360話 ニアロン、そしてさくらの告白

賢者ミルスパールは竜崎の独断行動をあえて見て見ぬふりをし、裏でもしもの対策を進行…結果、竜崎が致命傷寸前のダメージを負ってから遅れて駆け付けることとなってしまった。


竜崎のためを思っての策ではあったが、『竜崎の命を守る』という観点からは決して最善の方法ではなかった。葛藤の中で選ぶしかなかった、苦肉の策。そう評するのが正しいであろう。



しかしニアロンは、その賢者の愚策を赦し、あまつさえ『感謝』しているとまで言った。一体なぜ―。




…いや、その場の全員が、理解していた。勇者一行だけではなく、さくらでさえもわかっていた。




ふと、ニアロンはさくらへと顔を向ける。しかしながら目を伏せるようにし、謝るようにゆっくりと口を開いた。



―さくら…。お前には悪いが…。…あの瞬間、私はあの『転移装置』が破壊された時、思わず安堵していたんだ…―







…この騒動の中心にあった、謎の古代遺跡『転移装置』。禁忌の術式により構成されていたそれは、『もしかしたら元の世界に帰ることができる』という僅かな可能性を帯びていた。


それを試しに、竜崎達は起動のための魔導書を手にその場へと飛んだ。そして、いざ起動―。


―その瞬間、乱入してきたのが魔術士、そして獣人。過酷な戦闘が始まり、そして…。



…装置は、魔術士の手により粉々に砕け散ったのである。







―あれが破壊されてしまった時…私は内心、喜んでしまった。ミルスパール達が来てくれなかったから、あいつ魔術士が、装置を破壊してくれた…となー


ニアロンのその暴露を受け、さくらはちらりと周りを見る。しかし…賢者やソフィアはおろか、勇者でさえニアロンを咎めることはなく、たださくらと竜崎に謝罪の視線を送っていた。


それが示すことはただ一つ。勇者一行は、ニアロンと意を同じくしているということ。…つまり全員が、『転移装置が壊されてよかった』と思っているということを、暗に表していた。



そんな誰もが口を開かぬ中、ニアロンは臆することなく続けた。


―ミルスパールが共にいれば、装置を壊されなかったかもしれない。いや、それよりも魔術士の追跡に気づき、装置が隠されていた場所を知られることすらなかっただろう。そうすれば、清人は傷つかなかったはずだ―


そう言い、彼女は竜崎の頬に触れる。そして、寂しそうに首を振った。


―だがな…装置が無事なら、こいつは何度でも試しに行っただろう。私やアリシャに幾ら止められようが、バレないように隠れて…。それこそさくら、お前が『確実に帰れる』か、『帰れないことがわかる』まで、どれだけ傷を負おうとな…―


溜息をつくニアロン。きっと、そうなのであろう。




さくらが元の世界へと去ったならばまだ良い。しかし…仮に帰還に失敗し、この世界に残った場合…そして生贄となった竜崎が間一髪生き残ってた場合、どうなるであろうか。


恐らく傷が治り次第、竜崎は再度の挑戦を試みるはず。色々と条件と方法を変えて。生贄側を譲らず、自身の身がボロボロになるか、命尽きるまで―。



…勿論、それはただの推測。実際はどうなるかはわからない。だがそうなるであろうことは、さくらも簡単に想像できてしまった。彼なら、やりかねない。


それが実際のものになってしまった世界を思い浮かべ、さくらは思わず唇をキュッと噛む。ニアロンはそんな彼女に向け、顔を上げた。



―…正直に言おう。私達は…清人を愛し慕う者達は、清人に帰って欲しくないし、まだ死に別れもしたくない…! ……だから、この結果こそ、良かったんだ…―





…本当ならば、もっと前に転移装置を叩き壊したかったのだろう。事実、先程ニアロンは、装置を破壊しようと力を溜めもした。


しかしそれをやってしまうと、竜崎が悲しんでしまう。嫌われてしまう。そんな思いから、ニアロンも、勇者一行も、誰も事に移せなかったのだ。



―だが、あの魔術士が壊してくれた。誰の手を汚すことなく、粉々にしてくれた。『どうしようもなかった』としか言えぬ状況で、打ち砕いてくれたのである。




竜崎本人には直接話せぬ、ジレンマが行き着いた先、黒い感謝。その全てを明かしたニアロンは、覚悟を決めた目で、さくらに訴えた。


―さくら、私を存分に恨んでくれて構わない。全て、私が悪いんだ。だから、清人を…―


「ニアロンさん」


ふと、ニアロンの言葉を…さくらは遮り止めた。




彼女は一つ、深呼吸。そして…揺ぎなき瞳で、応えた。


「私も、この結果で良かったと思います」









皆の目を集めながら、さくらは再度大きく深呼吸。そのまま、訥々と話し出した。



「私は、竜崎さんに甘えていました…。だから…あの装置の怖さを知らずに、無茶なお願いをしちゃいました…」


彼女は自身の心の内を漏れなく紡ぐように、ゆっくりと語る。それは謝罪というより、告白であった。



「『片方を犠牲に』って言うのが、しっかりとわかってなかったんです…。意味はわかっていたんですけど、実際にどうなるかの想像はふわふわで…。だけど……」


と…そこまで述べたところで、彼女は一旦口を噤む。そして、溜めていた思いを、一息に吐露した。



「竜崎さんが私を庇って、大怪我を負ってしまったのを見た時…。やっと、理解したんです…。私のお願いは…『片方を犠牲に』っていう装置の発動条件は、竜崎さんをこんな目に…ううん、もっとひどい目に遭わせることだって…!」


さくらの目からは涙が滲みだす。それを手で拭い、彼女は強く、ニアロンを見つめ返した。



「こんなこと、私が言うのもおかしいですけど…。装置を使わなくて、良かったです。装置が壊されて、良かったです…!!」



心の底からの本心を、しっかりと言い切るさくら。そんな彼女を、ニアロンは抱きしめた。



―すまない…。本当にすまない…さくら…! ありがとう…!―



涙を湛えた彼女の声は、病室内に強く響き渡った。


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