336話 彼の言語

「「…………あん…?」」


獣人は眉を潜め、疑義の声を漏らす。魔術士も、顔を隠しているせいで眉の動きこそ見えないものの、同じような声をあげた。



目の前で血まみれとなっている大敵、竜崎の口から発せられた聞き慣れぬ謎の音。獣の鳴き声よりも整然とした、しかしながら理解の出来ぬそれ。


と、魔術士は自身の口腔の血反吐ごと吐き捨てた。


「ハッ…どうせ…口が回らなかっただけだろう…。さっさと呪いで死ねばいいのに、死にぞこないが…忌々しい…!」


瀕死の竜崎が、苦し紛れに放った言葉。それが混濁し、まともな文字列とならなかったもの。彼はそう判断したのだ。



だが、真実は違う。なぜなら―。



「え…竜崎さん…それって…!?」

―清人…!何をする気だ…!―



さくらとニアロンもまた、驚いた声をあげる。だが、それは竜崎の言葉が理解不能だったからではない。寧ろ、これ以上ないほどに理解していた。特に、さくらは。


彼が…竜崎が発したそれは、この世界の言葉ではなかった。それは…『日本語』だったのだ。この世界では通じぬ、懐かしき、かの言語。それを、彼は叫んだのだ。魔術士と獣人に悟られぬために。





しかし…その内容は…。とても「はい」と返事できるものではなかった。それ故に、さくら達は食い下がった。


「でも…!」

―お前が…!―


「早く…行け!!」


だが、竜崎の語勢は有無を言わせる様子はなかった。それはまるで、聞き分けのない子供を叱りつける親のよう。数秒程度しか思考の余地がない中、さくら達は思わず従ってしまった。





―さくら、急げ…!―

「はい…!」


突如、攻勢に出るのを止め、その場で詠唱を始めるさくら達。直後、緑の魔法陣が作り出され、風が巻きたつ。


「ケエエエエンッ!」


呼び出されたのは、さくらと契約している風の上位精霊シルブ。先程獣人に容易く消し飛ばされた彼だが、次こそは主の身を守らんと高らかに鳴いた。



急ぎ、バッグを強く抱えたままシルブの背へと乗るさくら。そして、指示を出した。


「飛んで!」

「ケエエン!」


主の命により、シルブは強く羽ばたき浮き上がる。それによりゴオッと発生した突風で軽い魔獣は吹き飛ばされ、大きい魔獣も怯むが…。



「チッ…! おい…、あのトリを…仕留めろ…!」


魔術士は舌打ちをし、獣人に命じる。皆殺しをする気の彼が、逃すはずもない。


「ハァ…わあってるよ」


一方の獣人も、それに従う。彼には魔術士のように皆殺しをする気はないが、『少女さくら』は竜崎から魔導書を奪う交渉材料なのだから。


加えて、跳躍力に優れている魔物や羽をもつ魔獣がシルブを追おうと動き出す。その時だった。





「シルブ!」


さくらの声と共に、天井付近へと飛んだシルブは、自身の周りに逆巻く風を作り出す。それは空中に浮かぶ小竜巻、いや、風壁の部屋。


あらゆるものを吹き返し、弾くであろう風の鎧は、まさに防御の体勢。明らかに様子がおかしいそれに不信を抱く獣人の元に、今度は竜崎のか細い声が、この世界の言葉で聞こえてきた。




「ふふっ…流石…ソフィアだ…。これだけ壊れて…いても…、しっかり…機能するんだな…」


ハッと彼が見やると、竜崎は僅かに動かせる手で杖を掴み、自らの背後の地面に突き刺していた。


すると、その折れ曲がった杖先からバチバチと障壁が。まるで竜崎の背を守る盾のように…。


「―! なんかヤベえ…! 兄弟!」


異変を察し、獣人が魔術士へ警告した、その瞬間―。





ビキキッ バゴォッッ!!


突如、竜崎が背にしていた岩が勢いよく割れ砕ける。その地中から現れたのは…


「ググググググググ…!」


先程から姿を消していた、岩石の身に巨大な目を光らせる土の上位精霊、『ノウム』であった。彼は勢いよく回りだすと…


ドドドドドドドドドドドッッ!


と、苛烈なる勢いで岩棘を撃ち出し始めた。




そう。竜崎がさくら達に向けて発した言葉、それは…


『シルブで飛び、ガードして。ノウムで無差別攻撃する』


というものであったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る