―救いの手―

341話 勇者一行

「マジかよ…!」


突然の怨敵来訪に、冷や汗を垂らす獣人。彼は魔術士をひっつかみ、勇者から大きく距離を取る。



だがそんな彼らに一切目をくれることなく、勇者は即座に踵を返す。そして、倒れ伏す竜崎の元に駆け寄った。


「キヨト……!」


握っていた剣を半ば投げ捨てるように地に刺すと、彼女は跪く。そして、死の淵にある魂をすくいあげるように、竜崎の頭を抱え抱きしめた。


「ダメ…!死なないで……!」


普段はぽやっとした、どこか気が抜けたような表情を浮かべている勇者。そんな彼女の顔は今や、滲み出る涙に歪んでいる。


そんな勇者へ縋るように、慰めるように、竜崎は震える手を鈍く伸ばした。


「アリシャ…来て…くれたんだね…」


「うん…!来た…!」


彼が伸ばした手を、勇者は自らの頬に当てる。血でべっとりと濡れるのを気にすることなく。自らの体温を伝えるかの如く。


「あり…がとう…」


短く、そう伝える竜崎。だがその心の底から安心したような言葉には、ありったけの感謝が籠められていた。



そのまま彼は、首を精一杯動かす。その視線の先には、勇者が刺した剣。飾り気のない無骨なそれは、自身の部屋のクローゼットに仕舞われていたはずの『神具の剣』。


「ふ…やっ…ぱり…。バレて…たん…だろうなぁ…」


「喋っちゃダメ…!」


少し悔しそうに、そして少し嬉しそうに小さく笑う竜崎を、勇者は諫める。一方、その様子を遠目で見、舌打ちをしたのは魔術士であった。






「チッ…!阿婆擦れがなぜここに…!クソが…!」


獣人により小脇に抱えられながら、悪態を吐く魔術士。ギリリリと歯を鳴らし、彼は選択した。


「まあいい…魔導書は奪ったんだ…。おい、帰るぞ…!」


ここに来た目的である魔導書は既に確保済み。竜崎を殺せなかったのは心残りだが、命あっての物種である。そう考え、獣人に撤退を指示したのだが…。


「あ…、あぁ…。そう…だな…」


何故か獣人は生返事。その様子に苛立ち、魔術士は声を荒げた。


「早くしろ! 畜生が!」


罵詈雑言に圧され、仕方なしに獣人が退こうとした、瞬間だった。





ドゴォッッッ!


盛大な音を立て、岩天井を破ってきたのは黒く大きな機動鎧。その雄々しき体躯は、巨体である獣人を更に凌いでいる。


かったいわね…!」


搭乗者の声が漏れる。それは、『発明家』ソフィア・ダルバ・テーナイエーの声。


それとほぼ同時に降りてきた影が複数。杖を手にした老爺…『賢者』ミルスパール・ソールバルグ。そして、彼らに守られるような姿のさくら達。


そう…『勇者一行』がここに集ったのだ。彼女達は、最愛の友である竜崎を助けるために駆け付けたのである。






「アリシャ! キヨトは…。―ッ!」


地に降り立ち、腕のシールドシステムを起動しながら全員の盾となるソフィア。彼女は機動鎧の首を動かし背後を見た瞬間、声を詰まらせた。


―清人!!―

「竜崎さん!」


ニアロンとさくらは急ぎ竜崎の元に。賢者もまた、竜崎の容態を確認し顔を顰めた。


「これは酷いのぅ…。リュウザキ、気を失うのはもう少しだけ耐えるんじゃぞ!」


彼の励ましと同時に、竜崎の周囲、そして傷口付近に幾多もの魔法陣が構築される。その様子はまるで即席の集中治療室。


「治療はワシにまかせい。ニアロン、正念場じゃぞい!」


―黙って手を動かせ!―


誰よりも先に竜崎の治癒に取り掛かっていたニアロンは、そう怒鳴り返す。賢者は軽く肩を竦めた。


「ふぉっふぉっ!要らん心配じゃったな。 さくらちゃんや、リュウザキの手を握ってやってくれい」


「は、はい…!」



言われるがまま、さくらは竜崎の手を優しく包む。と、竜崎は小さく口を開けた。


「爺さん…ソフィア…あり…がとう…」


「お前さん、相変わらず無茶するのう」


「面目ない…です…」


賢者に謝った彼は、そのままニアロン達へと顔を向ける。


「ニアロン…さくらさん…ごめん…」


その一言に、ニアロンは思わず拳を強く固める。だが彼女はそれで自らの目を拭い、今出来うる限りの憎まれ口で言い返した。


―治ったら…覚えとけ…!―


「勿論…ぐぅっ…!」


痛みに顔を歪める竜崎。と、賢者は指示を飛ばした。


「ソフィア、アリシャ! この傷じゃ、リュウザキはすぐには動かせぬ。応急処置、呪いの鎮圧に時間がいるんじゃ。その間、頼むぞい!」






「任せて!」


ガシュゥと音を立て、黒鉄くろがねのような装甲を輝かせる機動鎧。各所から熱を吹き、臨戦態勢。


その横に、勇者は剣を手にし並び立つ。彼女は頬についた竜崎の血の一部を擦り、赤く染まった手を見つめた。


「キヨトを…」


と、彼女は小さく呟く。そして直後、獣人達に向け、静かながらも強い語勢で問うた。


「キヨトを…傷つけたのは…どっち…!!」



瞬間、ゾッとするほどのオーラ…闘気、いや…殺気が勇者から放たれる。さくらからは彼女の背しか見えないが、それでも気圧されるほどの、空気すら容易く歪む極大なものが。


「俺だぜ!『勇者』ァ!あの時のリベンジ、果たせる時がとうとう来たなァ!」


そんなことを意に介さず…いや、寧ろ意気揚々と吼えるは獣人。その様子は、魔術士を庇っている、というわけでもなさそうである。


例えるなら…至上の獲物と相対し、主人の命令すら耳に入れず牙を剝く猟犬。事実獣人は、叫ぶ魔術士を放り出し、神具のラケットを握り直した。


「兄弟、まだ薬はあるんだろ?数本よこせ。これやるから」


と、獣人が懐から出したのは、死にかけのネズミを幾匹も結わえた紐。どうやら、魔術士の予備用として持ってきていたようである。


「テメエ…!」


「いいから早くよこせ! 俺が戦ってる間に帰るか逃げ回っときな!」


どちゃりと地面にネズミ束を投げ捨て、代わりに魔術士の懐を力ずくで漁る獣人。呪薬入り注射器を数本引き抜くと、それを自らの首筋に同時に突き刺した。


「ウ…グ…ぐぁっはあっ…。ハッ…!俺はここで死んでも構わねえぜェ!!」



注射器を叩き割り、力を籠める獣人。するとその全身に、先程と同じく、紫の紋様が浮かび上がり始めた。


「ウソでしょ…!」

「ムウ…やはり、あやつは…」


その様子を目撃し、言葉を詰まらせるソフィアと賢者。そして、さくらも目を戦慄かせていた。


「……!!」 


なぜ…なぜ…今まで気づかなかったのだろう…!驚愕するさくらの頭では、その思いが巡っていた。


何故ならば―。






「許さない…!!」


勇者のその一声と共に、彼女の全身には紋様が浮かび上がる。そして…紫に輝いた。


そう…。勇者と獣人、彼女達が身に刻む強化の術紋は、であったのだ。

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