359話 竜崎の代弁者、勇者達との意の共有者
「…ん。わかった」
ニアロンの言葉を受け、勇者は剣を鞘に納める。元々彼女が賢者に剣を突きつけていたのは、恨みからというよりも真実を問うため。
なにせ賢者は飄々としている。単純に核心を問うても、のらりくらりと躱される恐れがあった。…まあ、だからこそニアロンに『悪賢い』と野次られているわけだが。
故に、勇者は剣を向けたのだ。嘘偽りを述べたら、又は竜崎を見捨てたのが真意なら、叩き切ることも辞さない。そんな思いが籠められた、彼女なりの覚悟と決意の現れであったのである。
そして―、賢者は告解した。およそ嘘偽りなき老爺の懺悔は、確かに真実だと勇者も直感した。だからこそ、剣先を下げた。
賢者を許すべきである。彼が気づかなければ、彼が手を回さなければ、竜崎は死んでいたのかもしれないのだから。
それに彼の心境にも、勇者は同意だった。恐らく、自分でも竜崎を止めきれなかっただろう。そう彼女はわかっていた。
…しかし、そんな彼女の…勇者アリシャの胸の内に残された感情があった。それは『それでも、キヨトを助けてほしかった』という想い。
賢者を責めてはいけない。それはわかっているが、許しきれない。そんな感情がくすぶっていた。
だが―。そんな気持ちも、ニアロンの言葉で消散した。彼女は竜崎の代弁者であり、自身と同じぐらいに『竜崎を失いたくない』という無上の想いを持っている。
そんな彼女が、賢者を赦したのだ。ならば、それに従うまで。 ――勇者の内心を語るならば、そんなところであろうか。
カチリと剣を閉じ、勇者は椅子へと腰かける。そして、眠る竜崎の手を再度優しく握った。
―すまないな。清人を思っての行動だったのに―
「ん。ニアロンが言うなら、大丈夫。 ミルスパールは悪くない」
いつも通りの様子で、そう返す勇者。そんな彼女に向け、ニアロンは小さく笑った。
―結果的に、だがな―
そのままニアロンは、すいっと移動する。竜崎の顔の横に腰を下ろし、愛し子を撫でるかのように彼の白髪へ触れた。
―そりゃあ、私としてはミルスパールに来てもらった方が良かった。なんなら止めて欲しかったさ。…だがミルスパール。お前のその気持ちは、痛いほどわかる―
と、彼女はそこでふぅ…と溜息を吐く。そして竜崎のおでこを、かるーくぴしりと叩いた。
―
そのまま手をデコピンにし、今度はそれで軽く突くニアロン。少し怒っているでもあり、慈愛すらも感じられるその仕草は、あわよくばこれで目覚めてくれないかと希望をぶつけているようであった。
―しかも、最後までな。『さくらを連れて外に出ろ』と言われた時は、こいつが何をしようとしていたかは薄々気づいていたさ。…でも、逆らえなかった。断り切れなかったんだ…―
再度、ふぅ…と大きな息を吐き、ニアロンは叩いた箇所を労わるように
と、そんな彼女へ向け、強く共感の意を表したのはソフィアだった。
「ニアロン…。それ、すっっっごくわかるわ。キヨトに本気で頼まれると、ついつい聞いちゃうのよねぇ…」
彼女の言葉に合わせ、勇者も賢者もうんうんと頷いた。…先程賢者が口にした、『竜崎の我が儘を聞いてやりたい』。それは、まさしくこのことなのであろう。
…そんな中でただ一人、身を縮こまらせていた者がいた。さくらである。
勇者達からそんなに大切にされていた竜崎を、自分の我が儘で傷つけてしまった―。彼女はまたも、その思考に陥っていた。
そう、自分の…『さくらの我が儘』だったのだ。『竜崎の我が儘』では決してない。帰りたいという自身の願望に、竜崎は答えてくれただけなのである。
それなのに…それなのに…。もう、合わせられる顔なんて無い…。さくらは顔を伏せ、服の裾をぐしゃぐしゃになるまで握ってしまう。
と―。それを止めさせたのは、見通したかのようなニアロンの優しい声であった。
―さくら、違うぞ。全部、清人の意思なんだ―
―話してなかったが…。私達が、もとい清人がここ数日図書館に入り浸っていたのは、『元の世界へと帰れる可能性』の洗い直しのためだったんだ―
ニアロンが語るその初耳の裏事情に、さくらは驚き顔を上げる。そんな彼女の瞳をしっかり見つめながら、ニアロンは続けた。
―先日の人さらい事件で、清人は心を痛めていてな。なんとかして、お前を危機から遠ざけようと画策していたんだよ―
自身とアストが巻き込まれた、あの事件。思い返せば、その節はあった。『身代わり人形』―。ダメージを肩代わりする、呪いの人形。竜崎はそれを作り、手渡してくれたのだから。
だがその他に、竜崎はさくらを守る方法を考えていたというのだ。それが―。
―その最も良い方法は、お前を元の世界に帰すこと。だからこそ清人は、微かな希望にかけて探し続けていたんだ―
既に幾度も調べたであろう、数多の古文書魔導書諸々。しかし竜崎は、たった塵芥ほどの可能性にかけて、調べ直しをしていたというのだ。
そこまで想ってくれていたとは…。驚愕と感謝で胸は埋まれど、さくらはその感情をどう言葉にすれば良いかわからなかった。
と…ニアロンは竜崎の寝顔をチラリと眺め、再びさくらを見据えた。
―そんな折だった。お前がノートの存在に気づいたのは。…清人には、渡りに船だったんだ。お前の『帰りたい』というお願いは、背中を押す良いきっかけに過ぎなかったんだよ―
「…でも…!それは私のためで…! 竜崎さんの意思じゃ…!」
さくらは思わず、言い訳をしていた。そのこと自体も、言い換えれば自分が元凶なのだから。しかし、ニアロンは首を横に振った。
―いいや。清人はそういうやつだ。困っているやつを見過ごせない、誇らしい性格だ。あいつは自分とお前を天秤にかけ、自分が生き残る可能性を…私を信じてくれて、自分の意思で動いたんだ―
まさに誇らしげに、頑と言い切る彼女。そして、こう付け加えた。
―それに…やっと見つけた、やっと訪れた『肉親への手紙』を送れる機会でもあったんだ。さくらを利用することで、な。 その点からしても、清人の我が儘なのは明白なんだ―
その言葉に、さくらは脇に置いてある自分のバッグを…その竜崎の『肉親への手紙』が入ったそれを見やる。だが…その手紙は…もう、送ることができないのだ。
「…ですけど…装置を壊しちゃって…! 魔導書も…!」
涙声に近い声で、自分を責めながら訴えるさくら。転移装置は砕け散り、土砂の奥深く。魔導書も、魔術士に奪われてしまった。
すると、ニアロンは…何故か、ふっと少し嬉しそうに、少し申し訳なさそうに笑った。
―それこそが、ミルスパールに感謝しなければいけない理由だ―
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