っててください! オズヴァルド先生!!」



…即座にエルフリーデ達が叱責を受けたのは言うまでもなかった。


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