370話 見舞い客二組目 箝口令の主達と、予言者③



辞めることは、ならぬ。



一瞬了承したようにもみえた王の、まさかの急旋回な一言。 つまり、シビラの退任願いは却下されたのだ。



「…!? な、何故ですか陛下…!」


僅かに安堵の表情を浮かべていたシビラは狼狽してしまう。王はそんな彼女を立たせ、椅子へと座らせた。


「何故…何故、か。異なことを言うものだ、シビラよ」


もう一つ椅子を借り、彼女と向かい合いあう形で腰かけた王はそう答える。そして目を細ませ、ほんの小さなミスした優秀な子を慰めるように、言葉を続けた。



「お主は勘違いしている。儂は…いいや、儂らは一度たりとも、お主を恨んだことも、責めたことも、そして―『才がない』なぞ、思ったことは無い」






「……っ!」


息を呑むシビラ。王は彼女に、こう促した。


「周りを見渡してみるがよい。今この場にいる者で、お主へ敬意を、そして感謝を向けている者がどれほどいるかを」



その言葉に、シビラは恐る恐る顔を動かす。そこにいた竜崎を囲む者達は―、総じて微笑みを、又は王の言葉に同意を示すように頷いていた。


王に始まり、学園長、賢者、ソフィア、竜崎の教え子三人衆。そして…勇者アリシャ、さくら、ニアロンまでもが。





「のうシビラよ。そもそもが…お主は『祈祷師』だ。本来の職務は儂のために、そして民のために祈る役割。予言と言うのは、お主の特異な才による、有難い副産物であろう」



呆けてしまったように皆を眺めるシビラへ、王はそう諭す。そして、かつてを思い返し懐かしむように笑みを見せた。


「そのお主の才に、儂らは一体幾度命を救われたことか。ある者は馬車に引かれずに済み、ある者は命狙う盗賊から逃げおおせ、ある時は事故の事前予知をしてもらい、ある時はまつりごとの裏で画策する悪を見出したこともあったのぅ」


中には夕食の相談をしにいった者もおったな。お主のおかげで健康になったと触れ回っておった。 そう楽しそうに一つ笑った王は、ふと思い出したように付け加えた。


「そういえば以前リュウザキに捕らえてもらった、森の中に潜んでいた盗賊達。それも元はと言えば、お主が嫌な予感を予言として感じ取り、その報告を以て監視隊を動かし初めて見つかった連中だったな」



「あらま。そうだったのですか」

―あぁ、あの時のあれか―


学園長とニアロンは少し驚いたような表情を浮かべる。どうやら彼女達も知らなかった様子。


それを含め、王が今諳んじた出来事。どれひとつとっても、かなりの大事。それほどまでに祈禱師シビラは、国の平穏のために活躍していたのだ。


そんな彼女を、誰が恨もうか。誰が責めようか。誰が『才がない』なぞ言おうか。そのようなおこがましく愚かなこと、誰も思うはずがないに決まっている。







だが…それでもシビラの表情は浮かない。まだ、何かを抱えている様子。



ふと、彼女は視線を移す。その先にいるのは、唯一微笑みもせず、頷きもしていない存在…。目を開けぬ竜崎。


恐らく、まだ心を痛めているのだろう。自身の予言が、彼を傷つけてしまったと。



そんな視線へ割り込み、彼女と瞳を合わせたのはニアロンだった。





―なあ、シビラ―



彼女はふわりと飛び、弱り薄くなっている霊体の身を出来る限りシビラへ寄せる。そして、穏やかに語りかけた。


―お前の予言は正しかった。さくらは、元魔王軍の盗賊魔術士に襲われたんだ―


その一言に、シビラは微かに身体を怯えさせる。だがニアロンはそれを宥め、続けた。



―だがな。お前のおかげで、私達は即座にさくらの元に駆け付けることができたんだ。予言が無ければ到着は遅れ、下手すればさくらは殺されていたかもしれない―




彼女の言葉に、さくらはあの時を振り返る。神具の鏡の奪い合いになったのだが、大人の男性の力に敵うはずがなく、奪われてしまった。


それにより護衛を務めていたタマは吹き飛ばされ、自身も頭を叩き割られるところであった。身代わり人形があったとはいえ、竜崎が来ていなければ人形の効果切れまで殴打され続け、無事で済まなかった可能性もあった。





その点だけ切り取っても、予言は有難い方向に働いたさ。 ニアロンはそう言うと、口を一旦閉じ目を伏せる。



―…そしてな―



再度、彼女はシビラに向き直る。少し悲しそうに、そしてそれを大きく上回るほどの、シビラへの誇らしさと感謝が詰まった微笑みを見せた。



―あの時予言をしてくれたからこそ、清人は覚悟を決めることができたんだ―





何の覚悟かは告げずに、ニアロンはそう言い切った。しかしその言葉に籠められた重みは、その場にいる全員に予言の意義を切に理解させた。そして勿論、当事者であるさくらは一際強く。



シビラが予言してくれたからこそ、竜崎は「何かに襲われない限り、自身は少なくとも死ぬことはない」と転移装置の起動を決めた。彼は、そう言っていた。


もしかしたらそれはただの拡大解釈だったのかもしれない。竜崎がさくらとニアロンを納得させるための詭弁に利用しただけなのかもしれない。



だが、それでも―。あの予言が後押しになったのは確かなのだ。自らの身を生贄とする、彼の覚悟の。生贄となっても、死なずに済むかもしれないという希望への。








―というかだ、シビラ―



ふと、ニアロンはシビラのおでこをピンと弾く。そしてやれやれと肩を竦めた。



―お前の娘に跡を継ぐって…。その娘が、卒業しないから困ってるんだろ―


なぁブラディ? そうニアロンに振られ、学園長は非常に言いにくそうに、苦笑いを浮かべた。


「あの子の力は、目を見張るものがあるのですけどね…」




「確かに才ならば、オズヴァルドに勝るとも劣らないほどではあるんじゃが…」


「あーねー…」


賢者、ソフィアも続くように頷く。すると、エルフリーデ達までも唸った。



「シビラ様の前で無礼極まりないのは承知の上ですが…あの子は…ちょっと…」


「うーん…。私達が言って聞いてくれる子ではないですし…」



腕を組み、悩むような素振りを見せるエルフリーデとナディ。更に…。



「少なくとも、リュウザキ先生が動いてくれなければ無理だと思いますね~」



あっけらかんとした口調だが、なんとオズヴァルドまでがそんなことを言い出したではないか。





「…あの、ニアロンさん…。一体どういう…?」


訳が分からなくなったさくらは、竜崎の上に戻って来たニアロンに問う。すると彼女は、なんて説明したものかと迷いつつ口を開いた。



―いや、オズヴァルドとは別ベクトルで変わってるやつでな…。まあ、今度話してやる―



母親であるシビラがこの場にいるからか、それとも面倒だからかはわからないが、後回しにするニアロン。


しかし直後、ふと何かを思い出したように手をポンと打った。



―そういえば、前にほんのちょびっとだけ話したな。『10年ぐらい学園にいる』というやつ。そいつだ―



…なんかそんなことを、いつだかにさらりと聞いた気が…。もっと詳しく聞きたかったさくらだが、少なくとも今は聞いてはいけない気がして、とりあえず黙っておくことにした。








「ゴホン。まあ、そういう理由もあるしの」



王は一つ咳払い。そして再度王たる威厳を浮かべ、シビラへ告げた。


「シビラよ。審議をするにしても、リュウザキが目覚めるまでは持ち越させて貰う。 だが、忘れないでくれまいか。儂らは、お主の祈祷と予言によって幾度も危機を脱してきた。お主はこの国の支えなのだ」



―私からも、いや、私達からも頼む。どうか、気に病まないでくれ。そしてこれからも、お前の力を頼りにさせてくれ―




王、そしてニアロンに求められ、シビラは万謝し深々と頭を下げる。その目には、感極まったような涙が浮かんでいた。


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