371話 見舞い客二組目 箝口令の主達と、予言者④


「皆様…。お恥ずかしい姿をお見せいたしました…」



立ち直った祈祷師シビラは、皆に深々と頭を下げる。そして、彼女は少し声を震わせた。


「…しかしながら今後も…もしかしたら、私の予言で不幸を…」



―だから、お前が悪いわけじゃないだろう。お前は私達のオーラを見て、危険だと教えてくれただけなんだから―


「その通り。胸を張ってくれい」



そんな彼女の言葉を遮るように、ニアロンと王がそう励ます。周りの皆も、強く頷いた。




「シビラ」


と―。そんな中、勇者アリシャが口を開いた。彼女は竜崎の手を握ったまま、シビラの方を向き―。


「ありがとう。清人とニアロンと、さくらを守ってくれて」


礼を、述べた。





「…そんな…。私は……何も…」


真っ直ぐなアリシャの目に見つめられ、シビラの声は消え入りそうなほどにか細くなる。そんな彼女に、アリシャは優しい顔を見せた。



「これからも、よろしくね」





「――――っ。」


慈愛の籠ったかのようなアリシャの一言に、シビラは声を詰まらせ目を伏せる。そして一つ深呼吸をし、胸に片手を当て、宣言した。


「えぇ。勇者様…!そして、皆様…! 今後も私の力の限り、祈祷師としての、予言者としての役割を果たさせていただきます…!」



その決意の台詞に、王達は安堵の笑みを浮かべた。










「では、そろそろ儂らは城へ戻る。流石に怪しまれてしまうからのぅ」


少し笑いつつ、病室を後にしようとする王。しかしふと、足を止めた。



「おぉそうだ。エルフの女王から言伝があったのを忘れておった。アリシャよ」



王に名を呼ばれたアリシャは、やはり首だけをそちらに動かす。そんな彼女に、王はその言伝を明かした。


「当面の間、神樹の根の解体作業に戻らなくとも構わない、とな」






「ほんと?」


短く尋ね返すアリシャ。その声の調子はどことなく上がっており、弾んだ様子である。王はこくりと頷いた。


「うむ。この間リュウザキと共に行ってもらった馬車道作り、それでとりあえずは切り上げで良いと。ダルバ工房との協力作成の解体用武具生産も安定してきたらしいからの」



「あ。そういえばそうだったわ。エルフの国の支店からそんな報告受けてたわ」


王の言葉に、ソフィアも今更思い出したかのような声をあげた。





アリシャはここ暫く、エルフの国ラグナアルヴルでの任についていた。内容は神樹ユグドルの根の解体。国を取り囲むように生やされた、かつての戦争の残滓。


しかしその作業は、何も彼女1人に任せられていたわけではない。しっかりと他のエルフ部隊も動いていたのだ。


最も速度的には、部隊総がかりでもアリシャ1人の作業速度に敵っていないのだが…。





「うちの職人達の鍛冶技術と強化された解体用魔術が合わさって、良い感じの斧とかが作れてるみたいなのよ。上手くいけば、アリシャへの依頼は終わりになるかもね~」


椅子にギシリと座り直しながら、アリシャへそう話すソフィア。それに王も続いた。


「まあそもそも、お主は好きな時にリュウザキの元へ戻れるような契約を結んでおるが…。此度のことは、エルフの女王にもあらましを話しておる。 要は『こちらのことは気にするな』という、心遣いだの」


と、そこで一旦話を止めた王。次には顔をにんまりと。


「―まあお主の事だ。何を言われようが、命じられようが、この状況でリュウザキの元を離れる気はないだろうがな」



「ん」


笑う王へ、勇者は即座に、強く、ゆるぎない様子でそう頷いたのだった。














「―では、私達もお暇させていただきます。どうか、先生をよろしくお願いいたします」


王様達が去った後、エルフリーデは一礼をし立ち上がる。それにナディも続き―。



「えー! 私、まだ居たいよ!」



……オズヴァルドだけ、ごねだした。






「っこの…!大人しくしていると思ったら…! いい加減にしろ!これ以上迷惑をかけるな!」


「オズヴァルド先生、帰りましょう! ほら…! あぁもう…!」


「いーやーだー! まーだーいーる!」



もはや暴れる駄々っ子と、それを引きずらんとする親か姉かみたいな構図。さしものさくら達も苦笑い。



と、そんな折であった。







「―む?」


賢者が、ピクリと顔を動かす。そして突如杖を振った。


「お前さん達、ちょっと静かにせい」


「「「わっ…!?」」」


フワッと浮き上がるエルフリーデ達。彼女達三人は、強制的に椅子に座らされる。



「ふむ……」



困惑するエルフリーデ達を一切見やることなく、思案に耽る賢者。と、数秒後―。



「…まあいいじゃろ」


そう呟いた。





「えっ! もっと居て良いんですか賢者様!」


嬉々とした表情を浮かべるオズヴァルド。しかし賢者は少し呆れたようにフッと吹き出した。


「お前さんのことじゃないわい。長居していいかはアリシャとニアロンに聞くんじゃな」



そのまま、彼は妖精を呼び出す。それは病室の扉から、どこかへと飛んでいった。



「ミルスの爺様。なんかあったの?」


首を捻るソフィア。すると賢者はあっけなく答えた。



「もう一組、来客じゃ」









来客…。ということは見舞い客なのだろうか。これで三組目、秘匿されているはずの竜崎の容態だというのに、やけに知れ渡ってしまっている気が…。


しかも魔王や、学園長の娘で魔王の右腕でもあるラヴィの見舞いすら断ったというのに…。



一体誰がやってくるのか。さくらは耳を澄ます。すると、遠くから聞こえてきたのはコツコツコツという靴の音。数も多いため、1人ではなさそう。



先程のオズヴァルド達のように騒いでいないため、誰かはわからない。そうこうしているうちに扉の前で足音は止まり―。



ガラララ…



扉は開く。入って来て扉を押さえたのは、先程賢者が呼び出した妖精。どうやら道案内役をしていたらしい。


「あっ…!待って…!」


直後聞こえてきたのは、若い女性の声。そのどこか物怖じしてそうな様子も、聞き覚えがある。



―だが、その声の主よりも先に入ってきた者がいた。いや、正しくは、飛び込んできたというべきか。



ふわりと扉向こうの空中から現れ、足音をほとんど立てずに着地したのは…白い猫。首に包帯が巻かれた。



「タマちゃん…!」



さくらは思わずその猫の名を呼ぶ。そう、彼は竜崎の供をする霊獣、タマ。先日さくらを守るために名誉の負傷を遂げた白猫である。






しかし、声の主は彼ではない。さくら達が訝しんでいると、今度は更に別の声が。


「賢者様、本当に入って良いのかしら?」


それは、女声よりの男性の声。加えて、三人目の声。


「私達はタマちゃんを連れてきただけですから。もし、ご迷惑ならば―」


こちらは落ち着いている女性。だがどこはかとなく妖艶さも醸し出している気もする。




間違いない―。さくらは確信していた。この三人組はよく知っている。なにせ、かつてお茶会に招いて貰ったことがあるのだから。



「構わんぞ。受付担当の者から、箝口令の事を聞いたじゃろう。それを守れるなら、じゃ」


賢者の許可に、来客たちは数秒沈黙。が、すぐに…。



「―わかったわ」


代表して男性の声が。そして、続くように現れた姿は―。



「グレミリオさん…! メルティ―ソンさん…! イヴさん…!」



さくらが名を口にした通り。病室に入って来たのは、オカマな使役術&召喚術講師のグレミリオ。シャイな召喚術講師メルティ―ソン。艶やかなゴーレム術講師イヴ。



またも、竜崎と関係が深い学園の講師陣。あえて言うならば、『お茶会トリオ』であった。


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